いつの日か…   作:かなで☆

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第百十五章【成すべき事】

 タイミングが合うかどうかは賭けだった。

 それでも世界の理が必然であるならば、もしそこに自分が必要とされるのならば、重なると信じていた。

 そして今、それがその通りになった…

 

 

 ここで、この時に、自分にやるべきことがある

 

 自分にしかできないことがあるはず

 

 

 

 そのために原作の流れを必死に思い出して、組織から知らせが来る前に…事が起こる前にと、決意したのだ。

 

 「もう何もできないままで終わりたくない」

 

 

 水蓮は気配を探りながらスピードを上げた。

 

 拠点である塔を出ると、雨は止んでいた。

 「急がないと…」

 急く気持ちを抑えて集中し、感知をめぐらせる。

 だが…

 「遠い…」

 目指す場所までは思ったよりも距離がある。

 水蓮はあたりを見回し、水の流れる音を捉えてそちらに足を向けた。

 地層の高い今の場所からいくばか下ると、激しく水が流れる幅広い水場へとたどり着いた。

 水際に腰を下ろしてカバンから付箋ほどの紙を取り出す。

 流れる水につけると濡れた部分がくっきりと変色した。

 「ここ…」

 色の変わった紙を見つめ、水蓮はひとつうなづく。

 塩分に反応するその紙の表す事。

 「海とつながってる」

 これならと、水蓮は流れの弱い場所を選んで水の上に立ち印を組んだ。

 ポン…っと小さな音を立てて巻物が現れる。

 それを開き水面に浮かべ、親指を噛み切って血をしたらせた。

 

 タン…と手をつき…

 

 

 「口寄せの術!」

 

 

 ドウッ!

 

 

 軽く煙を立たせて水中にイルカほどに大きさを抑えた出雲が姿を現した。

 

 「出雲、いける?」

 海に比べるとやや塩分が低い。

 口寄せ獣とは言え大丈夫だろうかと、心配になる。

 だが出雲は平気な様子でくるりとまわり、まるでうなづくかのように体を揺らした。

 揺れた体から光が放たれ水蓮を包み込む。

 その光によって呼吸を守られながら、水蓮は出雲と共に水中へと身を沈めた。

 目的の場所は広い水場。

 うまくつながっていることを祈りながら水蓮は気配を追って水中を猛スピードで進む。

 思いのほか深さがあり、そう難なく移動を許され、まるで導かれるかのように水蓮は目的の場所へとたどり着いた。

 

 

 水中から大きく伸びる岩陰に身を隠し、ほんの少しだけ顔を出す。

 

 

 ドォォッ!

 

 

 突如大きな爆音が鳴り響き、いくつもの瓦礫が水中に飛び込んできた。

 

 「…っ!」

 気配をこぼさぬよう意識しながら襲い来た風圧に耐え、そのおさまりを見て再び辺りを伺い見る。

 

 いた…

 

 幾度か見まわし、目指した気配の主を目に捉える。

 

 そこにいたのは2匹の妙朴山のガマを肩に乗せた、自来也であった。

 

 「小僧!お前左腕が!」

 

 左肩に乗ったガマが声を上げた。

 「わかっとります…」

 表情をゆがませて返す自来也。

 

 それは原作で見た光景そのままであった。

 

 記憶の中にあるままの仙人モードの自来也。

 ペインの攻撃で左腕を奪われ、厳しい表情で水面に立っている。

 「どういうことじゃ!」

 右肩に乗ったガマ…フカサクが声を上げた。

 「さっきまでの3人とは顔が違う」

 自来也が神妙な面持ちで、ペインがいるのであろう方を睨み付ける。

 「おそらく前もって口寄せしておいたんでしょうのぉ」

 「そうか…ワシらの幻術にかかりきる前に…!」

 フカサクの言葉の終わりに合わせるように、重々しい声があたりに響いた。

 

 「さてと」

 

 ゾワリ…

 

 水蓮の体があわ立った。

 覚えのあるおぞましい空気が全身を一気に包み込み、生きた心地を一瞬にして奪う。

 指の先から冷たさが広がり心臓が凍りつくような感覚に陥った。

 

 静かに吐き出した息が、白く染まったような気がした…

 

 ザ…ッ!ザザンッ!

 

 いくつもの地を蹴る音。

 最後の一音が鳴り終わった後には、恐ろしいほどの静けさがあたりを支配していた。

 その中心に自来也達の目が向けられる。

 次いで水蓮もそちらに目を向ける。

 

 体が小さく震えた…

 

 極限まで研ぎ澄まされた空気の中に、声が響き渡った。

 

 「ペイン六道…。ここに見参」

 

 

 集まる視線のその先に、6人のペインの姿があった。

 

 圧倒的な存在感と威圧感。

 ほんの少し動いただけで気取られてしまいそうな緊張。

 呼吸をする事さえもひどく恐ろしく感じられた。

 

 息をひそめて様子を伺い見る。

 自来也は分析のためペインにいくつもの言葉を投げかけていた。

 

 この状況。もう近い…

 

