乱世を駆ける男   作:黄粋

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今年最後の投稿となります。
今年一年、この作品にお付き合いいただきありがとうございます。

来年も同程度の頻度で更新させていただく予定ですので、引き続きよろしくお願いいたします。


第百二話 汜水関、籠城戦

 俺たち洛陽連合軍が汜水関に退却した翌朝。

 反董卓連合の進軍開始が報告された。

 その最前線には袁紹が立っているとの事だ。

 

 ここまでは昨日の軍議での想定通りだった。

 しかし前線には出ないと思われていた他軍が袁紹の後ろではなく横に幅広く布陣されているようだ。

 

 やる気がないと思われていた連中を焚き付けた者がいたのか。

 あるいはぽっと出の劉備がその成果はともかくとして、一番槍を買って出た事に奴らの矜持が刺激されたのか。

 

 そこまで推測したところで、俺は明確な答えを得る事が出来ない思考を放り捨てた。

 俺たちが考えるべきは、より多くの軍勢を相手にする事になったこの局面をどう乗り切るかという点だけでいい。

 

「……騎馬隊を出す時機は慎重に見極めないと駄目だな」

 

 騎馬隊を出すにはどうしても開門しなければならず、一度開門すれば閉めるのにも時間がかかる。

 昨日は最前線が劉備軍、公孫賛軍だけだったお蔭で門前を守り切る事が出来た。

 しかし見渡す限りでその五倍はいるだろう敵軍が相手では物量で押し切られてしまうだろう。

 開門した状態で門を制圧されてしまえば砦の頑強さに意味はないのだから。

 

「一先ずは籠城かのう」

「韓当、黄蓋の隊で外壁の守りに付いて俺と凌操は手が足りなくなった時の補充要員になろう。祖茂、張遼、馬超たちは門の内側で待機。折を見て開門して突撃……ってところか?」

 

 壁を登ってくる用の梯子、正門を破壊する攻城兵器が幾つも見える以上、あちらは本格的な砦攻めを目論んでいると見ていい。

 こちらの戦力を考えれば、激の采配は文句の付けようがない的確なものだ。

 

「とは言うてもあんだけずらりと並ばれて、門の前に陣取られたら開門なんて無理やろ」

 

 張遼の言う通りだ。

 顔を突き合わせた全員が難しい顔をする中、俺が声を上げる。

 

「現状では門を抜かれる可能性を考えて待機する隊も必要だろう。もしもその機会が訪れた時にすぐに動くためにもな」

「騎馬隊はいざという時の運動量が大きい。身体を休めていざという時に出れるように、ここは我慢しろって事ですね。じれったいとは思うけどこの状況じゃ仕方ないです」

 

 俺に同意する翠の言葉を受け、納得の雰囲気が出来ていく。

 

「先も長いしね。ここは私たち守備隊に任せてもらうわ」

「かなりの数が来るじゃろうが、取り付いてきそうな連中を優先して迎撃じゃな」

 

 塁と祭の言葉を最後に、その場は解散。

 各々が役割を果たすべく動き出す事になる。

 

 

 

 曹操は数に任せて砦攻めを行っている袁紹らを冷静な目で観察している。

 彼女のすぐ傍にいる夏侯惇、夏侯淵もまた静かに戦場の推移を見守っていた。

 いつでも動けるようにと厳命された彼女らの部隊が緊張感を保ったまま整然と並ぶ様子は壮観の一言だ。

 

「良いようにあしらわれているわね」

「仰るとおりかと」

「あのような単調な攻めでは無駄に時間を掛けるだけです」

 

 砦へ矢を射かけ、外壁をよじ登り、門を攻城兵器で叩く軍勢を三人は酷評する。

 曹操などはもしもあれをやっているのが自軍であったなら即座に責任者を呼び出してこの攻めの意図を問いただし、何も考えずに行われていたならば首を刎ねていただろうとすら思っていた。

 

 しかしそれを止めないのには理由がある。

 一番は己の華々しい戦場に泥を付けられたと頭に血が上っている袁紹が聞く耳を持たないから。

 二番はこの単調な攻めそのものは無駄が多く最適解ではないにしても、一定の効果が見込めるものであるから。

 

 反董卓連合の戦力、とりわけ発案者である袁紹のそれは集まった全ての軍勢の中で最も多い。

 本来ならその軍勢だけで董卓軍単体を飲み込みかねないほどだ。

 

