いつの日か…   作:かなで☆

12 / 146
第十二章 【空区との別れ】

 薬草入りのケーキと、普通のケーキを堪能したイタチはあれからしばらくして眠った。

 今使っている炎症止めの薬の作用で、こうして眠ると3時間は起きてこない。

 水蓮はイタチに布団をしっかりとかけ直し、部屋を出た。

 「眠りましたか」

 向かった先。鬼鮫との修行部屋ではすでに鬼鮫が待っていた。

 こうしてイタチが眠っている時間は、二人の修行の時間となっていた。

 「うん。ぐっすり」

 「では、始めましょうか。今日は私の水分身と戦ってもらいましょう。ちょっと強めにいきますよ」

 言うなり印を組み、生み出された鬼鮫の水分身が水蓮に向かって一気に間合いを詰める。

 「え!ちょっと!」

 慌てて構えて、水分身(きさめ)の繰り出した突きを両手をクロスして受け止める。

 しっかりとチャクラでガードしているものの、いつもより数段重い衝撃に、水蓮は後ろに弾き飛ばされる。

 

 ざざぁっ…と、地面をこすりながら着地し、すでに追撃のために間近に迫っていた水分身(きさめ)の蹴りを飛んでかわす。

 水蓮は腰につけたポーチからクナイを3つ取り出し、指に絡めて水分身(きさめ)に向かって放ち、その後ろから自身も駆ける。

 まだうまくは投げられないが、自分なりに練習を重ね、多少の陽動としては使えるようになっていた。

 鬼鮫はやはり難なくそれをはじくが、その手が戻るより早く、水蓮が懐に飛び込み、チャクラをためた手で水分身(きさめ)の腹を突く。

 チャクラをためたからと言って綱手やサクラのように威力が上がるわけではなかったが、自身の体への負担が減らせる。

 ぐっと拳に力を込める。

 が、ひらりとかわされ、ほんの少しかすめる程度に終わり、水蓮は唇をかみしめた。

 しかし、その様子を見ていた鬼鮫の口からは小さく感嘆の言葉が漏れた。

 まだまだ荒削りではあるが鬼鮫が見る限り、水蓮の体術は驚くべき上達を見せていた。

 水分身(きさめ)はかわした勢いで反転し、水蓮の背に肘を入れる。

 しっかりとチャクラで防御しつつ、水蓮は前に飛びその衝撃を殺し、クナイを水分身(きさめ)の足元に投げつける。

 それを交わして軽く飛び上がる水分身(きさめ)の少し上に位置を取り、落下の力を利用して拳を放つ。

 「はぁっ!」

 渾身の力を込める。

 しかし、大きな手のひらに受け止められ、腹部に掌底打ちを返される。

 水蓮はチャクラを厚く集めて防ぐが、やはり弾き飛ばされて壁に激突する。

 

 ガァッ!

 

 音を立てて壁の一部が崩れ、砂埃が立ちこめる。

 しかし、その中から現れた水蓮はしっかりと立っていた。

 瞬時に背中にチャクラを回し、その身を守り、衝撃はあったものの体へのダメージは微々たるものだ。

 構えなおして、地を蹴る。

 しかし、同時に鬼鮫が水分身を解いた。

 「そこまででいいでしょう」

 その顔は満足そうに見える。

 「でも、全然…」

 「敵わなくて当然。分身と言えども相手は私だ」

 少し息の上がった水蓮に、鬼鮫はそう言いながら歩み寄る。

 「もともと、相手を倒すための訓練ではなく、その身を守るための物。あれだけしっかりチャクラコントロールで体を守れていれば、まぁある程度物になったと言える」

 鬼鮫は「それに」と言葉をつづけた。

 「力を押さえてるとはいえ、私の分身相手にほんの少し攻撃をかすめただけでも十分だ。相手にもよりますが、あれだけできれば体術でなら中忍レベルの忍と多少はやりあえる」

 「え?そうなの?」

 今までも、ただただ鬼鮫に翻弄されっぱなしだった水蓮には驚きの言葉だった。

 

 そんなに強くなっていたなんて…

 

