乱世を駆ける男   作:黄粋

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第二十三話

 元代たちが持ち帰ってきた建業からの書簡。

 今後についての最低限の方針が書かれたそれは彼女たちが建業に届けた物とは比較にならない程に少なかった。

 まぁそれとは別に未使用の竹簡が持ち帰られているので報告書が足りなくなると言う事態にはならないはずだ。

 

 書かれていた指示をまとめるとこうなる。

 

 海賊たちについては可能な限り情報を引き出した後、処断せよ。

 俺、いや俺たちからすれば是非もない指示だ。

 ここ数日の脱走騒ぎで奴等に掛ける情けなどもはや一片たりとも残っていないのだから。

 

 この村には近隣を含めた治安維持の為に俺たちとは別の部隊を派遣。

 俺たちは派遣される部隊が到着するまでの間、この近辺に駐留する事になった。

 長期間の駐留に備え、生活環境を整えておけと言う事だ。

 砦かそれに類する駐屯に適した施設を造る必要がある。

 

 未だ名前も知らない少女については手厚く保護せよと言う話だ。

 具体的な方法については俺の判断に任せると言う事になっている。

 新しい部隊が来るまでの間、俺たちは身動きが取れない。

 これからも焦らずゆっくり彼女と関わっていくとしよう。

 建業の方でも彼女や既に売られてしまった者たちについては調査を行う方針が決まったと言う。

 向こうの調査で少しでも身元に繋がる情報が集まればいいんだが。

 

 

 翌日、豪人殿を含めた古参の者たちには村の警護をお願いした。

 残りの百五十名には海賊たちの処刑に立ち合うよう命じている。

 

 物々しい空気で武器を持って近づいてくる兵士たちの姿を見て奴等も俺たちがなにをしに来たのかを理解したのだろう。

 

 縄で縛り付けられ身動きが出来ない身体を必死で動かす者、唯一動く口で精一杯の怒声や罵声を上げる者、涙を流しながら平身低頭で命乞いをする者。

 

 様々な行動で生きようと足掻くその姿を俺は不様だとは思わない。

 こいつらも、いや彼らも俺たちとなんら変わらない人間なのだから。

 

 だがだからこそ殺す事を躊躇いはしない。

 

 人間として越えてはいけない境界を踏み越え続けたこいつらには償わなければならない罪がある。

 どうしようもなかったのかもしれない。

 他の方法など無かったのかもしれない。

 

 だがだからと言って他者を虐げた事実は揺るがない。

 たとえどのような理由があろうとも、だ。

 

「本日ただいまより貴様等を処刑する。例外はない。抵抗も命乞いも無駄だ」

 

 勿論、それは俺たちにも該当する事だ。

 民を守るため、国を守るため。

 どれだけ理由を取り繕うとも。

 俺が今までやってきた事、そしてこれからやる事は人殺し。

 人間として踏み越えてはいけない境界の一つ。

 恨まれ、憎まれ、怨まれ、呪われる所業だ。

 

 だから俺は彼らの言葉を一字一句逃さず聞くように耳を傾ける。

 それがどれほど聞くに耐えない罵詈雑言であってもだ。

 これから俺たちが彼らの命を奪うのだから。

 

「死ね……」

 

 俺が握り締めた拳を振るい目の前にいた男の顎を砕くのを合図に。

 槍が、剣が、海賊たちの身体に突き刺さっていく。

 

 痛みに仰け反り呻き声を上げる者の首を足裏で踏み砕く。

 生きている可能性など万に一つも残らないよう念入りに、確実に殺す。

 

 驚くほどあっさりと命が消えていく。

 一分とかからずに賊たちはその命を例外なく大地へと還していった。

 

「遺体は残さず火葬する。最後まで気を緩めるな」

「「「「「はっ!!」」」」」

 

 血塗れになった骸を掴み、持ち上げる。

 まだ生きていた頃の体温の残る死体。

 生理的嫌悪を催させる生暖かさが残ったソレを広場の中央に重ねるように置いていく。

 

