乱世を駆ける男   作:黄粋

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第三話 鍛錬の日々。初めての戦い

「いくぞ、駆狼!!」

「さっさとかかって来い。激(げき)」

 

 今、俺は村に届け物をしにきた程普改め激と向かい合っている。

 激と言うのは徳謀の真名だ。

 

 十歳になった頃、俺たちはそれぞれの親から自分で真名を許す許可が降りたのでさっそくいつもの五人で交換した。

 なんでも真名とは許された者以外が決して呼ぶ事があってはならない物であり、許可なく呼べば殺されても文句は言えない神聖な物なのだそうだ。

 親しい者にしか呼ばれない渾名程度にしか考えていなかった俺はしゃべれるようになった頃、両親に説明されて戦慄したのを覚えている。

 気軽に口にしなくて良かったと心の底から安堵したものだ。

 

 この地方独特の風習らしいのだが、子供が誰かに真名を許すには親の許可が必要になるらしい。

 この辺りの地域は真名の神聖性を特に重んじる傾向にある。

 そうであるが故に子供の頃、つまりしっかりとした判断基準を持たない段階で真名を許すという行為を許さない。

 それを許可するかどうかは親が責任を持って判断しなければならないのだ。

 例外として相手から真名を預けた場合は返礼として預ける事が出来る。

 公覆嬢改め祭(さい)嬢と母さんなどはその典型だし、俺も真名についてのレクチャーを受けたその日に両親と祭嬢たちの親に真名を預けてもらったので返礼している。

 

 

 そして俺たち五人はそれぞれ十歳の誕生日に自分で真名を預ける判断が出来るとされたというわけだ。

 俺にとって真名という風習自体が馴染みの薄い物なので実感は湧かなかったが、この年齢で許可されるのは珍しいらしい。

 

 正直、許可云々は俺にはどうでもよい話だったが祭嬢たちにとっては違ったらしい。

 親から許可をもらったその日の喜びようは半端ではなかった。

 親たちも許可を出した感動で盛り上がり、その日は酒宴が開かれた。

 正直、一人置いてけぼりを食らっていた俺は怒濤の流れにまったくついていけなかったのだが。

 

 真名が云々の話よりも、酒宴で十歳児に酒を勧める阿呆どもを毎日の走り込みのお陰で馬鹿みたいに強くなった蹴りで沈めたり、場の雰囲気に酔ってノリノリで飲もうとした激と祭に拳骨をお見舞いしたりと宴の火消しに忙しかった記憶の方が濃厚に残っているくらいだ。

 そんな神聖さなど微塵も感じさせない騒がしい空気の中で俺たちは真名を預け合い、さらに仲を深めたというわけだ。

 

 

「シッ!!」

「ふッ!!」

 

 そんな人生の節目を終えてさらに四年後の現在。

 俺たちは今年で十四歳になり、身体的発育に明暗が分かれる時期に差し掛かりつつあった。

 

 既に俺、激、大栄改め慎(しん)は個人差はあるが背が伸び始めているし体付きもがっしりとしてきた。

 祭嬢と義公嬢改め塁(るい)嬢は身体が女性らしいしなやかな丸みを帯びてきている。

 

 女性らしく成長しつつある彼女らだが強いのは相変わらずだ。

 むしろ常識を外れつつあるという意味では悪化していると言える。

 

 塁嬢などは最近、落石で塞がれてしまった道の大岩を持ち上げてどけるという恐ろしい事をしでかしている。

 その件の大岩を蹴り砕けるか試したら出来てしまったので、俺も人の事は言えない身なのだが。

 

 毎日、鍛錬を欠かさなかったとはいえ十四歳でこの成果はさすがに引いた。

 代償として蹴りに使った右足に罅がが入ってしばらく使い物にならなくなったのだが、それにしてもあんな見上げるような大きさの岩を生身で砕けるとは思いもしなかった。

 

 周りの人間がその事を特に気にしていなかった事が救いと言えば救いだ。

 前世と比べて色々と常識が規格外である事に初めて感謝したくなった。

 前世でこんな力を持っていたら怯えられて迫害されかねん。

 

「いだだだ!? おい、駆狼!! 考え事しながら関節きめんな!! 折れる折れるッ!?」

「ん? ああ、すまんすまん。真面目にやる」

「ぎゃぁあああああ! 違う違う、真面目に折る方向で考えてんじゃねぇ!! 俺の負けだから離せって言ってんだよぉおおおお!!」

「やかましい奴だ」

「この極悪冷血漢ッ!!」

「ああ、手が滑った」

 

