いつの日か…   作:かなで☆

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第百十二章【呼ぶ声】

 デイダラを任務へと見送ったその日。午後から久しぶりの雨となり、イタチと鬼鮫が少し濡れながら戻ってきた。

 状況はどうなったのかと、ドキドキと胸を鳴らしながら二人をむかえる。

 「お帰り」

 少し薄暗くなったアジトの中。目を凝らすがそこには二人の姿しかなく少しホッとする。

 

 もしかしたら鬼鮫が追ったのは4尾ではなかったのかもしれない。

 もしくはそうであったが、捕獲の前に一度作戦を立てるために戻ったのかもしれない。

 

 どちらにしても、幾日も要する尾獣の封印。

 イタチならその前に必ず自分に連絡を入れてくるであろうとそう考えていた水蓮はもう一度安堵を重ねた。

 それになにより、まだ飛段と角都の死を聞かされていない。

 

 

 まだ事態は変わっていない…。

 

 大丈夫…

 

 

 言い聞かせるように心の中でそう繰り返しながら、水蓮は笑みを向けた。

 「体拭く?」

 二人にタオルを手渡す。

 「ああ…」

 「そうですね…」

 しかし、そう答えたもののイタチと鬼鮫は軽く顔を拭いただけで、その場に立ったまま黙り込んで水蓮をじっと見た。

 「なに?どうかした?」

 問う水連をそのまましばらく見つめ、鬼鮫が口を開いた。

 静かな声が、雨音の中に響く。

 

 

 「デイダラが死にました」

 

 

 音が消えた

 

 

 先ほどまでうるさく降っていた雨の音も、吹きつけていた風の音も…

 全てが無の中に消えた…

 

 

 「相手はうちはサスケです」

 

 

 耳の奥でキィン…と、何か固い音がした。

 それが静かに消えてゆき…

 

 

 少し遠くで「あーね」と呼ぶ声が聞こえた…。

 

 

 …どうして…

 

 「今日…来てたの…」

 

 ポツリと、静寂の中に水蓮の声が浮かんだ。

 

 「ここに来てたの…」

 

 …どうして気づかなかったのだろう…

 

 

 ポタ

 

 

 地面に雫が落ちた…

 

 「来てたのに…」

 

 …今日が彼にとっての『その日』だった事に…

 

 …なぜ気づいてあげれなかったのだろう…

 

 「そうですか…」

 

 鬼鮫の声に誘われるように、またポタリと地面に涙が落ちた…

 

 ジワリと広がったその模様を見ながら、水蓮は唇をかんだ。

 

 

 私はバカだ…

 

 知っていたはずなのに…

 

 ずっとそばで見てきたはずだったのに…

 

 【忍】という存在を…

 

 その生き様を…

 

 

 彼らは大変であればあるほどに「大したことはない」と言う。

 

 難しければ難しいほどに「簡単だ」と言う。

 

 危険であればあるほどに「心配ない」と言う。「大丈夫だ」と言う。

 

 そして笑う…

 

 

 そういう生き物なのだ。

 それを嫌と言うほど見てきたのに。分かっていたはずなのに…

 

 

 気づけなかった…

 

 「バカだ…私」

 

 ポタリ

 

 雫が大地に音を立てる。

 

 なぜ気づけなかったのかと、その言葉が頭の中をぐるぐるとまわる。

 だが、気づいたからと言って、自分に何か出来ただろうか…

 

 答えは分かっていた…

 

 「何もできなかった…」

 

 何も…

 

 出会った頃のあどけない笑顔と、先程の少し大人びた笑顔を思い出す。

 

 「待っててくれって言ってた…」

 

 「そうですか…」

 

 「だから待ってるって言ったの…」

 

 ゆっくりと上げた視線の先で、イタチが静かに言った。

 

 「十分だっただろう。あいつにとっては」

 

 デイダラのホッとしたような笑顔を思い出す。

 

 

 暁は、この世界では『悪』の位置付けだ…

 

 だがそれでもやはり、近くにいた者の死は…

 

 辛い…

 

 「彼はあなたになついていましたからねぇ…」

 

 そう言われて、またあの笑顔が浮かんだ…

 

 今度はすぐ近くで「あーね」と、嬉しそうに自分を呼ぶ声が聞こえた…

 

 「……う……」

 

 うつむいた水蓮の額を、鬼鮫の大きな体が支える。

 

 「……っ……」

 

 デイダラが死んだ悲しみのすぐ後を追って、今度は水蓮に恐怖が襲い来た。

 

 

 デイダラの死が意味する物…

 

 

 すぐそばまでイタチの終焉が迫っている…。

 

 

 悲しみと恐怖。

 

 整理のつかぬ心…

 

 止まらぬ涙…

 

 

 体の震えは知らず大きくなっていた。

 

 

 イタチはそんな水蓮の髪をそっと撫で、「頼む」と一言鬼鮫に言い外へ出た。

 

 

 雨はまだ止む気配を見せない…

 

 

