いつの日か…   作:かなで☆

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第九十八章【壱のかけら】

 崖の中をこだまして広がったサヨリの声が消えてゆき、八雲がそれを引き継ぐように大きく嘶いた。

 その声がおさまってからサヨリが引きつった顔のまま口を開いた。

 「何も、何も知らんのか?」

 水蓮とイタチがうなづく。

 「何も知らずにここにたどり着いたのか?」

 揃えてコクリと首を縦に振る二人にサヨリと市杵が顔を見合わせた。

 「どういたしますか、サヨリ様…」

 「どうするも何も…」

 大きく息を吐き出してサヨリが水蓮たちに向き直る。

 「長きにわたって引き継がれる間に薄れて行ったというのか」

 「薄れたというよりは…」

 母がその事を引き継ぐ間がなかったのであろうことや、自分の事を話そうとしたが、それをサヨリが止めた。

 「よい。それを聞いたところで事は解決するまい。時間が惜しい」

 サヨリは八雲をちらりと瞳に映した。

 「あの八雲の中にかつて剣のかけらが封印された。あやつはそれを守るために人を近づけまいとする。それはあ奴の守り手であるワシやワシ付きの市杵も同じくだ。そして、お前たちもだ」

 少し切れ長な瞳が水蓮とイタチを捉え細められた。

 「たとえこの地にたどり着いたからと言ってそう簡単にはその手に渡らぬようになっておる。剣のかけらを手にするには、あ奴が持つ術式を読み取り受け取らねばならぬ。その際、一切八雲に傷をつけてはならない。ワシが知っているのはそれだけだ。封印に関しては何も知らされてはいないのだ」

 言葉を聞き終わり水蓮とイタチが顔を見合わせた。

 「おそらく術式を読み取り受け取るのはオレの月読だろう…」

 「そうだね。でも…」

 顔をしかめた水蓮にイタチがうなづく。

 「ああ。あいつ、オレの月読を知っている」

 先ほどから八雲はイタチと視点を合わせない。

 姿をその瞳にうつしはしても、目を合わせようとはしないのだ。

 「この状態では無理だな」

 ため息交じりのイタチの言葉に水蓮も息を吐く。

 イタチがそう言うという事は、ほかのどの手段を使ってしても月読にははめられないと判断したという事だ。

 「まずは動きを封じる必要があるな…」

 「でも、あの大きな雉の動きを止めるって」

 「かなり至難の業だ」

 「スサノオは?」

 水蓮の問いかけにイタチは首を横に振る。

 「傷をつけてはいけないとなれば、スサノオは使えない」

 あれだけの大きさ、そして荒れ狂った様子。

 スサノオで近づけば間違いなく攻撃を仕掛けてくるであろう。

 それを防ぎながら傷をつけずに押さえつけるというのは不可能。

 「それに…」

 イタチのつぶやきに水蓮が言葉を続ける。

 「それじゃぁ意味がない…」

 イタチはうなづいて八雲を見つめた。

 

 剣の封印の事が書かれていた渦潮の里の壁画。

 あそこにたどり着くために必要であったもの。

 そして記されていた事。

 もっとも強くそこに刻まれていた願い。

 

 それは…

 

 両族の協力

 

 

 それこそが後世に残された何よりも大切な思いなのだ。

 今ここでイタチのスサノオと月読で事がなされてしまうのは、【違う】ということが二人には分かっていた。

 

 「とにかく」

 サヨリが厳しい声を響かせた。

 「考えろ。何かしらのヒントはお前たちに残され、託されているはずだ」

 じっと見つめられ、二人は強くうなづきを返した。

 とにかくやるしかないのだ。

 「とりあえず…」

 イタチがあたりを見回した。

 「感知で辺りを探ってみろ。なにか反応があるかもしれない」

 「わかった」

 両手の指先を口元で合わせて目を閉じ、水蓮は集中する。

 少しの見落としもないよう細かく広く力を広げてゆき、しばらくしてからピクリと体を揺らした。

 「何か見つけたか?」

 「うん。なんだろう、何かの術の気配がする」

 もう一度集中して探り直す。

 「あちこちに散らばってる。地面とか、崖の中腹とかに。同じ術というか、連動してるような感じ」

 「数は?」

 イタチの問いに水蓮はその数を確認する。

 「4…ううん。5つかな。もしもっと広範囲に散らばってたらわからないけど。今感じるのは5つ」

 集中を解き、目を開いた水蓮にイタチは「そうか」と返して少し考え込む様子を見せた。

 しばらくの沈黙を置き、イタチが懐から巻物を取り出す。

 「もしかしたらこれかもしれない」

 巻物を地面に置き、広げる。

 軽く手をついた後に現れたのはクナイであった。

 数は5つ。

 

