いつの日か…   作:かなで☆

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第百十章 【掴み取る手。送り出す声】イタチの章

 

 雷鳴が少し遠くで響く…

 

 雨季の最中ではあるが、この場所は特に気候が荒れやすいのかもしれないと、イタチは空を見上げた。

 しばらく前にトビとデイダラのチームとの合同任務で訪れた島。

 そこには雨の気配が近づいていた。

 湿り気を帯び始めた空気の中を歩きながら、つい先日の時空間での不思議な時間を思い出す。

 

 「生まれ変わりか」

 

 何とはなしにギュッと手のひらを握りしめて見つめる。

 過去に縁した魂が再び出会う。

 それがタゴリの言うように『偶然のようですべては必然』であるならば、今まで自分が出会ってきた人たちもまた、過去にかかわりのあった人物なのだろうか…

 

 今近くかかわっている存在も…

 

 そしてそうして関わりを持った魂は、また未来に出会う…

 

 もしそれが続いて行くのなら、自分とサスケは遠い未来にまた兄弟として生まれ、今度は共に生きることが出来るだろうか。

 父や母も、そばにいてくれるだろうか…

 

 それが許されるだろうか…

 

 「いや…」

 

 視線を落とし、イタチは握りしめていた手を力なく落とした。

 

 それは望んではいけない事だ。

 自分が奪った命…

 そしてキズつけ苦しめた存在…

 

 そこにまたいつか一緒にという願いは馳せるべきではない。

 

 フッ…と、小さな笑みが口元に浮かべられた。

 だがそれは悲しみでも寂しさでもなく、安堵の色を浮かべたものであった。

 

 もしサスケや両親がそばにいない環境で生まれ変わったとしたら、それはひどく寂しく悲しい物だ。だが自分は決して孤独になることはない。

 

 立ち止まり目を閉じる。

 

 閉ざしたその瞳の向こうに、確かに感じる光、存在。

 

 「一人ではない」

 

 まだ見ぬ未来には、必ず水蓮の存在がある。

 

 その事が、イタチにとって何物にも代えがたい希望となっていた。

 

 もう、何も恐れることはない。

 

 孤独に生き、孤独に戦ってきた自分の終わりの後に待つはるか未来には、間違いなく希望がある。

 

 イタチは自身の魂が孤独という恐怖から解放されたのだと、その事をかみしめていた…

 

 

 『孤独が一番怖いかな』

 

 

 ふいに記憶の中の声が蘇った。

 

 その声の主の顔が同時に浮かぶ。

 

 

 ふわりと銀色の髪が脳裏に揺れた。

 

 

 はたけカカシ

 

 

 暗部に入り配属された部の隊長であったカカシは、イタチにとってただの上司というだけの存在ではなかった。

 自分と同じような『異例の経歴』を持つその存在は、イタチの興味を引いた。

 強さを求めて生きる自分にとって、強い忍のそばにいられることが単純に喜ばしい環境であり、カカシの持つ強さをこの目で見たいと、そう思ったのだ。

 共に任務につき、そばで過ごし、はたけカカシという人物を観察した。

 

 戦闘能力はもちろん、統率力、判断力、作戦の組み立てや場に応じてそれを組み直す力。

 すべてにおいて長けていた。

 今思えば彼は今の自分より若かった。

 それでも他を寄せ付けぬ強さを持ち合わせていた。

 任務の時の研ぎ澄まされたカカシの空気と、恐ろしいほどに冷静で冷淡なその戦いぶりを思い出す。

 どれほど危険な任務でも、少しもひるまず先頭で戦い、殲滅せよとの命を受ければ刃向う者もそうでない者も必ず殺す。

 暗部の面のその向こうで、いったいどんな表情で任務を遂行しているのだろうか…

 

 そばでカカシを見ているうちに、イタチは彼の持つ【力】よりもその事に興味を寄せた。

 

 何を想い、何を感じ、息も絶え絶えな相手の心臓に刃を突き刺すのか…

 

 そこに恐怖はないのだろうか…

 

 

 『怖い物はありますか?』

 

 

 いつだったか唐突にカカシにそう投げかけたことがあった。

 

 

 『怖い物なんてない』

 

 

 暗部の面の奥から聞こえた声は、無色だった。

 

 『そうですか』

 

 同じく色を付けずに返したつもりの声は、どこか落胆の響きを含み、視線まで落としてしまった。

 

 その声に、カカシの小さな笑い声が重なった。

 

 『…って言うのが、世間で言う所の一流の忍びなんだろうね』

 『え?』

 

 上げた視線に映ったのは、面を外したカカシの素顔だった…。

 

 『いつだって怖いさ。色んな事がね』

 

 フッ…とまた一つ笑う。

 

 そして言ったのだ…

 

 『でも、孤独が一番怖いかな』と。

 

 悲しみも、苦しみも、この身に受けるのは怖いものだ。

 

 カカシはそう言ってどこか遠くを見つめながら言葉を続けた。

 

