いつの日か…   作:かなで☆

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第百七章 【今日という日】

 「この部屋を使うといい」

 タゴリが静かに開いたふすまの向こう。落ち着いた雰囲気の和室が目に入り、水蓮は今までの疲れが癒された気がした。

 

 

 

 泉の中で【約束】を交わし、一同はタゴリがもといた空間へと戻った。

 イタチはすぐに帰ろうとしたが、剣の扱いを八尋に聞いておけとのタゴリの言葉に、今しばらくとどまることとなった。

 イタチが剣をふるう様子を見たいとサヨリとタギツもそちらに付き添い、水蓮は体を休めるようイタチに言われ、タゴリの案内でこの部屋へと通された。

 「いい香りがする」

 ゆっくりとした呼吸で部屋の中に漂う柔らかい香りを体にしみこませる。

 「白檀だ。お前が好んで使っていた物だ。少し残していた物を八尋が焚いておいてくれたのだ」

 「残していた?」

 「うむ」

 タゴリは香炉の近くにある飾り棚を開けた。

 中には小さな白い紙の包みがいくつか保管されていた。

 「これはお前がこの部屋で使っていたものだ」

 「私が…」

 「そうぞ」

 そっと棚を閉め、タゴリは窓辺に歩み寄り静かに障子窓を開ける。

 「過去のお前たちは剣を封印したのち、ここで幾年かを過ごした。これを育てたのもお前たちぞ」

 タゴリが体を少し開き、窓の外を見るよう促す。

 そこに広がる光景に、水蓮は息を飲んだ。

 窓の向こうには大きな池があり、その一面にスイレンの花が咲き乱れていた。

 「このスイレンはお前とイタチが育て、咲かせ、それから一度も枯れてはいない。130年の間ずっと咲き続けている」

 「ずっと…」

 「うむ。あの時のままぞ」

 色とりどりに咲くスイレンを見つめ、その先に同じくさまざまな彩を見せる紫陽花を見つける。

 「あれもお前たちが咲かせた。スイレンはお前の好きな花であり、紫陽花はイタチの好きな花であった。ここは季節にとらわれない空間だからな。こうしてどちらも同時に花を咲かせた」

 「そう…」

 窓の外に広がる景色を見つめてスイレンは黙した。

 「あとでイタチとゆっくり見るといい。あいつは花が咲いた時にはすでに見えていなかったからな」

 ギュッと水蓮の胸の奥が締め付けられた。

 「今ならまだ見えるだろう…」

 

 それでも、鮮やかなこの色の全てをはっきりとはとらえられないかもしれない…。

 

 水蓮はスッ…と視線を落とした。

 

 イタチは何も言わないが、もしかしたら見えにくいのではと思う事がここ最近幾度かあった。

 原作の中ではサスケとの戦いの最後まで視力はギリギリ保たれていた。

 しかし、少しずつにでも確実に弱っていく視力。その瞳に映る自分の姿がぼやけていくのかと思うと、恐ろしかった。

 

 じわり…と、思わず涙がにじんだ。

 

 それを堪えようとグッと体に力を入れ、涙がこぼれぬよう少し上を向いた。

 

 「無理をするな」

 

 ぽん…と頭にタゴリの手が乗せられた。

 その手に少し力が入り、上を向こうとした水蓮の顔をうつむかせる。

 

 「堪えるな」

 「…っ」

 

 ぶわ…と大きな粒が溢れた。

 

 

 過去に自分たちが過ごしたという場所にいるからなのか、出会ってからの事が急に思い出されてゆく。

 

 戸惑いながらもイタチのためにと生きた日々。

 

 その中で感じた切なさ、痛み、悲しみ。そして二人で見つけた穏やかな時間と幸せ。

 

 すべてが涙となってあふれ出た。

 

 その中で最も大きい物

 

 「…怖い…」

 

 震える声で水蓮が言った。

 

 「あの人を失うのが怖い…」

 

 十拳剣と八咫の鏡。

 イタチが最期へと向かう条件は整った。整ってしまったのだ。

 