 無言で俺に続く部下たち。

 力を失った身体は生きていた頃に比べて酷く重い。

 三人がかりで一人を運ぶ者もいるくらいだ。

 

「忘れるな。今、感じている生温い感触と重さを……」

 

 自分たちが殺した人間を運ぶと言う苦行に何人かは青ざめ、顔を歪めながら俺の言葉を聞いている。

 

「それが殺人と言う罪の重さ。そして彼らの断末魔は、俺たちに訪れるかもしれない一つの可能性だ」

 

 誰も何も言わない。

 

「俺たちは民を守るために人を殺した。そしてこれからも殺すだろう。相手がどれほどの悪人であろうと、あるいは善人であろうとも殺すかもしれない。決して忘れるな。俺たちが『人殺し』だと言う事を」

 

 何人かが胃の中の物を逆流させた。

 

 ここにいるのは新兵だけ。

 先の海賊迎撃戦で初めて実戦を経験した者も多い。

 迎撃戦の後もすぐに家屋の修繕や物見櫓の作成にかかっていて自分のした事に向き合う時間などなかったし、忙しさを理由に目を背けていた者もきっといただろう。

 

 俺はそんな彼らを賊を殺す場に集め、死体の処理をさせる事で人を殺した事実と無理矢理に向き合わせた。

 

 褒められた手段ではないかもしれない。

 伸び盛りの彼らの心を折る馬鹿な事をしているかもしれない。

 だが今、ここでこいつらが『勘違いする事』がないようにする責任が俺にはある。

 『人を殺す事を当たり前だ』などと考えるようにならないように。

 『悪人だから殺すのが当然だ』などと考える事がないように。

 

 『人を殺せば恨まれる』と言う当然の事を心に刻みつける為に。

 

 無言で死体を運ぶ。

 十二人の死体を何人かに分けて並べる。

 その上に薪と乾いた葉を被せ、松明で火を付けた。

 

 少しずつ燃え広がり、賊たちの身体を灰へと変えていく炎。

 風が吹き込みその勢いがさらに増していく中、肉が焼ける異臭が俺たちの鼻を突く。

 

 誰かが呻き声を上げ、風下から逃げるのが気配でわかる。

 だが俺はその場を動かなかった。

 それが軍人として自分の指示で殺めた者たちに対しての務めだと思っているから。

 

 

 俺の行為を自己満足に過ぎないと言う者もいるだろう。

 少しでも自分が人を殺したと言う事実を軽くする為の方便だと思う者がいるはずだ。

 

 だが。

 どう思われようと構わない。

 俺の行為を偽善と言いたければ言えばいい。

 自己満足だと声高らかに叫びたければ叫べばいい。

 

 それでも俺は変わらないだろう。

 齢百二十年も生きてしまえば性格の根っこなど変わりようがないのだから。

 

 恨みたければ恨めばいい。

 殺したければ向かってこい。

 俺は誰に殺されようとも受け入れる。

 人を殺した者として当然の覚悟を生涯抱き続ける。

 

 再び軍人として生きると蘭雪様に誓ったあの日から、俺は『どういう形であっても死ぬ事』を覚悟したのだから。

 

 尤も。

 向かってきたからと言って殺されてやるかどうかは別の話だがな。

 

「全ての骨が入る程度の穴を掘ってくれ。残りの者は燃え残った骨を集めるぞ」

 

 無言の作業が続く。

 部下たちが今、何を考えているかはわからない。

 この作業に嫌気が差しているかもしれない。

 あるいは何も感じず作業は作業と割り切っているかもしれない。

 全員が全員、顔を青くしているのでそれはないと思うが。

 

 

 死と向き合う事で軍にいる事を恐れるならばそれでいい。

 別に軍で戦う事が人生の全てではないのだから。

 

 ここで彼らが軍を辞めると言うのならそれはそれでいい。

 人を殺す事に耐えられないと言う事は恥でもなんでもないく、人として当たり前の感情なのだから。

 

