乱世を駆ける男   作:黄粋

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遅まきながら明けましておめでとうございます。
今年もこの作品をよろしくお願いします。


第八十九話

 張角を首魁とした大規模な民衆の反乱、通称『黄巾の乱』は終わった。

 しかしこの乱は大陸のそこかしこに反乱の火種を残す事になる。

 

 お上への不満、生活への不安などにより困窮した民。

 彼らに黄巾の乱は反逆の前例として記憶されてしまった。

 

 鎮圧こそされたものの、この乱は確かに大陸中に大きな混乱という影響を与えているのだ。

 

 民や賊徒の一部はこう考えた事だろう。

 『朝廷は黄巾党に手を焼いていた。なら黄巾党よりも巧くやれば世の中をひっくり返せるのではないか?』と。

 

 そして領土を預かる者たちもまた大陸を牛耳る者たちの影響力が低下しつつある事を実感している。

 国への忠義よりも己の野心を燃え上がらせる者が現れても不思議ではない。

 『十常侍を追い落とし、自らが王権を握るという野心すらも夢ではない』と。

 

 朝廷は、十常侍は乱が鎮圧されたという事実のみを受け取っただろう。

 この後に及んでも彼らにとって領土を預かる者も民も取るに足らない存在で、自分たちが搾取する立場である事は揺るがないと大多数の人間は思っているのだ。

 

 自分の足元が砂上の楼閣となりつつある事に気付いている者が果たしてどれくらいいるか。

 

 ともかく黄巾の乱より以前に比べて大きな被害を出しかねない火種がいつ爆発するとも知れず燻っているというのが現在の大陸全土の状況だ。

 厄介な事に客観的に状況を理解していたとして、事前に火種を取り除くのは非常に難しい。

 なにせ火種は民から領主までと実に様々な立場の人間が抱え込んでいるのだ。

 彼ら彼女らすべての野心や野望、その他様々な感情から来る行動を的確に対処していくなど神ならぬ身では絶対に出来ない事である。

 

 大陸を取り巻く不穏を察知する者に出来る事など、せいぜいが火種の爆発に巻き込まれた時の被害を可能な限り抑え込むくらいだろう。

 あるいは自らの野心のままに動き出すかもしれない。

 

 そんな状況にあって建業、曲阿を有する俺たち孫家はというと。

 まぁ外の情勢を注視しつつ、自分たちに出来る事を行っている。

 

 つまるところ、自分たちの勢力をより盤石の物とする為、日々励んでいる。

 いつも通りという事だ。

 

 

 変わった事も勿論ある。

 まず俺の隊の賀斉こと麟と董襲こと弧円が自分の隊を持つことになった。

 今回の黄巾討伐に連れ出され、実戦経験を得た兵士らの一部を従えて新しい隊とする事になっている。

 二人とも自分の隊を持つことに前向きだ。

 正式な辞令が下されるまでの間に俺や宋謙殿から改めて隊を持つにあたっての教えを請うてきている。

 

「隊長の下にいた事を胸を張って言えるように、そんな隊を作りたいんです!」

 

 そう言った麟の目には決して折れない確固たる決意が見えた。

 俺はあの子の熱意に応える為、自隊の調練の合間に隊を構える為に必要だと思う知識を教え込んでいる。

 

「隊長を越えるためには背中を追うだけじゃ駄目だって思ったんです。横に立てるようになりたい。だから俺も隊を率いたいと思ったんです」

 

 弧円は教えを請う事はそう頻繁ではない。

 ただ隊員となる者を自分で厳選するつもりなのか、これと見込んだ者に自分から声をかけているという話を聞いた。

 

 必要な知識を仕入れるべく先達に教えを請う麟と人員の確保を優先する弧円。

 同時に隊を作る事を命じられた二人だが、それに伴う行動にはそれぞれの性格が出ていて面白いものだ。

 この二人が作り上げる部隊がどのような物になるのか、俺と宋謙殿は今からとても楽しみにしている。

 

 ソレとは別に蓮華嬢が直接登用した人材として呂蒙(りょもう)が曲阿に加わっている。

 俺とはまだ直接の面識はないが、蓮華嬢からの手紙には共に学んでくれる良き仲間だと書かれていた。

 あの子と馬が合うなら、雪蓮嬢のような性格ではないんだろう。

 孫家にあって唯一静かな性質な彼女と合わせられるなら、同じ生真面目な性格と見ているが果たしてどうだろう。

 今度、曲阿に行った時の楽しみとしてあれこれ予想を立てている。

 

 人事に関しては他にも色々考えられているらしい。

 建業の雪蓮嬢の元に誰を配し、曲阿の蓮華嬢の元に誰を配するかは定期的に協議されている事だが今回はかなり大掛かりな異動が考えられている。

 

 これから何が起こるかわからない。

 であるならば、あらゆる事態に対処出来るようにしたいというのが雪蓮嬢の方針だ。

 その警戒の先には間違いなく華琳がいるのだろう。

 

 華琳は自領に戻ってから領地の運営にますます力を入れているらしい。

 なにやら『派手な芸人三姉妹』を引き入れ、兵士たちの労を労いつつ新しい兵の獲得もしているとの事だ。

 彼女らの唄や踊りに活力を得る兵士が多いという話を聞いている。

 

 ただ俺はこの芸人三姉妹については色々と引っかかるところ、もっと言えば思うところがある。

 しごく個人的な事なので機会が巡って来なければ、あえて言う事もない。

 だがもしも話す機会が出来たなら、その時は物申すつもりだ。

 

