いつの日か…   作:かなで☆

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第百十七章【託されしもの】

 「なぜそんなことを…」

 イタチが何をしようとしているか。

 思いもよらぬことを聞かれ、水蓮は動揺をあらわにした。

 「何か知っておるようだな」

 「どうして…」

 自来也は「質問しているのはワシだ」と返したが、フッと小さく笑った。

 「まぁいい。ひとまず答えてやろう」

 水蓮のそばに身を下ろしたまま自来也は続ける。

 「ワシがここに忍び込めたのは、ワシが優れた忍びだったから…と言うだけではない。この里へと入り込むための道が用意されていた」

 「道…?」

 「そうだ。その道は特殊な結界によって隠されていた。その術は木の葉独特の物で、極めて火影に近しい人物だけが知る物。その目印もまた然りだ」

 「イタチが…」との水蓮のつぶやきに、自来也はうなづいた。

 「他にここでそんな事を出きる奴が思い当たらん。扱いも難しい物だからのぉ」

 3忍と謳われる自来也がそう言うのだから、よほど高度な物なのであろう。

 ましてペインに気づかれていないとなれば、その程度の高さは考えるまでもなかった。

 「見つけたときは罠かとも思ったが、それにしては絶妙な場所に出た。こちらにとってな」

 

 それはイタチによるものだと水蓮は確信していた。

 

 自来也が里に侵入した時、水蓮とほぼ同時にイタチはその気配を感じ取っていた。

 だがあの時の様子から見て、特にあたりを感知していたわけではない。

 それでも、感知を張り巡らせていた水蓮と同じくその気配を捉える事が出来たのは、イタチ自身が仕掛けていた結界を自来也がすり抜けたからだったのだ。

 

 「イタチ…」

 

 固く握りしめられていた水蓮の両手がさらにぎゅっと握りこまれた。

 

 

 イタチは、いつか木の葉の誰かがここにたどり着くと信じていた…

 その時のための道しるべを、危険を承知で用意していた…

 里の未来のために…

 

 自分には出来ない事を託すために…

 

 見ようによれば人任せに取られるのかもしれない。

 だけどそこに、里の仲間への熱く深い想いがあることを水蓮は感じていた。

 

 必ず何かを先へとつなげてくれるという信頼と、どうか…どうか…という祈り。

 

 今となっては表に出すことができない絆を、イタチはずっとなくすことなく持ち続けていたのだ。

 

 「……っ…」

 

 イタチの深い想いに胸の奥が苦しく、熱くなる。

 決して泣くまいと思っていた水蓮の瞳から、ポタリとしずくが落ちた。

 それはどんどん数を増やして空間の中に落ちては消えてゆく。

 「ここはワシの意識の中だ」

 自来也の声は先ほどまでとは違い、ひどく優しい物だった。

 「その涙からお前自身が伝わってくる」

 スッと指で水蓮の涙を拭い、自来也は改めて聞いた。

 「イタチは何をしようとしている」

 水蓮は必死に息を整えて、それでも涙を消すことができぬまま答えた。

 「あの人は…。イタチは、里を救おうとしています。忍の世界を救おうとしています」

 

 誰にも言う事の出来なかった真実を初めて口にして、水蓮の中で何かがはじけた。

 

 「誰にも言えず、誰にも見せず、ずっと戦ってきた。ずっと…ずっと耐え忍んで、戦ってきた」

 

 悪夢にうなされながら、闇に押しつぶされそうになりながら、それでも戦い続けてきたイタチの姿が浮かぶ。

 あれほどまでに重い物を背負いながらも、里を想い穏やかに笑うその笑顔が…

 

 「あの人は、ずっと里を守ってきた。今までずっと。今も守り続けている。これからも」

 

 ずっと…ずっと…

 

 水蓮はそう繰り返して、自来也を見つめた。

 

 「あの人は、誰よりも里を愛してる」

 

 まっすぐなまなざしを受け、自来也は静かに立ち上がって目を閉じ黙した。

 

 数秒…

 

 静寂が流れ、ぽつりと自来也がこぼした。

 「まさか…」

 深く…深く息が吐き出された。

 ゆっくりと開いた瞳には苦しそうな切ない色が浮かんでいた。

 「イタチの事を深く知っているわけではない。それでも幾度かは会った事も話したこともある。火影からあいつの事も聞いていた」

 一度言葉を切り、自来也は「解せなんだ」とつぶやいた。

 「なぜあいつが…。何度もそう思った。そんなはずがないとな。そして後に、あの頃うちはの中に不穏な動きがあったという話を聞いて、まさか…と、ある考えが浮かんだ」

 「自来也様」

 水蓮の震えた声と同じように、自来也の手が小さく震えていた。

 

 その震えをそのままに、大きな掌がギュッと強く握りしめられた。

 

 水蓮の瞳からあふれたままの涙が、粒を大きくした…

 

 

 この人は気づいている…

 

 

 イタチの真実に…

 

 

 涙止まらぬ水蓮に、自来也は静かに問いかけた。

 