 むしろ慣れてはいけないのだ、こんな所業には。

 

 埋葬が終わったのは日が暮れる頃だった。

 解散を告げると一人また一人と足早に去っていく。

 そんな中で俺は最後まで残っていた。

 

 何人かは俺の事を気にしていたが、俺が動かない事を察すると気を遣って村に戻っていった。

 

 俺は周囲に誰もいなくなったのを確認し目星を付けておいた大きめの石を骨を埋めた場所に置く。

 

 粗末ではあるが墓石の代わりだ。

 そして石の下に眠る者たちの冥福を祈る為に日本の儀礼に則り目を閉じて両手を合わせる。

 

「いずれは俺もそちらに行く。恨み辛みはその時に必ず受け止めてやる」

 

 俺は自分のした事から絶対に逃げない。

 とはいえ地獄や天国があるかどうなど俺にはわからない。

 俺自身はどちらかに行く事もなく転生してしまったからな。

 この行動も言ってしまえば自己満足なんだろう。

 

 

 しばらくして合掌を終えた所で近づいてくる気配を察知した。

 毎日、会いに行っていたお陰で覚える事が出来た子供の気配。

 彼女から離れた場所には今日、彼女の護衛を担当していた部下の気配もある。

 

「船から出られるようになったんだな。おめでとう」

「……」

 

 俺の言葉には答えず、背を向けたままの俺に近づいてくる少女。

 少し足取りが乱れているように感じるのは人間不信の影響なのだろう。

 俺に近づく事に怯えているのだ。

 

「無理はしない方がいいぞ。辛いんだろう?」

「……ごめんなさい」

 

 大体二メートルくらいの距離で立ち止まると彼女は俺に謝罪の言葉を言った。

 

「なぜ謝るんだ?」

 

 お前が謝る理由などないだろうに。

 

「ずっとちゃんとしたごはんを持ってきてくれたのに、お礼も言えなくて……言いたいのに、言えなくて……こわくない人だってわかってるのにずっと、ひっく、こ、こわく、て……う、うう」

 

 言葉の後半は嗚咽混じりで支離滅裂になっていたが彼女の気持ちは痛いほど伝わってきた。

 俺は振り返り、彼女の泣き腫らした瞳と目を合わせる。

 

「いい。もうわかったから。恐がりたくないのに身体が勝手に反応してしまってお前自身もその事がずっと辛かったんだな? 俺たちを避けた事をずっと気にしていたんだな?」

「うっぐ、えく、はい」

 

 泣きながら肯定の返事をする少女。

 

 俺は勘違いをしていた。

 誘拐した者たちと同じ『大人』、特に同じ男である俺たちは憎まれて当然。

 だから避けられていると思っていた。

 

 本当はその逆。

 この子は俺たちが世話を焼いている事を感謝していて、だが身体が勝手に俺たちを拒絶していた。

 その事をずっと気に病んでいてずっと苦しんでいたのだ。

 

「すまないな。お前が俺達に感謝している事、気づいてやれなかった」

「ご、めん、なさい……ずっとありがとうって伝えだがっだのに」

「謝らないでいい。もう伝わったから」

 

 泣きじゃくる彼女をなんとかしたくて刺激しないようにゆっくりと近づき、少し離れた位置から腕を伸ばしてその小さな頭を撫でてやる。

 髪に触れた瞬間、彼女の全身がびくりと震えたが手を払われる事はなかった。

 

 この子は助けた当初、俺達を警戒し拒絶していた。

 だが今はもうそうじゃない。

 具体的にいつからかはわからないがいつの間にか俺達に心を開いてくれていたんだ。

 

 今、俺がやっているようにほんの少し強気に踏み込めば受け入れてくれるくらいに。

 むしろ俺達が腫れ物を扱うように彼女に気を遣った事で逆に不安にさせてしまっていた。

 

 距離を縮めるきっかけは既にあったのだ。

 それを潰していたのは他ならぬ俺達の方。

 なんて間抜け。

 