 水蓮は自分の両手をじっと見つめる。

 そんな水蓮に、鬼鮫が「まぁあくまでも、防御という点でですがね」と言いフッと笑った。

 「あなたはとんだ逸材だ」

 水蓮は思わず鬼鮫を見上げる。

 「あなたに体術を教えた人物も、さぞかし教え甲斐があったでしょうね」

 その言葉に水蓮は少し視線を落として答えた。

 「父親に教わったの…」

 「そうですか…」

 「うん」

 水蓮の脳裏に父親の姿が浮かぶ。

 

 『さすがは俺の娘だ!』

 

 大会で優勝した時の嬉しそうな顔… 

 本当にうれしかった。

 空手が好きというより、お父さんが喜んでくれたから…

 

 それが嬉しく、水蓮は頑張った。

 だが中学に入ってしぱらく後、水蓮は空手をやめた。

 理由はその年頃にありがちな、【女の子らしくありたい】という物だった。

 

 当時の水蓮は様々な大会で入賞し、名を馳せていたため、好きな子ができてもなかなか想いを実らせることができなかった。

 いわゆる【守ってあげたい】タイプとは程遠く、そういうタイプの友達に恋人ができていくのを見守るばかりであった。

 早朝も、放課後も練習ばかりでなかなか遊びに行けず、それが嫌になり空手から離れた。

 だか今その空手に助けられている。

 

 ごめんね。お父さん…

 

 ありがとう…

 

 「お父さんが教えてくれたのよ…」

 「そうですか」

 重ねて言う水蓮に、鬼鮫もまたそう答えて「さて」と、腕を組む。

 「あなたとの修行はここまでで終わりだ。あとは自分でさらに鍛えて行けばいい」

 「わかった」

 「ただ…」

 一瞬考え込み、鬼鮫はフッと笑みをこぼす。

 「頑張ったご褒美にもう一ついいものを教えてあげましょう」

 「え?」

 意外な言葉だった。

 どちらかというと自分に疑いを向けている鬼鮫から、そんなことを言われると思っていなかった水蓮は目を丸くした。

 この修行にしても【しぶしぶ】【気まぐれ】【暇つぶし】という要素が強かった。

 なのに、自分から何かを教えようなどと、水蓮は驚きを隠せない。

 鬼鮫もまた、自身の行動に少なからず驚きはあった。

 だがそういう気になった事が府に落ちる所もあった。

 この短期間にここまで伸びた水蓮を見て、鬼鮫は『面白い』と感じていたのだ。

 強い者が才能あるものに触れた時、育てたいという感情が無意識に芽生える。

 だが自分と水蓮の関係上、下手なことはできない。

 とはいえ、忍としての訓練を受けていない水蓮が、今から何をどうしたところで、自分たちの脅威になるほどの物を身に着けられるとは思えない。

 鬼鮫の中で『許されるギリギリ』のところでの行為であった。

 それに、これまでのイタチへの献身的な態度を見て、鬼鮫の中からは水蓮への警戒はかなり薄れていた。

 「ただし、一緒について教えるのは今日だけです。物にできるかどうかはあなた次第だ」

 そう言って一枚の紙を取り出した。

 「これにチャクラを流してください」

 水蓮は見覚えのあるその紙を受け取り、チャクラを集中する。

 その紙にチャクラが流れた瞬間、紙が姿を変える。

 それを見て鬼鮫は少し楽しげに笑った。

 「どうやらあなたは我々とは相性がいいらしい。とくにイタチさんとはね」

 その言葉の意味を解し、水蓮は強くうなずいた。

 

 

 

 それからさらに幾日かが過ぎ、二人が戻ってきてから一ヶ月がたった頃。イタチと鬼鮫に暁から呼び出しがかかった。

 「また任務ですかね」

 「どうだろうな」

 二人はそれぞれベッドの上に座り、組織との通信に備える。

 その様子を見ていた水蓮に、ふいに鬼鮫が視線を投げ、イタチに向き直る。

 「どうしますか?」

 しばし考え、イタチは「イヤ…」と呟くように言う。

 「まだ報告の必要はないだろう。何も掴めていない状態であれこれ聞かれても面倒だ」

 「確かに、そうですね」

 そして二人とも目を閉じて静止する。

 

 通信が始まったようだ。

 

 イタチ…。私の事まだ暁に言ってなかったんだ…

 

 水蓮はそんな事を考えながら、そっとイタチの側に座る。

 イタチの心に寄り添うのは容易ではない。

 

 せめて近くにいよう…

 