 激の肩から鈍い音を発てた。

 

「ぎゃああああああああああ!!!!!!」

 

 折るのではなく、肩を外してから関節技を解く。

 そして白目を剥いて気絶した激の肩をはめなおしてやる。

 うめき声と共に目を覚ますが、はめなおした肩の痛みでまた気絶した。

 

 忙しい奴だ。

 

 ……即興でやってみたがこれはお仕置きに使えそうだな。

 

 とりあえず肩に負担がかからないよう仰向けに寝かせ、日光が直に当たらないよう木陰に運ぶ。

 ビクビクと身体を痙攣させている激を無視しながら俺は地面に胡座をかいた。

 

 考えるのは現在の俺たちの状況と今後の村の安全について。

 

 それぞれに強くなると言う事を明確に意識し始めた。

 祭嬢は親の指導の元で弓の訓練をしている。

 ついこの間、その腕が認められて『多幻双弓(たげんそうきゅう)』という弓をもらったとはしゃぎながら言っていた。

 慎は剣を、激は弓を習いつつ俺と素手での戦い方を試行錯誤しながら学んでいる。

 塁嬢は親から譲られた大鎚(名前を『観世流仁瑠(みょるにる)』というらしい。どこの神話だ)を用いて鍛錬に励んでいる。

 俺自身は毎日の走り込みに加えて格闘技の型を繰り返し体に馴染ませている。

 

 激が実験台もとい練習相手になってくれるので想定以上に順調に強くなっている。

 しかし俺の格闘技はいわゆる試合を行う為の物であり、基本的に一対一しか想定されていない。

 色々と応用が利く技術ではあるが、賊や正規の軍隊を相手に一対多数で戦う可能性を考えるとこれだけでは些か心許ない。

 よって今は鍛錬と農作業を行う傍ら、俺に合った武器がないかを思案している。

 

 

 この世界に正当な武術の型や流派という物は存在しない。

 最も基本的な突く、斬るなどの動作は別として。

 武を志す物が敵を倒す為に日々精進して生まれた型はあるのだろうが、それは一人一人が生み出した個人技に過ぎない。

 

 大衆向けの一般的な(と言うと語弊があるかもしれない)武術、万人に教えられ努力を怠らなければそれなりの使い手になれる汎用性の高い技術と言うものは無いのだ。

 

 俺という例外が生前に生み出した『精心流(しょうじんりゅう)』を除いて。

 前世の記憶を持つという反則的な環境にいる俺には、この時代の武将が歴史として語り継がれるほど先の世界の武術の記憶がある。

 

 その中には棒術などの武器を用いた物も含まれている為、村で有志を募ってこれの訓練してもらえば村全体の防衛機能をある程度、上げる事が出来るだろう。

 もちろん力を持った事で調子に乗る者がいないとは言えない。

 そういう連中が出た場合は見せしめも兼ねて容赦なしに叩き潰すつもりでいるが。

 

 しかしこの周辺の村は子供の年代にかなり差がある。

 俺たちと同年程度の子供はおらず、年上は既に二十歳に近い。

 下になるとまだ生まれたばかりの子やまだ一歳にも満たない程度の年齢ばかり。

 なんとも極端な話だ。

 

 村周辺の治安を守る為にまとまったグループ、いわゆる自警団を設立するに当たって解決すべき一番の問題は上の年代をどう説得するかになるだろう。

 

 十四歳でその力を周囲に認められつつある俺たちだが、未だ村の中で発言力を持つには至っていない。

 それは子供だからという事が一番の理由なのだろうが、人を率いるにあたり必要な威厳が足りない事もあると思っている。

 幾ら大岩を持ち上げて打ち砕ける力があっても、人を引っ張っていく為の威厳は別次元の話だ。

 それにこんな子供に意見されるというのも大人のプライドを刺激してしまうだろう。

 

 正論であるからと言って万人がそれを受け入れるとは限らない。

 理由は様々だろうが反発と言うものは必ずあるものだ。

 その反発にどう対応していくか。

 

 こんな時代だ。

 守りたい物を守るためには正論だけではやっていけなくなる。

 泥をかぶる事もそろそろ覚悟しておかなければならないだろう。

 