 子供好きを自認する癖に子供の感情の機微に気づくことが出来ないとは情けない。

 

「俺からも礼を言わせてくれ。俺達に心を開いてくれてありがとう」

 

 膝を付き視線を合わせ俺は少女にお礼を言った。

 酷い目に遭ったと言うのに、それでも誰かに心を開くと言う勇気ある行動をした彼女に。

 

「わ、わだじも、ひっく、助げで……くれで、えっぐ、ありがどうございまじだ」

 

 伝わった想いを改めてしゃくりあげながら告げる少女の律儀さに、俺は口元を緩め彼女が泣き止むまでそっと頭を撫で続けた。

 

 

 

「すぅ〜〜、すぅ〜〜」

 

 そして俺は今、何故かこの少女と一緒に寝床にいる。

 いや一応、こうなった経緯はわかっているんだがどうも理不尽且つ非常に強引に話を持っていかれた気がしてならない。

 

 あの後、船にいる必要がなくなった少女の事を村長や豪人殿たちに相談した所、少女自身の意向により可能な限り俺の傍に置く事でまとまった。

 さすがに軍務にまで同行させるわけにはいかないのでそういう時は村にいてもらう事になっている。

 

 手を出すつもりなど微塵もないが、さすがに小さくとも少女。

 寝床くらいは同性と一緒の方が良いと思ったのだが。

 

 俺の服の裾を掴んで離れない少女の様子を見て、何を思ったのか公苗や元代などの女性陣がやたらと奮起した。

 あっと言う間に俺の天幕を広くし彼女の寝床を増設してしまったのだ。

 さらに今日は自分たちが俺の分の仕事をするので彼女と一緒にいてあげてくださいなどと言われる始末。

 

 妙な圧力に屈する形になった俺は彼女と共に天幕へ行く羽目になった。

 彼女は横になってから眠るまでが異様に早かったが、恐らく泣き疲れたのだろうと思う。

 問題は俺の服を掴んで離さない事だろう。

 派手に動いてしまえば起こしてしまうかもしれないので下手な事も出来ず。

 

 俺も結局、諦めて彼女を起こさないよう横になる事にして現在に至る。

 

「やれやれ」

 

 静かに寝息を立てる少女。

 今まで食事中に見せていた怯えた表情は今はもう無い。

 安心しきったその顔は正しくこの年の子供の持つ物だ。

 

 だが忘れてはいけない。

 この子が苦しんでいた事実を。

 苦しむ前に助ける事が出来なかった事実を。

 

「ありがとう」

 

 守ることが出来なかったふがいない俺達に心を許してくれて。

 

「荀文若(じゅんぶんじゃく)」

 

 幼い少女が教えてくれた名前を呟く。

 まさかこんな少女が『王佐の才』と謳われた文官だとは考えもしなかった。

 

 

 荀彧文若(じゅんいくぶんじゃく)

 名門荀家に生まれ、曹操を支えた名文官。

 若い頃から『王を助ける才を持つ』と称され各地を転戦する曹操の留守を守り続けたと言われる。

 袁紹との決戦である官渡の戦いでは戦に直接参加する事はなく洛陽にて行政を仕切っていたが、それでも遠方から弱気になった曹操を励まし政務を取り仕切る文官の身でありながら他の軍師と共に献策を行う事で彼を勝利に導いたとされている。

 しかし赤壁の戦いの後、なりふり構わず覇権の追求に走った曹操と対立。

 病死とも曹操との仲違いを苦に服毒自殺したとも言われている。

 

 

 そんな曹操軍にその人ありと言われた人間が今、自分の服を掴んであどけない表情を見せていると言う事実に俺は困惑していた。

 歴史に名を残すような人間の性別が変わっているのは正直、今更の事なのでそこまで気にしていない。

 

 だが俺の知識を信じるならばこの子はいずれその才能を開花させ、大陸を統一せんとする曹操に付き従う事になる。

 それはつまり孫呉に敵対すると言う事であり、俺は自分たちが助けた少女に刃を向ける事になるのだ。

 