 「これは?」

 「シスイから渡されたものだ。最期の時に。必ず必要となる時が来ると、それだけを言い残した」

 

 最後のギリギリの状態で、ただ渡すのが精いっぱいだったのだろうと水蓮はギュッと手を固く握った。

 そのクナイは先端にクリスタルが埋め込まれていて、それが優しげに光りイタチの頬を照らした。

 「一番近い反応はどこだ?」

 一度クナイを巻物に戻し、イタチが立ち上がる。

 「こっち」

 さっと地を蹴り、二人は最も近い反応へと身を寄せる。

 そこにあったのは水蓮の拳ほどの水晶の結晶であった。

 「これは…」

 地面に膝をついて中を覗き込むイタチに水蓮も続く。

 「この中に術が封じられてるみたい」

 手をかざしてチャクラを流し術を確かめる。

 「わかる。これ、封縛の術だ。一定時間相手の動きと術の全てを封じる物よ」

 「使えるか?」

 「うん」

 イタチは「なるほどな」とつぶやきながら立ち上がり少し考え込んだ。

 「おそらく、シスイから譲り受けたクナイでこの水晶を砕くと術式が広がりつながる仕組みだろう」

 「それを私が発動する」

 「ああ。そして雉の動きを封じ、オレが月読…」

 「じゃぁ、近いところから一つずつ順番に…」

 その言葉をイタチが遮った。

 「いや、おそらく同時にだ」

 「同時に?」

 イタチはうなづきクナイを封じた巻物を取り出して握りしめた。

 「何かに封じられた術式は、解放してからすぐに発動しなければ効力が消えてしまうものが多い。それに、シスイは何カ所かにある的を同時に射抜く訓練を特に行っていた。そしてそれをオレにも教えた。必ずできるようになれと…」

 「それじゃぁシスイさんは…」

 「ああ。あいつ、もとからオレにこれを引き継ぐつもりだったんだ。いつ自分が死ぬかわからないと、早くから覚悟を決めていたんだろう。あいつはずっと、オレよりも長く苦しんでいたんだろうな…」

イタチの瞳が切なく揺れ、ギュッと手に力が入る。

 その手に水蓮が手を重ねて優しく微笑んだ。

 「イタチ。やろう」

 「ああ。あいつの想いを無駄にはしない」

 二人はうなづき合い、こちらを警戒して睨みつけている八雲を見つめた。

  

 

 その後、二人は八雲を刺激せぬよう静かに術式の場所をすべて確認してまわった。

 「どうやら見つけたようだな」

 もとの場所に戻ってきた二人にサヨリが歩み寄りニッと笑う。

 「どうなることかと思いましたよ…」

 市杵が大げさなほど大きなため息を吐き出し、急ぎ行うように二人をうながした。

 

 イタチはそれに答える代わりに目を閉じて黙し、クナイの投げる位置とタイミングを幾通りもシミュレーションする。

 静かに集中を続け、ややあって開かれた眼には少し苦い色が見えた。

 「一つかなり難しい角度にあるな」

 放った後で別のクナイを当てて角度を変えなければならない物が3つあり、そのうちの一つがかなり厳しいのだとイタチは顔をしかめた。

 それでもやるしかないのだ。

 イタチはもう一度目を閉じて深くイメージを固め、開いた瞳に水蓮を映した。

 水蓮はコクリとうなづきを返した。

 

 きっと大丈夫。

 

 言葉にせずとも伝わるその気持ちにイタチもうなづいて返す。

 

 「いくぞ」

 「うん!」

 

 クナイを構えるイタチの隣で水蓮も印を組むために身構える。

 イタチの右手には受け継いだクナイが4本。左手にもう1本と当て打つためのクナイが3本。そのうちの一つは先日榴輝から買ったクナイであった。

 「これなら狙える」

 口元に笑みを浮かべ、イタチは一つ息を吸い込み地を蹴り飛びあがった。

 

 遠くにある水晶に向けてまず二つ。

 

 シュツ!シュッ!