 背中に水蓮の哀しみを感じながら、イタチは空を見上げた…

 

 「あの日も雨だったな…」

 

 呼び起こす記憶。それは、初めて戦場を目の当たりにしたあの日…

 

 

 

 『覚えておけ、これが戦場だ』

 

 

 自分を地獄絵図の中に連れ出した、父の声が脳裏によみがえる。

 

 あたりにはおびただしい数の屍。

 

 まだ4歳だった。

 

 あの時の感情は、今でも言葉では表しきれない。

 悲しみとも恐怖とも、怒りともいえない。

 ただ苦しかった。

 

 命は生まれ…

 

 命は死ぬ…

 

 

 戦場での命は望まず奪われ消える。

 

 争いで物事を解決しようとするこの世界が許せなかった。

 

 変えねばならないと、強く思った。

 

 変えてみせる。そう決意した。

 

 

 だが、今日また命は消えた。

 

 争いをなくすため、そして里を守るためには、暁の一員であるデイダラを庇護する気持ちはない。

 だがそれでも、彼はまだ若かった…

 

 違う時代に生まれていたら…

 違う場所に求められていれば…

 違う出会いをしていれば…

 

 しかし、忍の世界に『…たら』『…れば』などという言葉はない。

 それはひどく残酷な言葉だ。

 自身の存在を否定し、積み上げてきたものをすべて【無】に帰す恐ろしい言葉…

 

 デイダラ自身、そんな言葉は望んではいないだろう…

 

 だが彼もまた、時代の犠牲者だったのだ…

 

 戦いの絶えぬ、この恐ろしく悲しい現実を生きた、犠牲者…

 

 

 …死ぬには若すぎた…

 

 

 ただその一点だけを考えるならば、水蓮の涙で弔われる事を許されてよいのではないか…

 

 それは、闇渦巻くこの現実を生き、散っていった彼にとっての唯一の救い…

 

 

 「この現実か…」

 

 

 『お前は聡い子だ。だからこの現実を見せておきたかった』

 

 その言葉で、父は何を伝えたかったのだろうか…

 

 『忍とは戦う生き物だ』

 

 そう言った父の顔に浮かんでいたあの色は、もしかしたら悲しみだったのかもしれない…。

 

 あの時、父はすでに一族の結末を見ていたのかもしれない…

 

 自分にすべての幕引きをあの場で託したのかもしれない…

 

 …かもしれない…

 

 

 それもまた、忍には不要のものだ…

 

 

 

 

 「まだ止みませんね」

 背後からの鬼鮫の声に振り向く。

 そのさらに後ろには、少し落ち着いた様子の水蓮もいた。

 「この時期に、この地域でこうも降るのはおかしいんですが…」

 イタチは再び空を見上げた。

 

 …呼んでいるのか、オレを…

 

 何かに引き寄せられるようにイタチは雨の中へと足を進ませる。

 

 「お体にさわりますよ」

 鬼鮫の言葉が雨音に混じる。

 イタチは動かず、打ち付ける雨をその身に受け止めてゆく。

 「…冷酷なあなたが、今何を考えているのか…それは分かりませんが…。 ここからだと泣いているように見えますよ」

 答えぬ背中に、鬼鮫は言葉を続ける。

 「弟さんのことなら残念でしたね…。これでうちは一族はアナタ一人になってしまった…」

 「いや…」

 低く、確信にあふれたその言葉。

 ゆっくりと振り向くイタチを見ながら、水蓮もまたこの雨に感じていた。

 

 

 …イタチを呼んでいる…

 

 

 二人の中にその名が浮かぶ…

 

 

 

 ― サスケ ―

 

 

 

 「あいつは死んでいない…それに…」

 「…どういうことです?」

 重ねた鬼鮫の問いに答えるように、雨がぴたりと止んだ…

 

 

 「雨が…止んだな」

 

 

 イタチの研ぎ澄まされた声に水蓮の体が小さく震えた。

 

 

 

 …サスケが来る…

 

 

 

 時を告げるかのように、雲の切れ間から日の光がさした。




少し間が空いてスミマセン(^_^;)
忙しかったのもあるんですが、ここを投稿するのになかなか踏ん切りがつかなくて(~_~;)
デイダラの死は大きなポイントとなる箇所ですから、もう何も思い残したstoryがないかをずっと考えていました(-_-;)
たぶん…大丈夫…という事で更新☆

随分と前にこの話の大筋は書きあがっていたんですが、投稿したいようなしたくないような複雑な心境でした。
デイダラが好きだから!(T_T)
それにここを描いたらもうイタチの最期が近いから!

でもとうとうここまで来てしまいましたね…。
なんだか恐ろしいです。

今までの話を読み返しては『終わりたくない』との気持ちが湧き上がってきます。
でもそうもいきませんね(~_~;)
とはいえ、まだあと何話続くかはまったく読めません(・・;)
長いのか短いのか分かりませんが、これからもなにとぞよろしくお願いいたします☆

いつも本当にありがとうyございます!

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