「う、うう……」

 

 思考に沈んでいた俺の意識を引き上げる激のうめき声。

 ずいぶん長い時間、考え事に没頭していたらしい。

 俺は太陽が真上に在る事にここでようやく気がついた。

 

「起きろ、激。早く村に戻らないとおばさんと塁にどやされるぞ」

「うう、はっ!?」

 

 目を開くと同時に跳ね起きる激。

 そして真上に昇った太陽を見て顔を真っ青にした。

 

「やっべぇ!! 早く戻らないと塁にボコボコにされる!!!」

「ほう、災難だな。頑張れ」

「お前、他人事過ぎるだろ! 半分以上、お前のせいだぞ!!!」

「言い訳する相手は俺じゃなくて塁にしろ。まぁ問答無用だろうがな」

「だぁ~~~! ちくしょう、覚えてろよ、駆狼!!!」

 

 木陰に置いてあった籠を背負って激は三流悪役のような台詞と共に去っていった。

 

「騒がしい奴だ。と言うか既に塁の尻に敷かれてるな」

 

 将来はカカァ天下確定か。

 などと考えながら既に米粒のような小ささになっている友人の背中を見送る。

 俺が泥を被ってでも守りたいと思うモノの一つを。

 

「……さてと」

 

 まずは飯。

 その後は畑仕事の手伝いだったな。

 

「今日も一日、安らかに過ごせますように」

 

 いないと思っている神仏に願うのではなく、己に言い聞かせるように呟いて俺は立ち上がった。

 

 そしてこの数日後。

 俺はこの世界で初めて人を殺す事になる。

 

 

 

 山賊による襲撃。

 襲われたのは俺の住んでいる村ではなく、祭嬢たちの住む村だった。

 

 村の中で一番、足が速かった慎がうちの村に救援を求めて来たのだ。

 

「お願いします! 一度は凌ぐ事が出来たけど、もう一度襲撃されたらひとたまりもないんです!!!」

 

 慎の話によれば賊は初めて襲撃してきた際に村側からの想定外の反撃を受けて一度、逃げ帰ったらしい。

 

 反撃をしたのは慎たち四人だ。

 既に弓の使い手として狩りなどに参加していた祭嬢と激が弓で牽制。

 何人かを射抜き、その攻撃で敵の動きが止まったところに塁と慎が突撃。

 子供と侮った連中を文字通り粉砕し、追い返す事に成功したのだそうだ。

 

「でも塁さんと祭さんが人を殺した事を気にしていて……今は戦えないんです」

 

 そう語る慎の顔も青い。

 この村まで全力で駆け続けた事以外に理由があるのは明白だ。

 

 そもそもなぜ四人だけで、村の人間に相談する事なく敵を迎え討ったのか。

 どうも賊が村に迫っている姿を見て四人はパニックを起こしたらしい。

 このままでは村が襲われるという事だけに意識が向かってしまい、村に危険を知らせるなどの冷静な対応が出来なくなった。

 実際に村の目の前まで賊は迫っていたらしいので、冷静な対応などとても出来ない状況だったんだろう。

 

 その結果、追い返した後に自分たちが『人を殺した事』を認識してしまい鬱ぎ込んでしまったのだ。

 

 しかし賊を追い返す事は出来たが、連中は「てめえら許さねぇ、覚えていろ!」と言うような言葉を残して退却していったと言う。

 また来る、それもすぐにでも襲撃してくる可能性が高い。

 それに加えて村にとっての主戦力だっただろう祭嬢と塁嬢が戦えないという状況。

 近隣の村に救援要請が来るのも当然の成り行きだろう。

 

「どうかお願いします!」

 

 地面に顔を擦り付けながら土下座する慎。

 しかし彼の必死な思いを聞いて尚、村長他俺の村の住人の反応は芳しくなかった。

 

「しかし救援と言っても我々も自分たちの村を守らねばならん……」

 

 慎の懇願を断る事への罪悪感か、子供に事実を突きつける事への羞恥心か。

 村長は顔を背けて言葉を濁した。

 

 だが彼の言葉は正論だった。

 さほど裕福とは言えないこの辺り周辺の村同士は助け合いが暗黙の了解だ。

 しかしそれは互いに余裕がある場合という前提の元に成り立っている。

 

