乱世を駆ける男   作:黄粋

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お待たせしました。
およそ二ヶ月振りの更新になります。
正直、仕事が忙しくて今月も厳しいかと思っていたのですがどうにか投稿出来ました。
楽しんでいただければ幸いです。


第六十二話

 村長から聞いた森は邑からそう遠くない場所にある。

 幾つかの部隊に分かれて森の周囲をぐるりと偵察したが、いざという時の食料補充の場としては使えるが常に頼るには小さい場所だ。

 村の人間達が言っていた通り、冬を越す為に必要な物を補充するために確保しておいた場所なのだろう。

 とはいえ年に何度か必ず使う場所である事は間違いない。

 そんな場所を占拠されたとあっては彼らが不安がるのも当然だろう。

 

「……しかし森に入らなければ襲ってこないというのは本当の事のようだな」

「そうね。私たちが森の傍をうろついても何もしてこないし」

 

 むしろ何か行動してもらいたかった、と言外に含み明らかにつまらなそうな顔をする雪蓮嬢の頭を軽くはたいて諫めておく。

 とはいえ森に近付いた段階で「誰だ!」とでも聞いてくれれば話が早かった事も事実ではある。

 

「ですが何度かこちらを窺う視線を感じました。こちらの存在には気付いていると見て間違いないかと」

「これだけの人数で周囲を回っていればな。……さてどうするか。何か意見はあるか?」

 

 思春の言葉に頷きながら俺はどうするべきか考えを巡らせながら、偵察後に集まった実力者と呼べる者たちに聞く。

 集まった雪蓮嬢、思春、豪人殿、麟、弧円は俺の言葉にそれぞれ考える素振りを見せる。

 

 俺としてはまず刺激せずに話し合いの場を持ちたいところだが、というとりあえずの方針を口にするよりも早く雪蓮嬢が口を開く。

 

「とりあえず森に入っておびき寄せてみない?」

「あ、そういう事でしたら先方は任せてもらえますか、隊長!」

 

 そんな誰が見てもわかるレベルでわくわくした顔をするな、雪蓮嬢。

 同意してうきうきするな、弧円。

 

「皆様が出るまでもありません。私が野人とやらを引きずり出してきます」

 

 腰の得物に手を添えながら物騒な事を言うな、思春。

 

「刺激しないように話したいと言うのでしたら、少数で森に入りあちらと接触をするのが良いかと」

「あとは森に入る前に話したい旨を相手に伝えてはいかがでしょう? こちらを窺っているのはわかっているわけですし」

 

 豪人殿と麟の意見が一番建設的かつ平和的だろう。

 

「では俺が行ってこよう」

「なっ! 危険です、駆狼様!」

 

 俺の言葉に真っ先に否定の言葉を上げるのは思春だ。

 

「早とちりするな、思春。当然、護衛は連れて行く。とはいえお前は今回、雪蓮嬢の護衛として残ってもらうがな」

「えっ!? あ、そうでしたか。申し訳ありません」

 

 この子の猪突猛進ぶりは少し心配だ。

 真剣に俺の身を案じての物なのだが、それでも矯正は必要だろう。

 

「雪蓮嬢は例の病気があるから話し合いにならない可能性がある。よって森に入る者たち以外の部隊を預けるので外で待機だ」

「えー……」

「えー、じゃない。俺たちに何かあった時の対応は任せる。豪人殿、弧円。雪蓮嬢の抑えを頼む」

 

 血の気の多い弧円、そんな二人を宥める事が出来る豪人殿を待機組に回す。

 弧円は渋々、豪人殿は心得たとばかりに頷いた。

 

「麟、お前は俺と共に森に入るぞ。だが俺が許可するまで自衛以外の手出しは禁止だ」

「はい、わかりました!」

 

 両足そろえて背筋を伸ばす麟に頷き、今も続く視線の元がいる森を見つめる。

 

「こちらに戦闘の意志はない。話をしたい。姿を見せてもらえないだろうか!」

 

 決して怒鳴るようにならないよう意識しながら大声で視線の主に声をかけた。

 十数秒、返答を待つが回答はない。

 

「反応は無し。では公苗、行くぞ」

「はい!」

 

 軍を指揮する者として部下である賀斉に命じる。

 棍棒を持っている手に目に見えるほど力を入れて返事をする彼女を率いて俺は皆が見守る中、森の中へと入っていった。

 

 

 

 予想されていた相手側からの行動は、俺たちが森に入り込んでほどなくして起こった。

 掌サイズの硬い木の実、枝や石をどこからともなく投げてくるという村人達から聞いていた行動だ。

 

 無論、素直に当たってやるような事はしない。

 俺も麟も危なげなく投擲された物を受け止め、あるいは叩き落として肩を並べて森の奥へと歩みを進めていく。

 

