いつの日か…   作:かなで☆

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第百十四章【一人…行く】

 他里に比べて厳戒な警備体制にある雨隠れの里。

 入国の際には厳しい審査があり、滞在期間中は徹底した監視下に置かれる。

 「合同中忍試験の際にもその手続きは困難を極める。他になく厳格で閉鎖的な場所だ」

 その一角に暁の本拠地があるとイタチは深い森の中を歩きながらそう話した。

 歩みを進めるにつれて空は暗くなり、森を抜ける頃には細かい霧雨が降り始めていた。

 「いつも決まった時にペインが雨を降らせている」

 イタチはそう言って空を見上げ、いぶかしげな顔をした。

 「今日は違うんだがな…」

 「そう…」

 小さく答えた水蓮にイタチは笠帽子をかぶせて、高台から眼下を見下ろした。

 その背から覗き込んだ水蓮の瞳に雨隠れの里が、細かい雨の中に霞ながらもはっきりと映し出された。

 

 静まり返ったその里は、寂しく悲しげ…。

 だがそれにも増して、鋭い恐怖を滲み広げているように感じられた。

 「ここでは長い間内戦が繰り広げられている。二つの勢力がその力をぶつけ合い、そのうちの一つを暁が取りまとめている。内部はかなり不安定な状態で、それゆえ入出に関して厳しい。というのが表向きだ」

 「表向き…」

 「ああ。実際には内戦はすでに終結している。この里を収めていた服部半蔵と言う男をペインが倒し、今や里は暁が取りまとめている」

 低く落とした声でそう言い、イタチは角度のある傾斜に足を踏み出し、水蓮に「飛べるか?」と聞いた。

 「うん。大丈夫」

 「離れずについて来い」

 さっと地を蹴り木々を伝って里へと向かうイタチに水蓮も続く。

 ややあって、二人は里の裏手に着地した。

 「暁の一部の人間だけが使う入口がある」

 イタチが目の前にある崖にチャクラを少しだけ流し、淡く光るそこに指輪をコツリと当てた。

 音もなく壁の一部が消え、何もなかったそこにぽっかりと穴が開く。

 「強い結界がはられている。いかに気配を殺しても内部への侵入はペインに伝わる」

 

 進んだ先にはペインがいるかもしれない…

 

 以前ペインに記憶を探られそうになった時の恐怖が鮮明によみがえり、水蓮は少し体を固くした。

 

 それでも行かなければならない。

 自分で決めたことは、なにがあってもやり遂げる。

 

 水蓮はグッと手を握りしめてうなづいた。

 

 「大丈夫。行こう」

 

 イタチは小さくうなづきを返して長く伸びる通路へと足を踏み入れた。

 中は気温がやや低く、肌に感じるその冷たい空気がまるで緊張を呼び集めてくるようだった…。

 しばらく進むと薄暗さが取り払われ、明るく視野が開けた。

 とは言っても広い場所に出たわけではなく、そこは建物の廊下。

 窓はあるものの雨が降り続ける外から光はなく、灯されている明かりも必要最低限。

 外から繋がる通路に比べれば明るいが、薄暗い事に変わりはなかった。

 以前はゼツに連れ去られて直接どこかの部屋に出たためここがすでに本拠地なのかどうか分からない。

 それを問おうと口を開き、水蓮は息を飲んだ。

 廊下の向こう。姿は見えないが気配を捕えていた。

 静かな動きでイタチが水蓮を背に隠す。

 現れたのはペイン。その後ろには小南の姿もあった。

 水蓮の姿を捉えて小南の目がほんの少し見開かれた。

 「なぜ…」

 「イタチ。何の用だ」

 小南の声にペインの低い声が覆いかぶさった。

 呼び起こされた嫌な記憶に水蓮の肩が揺れる。

 あの時のように殺気を向けられているわけではない。

 それでもペインからは冷たい何かが放たれているようで、体が強張る。

 「部屋に置いたままの薬を取りに来た」

 イタチは部屋があるのであろう方角をちらりと見る。

 そんなイタチをペインはじっと見据え、言葉のないまま数秒が過ぎた。

 「何か変わりはあったか?」

 返答を返さないペインにイタチが問う。

 ペインは「いや」と短く答えて背を向け、もう一度「いや」と繰り返して振り向いた。

 「一つ、言っておくことがある。九尾はオレが狩る。お前は…わかっているな」

 イタチはしばし黙して静かな声で「わかっている」と答えた。

 「しくじるな」

 冷たい声でペインはそう言い残し、場を去って行った。

 「用が済んだらすぐに出なさい」

 小南の声が冷たく響く。

 視線はイタチに向けられている。

 だがその言葉は水蓮に向けられているように感じられた。

 小南はイタチの「承知した」との返答を聞き、静かにペインの後に続いた。

 