 「そうなのか?」

 聞いてすぐに「いや」と打ち消す。

 そして強い口調で「そうなのだな」と確認の言葉に変えた。

 水蓮はじっと自来也を見つめたままで「はい」と力のこもった声で答えた。

 「そうか…」

 深く大きく息を吐き出してまた少し口を閉ざし、自来也はハッとしたように水蓮を見た。

 「まさか…」

 再びそうつぶやいて言葉を続ける。

 「桔梗はイタチか?」

 思わぬ名前が出て水蓮が顔をはじきあげる。

 イタチが使うその名…

 「どうしてそれを…」

 「やはりそうなのか」

 もはや何も隠すまいと、水蓮はうなづく。

 「そうであったか…。なるほどな。そうか…そういうことか」

 自来也は一人納得を重ねて小さくうなだれた。

 「火影の命を受けて里外で動く諜報員がいると聞いていた。その者とやり取りをしている里の情報屋からワシも情報を受け取っていた。この場所のてがかりもな…」

 「…そうですか…」

 「どうりできわどい情報を持っておるわけだ」

 自来也はどこか少し悔しそうな表情を浮かべて片手で顔を覆った。

 「あいつはずっと一人で…」

 これまでのイタチを想像したのか、自来也の体から怒りとも悲しみともつかない複雑な空気が溢れた。

 それが少しずつおさまりを見せ、自来也が水蓮に視線を向けた。

 「だが今は、お前がそばにいてくれるのだな」

 水蓮は静かに笑んで「はい」と答えた。

 

 それと同時に水蓮の体が色を薄くした。

 自来也の体も同じく薄くなる。

 

 

 もう時間がない…

 

 

 「わかった」

 

 自来也が水蓮に手を差し出した。

 大きなその手を取ると、とても暖かかった…

 

 

 「お前が何者なのか気になるところではあるが、どうやらそれを聞いている程の猶予はもうなさそうだ」

 薄れゆく自身の体を見て小さく笑いながら、自来也は水蓮をゆっくりと引き起こした。

 その表情は驚くほど優しかった。

 「信じよう」

 

 そっと水蓮の両手が包み込まれ、そこに淡い光が溢れた。

 

 柔らかく、あたたかく、穏やかで優しい光…

 

 自来也の心の中にある、ナルトへの想いがその光の中に込められていた。

 

 小さな水晶のようなその光を、水蓮は一度抱きしめて広げた手のひらに乗せて掲げた。

 

 「私の口寄せ獣に守らせます」

 自来也は「それなら安心だのぉ」と笑った。

 

 出雲の小さな嘶きが聞こえ、すぅっ…と自来也から受け取った想いが薄れて消えた。

 

 「頼んだぞ」

 「はい。必ず…必ずナルトに渡します」 

 「ああ」

 嬉しそうにうなづき、しかし自来也は、すぐには渡さぬよう水蓮に言った。

 「なぜですか?」

 機をうかがってなるべく早くと考えていた水蓮は即座に聞き返した。

 自来也は少し遠くを見るようなまなざしを浮かべていた。

 「ワシの死を受けて、あいつは悲しみ、絶望し、ワシを殺した相手を恨み憎み、暗い闇の中に沈み込むだろう」

 「だから…」

 「だからこそだ」

 重ねてすぐに渡さぬようにと言う自来也に、水蓮もまた「なぜです」と繰り返した。

 自来也は少し辺りを見回し、一点を見つめて口を開いた。

 「死によってもたらされた闇は、死にゆく者の力で乗り越えるものではない」

 穏やかな表情で見つめるその先には、きっとナルトの姿が見えているのだろうと、水蓮もそちらを見つめて自来也の言葉を聞く。

 「これからを共に戦い、共に泣き、笑い、共に進んでゆく者の力によってなされなければならん。それを求めねばならん。それが【これからを生きる】という事であり、未来を作る力となるのだ」

 「これからを生きる…」

 「そうだ」

 答えた自来也の表情には、少しの不安も心配の色もなかった。

 「あいつは大丈夫だ。大切な事はもうちゃんと教えてある」

 「…何事も諦めないど根性…」

 思わずこぼれたその言葉に、自来也は「おお?!」と目を見開いて驚いたが「そうだ」とすぐに笑って返した。

 「これからいったい何が起こるのか、それは分からん。だが、必ずあいつが世界を救う。それからでいい。すべてが終わったその時に、あいつに渡してくれ」

 ニッ…と笑い、自来也の体がさらに薄れはじめた。

 「もう限界のようだな」

 「あの!」

 水蓮が慌てて声を上げる。

 「あなたの体をどうしたら…」

 できる事なら何とかして木の葉に…と思っていたが、自来也は「心配ない」と返した。

 「お主のおかげで何とか最後に術が使えそうだ。ワシの体は誰の目にも触れぬところに飛ばす。万が一にでも何事かに利用されてはたまらんからな」

 右手だけでゆっくりと印を組み、自来也は水蓮に「ありがとう」とそう言って笑った。

 だが水蓮はうなづくことができず、涙を流した。

 

 「ごめんなさい」

 

 口からこぼれた言葉はそれだった。

 

 何としても救いたいと思ってここまで来たのに、結局は救えなかった。

 その事が重く心にのしかかっていた。

 「ごめんなさい…」

 そう繰り返す。

 不意に自来也の大きな手が水蓮の髪を撫でた。

 「謝ることはない。お主のおかげでナルトに残すことができた。それで十分だ」

 「でも…」

 「だがそれでも納得がいかんのなら、もう一つ頼まれてくれ」

 お互いの姿が薄れを極める中、自来也の言葉が静かに響く。

 「あいつに…。イタチに伝えてくれ」

 

 自来也の体からまばゆい光が溢れ、あたりを白く染め上げてゆく。

 その光の中に溶け込みながら、自来也の最期の言葉を水蓮はしっかりと受け取った。

 

 

 「里を頼む」

 

 

 

 …まるでその言葉を合図にしたかのように、光が一気に膨れて広がった。

 

 「……っ」

 まぶしさに瞳を閉じる。

 次に目を開くと、そこにはもう自来也の空間はなく、出雲の背に戻っていた。

 ハッとして視線を落とすと、自来也の体はほとんど見えなくなっていたが、かろうじてまだそこにとどまっていた。

 水蓮は薄れゆく自来也の手を強く握りしめ「必ず!」と伝えた。

 

 

 消える寸前…

 

 

 自来也が小さく微笑んだような気がした…


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