乱世を駆ける男   作:黄粋

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第百十話 虎牢関の戦い その一

 戦前の最後の軍議を終えた翌日。

 太陽が真上に昇る頃に、反董卓連合が虎牢関に到着した。

 

 即座に展開される軍勢の合わせて、こちらも予定通り呂布隊が虎牢関の門前に展開。

 俺を含めた孫呉の面々は門の上にある物見から様子を窺っている。

 張遼と馬超は出撃の時を馬に乗った状態で今か今かと待っているのでここにはいない。

 

 両軍睨み合いの状況になってすぐ神輿もどきに腰掛けたまま袁紹は最前戦に出てきた。

 汜水関で不意打ちを受けた事をまったく反省していない様子に、董卓連合側は呆れ返っていた。

 必死に止める二枚看板の姿が哀れで仕方が無い。

 

「董卓連合に告げます。これ以上、由緒ある袁家の覇道を阻むのはおやめなさい。取り返しのつかない事になりますわよ」

 

 そしてこの発言。

 これが帝に忠を尽くしその名を轟かせる袁家の現当主の姿か。

 先代は相当出来た人物だったはずだが、子育ての才能は無かったのかもしれない。

 

「今ならこの私が広い心で貴方方の「話が長い」……はぁっ!?」

 

 どこまでも続きそうな袁紹の演説をぶった切ったのは呂布。

 方天画戟を地面に突き立てた際の轟音が袁紹の良く回る口を強制的に閉じさせる。

 

「つまらない話がしたいなら人形相手にでもやっていて。戦いの邪魔……」

 

 呂布の言葉に温度はなく、その目はまるで路傍の石を見るかのようだ。

 そんな視線で、心の底から自分の事をどうでもいいと言わんばかりの言葉を向けられた袁紹の声は恥辱と憤怒でわなわなと震えている。

 

「わ、私の言葉を遮るだなんて!「五月蠅い」 ……こ、このっ!」

 

 またしても台詞をぶった切られてしまい、彼女はもはや言葉が出ないようだ。

 まぁこんな風に蔑ろにされた経験などないんだろうし、思考が止まるのも当然と言えば当然か。

 

「両軍相対しての舌戦をここまで見事に叩き切られるなんて、馬糞を顔に投げつけられたような気分じゃないかな?」

「生まれも育ちもお貴族様だしなぁ。呂布ちゃんは素で言っているんだろうし、それがまた酷い」

 

 祖茂と程普の会話が今の戦場の空々しい空気を物語っている。

 

 どうやら袁紹と呂布は性格的に相性最悪のようだ。

 名門を笠に着て我を通してきた袁紹から見れば呂布の言動は不可解で信じられないものなんだろう。

 逆に力でもって身を立ててきた呂布からすれば名門だの名家などという実戦で役に立たない『威光』をこれ見よがしに語る袁紹は意味のわからない存在と言える。

 お互いの価値観が違い過ぎて話が噛み合っていないという事だ。

 

「隙だらけにも程があるのぉ。ここであやつを殺してはならんというのは分かっておるんじゃが……」

「黄蓋の撃ちたいって気持ちはよく分かるけど、ここは耐えてよ?」

「俺個人としては今ここで脳天を撃ち抜いてしまっていいと思うんだが、後々の事を考えるとな」

 

 俺たちが物騒な会話をしているなどと知る由もなく、眼下では噛み合わない舌戦が続いている。

 

「この私をここまで虚仮にした以上、貴方も董卓連合にも未来はありません! しかし私は心が広いので地に頭を擦りつけて許しを請うなら慈悲をかけてあげてもよろしくてよ!」

 

 渾身の決め台詞を言い放つ袁紹。

 仮にも袁家当主なので本来ならかなり恐ろしい発言のはずなんだが、直前までのやり取りのせいで滑稽でしかなかった。

 

 そしてこの言葉に対する我らが呂布の返答は。

 

「戦うの? 戦わないの?」

 

 いい加減焦れてきたのか、僅かに苛立ちが感じ取れる声音でのこれである。

 ここから袁紹の細かい表情は見えないがまぁ顔を真っ赤にして青筋でも立てているんだろうなという予想は出来た。

 

「おーっほっほっほっ! この私をここまで馬鹿にした相手は初めてです! いいでしょう、もはや問答無用。反董卓連合はここで叩き潰して差し上げますわ!」

 

 それは開戦の合図と取れてしまう言葉であった。

 ただでさえ意味のない問答に飽きていた呂布からすれば、「もう暴れて良いですよ」という許可に他ならない。

 

「そう。じゃあ行く」

「へっ?」

 

 呂布の踏み込みで地面が砕ける。

 目測だが30メートルはあっただろう袁紹との距離が瞬く間に縮まり、超重量の凶器が振り上げられる。

 その一撃は神輿ごと袁紹を叩き潰すのに充分すぎる威力を持っていた。

 

「させるかぁっ!」

 

