乱世を駆ける男   作:黄粋

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第四十八話

 俺たちが西平城に移り住んでから一週間が経過した。

 この一週間、俺はひとまず作物の育成について教授するべく動き出していた。

 

 作物の育成については俺が最も詳しい。

 正式な同盟締結はまだ先だが、こちらの誠意を示すという意味で触りだけでも先に教え始める事にしたのだ。

 代価の話は事前に美命に聞かされていたから、サツマイモのつる苗は持ち込んである。

 後は最低限の土地さえ貸してもらえればよいという状態で韓遂に適当な土地をいただけるよう打診したのだ。

 

「おいおい、もう始めるってのか? 仕事熱心っつうかなんというか……まぁわかった。手配しておくぜ」

「よろしくお願いします」

 

 彼はこちらの要望にすぐに応えてくれた。

 さほど城から離れていないところに用意された土地。

 ありがたく貰い受けた俺はさっそく畑の整備を開始した。

 

 土造りのノウハウなどこの世界には存在しない。

 しかし可能な限り環境を近づけて畝(うね)を作る。

 さらに苗を植える前日に水が溜まるくらいに土を湿らせておく事を忘れない。

 

「というか収穫はどう足掻いても夏場を越える必要がある。もしやそれまで俺たちは西平にいる事になるのか?」

 

 交渉を無事に済ませるという任務以外、俺たちは請け負っていない。

 既に馬騰側が交渉成立とその内容を記した書簡を持った早馬を建業に出してくれているから追って指示が出るとは思うが好きにしろと言われた場合、陽菜はともかくとして俺は残るつもりでいた。

 なにせ西平での初めての栽培だ。

 不足の事態が起きないよう出来れば最初の収穫までは立ち会いたいというのが今の俺の気持ちだ。

 もっとも必要とあれば途中で誰かに引き継ぐというのも考えてはいるが。

 

「刀厘様。苗の植え方はこれでよろしいのでしょうか?」

 

 黙考する俺に声をかけてきたのは初老の男性。

 こちらはこの土地の持ち主で韓遂が交渉した張本人である。

 自分たちの土地で新たな作物の栽培を始めるという事で、その技術を学ぶ第一陣として立候補した人物でもある。

 この時代、新しい事を始めるというのはとても大変な事で、誰もが尻込みする物だが彼は民草とは思えぬチャレンジャー精神を持っていた。

 俺が他所の土地の武官と知りながら積極的にサツマイモの栽培について質問する事からもその神経の太さと大胆さは察する事が出来るだろう。

 

「どれどれ……ああ、大丈夫だ。これで持ってきた苗は全て植え終えた。あとは日々の確認だな」

 

 ちなみに苗の植え方は家庭菜園などでもよく使われていた水平植えだ。

 あとは定期的に様子を見に行き、除草や土寄せなどを行うだけだ。

 ああ夏場になったらツルを返す必要があるな。

 試し掘りして馬騰たちに振舞うとしよう。

 

「注意点を教えていただければ私どもの方で行いますが……」

 

 彼は民草の中でも一角の人物らしく配下と呼ぶべき者たちがいる。

 彼と違い、俺と話すときは恐縮しきりでなかなか話が進まない事も多い。

 それが当たり前なのだろう。

 彼らからすれば武官など遠くから見るだけ、顔だけでも知っていれば御の字な人物。

 機嫌を損ねれば切り捨てられるという事すらありえるような権限を持った人物。

 そんな相手に謙りながらも話す事が出来るこの老人の胆力は、誰もが持っている物ではないのだ。

 

「一月ほどは俺も共に見るさ。その後は貴方方に任せきりになるからよろしく頼む」

「はい。お任せください」

 

 建業ならば武官や文官は他の領地に比べれば遥かに身近だ。

 気安く声をかけたところで切り捨てるような人間はいない。

 しかしそれは建業だけの特異な状況なのだと俺はこの旅で実感していた。

 

「(あいつらも理解していると思うが、その辺の認識の差には気をつけないとな)」

 

 今後の懸念事項について考えながら、俺は畑を見ている彼らに一声かけてその場を後にした。

 

 

 