 賊に他の村が襲われたという事は、次にどこに矛先を向けられるのかわからないと言う事だ。

 連中の言葉を鵜呑みにして戦える人間を余所に向かわせている間に、自分たちの村が襲われない保証は無い。

 ただでさえ各村に戦力と呼ばれる物は少ないというのに余所にまで手を回せる余裕などないのが現状だ。

 

「う、く……」

 

 それが理解できているのだろう慎は、泣き声を上げそうになるのを必死に堪えて頭を下げ続ける。

 しかしその仕草に動揺はしても心動かされはしない俺の村の住人たちは黙ってこいつから視線を外すだけ。

 

「村長、はっきり言ったらどうです? 救援を出せるほどの余裕などない、と」

「ッ! く、駆狼……」

 

 弾かれたように会議の場所とされた村長宅に集まった人間たちの視線が俺に集まる。

 地面に顔を擦り付けていた慎も俺の声に顔を上げていた。

 

「ここで慎を引き留め続ければそれだけ彼の村が危険に晒される可能性が高くなる。彼は老人の多いあの村で戦力に数えられている貴重な人間なのだから。一瞬だって惜しい彼に対して言葉を濁して出せもしない救援に対する期待を高めさせてどうするんです? まさか彼に自分の村を見殺しにしろとでも言うつもりですか?」

「な、なにを馬鹿な! 私にそんなつもりは無い!!」

「だが俺が口を挟まなければ結果的にそうなっていたかもしれない。慎はどういう結果であれ貴方のはっきりとした意志表示の言葉を待っているんですよ? 貴方が答えを出さない限り出ていかない」

 

 今まで平和だったこの村で、付き合いの深い隣村を見捨てるかどうかの決断を迫るのは酷な事だろう。

 だが必要な事でもある。

 平和を当然の物であると思っていたこの村全体に現実を思い知らせるという意味で。

 

「た、確かにそうだろうがならば隣村を見捨てろと言うのか!?」

「違います」

「「「「!?」」」」

 

 声を荒げる村長に対し、俺は無表情のまま即答する。

 あまりの即答ぶりに周りが驚いているがいちいち反応を窺っているほどの暇も無いから無視した。

 

「慎、悪いがこの村には父さんたちくらいしか武器を扱える人間はいない。村が賊に襲われた時、一人でも欠けていては対抗も難しいくらいだ」

「う、うん」

 

 ずっと土下座していた慎を立たせて、優しく語りかける。

 我慢できずにこぼれ落ちそうな涙を腕で拭いながら慎は俺の言葉を聞く。

 

「だから『戦力に数えられていない』俺がお前の村に行く」

「え? 刀にぃが?」

 

 そう俺が一人で彼らの村に行く。

 村の防衛者として勘定されていない俺が勝手に慎たちの所へ行く分には問題はない。

 腕前については村中に知られている俺だが、両親の方針で十五になるまで戦力になる事を禁じられていた。

 村長は俺が頭角を表し始めた十二歳頃に、すぐにでも村の守り役にしようとしていたようだが村の防衛責任者である父の言葉でその時まではと我慢していた。

 

 それが我が子に血生臭い事をさせたくないという父の親心なのだと俺は理解していた。

 

「駆狼、お前……」

「父さん。父さんの気持ちは嬉しい。でも俺は行くよ」

 

 親子にしか伝わらない短いやりとり。

 だがお互いの想いが伝わった事は数秒見つめ合っただけで確認出来た。

 

「行くぞ、慎。父さん、この村をお願いします」

「……ああ」

 

 震える声で俺の言葉に返事をする父さん。

 その声は前世で俺を戦場に送り出した時を思い出させる。

 

 村長宅の出入り口を通り抜ける。

 最後に振り返り、父さんと言葉もなく立ち尽くす他の面々、そして頭を下げて「すまん」と小さく呟く村長を視界に納める。

 

「行ってきます」

 

 背筋を伸ばし、両足を揃えて、視線を正面に、右手を真っ直ぐに伸ばして額に当てる。

 敬礼を終えた俺は慎と共に言葉もなく駆けだした。

 

 目指すは慎たちの村。

 俺の大切な者たちがいる場所。

 

 

 