 水蓮はそこから始めようと考えていた。

 チラリとイタチの顔を見る。

 

 睫毛長いな…

 顔立ちも綺麗すぎだよね…

 この顔のシワっていつ頃からあるんだろ…

 それにしても顔の火傷の跡消えてよかった…

 

 いろんな事を考えながらジィっと見つめていると、ふいにイタチが片目だけを薄く開けた。

 「なんだ?」

 水蓮はビクッとして離れる。

 「あ、ごめん。何でもない」

 

 この状態でも多少動けるんだ…

 

 「ハハ…」と気まずく笑う。

 イタチは再び目を閉じ、二人は数分動かなかった。

 しばらくして、通信が終わったのか鬼鮫がため息をつき「面倒ですね」とぼやき、イタチが難しい顔で立ち上がる。

 「そう言うな、組織の命令は絶対だ」

 「イタチさんは従順ですね。ここに本来の目的はなさそうなのに…」

 「鬼鮫」

 イタチの鋭い視線に鬼鮫は肩をすくめ、水蓮に向き直る。

 「用ができました。準備ができ次第出発します」

 

 また暁からの任務…

 

 「わかった」

 少し緊張を含んだ声で水蓮が返す。

 「今回は海の向こうのようです。船や人員はすでにこの先の港町に用意されているようだ」

 「準備いいね」

 「忍以外にも組織にはある程度の人員がいるんですよ。それを維持するための資金集めも大変ですがね」

 鬼鮫はそう言って「案外地味な仕事もしますよ」とため息をつく。

「そうなんだ…」と返しながら荷をまとめようとする水蓮に今度はイタチが言う。

 「水蓮。お前はこのままここで待て」

 「え…でも…」

 イタチには話してないものの、一緒に行動できるように鬼鮫と修行してきたのだ。

 「大丈夫だよ、私…」

 「ダメだ」

 しかしイタチは水蓮の言葉を遮る。

 「行き先は数十年前に滅びた国で、今中がどうなっているか情報がなにもない。 何が起こるかわからない…」

 何かが起こったときに、水蓮を守りながらでは動きが取りにくい。

 すなわち『邪魔だ』とイタチはそう言いたいのだろう。

 水蓮は返す言葉が見つからず、うつむき黙り混む。

 しかし、思わぬところから手が差しのべられた。

 「いえ。水蓮は連れていきましょう」

 「え?」

 肩に手を置かれ、水蓮は鬼鮫を見上げた。

 「どういうつもりだ」

 イタチの空気がピリッと張りつめる。

 「あなたこそ、どういうおつもりですか。この間は相手が相手でしたから、邪魔にならぬよう置いて行きましたが、彼女は監視する必要がある。

 それに、目的地まで数日かかります。まだ完全とは言えないあなたの体の事を考えても、彼女は連れて行った方が良いでしょう。向こうであなたに倒れられたら任務に支障が出て困りますからねぇ。それに言ったはずですよ。『共食いには気を付けたほうがいい』とね」

 「…………………」

 イタチは目を細めて思い返す。

 二人が初めて会った時、鬼鮫がイタチにした話を…。

 鬼鮫はイタチに対して戦ってみたいとの意思を見せたあと、鮫の稚魚が仲間同士で共食いをするという話を引き、互いを監視し合う『暁』のツーマンセルの仕組みの中、イタチに『油断したら殺す』と忠告してきたのだ。

 そのうえ、鬼鮫はもしイタチが暁を裏切れば、自分がその始末役として、うちはの天才であり『一族殺し』の異名を持つ彼を殺せる事を光栄だととらえ、喜びをも感じている男だ。

 体調が不完全な状態で、自分と二人で行動することがどういう事か。

 鬼鮫はそれを改めて忠告してきている。

 イタチはそう悟り鬼鮫を鋭い眼差しで見据える。

 鬼鮫はその視線をどこか心地よさそうに受け止め口元に笑みを浮かべる。

 「体調管理は気を付けたほうがいい。組織のためにも、あなたのためにも…」

 イタチが何かを返そうとするが、それを遮って鬼鮫が言葉を重ねる。

 「それとも、あなたともあろうお人が、任務の達成率より他人の安否を優先させるおつもりですか。それに彼女は死なない。何かが起こっても庇う必要はないでしょう。いざとなれば盾にもなる。案外役に立ちますよ…」