 俺は畑を離れた後、少し遅い昼食を食べ西平城へと戻ってきていた。

 一先ずの仕事が終わったので午後は鍛錬にでも当てようと鍛錬場に向かった所、丁度良く模擬戦をしている馬超と馬岱を見つけた。

 他の兵士たちも鍛錬をしながら彼女らがぶつかり合う様子をちらちらと窺っている。

 中には自身の鍛錬の手を止めて眺めている者もいた。

 

 二人の戦いは見ていて面白い物だった。

 その性質が現れた真っ直ぐな豪撃で攻め続ける馬超。

 そんな彼女の一撃を真っ向から受けるような真似はせず、しなやかに受け流しまた避けながら反撃の機会を窺い、隙を逃さずに打ち込む馬岱。

 

 地力では馬超が圧倒的に上のようだが、馬岱は自身の得意とする所をよく理解しているらしい。

 戦い方を工夫する事で馬超を相手に善戦している。

 

「くっそ! 蒲公英、お前いつからこんな戦い方するようになったんだ! いつにも増してやり難いぞ!!」

「私は私らしくって考えたら自然に身体が動いてるのよ! 今日こそ一本取らせてもらうわ、お姉様!!」

 

 白熱した二人の戦いの見物客は次第に増えていく。

 周囲の変化など見えていないとばかりに相手のみを見て攻防を続ける二人。

 その中にはいつの間にか馬騰の姿もあった。

 

「そう、簡単に負けてやれるか!」

「簡単にじゃなくていいから今日こそ負けて!!」

「そうはいくかよ!!」

 

 どうも弁舌では馬岱の方が上のようだ。

 馬超は馬岱に比べて語彙が少ない。

 

 などとどうでもよい事を考えている最中、勝敗は決した。

 元々、限界が近かったのだろう。

 回避しきれずに受け流そうとした馬超の攻撃。

 それを捌き切る事が出来ずに馬岱は己の武器を手放してしまった。

 くるくると宙を舞う彼女の槍は何故か真っ直ぐに俺の方に飛んできた。

 慌てて飛び退く見物客の前で俺は槍の柄を握り込むようにしてキャッチする。

 鍛錬をすればするほどに着実に強化されるこの恵まれた身体だから出来る軽業だ。

 

 今更ながら俺も相当に人間離れしてきている。

 

「あ~、今日こそいけると思ったのに~」

 

 常に相手の動きを読み、推測し、次の一手を考え、動き続けた馬岱。

 武器を手放した事で心身ともに限界に達したらしく、その場に座り込んでしまった。

 

「いやほんとに今日は危なかった。お前、ほんとにどうしたんだ? いや妹分が強くなったのは嬉しいんだけどさ」

「えへへ~、なんていうか吹っ切れたって言うのかな? 詳しい事はお姉様にはな~いしょ!」

「む、なんだよそれは~。蒲公英の癖に生意気だぞ~~」

 

 年頃の少女らしいじゃれあいが始まり、見物客たちは馬岱の健闘を口々に褒め称えた。

 照れて顔を紅くする馬岱に彼らは良い物を見たという表情を浮かべ、満足げに自分たちの仕事へと戻っていく。

 俺は野次馬が散っていく中で彼女たちに近づいていった。

 

「あ、刀厘おじ様!」

 

 近づいてくる俺に気付いた馬岱は跳ねるように立ち上がって手を振ってきた。

 明るい笑みに釣られて俺の口元まで綻ぶ。

 

「訓練お疲れ様だ。馬超、馬岱」

「うん! おじ様もお仕事お疲れ様」

「あ、えっとお疲れ様です。刀厘様」

 

 彼女と反比例するかのように馬超は俺の姿に緊張して身を固くしてしまった。

 俺に対して未だに緊張が解けずにいるのだ。

 当然の事だろう。

 俺たちが城に来てまた一週間しか経っていないのだから。

 

「おじ様、おじ様! どうだった!? 私、もう少しでお姉様から一本取れるってところだったよ!」

「こ、こら蒲公英!!」

 

 ぴょんぴょん跳ねながら抱きついてくる馬岱を受け止める。

 まだまだ成長途中の少女だ。

 その突進を受け止めたくらいで揺らぐような軟な鍛え方はしていない。

 

「ああ、途中からだが見させてもらっていた。相手の虚を突くのが上手くなったな。惜しかったぞ。ほら、槍だ」

 

