いつの日か…   作:かなで☆

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第百三章 【その両の手に】

 泉の水に包まれた光はすぐそこにある…

 

 だが、伸ばしたスサノオの手が見えない力に押し戻される。

 「……くっ!」

 その力はスサノオの体をも押しのけようとし、イタチが表情を厳しくした。

 

 「押し負けるな!」

 

 タゴリの声が聞こえ、イタチがさらにチャクラを練る。

 水蓮もそれに合わせイタチの手をギュッと強く握った。

 

 

 剣の押し返そうとする力、それはまるで磁石が反発し合うようなつかみどころのない力で、隣にいる水蓮にも襲う。

 「離すな」

 絞り出すようにそう言ってイタチが水蓮を抱き寄せる。

 「うん」

 うなづいてイタチの体に抱き着く。

 その体は出会ったころに比べるとずいぶんと細くなっていて、思わず涙がこぼれた。

 

 「負けないで」

 

 溢れる涙と共に言葉がこぼれた。

 

 言い表しきれない色々な思いが込められていた。

 

 「負けないで」

 

 イタチの腕にグッと力が込められた。

 

 見上げると、イタチは強いまなざしで正面を見据えていた。

 きつく結ばれていた口端が笑み…一言…

 

 「負けはしない」

 

 それが放たれた瞬間。まるでその想いを跳ね除けようとするがごとく、剣の発する力が強まった。

 先ほどよりも強い力が水蓮とイタチを押し飛ばそうとする。

 

 スサノオの足がズズ…と地面を後ずさった。

 その足を何とか地面に縫い付けようとイタチの意識とチャクラががそちらに向く。

 イタチのチャクラが削られ、水蓮が注ぐ。しかしすぐに描き消えてゆく。

 

  

 このままじゃ…

 

 

 

 

 水蓮はグッと奥歯をかみしめた。

 イタチのチャクラも自分のチャクラももう限界が近い。

 今よりスサノオがほんの少しでも小さくなれば飛ばされてしまう。

 

 

 でもイタチの言うように…ここで負けたりはしない…

 

 

 諦めるわけにはいかない…

 

 

 水蓮は意を決したようにイタチの前に立ち、見えない力をその身一つに受け止める。

 限界を感じながらも必死に練り上げた九尾のチャクラが二つに分かれ、一つはイタチの回復に。そしてもう一つは何とかスサノオを守ろうとその前に壁となっては消え、また壁になろうとする。

 その繰り返しの中、水蓮はあきらめずにチャクラを練り続ける。

 「よせ!水蓮!」

 イタチの制止の声を受けてもそれをやめず、グッと体に力を入れて細く小さな体で必死にイタチをかばう。

 

 

 自分にはこの力を跳ね返すような術がない…

 

 それでも何者にも負けない物がある…

 

 水蓮はキッ…と強いまなざしで光を見据えた。

 

 

 イタチの望みを叶えたい…

 

 命を懸けたその望みを…

 

 

 そのためにイタチを守りたい…

 

 

 その想いは誰にも、何にも負けない!

 

 たとえそれがほんの少しだとしても、自分のできうる力全てをかけて…

 

 

 イタチを守りたい!

 

 

 深くその想いが胸に祈りこまれた瞬間…

 

 

 水蓮の目の前…スサノオの壁の向こうに何かが現れた。

 

 それは細かい砂の様な物で、次から次へとどこからともなく集まり来て、少しずつ形を成してゆく。

 

 

 「なんだ?」

 

 イタチがつぶやく。

 その声を聞きながら、水蓮はその正体を捉えていた。

 

 どんどん形を成してゆくそれは最後には大きな円盤型の壁となり、スサノオと剣の間にたちこめていた力を断ち切った。

 

 先ほどまで自分たちを押し飛ばそうとしていたその力を今は少しも感じない…。

 踏ん張っていた体から力を抜く。

 少しふらついた水蓮をイタチが抱き支え、二人は目の前に現れたそれを見つめた。

 

 イタチはその正体が分からず顔をしかめている。

 だが水蓮にとっては見覚えのある物であった。

 

 サスケとの最後の戦いのとき、イタチが十拳剣と対なして持っていたもの…

 

 その名が水蓮の口から零れ落ちた。

 

 「八咫の鏡…」

 「……?」

 