 

 鋭く響く音を聞きながら、次にイタチは姿勢を逆さまにし、残る3つを一気に放った。

 

 ザッ…と音を立てて着地し、すぐさま二つクナイを投げ、先に投げたクナイにあてて角度を変える。

 そして最後の一本。

 榴輝岩で作られたクナイをしっかりと構え、迷いなく放った。

 

 それぞれが空中でぶつかり合い、角度を変えて空気を切り裂いてゆく。

 

 それはほんの十数秒。

 

 その短い時間の中で行われたイタチの仕業は、恐ろしく静かで美しかった。

 着地の姿でさえまるで舞のように感じられた。

 

 「よし」

 

 珍しくイタチが声を上げた。

 その脳裏にシスイとの日々がよみがえったのか、まるで子供のような無邪気な表情。

 それを横目に捉えながら、水蓮は意識を集中する。

 

 地面に、そして岩の陰にある五つの水晶。

 

 それらを、イタチの放ったクナイが見事に同時に貫いた。

 

 カッ!

 

 小さな音が鳴り、砕かれた水晶の中から光の柱が立ち上る。

 それを目に留め水蓮が印を組み始めた。

 髪が赤く染まり、ふわりと静かに揺らめく。

 

 隣で集中を高める水蓮のその動きにイタチが目を見張った。

 

 見たことのない印。

 それは今までイタチが水蓮から教わったどの術よりも複雑な印であった。

 だが水蓮は少しも手を詰まらせることなく、素早く滑らかな動きで進めてゆく。

 もとより器用ではあったが、いつの間にか複雑な印までも難なくこなせるようになっていた水蓮に、イタチは驚きを隠せなかった。

 

 水蓮の手の動きに呼び寄せられるように、光の柱から文字が集まり八雲へと向かって伸びあがる。

 その誘導には緻密なチャクラコントロールを必要とし、水蓮の額に汗が浮かんだ。

 だが、すでに八雲は抵抗を見せず術を静かに受け入れている。

 その様子に、イタチは術の発動自体がすでに鍵なのであろうと読み考える。

 

 徐々に水蓮の術が八雲を捉え、ほどなくしてその動きを封じた。

 術をコントロールしながら水蓮がイタチに一つうなづきを投げる。

 それを受けてイタチが月読を発動させ、八雲の精神へと入り込んでゆく。

 

 それはほんの数秒。

 

 イタチはすぐに術を解き、水蓮に笑みを向けた。

 ほっとして水蓮も術を解く。

 

 「…………っ!」

 

 一気に襲う疲労感に、その場に膝をつく。

 「水蓮!大丈夫か?」

 慌てて体を支えたイタチに、水蓮は何度かうなづいてゆっくり立ち上がった。

 「大丈夫…。思ったよりチャクラ消費が大きかったけど、大丈夫」

 数回大きく深呼吸し息を整える。

 すでに九尾のチャクラが水蓮の体の回復に動きはじめており、ほどなくして落ち着きを取り戻す。

 「もう行ける。封印を…」

 「いや、お前は休んでいろ」

 八雲をじっと見つめ、イタチが言う。

 「こいつから読み取った術はうちはの封印術だ。ここはどうやらオレの出番らしい」

 視線の先では八雲が静かにたたずんでおり、瞳も穏やか。

 荒れた様子は消え去っていた。

 纏う空気はどこかイタチを待っているような、そんな雰囲気だ。

 一歩イタチが歩み寄ると、八雲は改めてイタチに向き直り、一度ゆっくりと羽を広げて静かにたたんだ。

 「待たせたな」

 自然と零れ落ちた言葉だった。

 「イタチ」

 八雲を見つめるイタチの隣にサヨリが身を並べた。

 「封印から解かれた三光のかけらは、かなり不安定な状態でお前たちには扱えぬ。いったんワシが預かる」

 「わかった」

 答えてすぐにイタチは印を組む。

 瞳は万華鏡を開いていた。

 