 逆に馬岱は俺に懐き過ぎているように思える。

 真名こそ許されていないが、正直それも時間の問題ではないかと思えるほどの懐きっぷりは逆にこちらが不安になってくるな。

 

「やった! これもおじ様の教えのお蔭だよ!」

「えっ? 蒲公英、刀厘様に手ほどきなんて受けてたのか?」

 

 聞き捨てならない言葉に所在無さげにやり取りを見ていた馬超が口を挟む。

 

「手ほどきだなんて本格的な事はしていない。俺は5日ほど前に『自分に合った戦い方を見つけるべきだ』とこの子に助言しただけだ。そこから自分に何が出来るかを考え実践するようになったのは馬岱自身の行動の結果で、この子の頑張りの成果だ」

 

 労うように慈しむように馬岱の頑張りを評価する。

 

「よく頑張った。でもまだまだお前はこれから強くなれる。……ここで満足なんてするんじゃないぞ」

「お、おじ様。……うん! 蒲公英、頑張るよ!!」

 

 両手を握り、真剣な面持ちで決意表明する馬岱は幼いながらも頼り甲斐のような物を感じさせる。

 

「う~、なんか蚊帳の外だなあたし」

 

 視界の端で唸り声を上げる馬超をどうするか頭を回しながら、俺は馬岱の頭を軽く撫でた。

 このまま穏やかな時間が過ぎるかと思っていたのだが。

 

「はっはっは! いやいや大したもんだな、刀厘!」

 

 そんな俺の思いは武器を片手に大笑いしながらこちらに近づいてくる馬騰の姿に真っ向から叩き潰される事になった。

 

「寿成殿。お疲れ様です」

 

 本来なら片膝をついて礼をしなければならない所なのだが、馬騰本人に堅苦しい礼は不要と言われているので立ったまま一礼する。

 

「うんうん。多少なりと堅さが取れてきたようで私としちゃ嬉しい限りだ。で、だ。ちょいと運動でもしてみないか?」

「……それは手合わせをご所望という事で?」

「察しておいて何を言ってる? ここの連中は血気盛んでな。誰も彼もが噂に聞くお前の腕前がどれほどの物か気になってるんだ。だと言うのにお前と来たらこの一週間ほとんど畑にかかりきりで鍛錬場にも顔を出さない。仕事熱心なのは良いが、私たちは今か今かとこの時を待ってたんだぞ? なぁ、お前ら」

 

 ニヤリと笑う寿成殿。

 彼女の視線を追ってみれば彼女と同じような好戦的な笑みを浮かべた兵士たちの姿があった。

 俺の事が気に入らない一部の人間は合法的に痛めつけられるとでも思っているのか下卑た表情を浮かべている。

 頭が立派な人物だからと言っても、下の者までその限りではない。

 集団が大きくなればなるほど、リーダーの意思が行き届かない部分という物は出てくるもの。

 これはウチも他人事ではない。

 

「……私としても鍛錬をしたいと思ってここに来ましたので。模擬試合する分には一向に構いません」

「お! そう来なくてはな! ならさっそく私と……」

「寿成殿はまず文約殿に許可をもらってきていただけますか? 流石に私の一存で太守様と闘う事は出来ませんので……」

 

 そのままの流れで闘えると思っていたのだろう馬騰は喜色満面だった表情を面白いほどに苦みばしった物に変えた。

 

「げっ……え~、あいつに許可を取るのかぁ。絶対ごねるぞ、あいつ」

「しかし万が一の事があってはいけませんので」

 

 一応、大丈夫だと言う事は韓遂にも太鼓判を押されているが、それを踏まえても模擬とはいえ刃を交えるのは相談が必要だろう。

 

「う~ん。仕方ない。おい、ちょっとひとっ走り行って文約を連れてきてくれ」

「はっ!」

 

 好戦的に俺を見つめていた兵士の1人を使い走りにして馬騰はその場にどっかりと座り込んだ。

 

「私が戦うのはまだ駄目みたいだが……他の兵たちについては私が許可する。存分に闘ってお前の実力を見せてくれ」

 

 どうやら俺の模擬試合をすぐ傍で観ていくつもりのようだ。

 

「では……我こそはという者からどうぞ」

 

 鍛錬場の中心に移動し、念のため手甲と足甲のチェックをする。

 

「よっしゃ。まずは俺から行くぜ」

 