 「鬼鮫…」

 二人を取り巻く空気がどんどん鋭く研ぎ澄まされていく。

 まるで切り合いが始まりそうな雰囲気だ…。

 その空気の重さに、水蓮の額に汗が浮かぶ。

 「あなたはどうしたいですか。水蓮」

 イタチを見据えたまま鬼鮫が言う。

 「私は…」

 チラリとイタチを見ると、その目は厳しく光り「来るな」と言っているようだった。

 水蓮はイタチの迫力に負けまいと、グッと両手を握りしめ強い口調で言う。

 「行きたい」

 イタチの側にいると決めた水蓮にとって、他に選択肢はない。

 しばらく沈黙が落ち、「だめだお前はここに残れ」と言うイタチの言葉に重なって、別の声が飛んできた。

 「うちはお断りだよ」

 イタチの後ろからネコ婆が姿を現す。

 「そう何度も預からないよ。孫ももう帰ってくるし、人手は足りてる。イタチ、その子は連れて行きな」

 何も受け付けない様子のネコ婆にイタチは諦めたように大きくため息で答え、水蓮に向き直る。

 「用意しろ」

 そう一言だけ言って水蓮の横を通りすぎ「武器を仕入れる」と鬼鮫と共にその場を去る。

 イタチの少し苛立っている様子に、水蓮は気まずくうつむいたが、ポンッとネコ婆が肩に乗せたその手のぬくもりに、顔をあげた。

 「頑張りな。あの子を頼むよ」

 「はい!」

 力強く答えて、水蓮はネコ婆に頭を下げ二人の後を追った。

 

 

 30分後、準備を終わらせた水蓮はネコ婆たちとあいさつを交わしていた。

 「デンカ、ヒナ。ほんとにいろいろありがとう…」

 思わず目の奥が熱くなる。

 「ああ。またいつでも来いよな。またマッサージ頼むぜ」

 「マタタビボトルも忘れたらダメだフニィ…。元気で過ごすフニィ…」

 デンカとヒナが、語尾をさみしさに震わせたので、水蓮はこらえきれずに抱きしめた。

 「また来る。絶対来るね…」

 「ああ」

 「待ってるフニィ」

 最後にデンカとヒナの頭を撫でる。

 そしてネコ婆に向き直る。

 「ネコ婆様…」

 「水蓮、達者でな」

 優しく微笑まれ、水蓮はネコ婆に抱きついた。

 こちらの世界に来て初めて、何のわだかまりもなく、自分が何者かも問わず、ただ一人の人として関わってくれた。

 水蓮にとっては大きな救いと支えになった人物だ。

 「本当にありがとうございました」

 「ああ。気をつけて行きな」

 「はい」

 頷く水蓮にネコ婆は「これを持っていきな」と、水蓮にお守りを渡した。

 ネコの形をしたそのお守りを、水蓮は大事そうに握りしめて懐にしまう。

 「ありがとうございます」

 「ああ。イタチ、ちゃんと守ってやるんだよ!この子には治療してもらった借りが有り余るほどあるんだからね」

 念を押すように言われ、イタチは頷きを返し、深々と頭を下げた。

 「お世話になりました」

 その一言には、今回の事だけではなく、今までのすべてがこめられていた。

 

 イタチはもうここには来ないつもりなんだ…

 

 水蓮はまたこぼれそうになった涙を必死でこらえた。

 

 泣いてばかりいたらだめだ…

 強くならないと…

 

 「あとの事は任せておきな」

 ネコ婆の言葉に、水蓮とイタチの脳裏にサスケの姿が思い浮かぶ。

 イタチはもう一度「ありがとうございます」と、頭を下げた。

 そのとなりで、鬼鮫が頭を下げぬまま「一応お礼は言いますよ」と言ってデンカとヒナをジトリとにらむ。

 「まぁ、私はおつりがくるくらい借りは返したつもりですがねぇ」

 「ハハ。鬼鮫、また来いよ」

 「またこき使ってあげるフニィ」

 「いや…遠慮しておきましょう」

 本気で、素の口調で答える鬼鮫に水蓮は思わず笑った。

 「そろそろ行くぞ」 

 イタチのその言葉に二人は頷き【空区】をあとにした。

 水蓮は門を出たところでもう一度振り返り頭を下げ、振り向かず歩いてゆくイタチと鬼鮫の後に続いた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。