 イタチがさらに顔をしかめた。

 

 「イタチ!取って!」

 

 水蓮の声にイタチは戸惑いながらもスサノオの左手を伸ばし、それを…八咫の鏡をしっかりと掴み取った。

 

 ざぁっ…と、さざめきのような音が鳴り淡い光がスサノオを包み込んだ。

 「スサノオが…」

 水蓮のつぶやきにイタチが小さくうなづく。

 

 スサノオの姿が少しずつ変化し、骨にチャクラをまとっただけの姿から髪の長い女性のような姿へと変わった。

 その変化はスサノオの中からもはっきりと見えた。

 「これ…」

 サスケとの戦いの中で見たその姿を、水蓮は女神のようだと感じた事を思い出していた。

 

 左手に携えた八咫の鏡は未だおさまらぬ剣からの力をすべてはじき返し、スサノオを…イタチを守る。

 「イタチ!」

 「今だ!」

 「剣をとれ!」

 

 タゴリ達の声にイタチはハッとしてスサノオの手を伸ばした。

 

 水蓮の体が緊張で少し強張る。

 イタチはその体をぎゅっと強く抱き寄せた。

 

 身を寄せ合い、支え合いながら二人は十拳剣の光をまっすぐに見つめる。

 

 

 -------。

 

 

 すべての音が一瞬消えたような気がした…

 

 その静寂の中、かすかにイタチの声がした。

 

 

 

 「サスケ…」

 

 

 知らず二人の手が固く握りあう。

 

 

 …そして…

 

 

 八咫の鏡の力に守られ、スサノオが…イタチがゆっくりと光りをつかんだ。

 

 

 

 …カッ!

 

 

 

 硬い音が響き光りを包んでいた泉の水が霧散して消え、幾色もの閃光がほとばしった。

 

 それは幾何学的な線を大きく描きながら宙を彩り、次々にスサノオの手の中に集約されていく。

 

 

 今までに見たことのない、恐ろしいほどに美しい光景がそこにあった。

 

 

 そのすべての収まりの後…

 

 

 スサノオは重厚な鎧をまとったような姿へとさらに変化を見せ、その手にはひょうたん型の柄から光り伸びる剣…十拳剣が握りしめられていた。

 

 

 「これが…十拳剣」

 

 スサノオの手を少し掲げ、イタチはじっとそれを見つめた。

 

 

 

 如何なるものをも永遠に封じ込める十拳剣。

 

 そして、すべての攻撃をはじき返す無敵の盾…八咫の鏡。

 

 

 その二つが、今スサノオの両の手に…イタチの手中におさまった…

 

 

 ゆっくりと水蓮とイタチが顔を見合わせる。

 

 何を言えばいいのか分からなかった…

 

 達成感がないわけではない。

 それでも胸の中には、やはり何とも言えない切なさが広がっていた。

 

 

 無言のままで少し見つめ合う。

 不意にイタチが口を開いた。

 

 「水蓮…すまない…」

 

 消え入りそうな声。

 

 「…?」

 水蓮が首を傾げるより早く、イタチの体が崩れ落ちた。

 「イタチ!」

 慌てて体を抱きとめると、スサノオが一瞬で姿を消した。

 

 「…わっ!」

 