 『だけど、それは一人でも乗り越えうる事だ』

 

 そうだろ?と聞かれ、イタチはうなづいた。

 

 『でも、孤独は違う。それは一人では超えられない。どんなに力を手に入れて強くなっても、一人でいる限り人は孤独だ。ずっとね…』

 

 そう言ったカカシの瞳はひどく切なげだった。

 

 孤独を知る者の目…

 

 だがそこにふわりと温かい光が射した。

 

 『だけど、人は孤独にはならない。いや、なれないんだ』

 『なれない?』

 

 『ああ』とうなづくカカシの瞳の中の光が強さを増した。

 

 『孤独になろうとすると、そうさせまいという力が働く。誰かが必ずこの手を引こうとする』

 

 持ち上げた手をグッと握る。

 

 『こちらへ来いと、強く強く引き寄せようとする。どんなに拒んでもね。そういう物なんだよ』

 

 不思議に思った。

 当時のはたけカカシという人物は、いわゆる【浮いた存在】だった。

 それは彼の左目の写輪眼に事を発していた。

 

 友であったうちはオビトから奪ったのではないか…

 

 そのために殺したのではないかと、そうまことしやかにささやく声を、子供であったイタチですら聞いた事があった。

 

 それはうちはの中だけではなく、暗部内に置いても同じ事であった。

 

 『はたけカカシは任務や目的のためなら仲間をも殺す』

 

 そう噂されていた。 

 そのため、部下は確かにカカシの力を認め従ってはいたが、そこには上下関係以外の物は何もなかった。

 唯一暗部の中に一人だけ、カカシを「先輩」と呼び慕う者がいたが、彼はカカシを引っ張るというよりはそばで成り行きを見守っている様な感じであった。

 カカシにしても、その人物には他にはない接し方をしていたが、それでも【孤独】を打ち消す存在という捉え方ではない事は何となく分かった。

 

 他に里の中にそういう人物がいるのだろうか…

 

 

 そんな疑問に気づいたかのようにカカシは笑った。

 

 『うるさいのがいるんだよ。諦めるってことを知らない最強のおせっかいやろうがね』

 

 その人物を思い出したのか、呆れたような少しうれしそうな表情を見せた。

 『でもまぁ、まだうまくそれを受け入れられないでいるんだけどね』

 笑みが自嘲を含む。それでもやはりどこか嬉しそうだった。

 『それでも守りたいと思うよ。そのためにオレは戦う。この身にどんな痛みを背負うともね』

 

 様々な思いを感じさせるその言葉と同時に、カカシは再び面をつけた。

 

 

 この人は自分と同じだと思った。

 

 大切な者を守るために何かを犠牲にし、そこに生まれる痛みを背負う覚悟を持つ者…

 

 

 『そしていつか変えてみせる。この世界を』

 

 

 そのために里を守る覚悟を決めた者…

 

 

 …この人は火影になる…

 

 

 そう確信した。

 

 『イタチ』

 

 名を呼ばれ、なぜか身が引き締まった。

 カカシは強く、そして温かさを帯びた声で言った。

 

 『お前がいつか孤独に飲み込まれそうになったとしても、必ずそうさせまいと誰かが手を差し伸べる。それがお前の希望になる。道しるべとなる。その手を決して見失うな。拒むな。しっかりと掴み取れ。そして、守れ』

 

 顔は見えないはずだった。

 それでも、穏やかな笑みがイタチには見えた気がした。

 

 『はい』

 

 グッと握りしめたあの日の小さなこぶしが、大きくなった今のこぶしにゆっくりと重なる。

 

 

 「あなたはやはりすごい忍だ」

 

 

 数年前に木の葉の里で対峙したカカシを思い出す。

 里を、ナルトを、そしてサスケを守ろうと自分と鬼鮫の前に現れた。

 そしてそんな彼の周りには仲間がいた。

 

 

 ああ…。彼はその手を掴み取ったのか…。

 

 

 そう思った。

 そして自身が語ったように守ろうとしている。

 手を差し伸べた者もまた、彼を守ろうとしている。

 

 

 命を懸けて。

 

 

 自分にはそんなものはありはしないと思った。

 だがそのすぐ後に水蓮と出会ったのだ。

 そしてその存在がカカシの言った、自分にとっての希望となった。

 

 

 守れ

 

 

 カカシの声が再び脳裏に響いた。

 

 

 「守りますよ。そのために、オレは強くなる」

 

 今よりもっと…。

 

 

 だがそれは今までのように一人で成し遂げるのではなく、水蓮と共にという思いであった。

 

 

 「守ります。最後まで。だからどうか…」

 

 後をお願いします…

 

 見上げた空にその言葉を託すように、イタチは瞳に力を入れた。

 

 

 「どうか…」

 

 

 もう一度つぶやかれたその言葉に、バサリと空から舞い降りてくる羽音が重なった。

 

 漆黒の鳥が、スッと持ち上げられたイタチの腕に静かな動きで身を収める。

 イタチは伝わり来た情報に小さくうなづく。

 