 ふぅ…と知らず深い息が水蓮の口からこぼれた。

 強張っていた体から力が抜けてゆく。

 「大丈夫か?」

 「うん」

 笠帽子をはずし、水蓮は笑みを向けた。

 「それで…どうするんだ?」

 何も聞かされぬままのイタチが問う。

 水蓮は近くの窓から空を見上げて答えた。

 

 「イタチの部屋に行こう」

 

 

 『変わりはない』

 

 ペインの伝えたその事を思い返し、水蓮の瞳に力がこもった。

 

 

 まだ何も起こってはいない…

 

 

 空から落ちる雫が窓に当たりコツコツと固い音を響かせる。

 

 

 「そこで待つ」

 

 

 雨が激しさを増し始めていた…

 

 

 

 

 

 本拠地には多くの部屋があり、それぞれに個室が与えられていた。

 それでも皆滅多な事では来ず、忍具の予備を置いておく倉庫のような用途で、尾獣の封印の前後に1日2日寝泊まりしていただけなのだとイタチはそう話した。

 「一番よく来ていたのはサソリだろう。傀儡関連の物を良く保管しに来ていたようだからな」

 「そうなんだ…」 

 通り過ぎるいくつものドア。その中にサソリやデイダラ達の…もう使われることのない部屋があるのだろうと思うとどれもひどく寂しげに見えた。

 「ここだ」

 イタチが自身に与えられた部屋を開け中に入る。

 鍵は取り付けられておらず、扉は必要以上に大きい。

 入ってすぐ正面には大きな窓がありカーテンも何もつけられていない。

 どの部屋も同じなのだとしたら、メンバーがめったに来なかった理由が分かるような気がした。

 「すごく落ち着かない…」

 イタチが思わず小さく噴き出した。

 「ああ。オレも初めてこの部屋を見たとき同じことを思った」

 窓際に置かれたベッドに腰を掛けてイタチは少し濡れた外套を外した。

 「掛けておくね」

 「すまない」

 イタチから外套を受け取り、部屋の隅にある衣文かけにそれをかけ、水蓮も自身の外套と笠帽子をかけた。

 その様子にイタチが少し目を細めた。

 「どうかした?」

 気づいた水蓮が首をかしげる。

 イタチは一瞬言いよどんで小さく笑った。

 「思い出した」

 「何を?」

 そう聞いてすぐに水蓮は思い当たったように「あ」と小さくつぶやいた。

 水蓮も思い出していた。

 

 母親の事を…

 

 そして父親の事を…

 

 日常の中にあった二人の光景。

 今の自分たちの行動に重なってそれが思い出されたのだ。

 

 「そうだね」

 

 「ああ」

 

 どこか寂しげで、それでも穏やかな表情でイタチはうなづいた。

 だがその顔色が少し陰って見え、水蓮はハッとしてイタチのほほに手を添えた。

 

 雨に濡れたというのに少し火照りがあった。

 