 一瞬で足場を失い、水蓮とイタチの体が宙に放り出され…落ちた。

 「……っ!」

 風遁で何とかしのごう…と印を組むがチャクラが足りず、水蓮はイタチをぎゅっと抱きしめてなけなしのチャクラで体を覆った。

 衝撃を覚悟して目を閉じる。

 しかしその体がふわりと浮き、静かに地面におろされた。

 「え?」

 拍子の抜けた声で目を開くと、タゴリがほっとした表情で二人を見ていた。

 「ギリギリだったのぉ」

 どうやらタゴリの力で無事に降ろされたらしいと悟り、水蓮はほっと息をつきイタチに目を向ける。

 「イタチ…」

 その呼びかけに、イタチは少しだけ目を開いた。

 「無事か…水蓮」

 「大丈夫。少し待って、すぐに回復を…」

 水蓮は目を閉じて自身のチャクラの回復を待つ。

 しかし、それをサヨリが止めた。

 「その必要はない」

 「そうそう。大丈夫だよ」

 タギツが続き、水蓮が疑問に目を開いた。

 タゴリがその視線を受けてにっと笑い「すぐに回復できる」と、おもむろに水蓮とイタチの体に手をかけ、その細い肩に二人を軽々と担ぎ上げた。

 「え…?ちょ、ちょっと!」

 「お…おい…」

 突然の事に驚き、二人が戸惑い体をよじる。

 だがタゴリはびくともせずそのまま泉に入り二人をその中に放り投げた。

 「そら、しっかり浸かれ」

 「わぁっ!」

 「…っ!」

 水底にぶつかることを想像し、二人は目をつぶる。

 だがそこに痛みはなく、柔らかいクッションの上に落ちたような感覚であった。

 「あれ?痛くない…。それに」

 不思議そうな水蓮の声にイタチが言葉を続けた。

 「濡れない…」

 泉の深さはそこに座る二人の腰の高さほどある。

 だが不思議と衣も体も少しも濡れていなかった。

 「すごい…」

 水蓮が自身の両手を持ち上げて見つめた。

 「力がもう戻ってる」

 「オレもだ」

 先ほどまで少しも動けなかったイタチがスッと立ち上がり、水蓮の手を取り引き起こした。

 二人のチャクラと体力はすっかり元通りになっていた。

 「泉の再生の力ぞ」

 「再生の力…」

 タゴリの言葉にイタチが目を凝らして泉を見つめる。

 「チャクラ…いや、違うな…」

 水のように見えたそれは水ではなく、何か不思議な力が集まり漂っているように感じられた。

 だが、チャクラではないことをイタチの写輪眼が捉えていた。

 「ワシらは神力と呼んでいる」

 サヨリが少し姿勢を落としてすくい上げる仕草をした。

 泉に漂う【神力】がその手のひらにすくわれて水のごとく流れ落ちた。

 「自然エネルギーに近いかな」

 タギツも同じようにそれをすくい上げた。

 タゴリもそれに続き、流れ落ちる様を見つめながら言った。

 「この泉は【ナキサワメの泉】と呼ばれるもので、名にある【ナキサワメ】という女神の力が備わっている」

 「ナキサワメ」

 水蓮のつぶやきにうなづきタゴリは話を続ける。

 「ナキサワメの力は封印と再生。その力は交互に行われることによって継続される」

 「交互に…」

 イタチが少し目を細めた。

 その視線をうけてサヨリが返す。

 「そうだ。封印を行ったらその次は再生。そして次は封印。それを繰り返さなければ泉の効力は消えるのだ」

 「それを行い管理することもボクたちの役目なんだよ」

 タギツはそう言って少し苦い笑いをこぼした。

 「その期間は100年以上、130年以内と定められていて、それを超えてしまうと、泉は2度と効力を現さないんだよ。泉に封印されていた剣も2度と解き放てない」

 「130年って」

 水蓮のつぶやきにタゴリが笑みにため息を交えながら答えた。

 「今日だ」

 水蓮とイタチが声をなくして顔を見合わせた。

 「だからワシとタギツは急いでいたのだ」

 サヨリの言葉にタギツもうんうんと大きくうなづく。

 「大体さ、イタチがスサノオの能力を身に着けた時点でかけらが反応して、八雲と出雲がそれをボクたちに知らせていたんだ。それなのに、お前たちは一向にやってこないし…」

 ジトリとにらむタギツにサヨリが続く。

 「しばらく前にやっとワシのところへの入り口の封印術が反応したかと思ったら…入ってこないし…」 

 「そしてわらわのもとへ現れたのが期限ぎりぎりの今日とはな」

 最後にタゴリがそう言って豪快な笑いを響かせた。

 「…なんか…」

 「すまん…」

 居心地悪く二人は顔を反らしたが、イタチがすぐに問いを向けた。

 「だが、かけらがなぜオレのスサノオに反応するんだ?」

 イタチのその言葉に、姉妹はなぜか少し神妙な表情に変わった。

 「そうだな…」

 長姉であるタゴリが静かに口を開き、柔らかく微笑んだ。

 「少し、昔話を聞かせてやろう」

 「うむ。それがよい」

 「うん。せっかくこうして再会できたんだしね」

 サヨリとタギツも泉に入り、タゴリと共に静かにその場に座る。

 水蓮とイタチは一度顔を見合わせて、同じように静かに身を下ろした。


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