 儂たち四人はいつも通り、村の外で鍛錬に励んでいた。

 駆狼が儂たちに黙って鍛錬している事を知って以来の習慣じゃ。

 この鍛錬のお陰で儂らは年々、着々と腕を上げて今では父や母に自分たちよりも強くなったとお墨付きをもらえるほどになった。

 

「と言っても未だあやつには届かぬがの」

 

 弓の弦を確認しながら呟く。

 思い浮かぶのは初めて出会った頃から何かと儂らの中心にいるあの男の事。

 

 出会った頃から妙に落ち着きのある空気を持っていたが年々、その雰囲気が強くなってきている気がする。

 たまに年齢を偽っているのではないかと思うほどじゃ。

 

 あのすべてを包み込む、思わず寄りかかってしまいたくなるような巨木のような気配。

 優しさと同時に力強さを感じさせる男。

 同じ男である激や慎は勿論、儂や塁も持っていない物を持つ者。

 

 しかし儂は奴に寄りかかるつもりはない。

 どうも最近、一緒にいる時も何かを考え込む事が多いあやつ。

 悩み事を相談しない事を水くさいと思う。

 同時に相談されない、駆狼に頼りにされていない己をふがいないとも思っていた。

 こうして四人で鍛錬に勤しんでいる間も悔しさを噛みしめているくらいに。

 

「刀にぃの事? 祭さん」

「うん? なんじゃ慎。聞いておったのか?」

 

 頷きながら儂の横に腰掛けて剣の手入れをする慎。

 昔から駆狼を兄と慕っているこやつにとっても今のあやつの態度は気に食わないのじゃろうな。

 

「最近、何か考え込んでる事が多いんだよね。この間、行商人さんから話を聞いてからは特に」

「……かなり近い所の村が襲われたと言う話か?」

 

 確かにそうかもしれん。

 もしかしたらあやつ、自分たちか儂らの村が襲われる事を心配しているのかもしれんな。

 

「でもそれは気にしてもどうにもならないんじゃないの?」

「そうだよなぁ。連中がどこを襲うかなんてわかるわけねぇし」

 

 先ほどまで打ち合いをしていた塁と激が話に入ってくる。

 

「……塁、ぬしはもっと加減できんのか? その鎚を振るった跡でそこら中、穴だらけなんじゃが」

「う、仕方ないじゃない。これ、手加減なんて器用な事出来ないし、激は受け止めないで避けちゃうし」

 

 ふくれっ面でそっぽを向いても誤魔化さんぞ。

 毎度毎度、鍛錬の場所を変えなければならん元凶なんじゃからな。

 

「あんなもん避けるに決まってるだろぉぉが! あんなの受け止めたら両手が粉々になるか、最悪死ぬわ!!」

「え~~、だって駆狼は受け止めて見せたわよ? 私の振り下ろしに合わせた蹴りで。むしろ私の方が吹き飛ばされたくらいだし」

 

 なんと駆狼はあんな人の胴体丸々納まってしまうような大槌を受け止めたのか!?

 

「あいつと俺を一緒にすんな!! ええい、ちくしょう! 駆狼め。絶対に追いついてやる!!」

「あ、激。駆狼に追いつくのはあたしが先よ」

「んだとぉ。俺が先に決まってんだろ!!」

「あはは、二人とも。話がズレてるんだけど」

 

 慎と顔を見合わせて苦笑いする。

 駆狼の話をすると最後にはこうしていつか追いついてやると言う話になってしまう。

 儂ら全員がずっと持ち続けている共通した思いじゃからなぁ。

 こればかりは仕方がない事じゃ。

 

「ん?」

「あれ?」

 

 じゃが『いつも通り』はここまでじゃった。

 

「どうしたんじゃ? 激、塁」

 

 二人が口喧嘩をやめてどこか遠くに視線を向けている事に儂は首をかしげる。

 

「なぁ、祭。お前、俺らの中じゃ一番目が良かったよな?」

「あれ……向こうに土煙が見えるんだけど」

「なに?」

 

 塁が指を指す方に顔を向ける。

 むぅ、確かに何か砂が舞っているようだ。

 しかもどんどんこちらに近づいて……っ!?

 

「慎! 激! 塁! あれは山賊じゃ!!!」

「「えっ!?」」

「なにッ!?」

 

 この日、儂らは初めて人を殺した。

 そしていつも儂らと共におった優しいあやつが、儂らよりも遥かに強いあやつが、死にもの狂いになる様を見せつけられる事になる。

 


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