 鬼鮫に動きがあったとの知らせ…

 

 もし鬼鮫の追う者が4尾なら、またマダラの目論見が一つ進む…

 

 

 『すべてが叶う月の世界』

 

 

 いつだったか、マダラはそう言った。

 内容までは話さなかったが、イタチには思い当たる物があった。

 

 

 一族を手にかけたあの夜の数日前、イタチは父に呼ばれ南賀ノ神社の地下にある石碑の前で話をした。

 その中で父はある術の事を語った。

 

 『無限月読』

 

 輪廻眼を用いて発動される幻術。

 

 それは月を媒体にした、この世においてもっとも強大な幻術だと。

 

 あの時、なぜ父がそんな話を自分にしたのかが分からなかった。

 もしかしたら輪廻眼を手に入れ、利用するつもりなのかとも危惧した。

 

 だが、マダラから『月の世界』との言葉を聞いたときに分かった。

 

 父がうちはマダラと接触していたのであろう事が…。

 

 それは想像でしかなく、そうであったとしても父とマダラの間にどんな関係があったのか、何を話したのかは分からない。

 

 それでも二人には何らかのかかわりがあり、父はマダラからその術の事を聞かされていたのであろうとイタチは推測していた。

 もしそうなら、うちはのクーデターと里との間でマダラが暗躍していた事に父は気づいていたかもしれない。

 その口止めとして、自分とサスケの命を盾に、マダラから脅されていたかもしれない。

 そして、自分とマダラが接触していたことも知っていたかもしれない。いや、きっと知っていた。

 そうであれば納得のいくこともある。

 

 

 『お前はむこうへついたか』

 

 

 父の言葉…。

 

 

 それは里を指すものだと思っていた。

 だがなぜか違和感を感じていた。

 『むこう』と、父はなぜそんな言い方をしたのか。

 なぜ『里』と言わなかったのかとの違和感…。

 

 もし『むこう』が里を指したのではなく『マダラ』を指した物ならば、納得もいく。そしてもう一つの違和感も消える。

 

 

 『サスケのことは頼んだぞ』

 

 

 ずっとその言葉が引っかかっていた。

 

 なぜ父はサスケが助かることを知っていたのか。

 自分が兄としてサスケを殺すことはできないと、そう考えたのだろうかとそう思った。

 だが違ったのだ。

 父にはわかっていたのだ。

 『里とサスケに手を出すな』と、その条件のもと自分がマダラのもとへと行くことが。

 

 すべての痛みを受け、闇に染まることを覚悟の上で、自分がそう決断するであろうことが。

 

 

 『お前は本当に優しい子だ』

 

 

 そうならばその言葉の意味も更に深くなる。

 

 

 

 すべては『想像』でしかない。

 だがイタチにはそうなのだと思えてならなかった。

 

 わかるのだ…

 

 親子であるから。

 

 

 父は全てを知ったうえであの夜を受け入れた。

 

 

 息子に殺されるという最期を。

 

 

 息子に親を殺させるという罪を、痛みを、その身に受けることを選んだ。

 

 

 一族の闇に幕を下ろすために。

 一族を導けなかったという責任を一身に背負うために。

 すべてを胸の内にしまい、すべてを自分の責任とし、死んだのだ。

 

 

 人から見ればひどい親だろう。

 だが、父にはわかっていたのだ。

 それが我が子を守る最後の手段だという事が。

 

 そして、母も。

 

 

 不器用な父ではあったが、母を心から愛し、同志として信頼し尊敬していた。

 そんな父はきっと母にもすべてを話したであろう。

 

 あの時の一族、そして父や母には自分の知らない姿が多くあっただろうとイタチは過去を思い出す。

 今よりもはるかに幼かった自分には想像もつかぬ何事かが多くあっただろう。

 マダラと父の間にあった事も、自分の想像では足りない複雑な物がいくつにも絡み合っていたのだろう…。

 

 すべては分からない。

 

 それでも、父と母が自分とサスケを心から愛してくれていた事は分かる。

 信じてくれていた事は分かる。

 

 だからこそ託したのだ。

 

 一族の新たな未来を。

 

 その未来への希望のために望み、願ったのだ。

 

 

 生きろと。

 

 

 父さん、母さん。オレは進むよ。この道を…

 

 

 血で赤く染まるこの道を…

 

 

 「だけど」

 

 

 漆黒の鳥を空へと放ち、イタチはその姿を見送り笑んだ。

 

 

 「一人じゃないんだ」

 

 

 どこへともなく伝えたその言葉を風が包み、運んでゆく。

 そこに再び流れた風に、イタチはまた言葉を乗せる。

 

 「行ってくるよ」

 

 微笑みを浮かべたままイタチは静かに姿を消した。

 

 その一瞬に、懐かしい声が聞こえた気がした…

 

 

 『行ってらっしゃい。イタチ』

 

 『しっかりな』

 

 その声が消えた後にはどこから来たのか、小さな花弁が二つ、舞い揺れた…


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