 だがその一撃は最後尾から突撃してきた夏侯惇によって防がれてしまう。

 

「んっ……」

「呂奉先っ! 貴様の相手はこの私だっ!!」

 

 方天画戟と夏侯惇の愛刀『七星餓狼(しちせいがろう)』が何度もぶつかり、火花を散らした。

 二人が戦っている傍ら、二枚看板によって引きずられるようにその場から下がらされていく袁紹。

 その反対に騎馬で近付いてくる幾つかの武官とその部隊。

 近付いてくる隊には夏侯淵、許緒、典韋、趙雲、関羽、張飛の軍旗が掲げられていた。

 

 名だたる武官が呂布というたった一人に差し向けられている事から、呂布の警戒度がよく分かる。

 とはいえこちらとしてもここで呂布を抑え込まれるわけにはいかない。

 

「俺たちが出る。……砦の防衛は任せた」

「「「「おうっ!」」」」

 

 俺は同僚たちにこの場を任せ、物見から飛び降りる。

 目指すは虎牢関の門。

 いつでも出られるように、そして戦に出る時を今か今かと待っているだろう馬超たちにとっての朗報を届けに。

 

 

 

「ちょおおりゃぁああああっ!!」

「でりゃぁあああああっ!!」

「んっ……」

 

 地面を砕きながら迫る許緒の鉄球が武器で弾かれ、張飛の横薙ぎの一閃はその場から飛び退いて軽々と避けられてしまう。

 

「はぁあああっ!!」

 

 着地の隙をついたはずの関羽の突きは方天画戟の腹で受け止められた。

 

「くらええええっ!!」

 

 夏侯惇の大振りの振り下ろしは下から掬い上げるように放たれた一撃とぶつかり合って相殺。

 大立ち回りの隙間を縫うように放たれる夏侯淵の射撃も当たらない。

 

「てやぁあああああっ!!!」

 

 さらに典韋の巨大ヨーヨーを真正面から難なく受け止める。

 

「せいっ!!」

 

 ヨーヨーの影から飛び出した趙雲の頭部狙いの突きもまた避けられてしまった。

 

「っ……!?」

 

 だがこれまでの攻防で体勢が悪かった為、槍の先端が呂布の頬を掠めた。

 これだけの強者による波状攻撃によってようやく与えた手傷である。

 

「……お前たち、強い」

 

 呂布は大きく後退し、全員を睥睨する。

 

「でも全員、『私たち』より弱い」

 

 どこか緩んでいた呂布の目に力が入った。

 瞬間、全員の背筋に悪寒が走る。

 

 今までよりも力の籠もった方天画戟が薙ぎ払うように振るわれる。

 地面が爆発したかのような衝撃と轟音、土煙が舞い上がり視界を遮ってしまう。

 武官たちは奇襲を警戒し、その場から後退せざるを得なかった。

 

「この音……あちらの増援か」

 

 大量の馬の蹄が前方、虎牢関の方から聞こえてきた事でそれぞれが警戒を強める。

 

「まずいっ!」

 

 自分たちに迫り来る脅威に最初に気づいたのは趙雲だった。

 それは近付いてくる気配がとても見知った物であった為で、彼女自身がその気配の主を意識して警戒していた為だろう。

 彼の狙いは関羽だった。

 

「させませんぞっ!!」

 

 彼女は関羽の背後を強襲した人影が放つ拳を槍で弾く。

 

「む……」

「逃しませぬっ!!」

 

 関羽と人影の間に素早く割り込み、すかさず突きの連撃。

 しかしそれは手甲によって受け流されてしまう。

 当たっているのに手応えがないというその矛盾した感覚を彼女は嫌というほど知っていた。

 

「お久しぶりですな、刀厘殿」

 

 土煙の奥へ後退した人影に向けて、趙雲は笑みを崩さず語りかける。

 

「そちらも元気そうで何よりだ。子龍」

 

 応答の声と共に人影は後方へ飛び退いた。

 そして風切り音と共に土煙が晴れていく。

 

 反董卓連合の名だたる武官たちの開かれた視界に映ったもの。

 汜水関で大立ち回りを繰り広げ、反董卓連合で優先排除対象の一人。

 凌操が呂布と並びあって立っていた。

 

 呂布というたった一人を相手に名だたる武官が揃ってようやく互角という状況だった。

 そこに武官複数を相手取れる難敵の出現。

 反董卓連合側からすれば、それは絶望的な情報であった。

 

「ここからは……」

「俺たちがお相手しよう」

 

 胸の前で両拳を合わせ、手甲を打ち鳴らす凌操。

 その様は狼が獲物を前に喉を鳴らす威嚇のよう。

 

 そしてどこか楽しげな雰囲気で方天画戟を構える呂布。

 その様は虎が獲物目掛けて今にも飛びかからんとするかのよう。

 

 虎牢関攻略の為に避けては通れないと目されていた二人が反董卓連合に立ちはだかった。

 

 


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