 目に見えた症状はここ最近なくなっていたが、こうした微熱が続いていた。

 一日の中でも上がり下がりがあり、それがかえって高熱を出すよりも体力を奪っているようであった。

 「どこか痛む?」

 心配そうにのぞきこむ水蓮にイタチは「いや」と笑みで返した。

 「今日は痛みはない。少しだるいがな」

 ポタ…と濡れた髪から雫が落ち、水蓮はカバンからタオルを出してイタチの背に回って座った。

 「拭くね」

 髪をほどきタオルをかける。

 イタチは「すまない」と短く言い、少し深く息をついた。

 やはり体が辛いのか、普段あまり警戒を解かないイタチには珍しく、肩から力が抜けてゆく。

 はらりと流れた黒い髪の隙間から見えたその肩は、鍛え上げられてはいるがずいぶんと細くなり、骨ばったところもある。

 この半年ほどで食欲が落ちたことから、それは肩だけではなく全身に見て取れることであった。

 胸の奥が切なく締まる感覚を必死に抑え、水蓮はイタチの髪を束ねてタオルで包み込んだ。

 「髪、伸びたね」

 「そうか?」

 「また今度少し切ってあげる」

 「ああ。頼む」

 水蓮は「うん」と答えて髪を乾かし、丁寧に結った。

 「不思議なもんだな」

 不意にイタチが小さく笑った。

 「なにが?」

 イタチは部屋を見回してから水蓮を見つめてまた笑った。

 「お前がいるとこの部屋でも落ち着く。ここでそんな事を感じるとは思わなかった」

 その言葉と柔らかい表情に水蓮は少し恥ずかしくなりながらも笑みを返した。

 

 部屋の中の空気が温かく揺らぎ、確かにこの場所でこんな空気を感じられる事が不思議だと思った。

 

 自分たちにとっては場所は関係ないのかもしれないと二人はそう思った。

 

 共にいる事が重要なのだと。

 

 「そうだね。不思議だね」

 

 フフ…と水蓮がこぼした笑い。

 

 だが次の瞬間、笑みが消え水蓮の肩がピクリと揺れた。

 同時にイタチも体に緊張を走らせる。

 

 二人とも誰かの気配を感じていた。

 

 それは外部からの侵入の気配…

 

 「誰か…」

 

 「来た」

 

 ベッドから降りて水蓮はチャクラを練って集中し、その気配を追う。

 

 かなり巧妙に気配を隠してはいるが、鍛えた水蓮の能力がそれを捉える。

 

 

 知る者のチャクラであった…

 

 

 そして、それは水蓮が待っていた人物…

 

 「水蓮。少し様子を見てくる」

 

 イタチもゆっくりと立ち上がる。

 

 「お前はここで…」

 

 待て…とのイタチのその言葉を、突然水蓮の唇が遮った。

 

 「…っ?」

 

 イタチの表情が戸惑いに揺れ、次にハッとしたように目を見開いた。

 

 何か冷たい液体が注ぎ込まれる感覚。

 

 それは不意を突かれたイタチの喉を静かに通ってゆく。

 

 コクリ…となった小さな音を確認して水蓮が体を離す。

 

 「水蓮…何を…」

 

 言葉半ばにイタチの視界が揺らぐ。

 「…う」

 目元を抑えると一気に眠気に襲われた。

 イタチの舌に残る味は昨晩飲んだ誘眠剤と同じ物。

 だが効き目は幾分か強いように思われた。

 「ごめんね」

 水蓮はそうつぶやきイタチの体をそっと押してベッドに座らせた。

 「ここで待ってて」

 ほんの少し肩を押されただけでイタチの体がベッドに沈む。

 「待て…」

 イタチは内心でしまった…と自責した。

 水蓮の作り出す穏やかさに油断してしまっていた事に…。

 

 「待て…」

 

 何か危険を冒そうとしていることを察知して必死に引き留める。

 

 「ごめん。ちゃんと戻ってくるから。そしたら、話すから」

 

 イタチの制止を受け止めることなく、水蓮はほとんど閉じてしまった瞼にそっと口づけもう一度「ごめんね」とそう言って背を向けた。

 

 「待て…行くな」

 

 その言葉が口から出たのか出なかったのか…

 

 イタチの意識は眠りの中に落ちた。

 

 水蓮はイタチの静かな寝息を確認し、ほんの少しうつった眠気を薬で飛ばして影分身を作り出す。

 「お願い」

 この場を預け、外套をまといドアに手をかけた。

 

 部屋から出て改めて感知の力で相手の場所を探る。

 かろうじてとらえることができる程度のかすかな物。

 それでも今の水蓮にはそれを追うだけの力がついていた。

 

 うまくいくだろうか…

 

 不安がよぎる。

 だがそれを払いのけ、水蓮は一度深呼吸をしてからグッと両手を握りしめ駆け出した。


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