「出て行け!」

 

 ただただ突き進む俺たちに業を煮やしたらしい、相手はとうとう声を上げた。

 同時に投げつけられた人の頭くらいの大きさの石を蹴り砕く。

 

「話がしたい。そのままでいいから聞いてほしい」

 

 あくまでゆっくりとした調子で相手に言い聞かせるよう心がけ、声がした方向に語りかける。

 

「出て行け! 出て行け!」

 

 しかし声の主は応じる事無くさらに数回、物を投げつけてきた。

 投げつけられた物の中にはどこから拾ってきたのか、壊れた鎧の一部などもあったが俺も麟も武器で軽く叩き落として防ぐ。

 

「私の名は凌刀厘。ここから南に行ったところにある街で兵士をしている。君の名前はなんというんだ?」

 

 叩き落としながら質問を投げかけてみる。

 しかし返事はなく、物を投げつけられるばかりだ。

 

「隊長、これでは埒が明きません!」

「ああ。声と物が投げられる方向から相手の位置はだいたい掴めた。相手に応える気がない以上、やむを得ん」

 

 俺たちはその場で立ち止まって身構える。

 

「お前の攻撃は俺たちには通用しない。観念して話を聞いてほしい」

 

 最後通告だという意味を含めて問いかける。

 しかしその返答は。

 

「出て行け!」

 

 拒絶の言葉と共に投げつけられる木の実だった。

 

「もう見切っている……!」

 

 俺は顔面目がけて迫る木の実を掌で押し返すようにして跳ね返した。

 跳ね返った木の実はより勢いを増した状態で真っ直ぐに主の元へと戻る。

 そして麟は俺の行動を見るや否や、木の実を投げつけた人物の元へと駆け出す。

 

「っっ~~~……!?」

 

 自分が投げつけた物が跳ね返されるとは思っていなかったのだろう。

 がつんという音が茂みの奥で聞こえた事から、跳ね返した木の実は命中したと思われる。

 そこに麟は畳みかけるように飛び込み、痛みで怯んだ襲撃者に正面から掴みかかる。

 

 彼女の腕力は建業随一だ。

 そんな麟に掴まれてしまえば抜け出すのは至難。

 俺が追いつく頃には、彼女は野人と呼称された人物を完全に地面に押しつけ抑え込んでいた。

 

「隊長! 対象を無力化しました!」

 

 きりっとしたその表情には、少し前まで見られなかった自己に対する自信が垣間見える。

 立派な武官へと成長した部下の事を実感し、俺は仕事中にも関わらず僅かに頬を緩めてしまった。

 

「良くやった」

「はい!」

 

 労いも程々に彼女が捕らえた人物を見つめる。

 まったく手入れなどされていない長髪、水浴びすらしていないのだろう肌には垢が溜まっており肌の色がよく見えない。

 およそ3m程度の距離を置いていると言うのに匂いが酷い事から、何年も身体を洗っていないのだろう。

 加えて衣服はまるでぼろ布のよう、いやかろうじて身体を覆い隠しているだけの布という有様のそれは服とはとても呼べない代物だろう。

 年の頃は十四、五歳といったところだろうか?

 蓮華嬢や思春、桂花辺りと同じ年齢だろう。

 しかし150㎝程度の見るからにやせ細った身体が彼女らと違って痛々しさを感じさせる。

 その特徴的な真紅の瞳は血走っていて目には隈も出来ているようだ。

 地面にうつぶせに抑えつけられた状態で上目のまま俺と麟を睨み付け、口からは「うー、うー」と獣じみた威嚇の声を上げている。

 必死にもがいているが、ただがむしゃらに力を入れて抜け出そうとするその姿には人間らしさがまるで窺えない。

 野人と言った村人たちの評価に、俺はただ納得した。

 

「手荒な真似をしてすまない。だが話を聞いてくれ。そちらが攻撃しなければこちらも何もしない。約束する」

 

 両手を上げて手を出さない意思表示をしつつ、少女に語りかける。

 

「出て行け! 出て行け!」

 

 しかし少女は俺の言葉には応えてくれなかった。

 何度も叫んだためか、声を嗄らせながらそれでも叫び麟の拘束から抜け出そうとしている。

 呼びかける声など聞こえていないかのようなその態度に、ある考えが俺の頭を過ぎった。

 

「もしかしてこちらの言葉を理解していないのか?」

「えっ!?」

 

 俺の口から出た呟きに驚き、こちらを見る麟。

 動揺しても拘束を緩めないのは流石だ。

 

「……公苗、彼女を離してくれ」

「は、はい……」

 