 闊達に笑いながら強面禿頭の男が前に出てきた。

 

「噂が本当なら手加減なんていらねぇんだろ、刀厘殿」

 

 どこか皮肉げな言葉だが、これはまぁ噂とやらが信用できないが故の探りだろう。

 西平に来るまでに幾らか建業についての情報も集めていたが、俺という人物についてはかなり持ち上げて伝わっているようだった。

 

 曰く『建業太守が頭を下げて仕官してもらった』。

 曰く『彼の部隊はまさに一騎当千』。

 曰く『彼の武は揚州最強』。

 曰く『領地の民の為に尽くす賢人』

 

 聞いた時は思わず天を仰いだ。

 噂の一部は美命たちの差し金のはずなのだが、持ち上げられ過ぎていて正直居た堪れなかった。

 

 信憑性皆無の噂話を頭から信じるような輩はいないと思うが、それを踏まえても気に入らないという人間が出てきて当然だろう。

 挙句、俺はこれまでの一週間、実力を示すような事をまったくしてこなかったのだ。

 俺としても噂を全て肯定するつもりはないが、見劣りするつもりはないがその機会を自分で潰してきた事も事実。

 

 噂ほどでもないという侮りを払拭し、口だけでも噂だけでもないという事を示すには良い機会なのだろう。

 ならば思う存分に暴れさせてもらおうか。

 

「両者、構え!」

 

 ノリノリで手を掲げ場を仕切る寿成殿。

 先ほどの好戦的な表情のまま己の剣を構える禿頭の兵士。

 俺は左半身を前に出し、右手を軽く握り込みながら踏み込み足である左足に力を込める。

 

「始めっ!」

 

 振り下ろされる手を合図に俺は思い切り踏み込む。

 あっという間に縮まる距離に男は目を剥いて驚いた。

 

「っだぁ!!」

 

 しかしそこは異民族と常に敵対する地域の兵(つわもの)。

 動揺は一瞬だけ。

 即座に構えていた直剣を突き出してきた。

 

 胴体に向かって突き出された剣先を左手の手甲で身体の外側へ逸らす。

 激突したはずだというのに手応えがないという味わった事がない感覚に驚き、思わず前につんのめった男の無防備な額に右の掌を叩きつけ、さらに左拳で顎の下を掠めるように打ち込む。

 

「お、ぐぉ……」

 

 一撃目の衝撃が脳を突きぬけ視界が真っ白になった所に、さらに二撃目で脳を揺らされて棒立ちになった男に、止めとして右拳を叩きつける。

 悲鳴を上げる事すら出来ず男は放物線を描いて吹き飛び、地面に叩きつけられた。

 倒れた男はぴくぴくと痙攣するばかりで立ち上がる事も出来ないようだ。

 

「……勝負あり、だな。ほら、お前ら。呆けてないで次行け。あとそいつ鍛錬場の端に連れていけ。手加減されてるからしばらくすれば目を覚ます」

 

 あっさりと一番手が破れた事に唖然としていた兵士たち。

 そんな彼らと違い、ますます好戦的に瞳をぎらつかせる寿成殿。

 君主の言葉に呆然としていた者たちが立ち直り、慌しく動き出す。

 そんな中、二番手の男性が俺の前に出てくる。

 

「……一手、ご指南願います」

「喜んで」

 

 どうやらこの男は実力の差を察したらしい。

 それでも尚、挑むのは兵士としての誇りか、それとも男としての意地か。

 いずれにしても目の前の人物は潔くそして将来性のある兵士であるようだ。

 

 だからと言って叩き潰す事に変わりはないが。

 

「では……始め!」

 

 先鋒だった男は先手を取ろうと動いたところをさらに先に動いた俺に虚を突かれる事になった。

 二番手の兵士は俺が懐に飛び込んでくる事を警戒してか、こちらを注意深く観察しながら間合いを計る。

 

「同じ手は使えないか」

 

 思わず呟き、しかし構わず駆け出す。

 突撃する俺を見ても動揺せずに迎撃する体勢を取る。

 

 右拳を握り込み、振りかぶり、男が防御するのも構わずに真っ直ぐに振るう。

 何の小細工も無く真正面から迫る拳を男は慎重に剣の腹で受け止めた。

 しかし衝突の瞬間、剣が弾かれ宙を舞った。

 

