いつの日か…   作:かなで☆

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第九十九章【長き守り】

 「遅い!」

 サヨリの時空間移動の術により、次なるかけらが封印されている場所へとたどり着いた水蓮とイタチに浴びせられた言葉はそれだった。

 移動が終わり目を開けた瞬間であった。

 「お前ら、いったいどれだけボクを待たせるつもりだ!」

 ボク…とは言うものの、二人の目の前にいるのはサヨリとさほど変わらぬ歳の少女。

 服装はサヨリと同じ巫女服のようなデザインでオレンジを基調としている。

 髪型は正面から見るとショートに見えるが、長く黒い髪が後ろで一つに束ねられていた。

 手にはやはり黒い長笛。

 「一体何をやってたんだ!」

 くりっとした瞳に怒りを浮かべながら少女が水蓮とイタチに詰め寄る。

 「まぁまぁ、落ち着けタギツ」

 サヨリが間に割って入り、少女…タギツをなだめる。

 「何が落ち着けだ姉上!間に合わないところだよ!」

 「わかっておる。だがな、タギツ。こいつらもっと大変な問題を抱えておるぞ」

 「解術に間に合わない事より大変な事なんてないだろ」

 顔をしかめるタギツにサヨリはニコリと笑って答えた。

 「こいつら、封印の解き方を知らん」

 「………は?」

 文字通り目を点にしてタギツは水蓮とイタチを見た。

 額にいく粒か汗が浮かぶ。

 「いやいやいやいや。ハハ…そんなバカな。また妙な冗談を…」

 「本当だ。何も知らんのだ」

 「本当に?」

 「ああ。本当だ」

 サヨリの後ろで水蓮とイタチも申し訳なさそうにうなづいた。

 タギツは数秒黙り込み、自身を落ち着かせるように大きく息を吐き出した。

 「それでよく一つ目を手に入れたな…」

 感心とあきれを交えたその言葉に水蓮とイタチが「なんとか…」と声を重ねた。

 タギツはもう一度深呼吸をしてくるりと背を向けて歩き出した。

 「とにかく、来い。急がねばならない」

 水蓮、イタチ。そしてサヨリは顔を合わせてうなづき合い、後に続いた。

 「ボクが知っているのはただ封印を解く際に守り主をけっして傷つけてはならないという事だけだ」

 サヨリと同じその事を話し、タギツは歩みを進める。

 先ほどと似たつくりの部屋を出るとやはり大きな庭があり、美しい花や木が並ぶその中心を激しい流れの川が走っていた。

 「こっちだ」

 つい景色に目を奪われた水蓮とイタチを導くように声をかけ、タギツは川の流れに沿って進む。

 そしてほどなくして、一同は目的の場所にたどり着いた。

 「すごい…」 

 思わず言葉をこぼした水蓮の目の前には、大きな海が広がっていた。

 「きれいな海だな」

 イタチのつぶやきが潮の香りのする風に溶けてゆく。

 

 足元の地面から海面までは1メートルほどの高さで、時折打ち付けた波にしぶきがたち肌に冷たさを感じる。

 海水は今までに見たことがないほど美しく透き通ったエメラルドグリーン。

 はるか先の地平線で、その緑と空の青が絶妙なグラデーションを描いて交わっている。

 

 「とにかく、ボクはボクの役目を果たす。あとはお前たちがやれ。必ず何かが残されているはずだ」

 

 タギツがそう言うとその隣に一人の男性がさっと姿を現した。

 年はイタチと変わらぬように見え、少し目じりの下がった眼が柔らかい雰囲気を感じさせる。

 髪はまるで目の前の海の色を取り込んだような美しいエメラルドグリーン。

 少し長く伸ばされたその襟足が風にふわりと揺れた。

 「ハヤセ。すぐにとり行う」

 「承知しました」

 ハヤセと呼ばれた男性は胸元で手を合わせて力を練り、そこに生まれた光をタギツの笛に注ぎ込んだ。

 そして精悍な声を響かせた。

 「三光のかけらを預かりし我らの生きるこの地の神。タギツ姫の(みこと)の名のもとに、長き眠りより守り主を呼び起こす」

 タギツが笛を美しく奏で、言葉に力を込めた。

 「目覚めるのだ!出雲!」

 

 カッ!

 

 海の中で大きな光がはじけた。

 数秒後光の中心に大きなチャクラを感じイタチと水蓮が目を凝らす。

 その光を切り裂き、激しいしぶきを上げてそれは姿を現した。

 

 ザバァァァァ!

 

 大きな音を立てて海中から飛び出した存在に、イタチと水蓮が言葉をなくす。

 二人とも見たことのある生き物であった。

 だがこれほどまでに近くで見たことはなく、その大きさと存在感に体が凍りついたように固まり動けなかった。

 

 

 ドォォォン!