 そこに他の軍勢が加われば、それはまさに大津波の如く何もかもを壊していくほど。

 如何に頑強な砦を有していても付け入る隙もないほどに休みなく攻め立てられれば、いずれは疲弊し最後には打ち砕かれていくだろう。

 これは董卓側に多少の増援があっても覆る事はない戦力差だ。

 

「このまま何事もなく攻め続ける事が出来たならば……汜水関は持って二週間というところかしらね?」

「勢いを止める事が出来なければさらに短くなるかと……」

「しかし西平は馬家の嫡子馬超。董卓軍でその名を轟かす張遼。さらに孫呉の方々まであちらに付いている以上、このまま何もないとは思えません」

 

 一番槍を請け負い、してやられた劉備と公孫賛から聞き出した相対した者の特徴から曹操たちは敵対者が誰であるかを正確に把握している。

 袁紹らを上手く焚き付けて砦攻めを主導させ、その非効率な攻城戦に口出しもせずにいる最大の理由。

 それはいずれも一筋縄ではいかない傑物たちの動向を探る為であった。

 

「何もしないまま終わる事だけは有り得ない。ただ今すぐ動くとも思えない。この膠着はしばらく続きそうね」

 

 それでも彼女は一定の緊張を保ったまま戦場を見つめ続け、配下たちは一人の例外もなくいつでも動けるように佇み続けていた。

 

 

 

 防衛戦が始まって早くも一週間が経過した。

 

「わらわらと鬱陶しいのぉ」

 

 祭が心底うんざりした語調で呟く。

 しかしその口調と違い、その弓射に侮りや慢心は一切ない。

 放たれる一射が大楯を持つ歩兵に隠れて進む梯子の運搬兵の命を散らしていく。

 さらに次の一矢は攻城兵器を引っ張る歩兵の足を射貫いた。

 

「やっぱりこれじゃ祭ほどの飛距離は出ねぇな」

 

 ぼやきながらも激の短弓は外壁の下にまで迫ってきた兵士たちに確実な手傷を負わせている。

 軽い手つきで放たれる連射が悲鳴を量産し、奴らに与えた被害は祭に勝るとも劣らないだろう。

 

「とりあえず撃ちゃ当たるような状況だが、やっぱり数が違いすぎる。この一週間で結構殺ったはずなんだがまるで減った気がしねぇ」

「適当に何かを投げつければ当たるんだが、な!」

 

 俺は激の言葉に同意しながら、外壁に取り付こうとする兵士の頭目掛けて予め用意していた拳大の石を投げつける。

 俺たち三人にはまだまだ余裕があるが、防衛隊は怪我や疲労によって何度も入れ替わっていた。

 戦死者こそ出ていないが重傷者も出ている。

 少しずつ、だが確実にこちらの戦力も減らされている状況だ。

 

 外壁に常駐する射手を狙って放たれるあちらの射撃が空を切って迫る。

 

「ふんっ!!!」

 

 俺は四本連結させた棍を振るい、風を引き裂きながら迫る矢の雨を全て叩き落とした。

 

「攻撃が呆れるくらいに単調なお蔭で一矢漏らさず叩き落とせているが……この状況がいつまで持つか」

「連射されるようになればこのやり方を続けるのは難しいじゃろうな。とはいえ、こちらの反撃を恐れておるせいで今のところ後が続いとらんの」

 

 俺の独白に応えながら、祭は矢を放った一団目掛けて一の矢、二の矢と放つ。

 遠目に見ても直撃した兵士が倒れるのが見えた。

 祭が的確に射手を返り討ちにしているからか奴らは及び腰になっている様子で、同じ一団がその場に留まって二射目を撃つことが出来ないでいる。

 

「最初に比べてだいぶ弓兵隊が増えてきたな」

「ふむ。これ以上は厳しそうじゃの」

「ああ、一週間も稼げればまずまずの結果だ。あちらも自分たち優先の砦攻めを楽しんだだろうし、予定通りに一度迎撃を止めるぞ」

 

 外壁に棍を何度か叩いて音を鳴らす。

 銅鑼などで合図をしてしまえば、何かあると相手に気付かれてしまう。

 これはこちらの兵士たちにのみ通じるようにと考えた合図だ。

 

 意味は『撤収』。

 