 話が逸れた。

 警戒するべきはなにも華琳だけではない。

 黄巾討伐後、なにやら水面下で動いているらしい袁紹。

 なぜか建業に目を付けているらしい袁術。

 黄巾討伐に積極的に動かず、しかし着実に力を付けている劉表。

 公孫賛の元を離れ、領土を持つに至った劉備。

 影響力が下がったとはいえ朝廷の動きも注視する必要があるだろう。

 十常侍の一派と何進の一派の帝を巡った対立がいよいよ激化しているという話だ。

 流石に警備が厚く、詳細な情報は得られていない。

 周洪から訪ねてきた時の書簡の情報が最新という有様だ。

 現在の帝である霊帝のお子の養育係をしている桂花の事も分かっていない。

 

 

 西平との同盟関係は順調そのもの。

 定期的にお互いの部隊を派遣し合い、相手先の調練に混ざらせてもらう形で兵士たちの交流を行っている。

 血気盛んな性質の人間が軍内に多いせいか、いつの間にかぶつかり合う事で切磋琢磨するのが交流の基本になってしまっていた。

 お互いの最上位権力者がその気質な為に、むしろ殴り合いが推奨されているほどだ。

 それで上手くいっているのだから、まったくもって似たもの同士だと思う。

 

 西平との関係は良好だが、ソレとは別に気になる事がある。

 涼州にて勢力を保っている董卓が朝廷にちょっかいをかけられているらしい。

 縁らとはそれなりに交流があるため、派遣されてきた翠や蒲公英が董卓を気に懸けていた。

 董卓と俺たちは同盟相手の同盟相手というやや遠い関係性だ。

 こちらとしては交流に前向きでその事は馬騰たちから伝えてもらっているのだが、あちらから色よい返事は未だにない。

 閉鎖的とも言える姿勢を崩す手段が今のところないのが実状だ。

 その要因の一つとして董卓の姿が不自然なほど徹底的に隠されている事に関係しているのはほぼ間違いないだろう。

 

 前世の頃の歴史では董卓こそが次の台風の目となる存在だ。

 しかしこちらでは周囲との関係がだいぶ違っているようにも思える。

 今後は優先度を上げて注視しておくべきだろう。

 

 

 変化が起きているのは何も仕事関係に限ったことではない。

 

 子供たちはすくすくと成長し、玖龍と奏は一人で歩けるようになった。

 最近は勝手に出歩いては父さんたちや小蓮嬢を振り回しているようだ。

 陳武こと福煌と共に3人は少しずつ言葉を覚え始めている。

 最初に言えるようになった言葉が俺を示す『父』を指す言葉で、陽菜、祭を示す『母』を指す言葉であった時の感動は筆舌に尽くしがたいものだ。

 

「ちちうえー」

「おとーさん」

「おとうさん」

 

 今もこの子たちは文字の勉強が終わってすぐに俺の執務室に来ている。

 扉の前から声をかけてくる子供たちは、俺からの返事と入室の許可を待っていた。

 俺を気遣ってくれる様は贔屓目抜きで幼いながらも聡明だと思う。

 

「ああ、おいで。玖龍、奏、福煌」

 

 日課の雑務はこの子たちの勉強が終わる頃には終わらせるようにしている。

 緊急の仕事でも入らない限り、俺がこの子たちの入室を拒む事はない。

 

 俺の言葉に三人は嬉しそうに笑うと対面にあった机を回り込んで俺の胸に飛び込んでくる。

 どうやら今日の真ん中は奏らしい。

 この子はそのまま身体を捻り、俺の腹を背もたれ代わりに座る。

 玖龍は俺の右腕に、福煌は左腕に引っ付き、硬いだろう腕に頬摺りしながらご満悦だ。

 

「よっと」

「「わ~~っ!」」

 

 椅子に座ったまま両腕を肩より上に持ち上げる。

 ぶら下がったまま足が浮く玖龍と福煌は、怖がる事なくきゃっきゃとはしゃいで足をぶらぶらさせた。

 福煌は玖龍たちと違って身体は年相応に成長しているからやや高めに腕を上げなければならないが、こうして笑ってくれるなら苦でもない。

 

「ん~~~っ」

 

 奏は俺たちの様子を見つめながら、俺に体重を預けて鼻歌を歌っている。

 ご機嫌な猫のような子供を俺は玖龍が掴んでいる方の手で撫でてやった。

 

 子供たちとこうした日々のやり取りができる事の幸せを噛みしめながら、俺は迎えが来るまでこの子たちを構い倒す。

 こんな日々が一日でも長く続くよう願いながら。

 

 

 各勢力が水面下で力を蓄え、他領の様子を見定めるこの期間はまさに嵐の前の静けさと言えた。

 そしてそれは長くは続かないと、少しでも聡い者ならば予感している事だろう。

 

 そしてその予感は的中する。

 都にて霊帝が崩御。

 跡継ぎ問題を巡って十常侍と何進の対立が激化し、とうとう十常侍が何進を殺害する。

 それに激した袁紹が都へ進撃し、これを天子様方と共に十常侍は逃れた。

 何の縁からか董卓を頼るも、かの人物は彼らを天子誘拐の罪にて処断する。

 帝の子らを救った董卓はその功績を持って都入りを果たした。

 これら激動の出来事によって新たな戦いへの火蓋が切って落とされる事になる。

 




次かその次から反董卓連合編に突入します。

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