一度止んだ雨がポツリ…と、再び地面に音をたてはじめた。
雫はしだいに量を増やし、水蓮の髪を濡らして頬を流れる涙と交わり大地へと消えた…
自来也の最期を看取り、水蓮はイタチのもとへと急いでいた。
ペインや小南が状況を伝えにイタチのもとへ行くかもしれない。
影分身を置いてきたとはいえ、チャクラを酷使した今、いつ消えるかわからない。
何より薬で眠らせたことを知られては怪しまれる。
急がなければ…
しかしそうは思う物の、思ったように足が動かなかった。
ナルトへの想いを受け取れたとは言え、救えなかったというその事が水蓮の心に重くのしかかり、体の動きを鈍らせていた。
それでも必死に気力を振り絞り、雨の中を駆けた…
しばらくして、うまく誰の目にも触れず部屋の前へとたどり着き、中の気配を探る。
そこにはイタチと自分の影分身の気配のみ。
小さく息を付いて中に入る。
同時に解いた影分身からの情報で、誰も部屋に来ていない事と、イタチがずっと眠ったままであったことを知り、改めて安堵する。
枕元に座りイタチの頬に手を添えると、やはり少し熱がある。
「…う」
雨に濡れた手の冷たさか…。イタチの瞼が揺れ、うっすらと開かれた。
「水蓮!」
細い視界に水蓮の姿を捉えてハッとしたように目を見開き、残る眠気に逆らって身を起こす。
「無事か!」
細い両肩にイタチの手が置かれた。
微熱を含んだその手のぬくもり。
自来也の手の温かさが思い出された…
ポタ…
水蓮の瞳から涙が落ち、一つ目のその音をきっかけに両の目から、ぶわ…とまるで音を立てるがごとく一気にあふれ出た。
「お、おい。どうした」
尋常ではないその涙にイタチは戸惑いハッとする。
髪も服も濡れているその様子…
「お前、外に出ていたのか?」
うなづく代わりに涙がさらに増え、その粒が大きくなる。
「何があった?」
幾度もそう聞くイタチに水蓮は答えられなかった。
口を開くと、声を上げて泣いてしまう…
それを必死にこらえた。
それでも話さなければと、ほんの少し唇が動いた。
が、ドアの向こうに気配が生まれた。
「イタチ…入るぞ」
「ペイン…」
声の主を悟りイタチはシーツを水蓮にかけて頭から包み込んだ。
横になっているよう小声で言い、ベッドに寝かせて静かにドアを開ける。
「なんだ」
相変わらず表情のないペインの後ろには小南の姿もあり、イタチは二人の視線から水蓮を隠すように位置取った。
「……」
対峙したペインの衣から血の匂いを感じ、イタチの目が細まる。
「何かあったのか…」
小南がそれに答える。
「自来也が来た」
ピクリ…とイタチの肩が揺れた。
「それで?」
「始末した」
こともなげに言うペインに、イタチは表情を変えず「そうか」と低い声で言った。
「だが、何かしらの情報をガマに持ち帰られた」
「暗号化されていて内容は分からなかったそうよ」
二人のその言葉にイタチはまた「そうか」とだけ返す。
「警戒しておけ。木の葉が動くかもしれない」
「承知した」
返答を聞きペインは静かに背を向け去って行った。
小南もそれに続こうとして、ふいに足を止めた。
「眠っているの?」
部屋の中にほんの一瞬視線を投げて問う。
「ああ」
イタチが改めて水蓮を隠すように移動した。
「オレの治癒にチャクラを使いすぎた」
そう聞いて小南は何か思い当ったように「なるほど」とつぶやいた。
「なにがだ?」
「さっきゼツが近くで九尾のチャクラを感じたと言っていたらしいから」
「…そうか」
水蓮の行動に思考をめぐらせる…
九尾のチャクラを使って何事かをしたのだろう…と。