 

 イタチの体から薄紅色の光が溢れ、八雲を包み込む。

 その光は柔らかく、温かく、穏やか。

 知らぬ間に水蓮の瞳からは涙がこぼれていた。

 

 何に対しての涙なのかは分からない。

 

 寂しいような、悲しいような、そして嬉しいような。複雑な涙であった。

 その中に最も色濃く感じられたのは、懐かしさであった。

  

 それはイタチも同じで、目じりに浮かんだ雫をグッとこらえるように瞳に力を入れた。

 

 やがて印が組み終わり、イタチは静かに封印を解いた。

 

 「解!」

 

 ざぁっ…

 

 地中から湧き出でるような風がイタチを中心に吹き上がり、八雲の体からまばゆい光が放たれた。

 その光は辺り一面を白く染め、徐々に小さくなり、最後には本当に小さな光の粒となってイタチの目の前にとどまった。

 それは、いつか見た蛍の光と同じほどの小さな粒だった。

 「これが…」

 「剣のかけら…」

 イタチの隣に立ち、水蓮もその光を見つめる。

 思いのほか小さかったそれは、二人の視線の先で赤や白様々な色に輝き、やがて薄い緑色の光を放ってとどまった。

 「触るなよ」

 「危ないですよ」

 サヨリと市杵の言葉に、水蓮が思わず伸ばした手を引いた。

 「もともと強大な力の物を無理やり三つに分かったのだ。不安定すぎてお前たち人に扱えるものではない。三つ揃って初めて安定するのだ」

 サヨリは長笛を市杵に渡し、かけらを両手で包み込んでその手を自身の胸にあてた。

 大きく息を吸い込むと同時にかけらがサヨリの中へと吸い込まれる。

 「……っ…」

 サヨリの眉間にしわがより、額に汗が浮かぶ。

 「これほどまでとはな…」

 「サヨリ様…」

 不安定な力が体の中を荒らすのか、サヨリは市杵に支えられながら目を閉じてそれに耐えているようであった。

 それでもそれは数秒の事で、すぐに息を整えて目を開いた。

 「もう大丈夫だ」

 その言葉を待っていたかのように八雲の体が再び光り、そのおさまりと同時に姿が縮みだした。

 イタチと背丈をおなじほどにとどめ、八雲はイタチのほほにくちばしを摺り寄せる。

 「おい。くすぐったい…」

 身をかわそうとするイタチをなおも追いかけ、八雲がすり寄る。

 その動きに何か思い当ったのか、イタチがじっと八雲を見つめた。

 「お前、そうか」

 ハッとしたように親指を噛み、そこからこぼれた血を八雲に見せる。

 

 ケェェェェン

 

 静かな嘶きに、八雲の前に巻物が現れ開かれた。

 イタチはそこに己の血で名を書き記し、最後に血判を押した。

 巻物が淡く光って消え、八雲もまたイタチにもう一度くちばしを摺り寄せてからボン…っ音を立てて消えた。

 

 「イタチ。あの子…」

 

 八雲がいた場所を見つめてつぶやかれた水蓮の言葉。

 その先をイタチも同じく感じていた。

 

 先ほど自然とこぼれた言葉の通り。

 

 八雲はこの場所で、この時を、イタチを…

 

 

 待っていたのだ…

 

 

 『八雲…』

 

 イタチと水蓮がその名を懐かしそうに呼んだ。

 

 「懐かしいか」

 

 サヨリがイタチと水蓮を見つめてそう言った。

 何と返せばいいのかわからず黙り込んだ二人にサヨリはフッと小さく笑みを投げ、すぐに背を向けた。

 

 「行くぞ。時間がない」

 

 サヨリの言葉が気にはなるものの、今はそれよりも剣の封印を解くことが最優先。

 

 「急いでください」

 

 たびたび聞かされる時間の猶予に気持ちが焦り、二人はサヨリと市杵に続いて歩みを速めた。 


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