 水蓮は原作を思い返して機を計る。

 ほどなくして自来也はフカサクに暗号を託して水中に沈むはず。

 

 その時を待つ…

 

 出雲に目で合図を出し、静かに水中深くへと入り込んで水面を見上げる。

 その瞳に強い決意の色が溢れた。

 そこに秘められた、危険を冒してまでも成し遂げたかった事。

 

 それは、自来也を助ける事であった。

 

 もう誰も救えないままで終わりたくない。

 知っている自分だからこそできる事。

 それを見過ごしたくない。

 

 その想いでここまで来たのだ。

 

 必ず助ける

 

 だが戦いに割って入るわけにはいかない。

 イタチの事、イタチを守るために自分の身を守る事。

 それは絶対的に崩してはならない。

 身を出して自来也を助けることはできなかった。

 

 しかしそうでなくとも、とても自分が入れる戦いではないことを、ひしひしと感じていた。

 随分と深く潜ったこの場所ですら、戦いに渦巻く【気】は今までに感じたことのないすさまじさ。

 

 チャクラと殺気の重量…質量。

 それがぶつかり合う振動と衝撃。

 

 それらが水を伝ってびりびりと肌を刺す。

 

 この世界で自分が見てきた戦いとはまるで次元が違っていた。

 

 これが3忍と言われる者の戦い。

 隙を見てなどと言う言葉はまったく通用しない世界。

 気づかれぬよう自身の身を隠すとこが精いっぱいであった。

 それも出雲の光の力が大きいようで、自分の力だけでは容易にペインに見つかっていたであろうと、水蓮は小さく喉を鳴らした。

 

 ほどなくして、水面に大きなしぶきが上がった。

 水中も激しく荒れ、白い水泡が水蓮の視線の先にあふれ広がる。

 その泡の中にほんの一瞬フカサクの姿が見え、消えた…

 

 来る…

 

 

 その思考に答えるように消えゆく泡の中から自来也が現れた。

 力なくただただなされるがままに水中へと沈んでくる。

 水蓮はすぐにでも引き寄せたい気持ちを抑え、じっと待つ。

 

 まだ上にはペインの気配がある。

 そしてそのそばに別の気配が一つ…。

 

 ゼツの物であった。

 

 感知の力が強いゼツがいる状態で動けば、気取られる危険がある。

 

 まだ動けない…

 

 グッとこらえる水蓮のそばまで自来也の体が漂い来る。

 感じ取れるその命の力は今にも消えそうなほど小さい。

 それでも、まだ動けない。

 

 早く行って…

 

 両手を強く握りしめ、水面と自来也を交互に見つめる。

 息を飲んで機を待つ水蓮と自来也の体が交差し、それをまるで合図にしたかのようにペインとゼツの気配が消えた。

 それでも完全にそれが遠ざかるまで数秒待ち、水蓮はようやく動くことを許された。

 

 「出雲お願い」

 急いた声に答えて出雲が光りを伸ばし、自来也の体を包み込んで引き寄せる。

 そのタイミングを見て水蓮は結界を張り巡らせ外から自分たちを切り離した。

 出雲の力でそばまで来た自来也の体を抱きとめそばに寝かせる。

 「まずはこれを…」

 ペインの攻撃で受けた黒い棒を抜き取ろうと手をかける。

 「……っつぅ!」

 ジュゥッと嫌な音を立てて、てのひらから一瞬煙が立った。

 慌てて離した手は赤く焼けていた。

 「なにこれ…」

 慌てて手のひらに治癒を施す。だがいつもより治りが悪く、びりびりとした痺れがなかなか薄れない。

 「チャクラが…乱される」

 ほんの少し触れただけでこの有様。

 

 何本も体に刺し込まれた自来也は…

 

 水蓮は自身の治癒をそこそこに、手に九尾のチャクラをめぐらせた。

 

 早く取り除かなければ

 

 ゴクリと喉を鳴らしながら慎重に手をかける。

 先ほどよりはましなものの、熱湯を触っているような熱さを感じ、額に汗が浮かんだ。

 それでも何とかそのすべてを抜き去り、出雲の放つ光の外へと放り出した。

 すぐさま自来也の体に手をかざし、ありったけのチャクラを流し込む。

 本来急激な回復は本人の体力を奪う。

 だが今の自来也はそれを気にしている場合ではなかった。

 とにかくチャクラを注ぎ込んでほとんど消えた命を無理やりにでも呼び戻さねばならない。

 その体にとどまることをあきらめた生命力に呼びかけねばならないのだ。

 

 「絶対に死なせない!」

 

 水蓮は自身のチャクラに九尾のチャクラを織り交ぜて力の限り自来也に注ぎ込んだ。

 

 原作で自来也の死を見たとき『よりによってどうしてこの人物が死ぬのか』と、そう思ったことを思い出した。

 自来也が死んだら、誰がナルトを導くのか。誰がナルトを支えるのか。誰がナルトを守るのか。

 誰がナルトと共に生きるのか。

 

 自来也以外に本当の意味でナルトの心を救える人はいないのに…とそう思った。

 あまりにショックで、夜なかなか寝付けなかった。

 

 誰か何とかして救えなかったのかと、悔しくなった。

 

 その場面に自分がこうして居合わせることができたのだ。

 きっと自来也を救えるはず。

 

 「死なせない」

 

 グッと体に力を込めて、チャクラを注ぐ。

 

 必ず…必ず自来也をナルトの元に帰して見せる!