 兵たちは残った矢を放った後、嫌がらせに空になった矢筒に石を入れて壁の下に投下する。

 下から聞こえる悲鳴を聞き流しながら、最低限の見張りを残して俺たちは外壁の守備を放棄して砦の中へ下がっていった。

 

 

 

「動きが変わった?」

 

 戦場の変化を真っ先に察したのは夏侯惇であった。

 程なくして曹操、夏侯淵もそれに気付く。

 

「外壁からの迎撃が無くなったわね」

「好機と見た袁紹らが勢い付いているようです」

 

 最前線から離れた後方から俯瞰しているが故に、彼女たちには前線の高揚が手に取るようにわかる。

 だからこそ汜水関防衛側の不自然な行動もよく見えていた。

 

「……正門は未だ閉じられたままである以上、諦めたとは思えません」

「間違いなく誘いでしょう。とはいえ好機には違いないし、麗羽たちは食いつくでしょうね」

 

 この一週間、ただ反董卓連合の攻撃を防ぐだけだった董卓連合。

 物量戦に対して防戦一方という風に、ただただ真正面から防衛を続けてきた。

 

 単調で変化のない戦場を見て、山賊討伐の方がまだ張り合いがあると夏侯惇は吐き捨てている。

 

 だがだからこそ曹操たちは慎重になった。

 初戦であれほど派手に立ち回った者たちが、このまま大人しく終わるなど有り得ない。

 しかし彼女らの警戒を嘲笑うように防衛側は愚かにも消耗戦の末に、とうとう息切れをし始めている『よう』に見える。

 

「麗羽の調子に乗った高笑いが聞こえてくるようね」

 

 この一週間、馬鹿の一つ覚えのように『優雅に、華麗に、突撃しなさい』と言い続けてきた一応の総大将の笑い声が曹操の脳内に木霊する。

 

「梯子がかかりましたが……それでも迎撃はないようですね」

 

 夏侯淵は顎に手を当てて考える。

 抵抗が無くなれば堅牢な外壁を乗り越え、意気揚々と砦の中へ侵入する者が出る。

 外からでは砦の中の様子までは分からないが、こうも次々と砦内にまで入り込まれてしまえば程なくして開門されてしまうだろう。

 開門されてしまえば、その物量で雪崩れ込まれて敗北は確実となる。

 しかし曹操はこの状況でも尚、疑念を深め静かに思考を巡らせていた。

 

「この状況を逆転するならば……」

 

 彼女はこの戦いが董卓連合にとってとてつもなく不利な物である事を理解している。

 多少無茶な事をしなければ勝つことが出来ない事も、だ。

 故に曹操は自分がそういう状況に置かれた場合を考えて答えを出す。

 

「私なら相手が勝利を確信した瞬間を狙うわ」

 

 この一週間、多少の被害を出しながら戦い続けてきた。

 その苦労が報われるとなった今。

 

「麗羽たちは気を緩める。……春蘭、秋蘭、出撃よ」

「「はっ!!」」

 

 そして彼女らが最前線に到達する頃に事態は急変する。

 

 汜水関の巨大な門扉が押し開かれていく。

 侵入者を拒絶していた冷たく大きな門が、自分たちを出迎えるようにゆっくりと開門されていく。

 自分たちの勝利を確信した者たちが、勝利に酔いしれながらその時を今か今かと待っている。

 そんな彼らの前に現れたのは侵入した反董卓連合の兵士ではなく、門から弾き出されるように飛んできた巨大な岩であった。

 

「えっ?」

 

 予想外の光景に誰かが上げた間抜けな疑問の声は、飛んできた岩石によって文字通りに押し潰されてしまう。

 尚も岩石の勢いは止まらず、戦場のど真ん中を転がっていく。

 兵士たちは慌てて進路上から蜘蛛の子を散らすように思い思いの方角へ逃げていく。

 陣形も何もあったものではない混乱が、戦場の空気を掻き乱していった。

 

 そして開け放たれた門の奥から多数の蹄の音と共に騎馬隊が飛び出す。

 

「今や! 蹂躙せいっ!!」

「異民族相手に猛威を振るってきた私たちの力を奴らに思い知らせろっ!!」

 

 張遼と馬超が先陣を切り、転がる岩石を追い抜きながら方々に散った反董卓連合に襲いかかった。

 

 


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