 俺は麟に拘束を解くように命じる。

 戸惑いながらも麟は彼女を解放すると、自由になった事を好機と見たのか野人少女は目の前にいた俺に飛びかかってきた。

 

「たいちょっ!」

「遅い……」

 

 麟の慌てた声を遮るように呟き、俺は少女の身体を胸に抱え込むようにして受け止める。

 顔目がけて全身をぶつけようとするかのような体当たりだが、やせ細った身体では効果が薄く受け止める事は容易だった。

 

「うー、うーっ!!!」

 

 腕の中で暴れようともがく少女に俺は静かに問いかける。

 

「君の名前はなんという?」

「出て行け!」

 

 やはり彼女には俺の言葉を聞いている様子はない。

 というよりも自分に話しかけられていると理解していないように見えた。

 

「どうしてこの場所にいる?」

「うー!」

 

 威嚇するような唸り声を上げる少女。

 言葉を無視しているというよりも、これはやはり言葉を理解していないが故に自分に向けられた言葉ではないと思っているようだ。

 しかし一つ疑問が残る。

 俺の推測通りに言葉を理解していないのならなぜ『あの言葉』だけは用途通りに使い、こうして呆れるほどに繰り返しているのか。

 それはつまり自分に向けられたから、その言葉が何を示すのか理解していると言うことではないか?

 

「……出て行け」

「!?」

 

 推測を確認する為にその言葉を口にする。

 特に強い調子で言ったわけでもないというのにその言葉の効果は劇的だった。

 少女は全身を震わせると先ほどまで唸り声ばかり上げていた口を閉じ、目に見えて怯えだしたのだ。

 この子の境遇の大筋が見えてきたな。

 

「た、隊長。この子は一体? どうしてこんな急におとなしく……」

「おそらくだが……この子は家族に捨てられたんだろう」

「あ……やっぱり、そうなんですか?」

 

 俺の言葉にやるせないとばかりに眉を顰める麟。

 こいつは自身の腕力を持て余して、村八分されかねない扱いを故郷で受けてきたと聞いている。

 野人少女の境遇に自分を重ねるのも無理はない事だろう。

 

「こちらの言葉を理解していない様子から見るに、ろくに言葉を覚える事も出来ない環境だった。しかしそれでも意味はわからずとも聞き慣れた言葉があった。それが唯一この子が使える言葉なんだろう」

「出て行け、ですか」

 

 麟が呟くように漏らした言葉に少女は目尻に涙を浮かべだした。

 

「自分が村を追い出された時に言われた言葉。誰かを追い立てる、追い返す為の言葉。これしか知らないからあれだけ連呼していたんだ。そして自分で使う分には問題ないようだが、自分に向けられるのは過去の経験も相まって『怖い』とそういう事なんだろう。そんな状態にありながらこの年まで生きていられたのは驚嘆すべき事だ。本当の野生児という奴だな」

「そんな……」

「さて捕まえる事は出来たが、どうしたものか」

 

 俺が思案顔をすると、麟は不安げに俺と借りてきた猫のようにおとなしくなってしまった少女とを交互に見比べた。

 それを余所に俺はどうすべきかを考える。

 

 この子の境遇はこの時代ではありふれている。

 俺たちはそうではなかったが、余所では生きるための手段の一つとして当然のように考慮されている事柄だ。

 

 しかし蘭雪様や陽菜は民の事を考え、自らの治世においてこのような事は起こらないようにと日々の生活改善に努めている。

 俺たちもまたその治世を実現するために日々仕事に励んできたのだ。

 

 だがこの子の存在はそれが未だ完全ではない事の証明だ。

 ならばこれは俺たち土地を治める者たちの不始末であり、その俺たちがこの子の存在を見過ごす事は出来ない。

 あまつさえもみ消す事など俺個人が許さない。

 

 ならばやることは決まっている。

 

「この子は連れて帰るぞ、公苗」

「はい! わかりました、隊長!」

 

 俺は来た道に向き直りながら少女を優しく抱きかかえるように姿勢を変え、その背中を優しく撫でてやる。

 驚き弾かれたように俺の顔を見つめる少女の手入れのされていないざらざらした髪に俺は軽く手を置いた。

 

「俺たちにお前を助けさせてくれ」

「?」

 

 言葉の意味がわからなかったのだろう少女は俺の言葉に首をかしげるが、頭に乗っている俺の手を払いのけるような事はしなかった。

 むしろ俺の行動に何を感じ取ったのか、その後はなぜかおとなしく抱えられたまま僅かにだが服の裾を握ってきてすらいた。

 彼女のこの行動が、俺に少しでも心を開いてくれた証なら良い。

 そう考えながら俺と麟は森の外へと歩を進めた。

 

 


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