 

 この人は死んではいけない。

 

 「死なせない」

 

 ナルトにとって、必要不可欠な人なのだ。

 

 「死なせない」

 

 チャクラの圧に水蓮の髪が浮き上がり、静かに赤く染まりだす。

 

 なにがなんでも…。その想いでひたすらにチャクラを注ぎ続ける。

 

 「絶対助ける。死なせない。死なせない」

 

 そう決めてここまで来た。

 

 自分の身を案じ『ここへは近寄るな』と言った小南の言葉に反してでも…

 

 何も話さず、イタチを欺くような事をしてでも…

 

 失敗すれば死ぬかもしれないという危険を冒してでも…

 

 やり遂げるとそう決めてここへ来た…

 

 何があっても救ってみせると、そう決意してここへ来たのだ。

 

 

 

 それなのに…

 

 

 

 「どうして…」

 

 ポタリ…と、大粒の涙が水蓮の瞳から自来也のほほに落ちた。

 

 「どうして…」

 

 次々と涙が数を増やして溢れ落ちる…

 

 その雫で濡れてゆく自来也の頬は、少しの色も取り戻さない…

 

 水蓮の送り込むチャクラに、自来也の命は少しの応えも見せようとはしなかった…

 

 「どうして…。どうしてなの」

 

 そんなはずはないと、水蓮は必死にチャクラを送り込む。

 

 だがやはりその呼びかけに、自来也の命は応じなかった。

 

 左腕と、ペインの攻撃によって負った傷も、出血も、無理やりではあったがふさいで止めた。

 

 内臓の損傷はすべてではないが、致命傷をなんとかぎりぎり免れる程度まで治癒した。

 

 だがそれでも、自来也の中に生気は戻ってこなかった。

 

 その原因はおそらくペインのあの黒い棒なのだろう。

 水蓮は先ほどそれを投げ捨てた方を見て、ギュッと唇を噛んだ。

 口の中に、血の味が広がった。

 

 色の戻らない自来也の顔を見て、少しずつ体から力が抜けてゆく。

 完全に消えはしないものの、注ぐチャクラも弱くなる。

 

 瞳からは、止まることなく涙があふれたまま…

 

 「またなの…?」

 

 ポツリ…と、静かな空間の中に水蓮の言葉が落ちた。

 

 「またなにもできないの?」

 

 今までの事が脳裏を駆け廻る。

 

 知りながらに救えなかった命が、次々と浮かんでは消えてゆく。

 

 「私には何もできない…」

 

 悔しかった…。

 目に前にある大切な命を救えない無力さ。

 知っていたのに、ただ見ているだけしかできない情けなさ。

 救えないのに救えると思い込んでいた愚かさ。

 

 すべてが胸の中に激しい痛みをもたらした。

 

 何のためにここに来たのだろうか

 何のために居合わせたのだろうか

 何のために間に会ったのだろうか

 

 その想いが頭の中を幾度もめぐる

 

 

 幾度それが渦を巻いただろうか…

 不意に、懐かしい声が響いた。

 

 

 『すべての事に意味がある』

 

 

 ハッとして顔を上げる。

 どこからともなく聞こえたそれは、懐かしい両親の声だった。

 

 そして次に、タゴリの声が聞こえた。

 

 『すべては必然なのだ』

 

 

 「意味…。必然…」

 

 つぶやきと同時に思考が変わる。

 

 なぜ自分はここにいるのか

 なぜここに居合わせたのか

 なぜ間に合ったのか

 

 数度心の中に問いかけ、水蓮は再びチャクラを練り上げた。

 自来也の命はかろうじてまだここにある。

 

 「まだできることはある!」

 

 水蓮は冷たくなり始めた自来也の手を取り、チャクラを注ぎながらその手を自分の額に引き寄せた。

 「出雲、力を貸して」 

 言葉に応じて出雲が小さく鳴いた。

 新たな光が現れて水蓮と自来也を包み込んでゆく。

 その光が、少しずつ水蓮と自来也の意識をつなぎ合わせていった。

 

 今までに水蓮はイタチ以外の人物の意識に入ったことはない。

 つい先ほども自来也の意識に集中してみたものの、入れなかった。

 だが出雲の力があればできるとそう思った。

 剣のカケラを解き放つための術式を受け取る際、出雲の意識へと入る事が出来たのは出雲の導きがあったからであった。

 それが出雲の能力であったのだ。

 水蓮が持つその力も、もともとは出雲から授かった物なのかもしれないと、あの時そんなことを思った。

 

 フォオォン…

 

 出雲が小さく嘶いた。

 

 その優しい奏から生まれた力が、自来也の意識へと水蓮を静かに導いた。


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