 

 

 黒い巨体がすさまじい音を立てて再び海中へと戻り、先ほどよりも大きく上がったしぶきが水蓮たちを濡らした。

 しかし二人は濡れたことなど気にならぬほどの驚きで、呆然とただ海面を見つめた。

 ややあって海が静けさを取り戻し、イタチと水蓮がかすれた声でつぶやくように言った。

 

 「クジラ…」

 「…だね」

 

 二人が見つめるその先で、かけらの守り主であるクジラが激しくしぶきを噴き上げた。

 

 

 「あれが三光のかけらを持つ守り主、出雲だ。あ奴を決して傷つけず封印を解け」

 

 「………」

 

 その方法が分からない二人は言葉を返せなかった。

 それでもやはりやる以外にない。

 神妙な面持ちでうなづきを返し、とりあえず先ほどと同様に水蓮が感知であたりをさぐる。

 「どうだ?」

 少しの時間を置きイタチが問う。

 水蓮はそれに首を横に振った。

 「何も感じない。さっきみたいに術の気配はしない」

 「そうか」

 イタチは短くそう返すと自分も調べてみると、万華鏡を開き辺りを見回す。

 しかし何も見つけられず「ダメだな」と小さく息を吐き、難しい顔で考え込んだ。

 その様子に、ハヤセが「あのぉ」と声を上げた。

 「もしかして、解術の仕方知らないんですか?」

 気まずく顔を反らした水蓮の隣でタギツがため息をつく。

 「そうらしい」

 「えー!ほんとに?ホントに何も知らないんですか?」

 ハヤセのその声は焦りや驚きというよりは、どこか少しからかったような色が見える。

 「いやいや。そんなことあります?ちょっとびっくりなんですけど」

 びっくりという割にはそんな様子はなく、口元には笑みすら浮かんでいる。

 「おいハヤセ。面白がるな」

 「だって、タギツ様。ありえなくないですか?一三〇年間我々が待ち続けたこの瞬間に、ようやくやってきた二人が方法を知らないなんて。もうありえなさすぎて笑えますよ」

 ハヤセは「アハハ」とついには声を上げて笑い出した。

 それをイタチと水蓮はどこかいたたまれない気持ちで見つめる。

 剣の封印に関しての経緯は詳しくわからないが、今のハヤセの言葉を聞く限り彼らは一三〇年の間封印が解かれる日を待ち続けてきたようだ。

 その待ち望んだ瞬間にやってきた自分たちが何も知らない。

 もし逆の立場であったら、自分もあり得ないと驚愕したかもしれない。

 それでも、あまりに笑い続けるハヤセに水蓮は少しむっとした顔を向けた。

 「そんなに笑う事ないでしょ…」

 知らぬことは自分たちのせいではないのだ。

 それぞれに仕方のない状況があっての事。

 戸惑っているのは自分たちも同じなのだ。

 「悪いね。あいつはまぁ何というか…ああいうやつなんだよ」

 タギツは水蓮にそう言ってからハヤセの頭を軽くたたいた。

 「何でもかんでも面白がるな」

 「だってタギツ様」

 「まぁ、確かにありえない…というのはボクも同意見だけどさ」

 「ワシもそう思ったがな」

 ハヤセ、タギツ。そしてサヨリの視線に、水蓮とイタチは無言を返す。

 「兄さんはさぞ驚いていたでしょうね」

 ハヤセの言葉にサヨリが小さく笑う。

 「ああ。真っ青になっておったぞ。お前と違って市杵はばかまじめだからな」

 「兄弟なのか」

 イタチに問われハヤセがうなづき、サヨリが答えた。

 「そうだ。三光りのかけらをワシら三姉妹が一三〇年の間守り続け、そのワシらをこいつら三兄弟が守ってきた」

 「最後のかけらはボクたちの長姉が守っているんだ」

 「その姫神を守っているのが、私たちの長兄です」

 「へぇ…って。一三〇年…ずっと?」

 目の前にいる三人も先ほどの場所に残った市杵も若く、水蓮は首をかしげた。

 「ワシらはこう見えても神の力を持つ者だ。お前たち人とは違う」

 「ボクたちはもう一三〇年以上生きてるんだよ」

 自分たちの知識と常識では計れないその内容に水蓮とイタチは顔を見合わせた。

 「まぁ、もともとは人間でしたけどね」

 「え?」

 「どういうことだ…」

 ハヤセの言葉にさらに混乱が深まり二人は顔をしかめた。

 だがサヨリから返されたのはその答えではなかった。

 「今ここでこの話をしている時間はない」

 タギツも「そうだ」と言葉を続ける。

 「とにかくお前たちはなんとしても解術の方法を見つけて封印を解くんだ。早くしないと大変なことになるよ」

 幾度か聞かされるその事が気にはなる物の、それを聞く時間はないのだろう。

 水蓮とイタチはうなづき海へと視線を向けた。

 見つめる先では出雲が少しだけ鼻先を海面にだし、こちらをじっと見ているようだった。

 醸し出される雰囲気はほんの少しの穏やかさもなく、警戒と攻撃的な気配。

 その色をそのままに海中に一度身を沈め、勢い良く跳ね上がった。

 

 

 ドォォッ!

 

 

 激しい音を立てて海面を巨体でたたきつける。

 

 出雲はそれを数回見せて、離れはしないもののせわしなく泳ぎだした。

 「やはりまずは動きを完全に止める必要があるな」

 「そうだよね」

 八雲の時と同じくあの巨体にスサノオで近づけば戦闘になりかねない。

 「何かそう言う術はあるか?」

 問われて水蓮はかぶりを振った。

 いくつかの封縛の術はある。

 だが、感知が捉える出雲の力を抑えられるほどの封縛の術となると、それなりの術式を敷く必要がある。

 しかし、あたり一面海であるこの場所では術が敷けない。

 水には術をかけないのだ。

 その説明にイタチは「そうか」とつぶやき、その場に腰を下ろした。

 「とりあえず考えよう。落ち着いて色々と思い出してみよう。今までの事を」

 先ほどイタチがシスイとのかかわりの中にヒントを見つけたように、今までの人生の中に答えがあるのかもしれない。

 水蓮もうなづいて隣に座った。

 「何かわかったら声をかけてくれ」

 タギツはサヨリとハヤセと共に少し離れた場所にある岩に座りひらひらと手を振った。

 それを横目に流し、二人は海を見つめてこれまでの時間をさかのぼって行った。


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