結界を張らないはずはないが、さすがに九尾のチャクラは隠しきれなかったか…と、ちらりと水蓮に視線を向ける。
「水蓮の治療のチャクラだろう」
「…そうね…」
小南も同じくシーツにその身を隠したままの水蓮に目を向け「そう伝えておくわ」と、その場を去って行った。
二人の気配が十分に遠ざかってから扉を閉め、イタチはベッドのわきに座ってシーツを少し持ち上げた。
こちらを向いていた水蓮はまだ涙がおさまらぬまま。
「お前…」
そっとイタチの手が頬に触れる。
「見たのか?」
自来也が死ぬ所を…
「知っていたのか?」
自来也が死ぬことを…
そのどちらにもこたえられず、うなづくこともできず、水蓮はただただ声を殺して泣いた…。
「どこまで…」
何を知っているのか…
イタチはそう聞こうとしたがその言葉を飲み込んだ。
水蓮が何をどこまで知っているのか…
それを聞いてしまうのがなぜかひどく怖かった。
「水蓮…」
イタチが髪を撫で、腕を広げる。
「イタチ…」
ようやく発したその言葉は、かすれ、震えていた。
縋り付くように身を寄せる水蓮をイタチは柔らかく包み込んだ。
イタチの温かさと鼓動…そしてふわりとたつ香り…
水蓮の心がほんの少し落ち着く。
だがその少しの隙間に、一瞬のうちに痛みが入り込んできた。
「……う……」
こらえきれない声がこぼれる。
必ず救えると思っていた…
自来也が生きて木の葉に帰る…
綱手が喜びにこぼれる涙を必死に隠す…
それをちゃかしたナルトにげんこつが落ちて…
カカシやサクラがそれを見て笑って…
それを見ながら自来也も笑う…
ナルトが自来也と一緒に仙術の修行して、強くなって、戦いを終わらせて、自来也と一緒に暮らす…
そうなると思っていた。
そうなってほしいと、そう思っていたのに…
「ダメだった…」
か細い声がこぼれた。
「だめだった…」
繰り返してイタチの体にぎゅっと抱きつく。
「私じゃだめだった…」
「水蓮」
事を読み取り、イタチも強く水蓮を抱きしめた。
溢れる涙も、体の震えも止められぬまま水蓮は自来也の最期を思い出していた。
柔らかく穏やかな笑顔…
すべてを包み込むような寛容の光…
あれほどまでに大きくあたたかい光を見たことがなかった…
この世界は、重要な人物を失ったのだ…
「ごめんなさい…」
誰にともなくその言葉が溢れた。
「ごめんなさい…」
そんな言葉では収められない…。
だが他に言うべき言葉が見つけられなかった。
「大丈夫だ」
イタチがそっと水蓮の髪を撫でた。
「…大丈夫」
そう繰り返される言葉。
水蓮もまた「ごめんなさい」とひたすらに繰り返した。
まるで叱られた子供のように泣きじゃくりながら、ただただ、そう繰り返した。
必死にこらえてもこぼれる悲涙の声を、激しい雨の音がかき消していった…
その後涙の収まりを待ち、二人はアジトへと場所を移した。
晴れた夜空をちりばめる星を見ながら、水蓮はイタチに話した。
ナルトへの想いを預かったことを…
イタチは静かに「そうか」と、安心したように笑んだ。
そして「里を頼む」とのイタチへの言葉を伝えると、その表情は驚きに揺れ、次に少しうれしそうに笑い、最後に真剣なまなざしへと変わった。
静かに立ち上がりそのまなざしを木の葉の里に向けて、やはり「そうか」と答え、次いで立ち上がった水蓮に向き直り、引き締めた表情のままで言った。
「承知した」
凛としたその姿は、任務を受ける忍のたたずまい。
月の光に照らされて輝く額あてと赤い瞳…
そこにいるのはまぎれもなく…
木の葉の忍。うちはイタチであった。