 そして知識通りの力をこの少女が持っているならば非常に強大な敵になる。

 呉のこれからを考えるならばこの場で殺す方が良いとさえ思える程の才気を持っているはずなのだ。

 

 だが前世の知識通りに未来が進む保証はない。

 歴史に名を残す武将や軍師、文官、武官の性別が異なり、年代も士官する時期もバラバラだと言うのに。

 

 そんな曖昧な知識を指針にこんな幼い子供を手に掛けるなどして良いはずがない。

 

 目を閉じる。

 少女と距離を縮められた事への喜びはいつの間にか消えていた。

 

 

 

 一日に何回も会いに来てくれた人。

 ずっとこわくて、へやに入ってきたときはいつもはなれていたのに。

 それでもやさしく声をかけてくれた人。

 あたたかいごはんをくれる、やさしい声ではなしかけてくれる人。

 

 こわい人たちが来なくなってから来るようになった人たち。

 おとこの人もおねえさんも、わたしに会いに来た人はみんなあたたかかった。

 

 だけど人がちかよってくるとどうしてもこわくなって。

 わたしはお礼も言えなかった。

 かなしくてくるしくて。

 

 でも今日やっとお礼が言えた。

 くるしくなったけどがんばれた。

 

 

 あの暗いへやをでて、お船からおりて。

 

 ずっと付いてきてくれたおとこの人が、あのおとこの人がいるところまでつれていってくれた。

 わたしがこわがらないようにはなれながらずっと。

 

 おとこの人はわたしにせなかを見せていた。

 ぼうっとしているみたいでぜんぜん動かなくて。

 

 わたしはゆっくり男の人にちかよろうとおもった。

 

「船から出られるようになったんだな。おめでとう」

 

 こっちをぜんぜん見ないで声をかけられてびっくりした。

 

「無理はしない方がいいぞ。辛いんだろう?」

 

 わたしをしんぱいしてくれるやさしい声。

 でもちかよるとくるしくなってきて、やさしいはずのそのせなかがこわくなってくる。

 

 でもいやだった。

 こわがってなにも言えないのはもういやだった。

 

「……ごめんなさい」

「なぜ謝るんだ?」

 

 ずっと出せなかった声が出る。

 うれしかった。

 

「ずっとちゃんとしたごはんを持ってきてくれたのに、お礼も言えなくて……言いたいのに、言えなくて……こわくない人だってわかってるのにずっと、ひっく、こ、こわく、て……う、うう」

 

 でもいままで声を出せなかったことがもうしわけなくて。

 うれしいはずなのに、さびしくないのに泣いてしまった。

 これじゃおとこの人にお礼が言えなくなっちゃう。

 でもがんばってるのになみだは止まってくれなかった。

 

「いい。もうわかったから。恐がりたくないのに身体が勝手に反応してしまってお前自身もその事がずっと辛かったんだな? 俺たちを避けた事をずっと気にしていたんだな?」

「うっぐ、えく、はい」

 

 わたしのきもちを伝えたくて首をたてに振った。

 

「すまないな。お前が俺達に感謝している事、気づいてやれなかった」

「ご、めん、なさい……ずっとありがとうって伝えだがっだのに」

「謝らないでいい。もう伝わったから」

 

 おとこの人はわたしの頭をそっと撫でてくれた。

 あたたかいてのひらがとってもきもちよくて。

 なんでかわからないけれど、その時だけはさわられてもこわくならなかった。

 

「俺からも礼を言わせてくれ。俺達に心を開いてくれてありがとう」

 

 じっと目を見てお礼を言われて、わたしもお礼を言わないとっておもった。

 

「わ、わだじも、ひっく、助げで……くれで、えっぐ、ありがどうございまじだ」

 

 しゃっくりになった時みたいに声がうまく出せなかったけど、それでもお礼を言えた。

 ずっと撫でてくれたおとこの人の手が「よくやった」ってほめられているように感じて、とてもうれしかった。

 


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