 わかっていた事ではあった。

 それでもイタチを失うという恐怖が、覚悟のその上を超えて襲い来る。

 抑えきれずに震える体をタゴリがグッと抱き寄せた。

 「…う…っ」

 水蓮は身を預け、ただただ涙を流した。

 揺れる小さな肩を優しくなで、タゴリは一瞬の迷いを見せた後静かに言った。

 

 「イタチと共にここに残るか?」

 

 ピクリと水蓮の体が揺れた。

 「…………」

 顔を上げぬまま黙り込む水蓮にタゴリは言葉を続ける。

 「ここは外からの干渉を決して受けつけない場所だ。お前にとっても、イタチにとってもこれ以上にない安穏の場所ぞ。故に過去のお前たちもここで暮らしたのだ。ここに残れば、静かに時を過ごせる」

 

 イタチが命を終えるその時まで…

 

 言わずとも聞こえたその言葉に、何をどこまでかは分からぬが、タゴリはイタチの向かう先を知っているのだと水蓮は悟った。

 

 「もし、どうしてもイタチが行くと言うのなら、お前だけ残っても構わぬ。イタチもそう言うかもしれん」

 

 ― お前はここに残れ ―

 

 いつだったかイタチに言われた言葉が脳裏に浮かぶ。

 

 確かにここほど安全な場所はないだろう。

 これから起こる危険な物をすべて回避し、時を見計らって戻り、術を継承するという事も出来る。

 それを考え、イタチは独りでここを出ると決断し、自分には残れと言うかもしれない…

 

 「そうかもしれない…」

 

 スッとタゴリから体を離し、窓の外に目を向ける。

 「昔のイタチなら、出会った頃のイタチならそう言ったかもしれない」

 視線をタゴリに向け、水蓮は「だけど…」とまだ止まらぬままであった涙を拭って笑った。

 「イタチは私を離さない」

 共に生きる中で見つけたその確信。

 「必ず私を連れて行く」

 

 

 どんなに強くなろうとも、先ほど襲った恐怖は消えない。

 それでも、一人では超えられない恐怖も、二人なら超えてゆけることを自分たちはもう知っている。

 

 

 「私たちは、二人で一つだから」

 

 「………」

 力のこもったその言葉に、タゴリの目が細められた。

 「まったく…」

 呆れたようなため息と笑み。

 だがその目じりには小さく涙が光っていた。

 「やはりお前は変わらんな。頑固で、こうと決めたら譲らない。おそらくイタチもそうだろう。聞いたところで答えは同じなのだろうな」

 「うん」

 水蓮が強くうなづくと、タゴリが再びその体を抱きしめた。

 「水蓮。どうか無茶はしてくれるな。生まれ変わった姿とは言え、お前もイタチもかつて共に戦った大切な仲間ぞ。わらわ達がいつでもお前たちの事を思っている事を忘れないでいてくれ」

 タゴリの腕に力がこもる。

 その腕の中水蓮がうなづくと、さらに強く抱きしめられ、水蓮が小さく身じろぎした。

 「タゴリ…く、苦しい…」

 徐々にきつく抱きしめられ、そこにタゴリの怪力がちらつき始め、水蓮はグッと必死に体を押し返した。

 「ん?…ああ!」

 ハッとしてタゴリが体を離す。

 「いやぁ、すまんすまん。つい」

 ガハハ…と豪快な笑いが部屋に響き、空気が一気に明るくなる。

 水蓮はそんなタゴリの姿を見て、きっと過去の自分たちもタゴリの明るさに救われてきたのだろうと、ふとそんなことを思った。

 「しかしあれだな」

 タゴリが腕を組み再び窓の外を眺める。

 「今日という日にイタチに剣と八咫の鏡。ちょうど良い贈り物になったな」

 「ちょうどいい?」

 何かを含んだ言葉に首をかしげると、タゴリが顔をしかめた。

 「なんだ、お前知らんのか?今日はイタチの誕生日だぞ」

 「え!」

 その言葉に、今までの現実離れした時間から急に連れ戻された気分になる。

 「そうなんだ…」

 ふいに自身の誕生日を家族と過ごした光景が思い浮かぶ。

 イタチの中にもその記憶はきっと残っているだろう。

 今の状況がそんなことを気にしている場合ではないというのもあるが、やはりその事を思い出すのが辛いのだろうか。

 そんな話を今までしたことがなかったと、水蓮はうつむいた。

 それに、その日を重ねることは時の経過をいやがおうにも実感することになる。

 自分たちにとっては手放しで祝えるものではないのかもしれない…

 