「なっ……」

「フンっ!!」

 

 勢いの止まらない拳が男の腹部に突き刺さる。

 

「はっ、お……ふ」

 

 肺の中の空気を全て吐き出させ、男は崩れ落ちた。

 

「……防御をさせない高速の攻めかと思えば、防御を突き破るほどの威力の拳も持っているのか。ますます面白い。……おい、倒れたやつを連れて行ってやれ。あと次のヤツ出ろ!」

 

 ずるずると引きずられていく男を尻目に三人目の相手が前に出る。

 

「お前ら、馬騰軍としての誇りがあるなら勝てないまでももっと粘れよ!」

 

 野次のような激を飛ばす馬騰に兵士たちが応える。

 先ほど俺を痛めつけられると思っていた兵士たちもその目の色は既に変わっていた。

 

 まさかと思うが寿成殿は俺の存在を認めさせるために、これだけ人が集まった状態で模擬試合を申し出たのか?

 手を掲げ、合図を出そうとする寿成殿と目が合う。

 好戦的な瞳はそのままに悪戯っぽく片目を閉じて見せる。

 その仕草で俺の推測が当たっているらしい事が理解できた。

 

「始め!」

「うぉおおおおおお!!」

 

 開始の合図と共に槍を突き出す男。

 その槍に合わせて左足で蹴りを放ち、穂先を足甲で弾き、さらに槍の棒部分を足で絡め取る。

 

「なぁっ!? うぉおお!!」

 

 力任せに絡め取られた槍を引き戻そうとする動きに合わせて身体を支えていた右足で地面を蹴り、戻る勢いを乗せた浴びせ蹴りを叩き込む。

 盛大に吹き飛んだ兵士は仰向けに倒れ、白目を剥いて気絶していた。

 

「次、どうぞ」

「ほらほら、怖気づくような根性無しを軍に入れた覚えはないぞ! さっさと行ってあいつの余裕を失くして来い!」

 

 次々と前に出る兵士たちを思いつく限りの技の組み合わせで倒していく。

 まったく途切れない技のバリエーションの数々に後から出てくる者たちもまるで対処できずに倒れていく。

 文約殿がこちらに駆けつけてくる間に俺は優に五、六十人を倒していた。

 ちなみに馬岱は寿成殿の隣で俺の応援をしていて、孟起は真剣な面持ちで俺たちの戦いを見つめていた。

 

「うぉおおおおおおい! 寿成、お前は同盟結んだばっかりの相手に何をしてんだ何をぉおおおおおおお!!」

 

 悲鳴のような韓遂の叫びが鍛錬場に響き渡り、同時に放たれたドロップキックが寿成の後頭部を直撃。

 

「ぐっはぁあああああああ!?」

 

 彼女は為す術もなく錐揉み回転しながら地面を転がった。

 突然の事態に呆然とする俺たちを他所に文約殿は倒れた彼女に駆け寄り、襟首を両手で持ち上げて言い募る。

 

「お前は馬鹿か!? 馬鹿なんだな、そうだった馬鹿だった! なにこっちの食糧問題解決に尽力して疲れてるだろう相手をさらに疲れさせるような事してんだ!」

「う、ぐぐぐ。いいだろ、別に。あいつも了承したんだぞ!!」

「そりゃ了承せざるを得んだろうが。立場的にこっちのが太守の期間が長くて立場が上なんだからよ! そりゃ、生真面目な刀厘なら多少無理はしてでも提案されれば断らねぇだろうよ!」

 

 起き上がった寿成殿と文約殿が盛大な口喧嘩を始めてしまった事でなし崩しに模擬試合は終了した。

 

 俺はこの後、騒ぎを聞きつけた陽菜と彼女の護衛をしていた思春が現れたので彼らが騒ぐのを尻目に馬岱たちに断りを入れ、その場を離れた。

 

「ずいぶん汗を掻いてるわね」

「精兵を相手に勝ち抜き戦をしていたからな。特に疲れてはいないが身体を動かしたから汗は掻く」

「部屋に桶と水をお運びしますのでそれで身体を拭きましょう」

「ああ、そうだな」

 

 これ以降、俺の実力が噂通りかどうかはともかく自分たちを上回るものである事を理解できたのか、兵士たちから表立って見下すような視線を受ける事はなくなった。

 

 


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