 それでも…

 

 「祝ってやれ」

 タゴリがまた水蓮の頭に手を置いた。

 「あいつがこの世に生まれた日だ。お前にとっても特別な日であろう。いかに今がどんな時でも、この先がどんな未来であろうと、その日は祝われ感謝するべき時ぞ」

 穏やかに浮かべられたタゴリの笑みをしばし見つめ、水蓮は強くうなづいた。

 「うん」

 「うむ」

 タゴリはニッと笑い、くしゃりとスイレンの髪を指に絡ませて頭を撫でた。

 「さぁ、少し食べて休め。お前ら気づいてないだろうが、サヨリの所に来てからとっくに24時間は過ぎとる」

 「え?」

 「丸一日以上寝てない状態ぞ。いかに泉の力でチャクラが回復したとはいえ、睡眠をとってないことの疲労は取りきれん。空腹もな」

 笑いながらタゴリが向けた視線の先。テーブルの上にパンと果物が並べられていた。

 「イタチの分は八尋が向こうで用意している。食べて眠れ」

 ポンポン…っとあやすように頭をなで、タゴリは部屋を出て行った。

 

 静かになった部屋の中。水蓮は再び窓の外に咲き乱れるスイレンと紫陽花へと目を向けた。

 水面に、大地にと彩りを見せるこの花を、過去の自分たちはどんな想いで育て、何を想いながら咲かせたのだろうか…。

 どんなに見つめていても、そこには不思議な感覚があるのみで確かな答えは見つからない。

 それでも一つ。分かることがあった。

 それは、きっと過去の自分たちも互いを愛していたのだろうという事。

 

 少しの違和感もなく共に咲くスイレンと紫陽花を見て、それを感じていた。

 

 ふわり…と凪いだ風の中。白檀の香りが揺れた。

 自然と水蓮の口から歌がこぼれた。

 かけらの封印を解く際に歌われた歌。

 

 それを終え、もう一つ分かったことがあった。

 

 自分たちはここで過ごした後離れて生きたのであろうという事。

 

 歌の中にある言葉。

 

 【たとえ離れていても】

 

 【ずっとこの故郷で あなたを待っている】

 

 そこにその事を感じいていた。

 

 うちはとうずまき。その両方に術を継承するためにはそれぞれの故郷に帰らなければならない。

 しかし、過去の両族の関係を考えればともにどちらかの土地で暮らすことはできないだろう。

 そこには命の危機がある。

 それになにより、自分たちにはそれぞれの場所でするべきことがあった。

 

 一族の中で生き、優しさをつなげてゆくという使命があったのだ。

 

 二つが一つになる日まで…

 

 

 過去を思い出したわけではない。

 

 それでもきっと自分たちならその道をゆくだろう…

 

 ポタリ…

 

 スイレンのほほを涙が伝って落ちた。

 

 柔らかい風の中にまた白檀の香りが揺れ、過去の自分が感じていたのであろう切なさと、二人で感じていたのであろう温かい気持ちが胸の中にあふれた。




いつもありがとうございます(*^_^*)
最近子供が小学校になって、朝が早く…なかなか夜更かしできない感じで…
若干ペース落ち気味ですが、更新頑張りますwww!
長くなってしまった十拳剣イベント…。次回で終了予定です(*^。^*)
この先をどうするか…大体の構成はありますが、原作との兼ね合いを間違えないように今原作見直し中です(~_~;)
確認しながらなのでまた投稿にムラが出るかもしれませんが、何卒よろしくお願いいたします(*^_^*)

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