乱世を駆ける男   作:黄粋

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第百一話 次戦への準備

 甲高い音を立てて飛翔する一矢を持って、汜水関での最初の戦いは終了した。

 

 汜水関防衛軍は速やかに退却。

 最も敵本陣に近付いていた張遼隊、馬超隊、俺たち凌操隊も敵の追撃をかいくぐって大部分が生還する事に成功している。

 とはいえ被害はもちろん出ているので手放しで喜ぶ事は出来ない。

 

 汜水関に戻ってすぐ隊には休息と怪我人の治療を命じ、主要武官は会議室に集まった。

 集まった面々の顔には隠し切れない疲れが見える。

 

 当然だろう。

 敵への威圧も兼ねて可能な限り相手を圧倒するように動き、それでもやり過ぎないように気を付けていたのだ。

 こちらが意図した部分に気付かれるわけにはいかず、あちらは全力で抵抗してくるのだから普通に戦う以上に体力も気力も消耗する。

 本当ならすぐにでも休みたいぐらいだ。

 

 しかしその疲れを押して速やかに次の作戦について意識合わせをしておく必要があった。

 初戦は綺麗にこちらの想定通りに進められたが、その混乱がいつまで続くのかが分からない。

 さらにこちらの準備をあちらが待つ必要はなく、勢力の差からその気になればすぐにでも軍を送り込めるのだから。

 

「公孫賛軍と劉備軍は半壊した。主要武将、軍師は存命だが軍としてすぐに動くのは難しいだろう」

 

 激の言葉に祭が頷く。

 

「足止めと物資の浪費を狙ってわざとほどほどの怪我人を増やしたんじゃ。公孫賛はどう動くか読み切れんが、劉備はその掲げる理想と今の軍の状況から彼らの治療を優先する。一先ずはおおよそ一軍分の戦力を行動不能に出来たと考えて良いじゃろうな」

 

 戦いの成果について認識合わせを終え、今度はそれぞれの隊の被害報告へ移っていく。

 

「被害についてだけど防衛に回った私のところと黄蓋隊は軽い怪我人だけだから大丈夫ね」

「祖茂隊、程普隊は怪我人がそれなりに出ていて、死者も数人。隊としてはまだこのまま行けます」

「張遼隊は怪我人がそこそこおる。やから次は待機している人員と入れ替えて治療に専念させる予定や」

「馬超隊はだいたい半分が大なり小なり負傷してるから治療を優先したい。騎馬隊が必要なら鳳徳の隊を出すよ」

 

 簡潔にそれぞれの隊の状況が語られていき、最後に俺に視線が集まった。

 

「凌操隊は怪我人が十数人。本陣まで劉備を追って切り込んだ者たちが軒並み重傷だ。全員が戻ってこれたのは本当に運が良かった。重傷者はこのまま休ませ、次は動ける者だけで動く」

 

 本陣まで劉備を追い立てていた者たちは不幸な事に撤退してきた関羽、趙雲らと鉢合わせてしまった。

 そして主を守らんと死に物狂いで奮闘する関羽によって重傷を負わされている。

 あいつらの傷は深く、兵士として再起する事は難しい状態だ。

 だがそれでも殺される事なく戻って来れたのは、あいつら自身の実力で日頃の鍛錬の成果そのものだ。

 そしてその奮闘によって一騎当千の武将一人をその場に釘付けにした結果、張遼隊と馬超隊はより自由に動く事が出来た。

 彼らの尽力によってこちらの被害を抑え、相手側の被害を増やす事が出来たんだ。

 歴史に名を残すような武人を相手に役割を全うした部下たちを俺は誇りに思う。

 

「あいつらの奮闘、決して無駄にはしない」

 

 最後に決意表明を行い、俺の被害報告は終わった。

 

「あちらさん、次はどう動くと思う?」

 

 被害報告が終われば、本題へと焦点が当たることになる。

 

「まず董卓側に俺たち建業と馬超たち西平が付いている事は広まっただろうな。袁紹が俺たちの事を知っているかは分からないが、まぁあっちには俺たちを目の敵にしている近隣諸侯がいるんだ。楽観的な考えは捨てて考えるべきだろう」

「伝え聞いてる袁紹の性質から鑑みて初戦に思い切り泥を付けられたと言える状況だろ? なら次の攻撃は血気に逸って攻め込んできそうなんだが……」

「他勢力は……たぶん大部分が袁紹の言葉に従うだろうね。ただ今回の実質的な敗戦を受けて最前線に出たがる軍がどれくらいいるかが重要かな」

 

 この戦い、反董卓連合に集った陣営の大多数の目的は『悪を討伐する戦いに参加したという実績を得る事』と『あわよくば戦果を上げる事』だ。

 

「開始前の隠密隊の報告からやる気があったのは劉備と公孫賛だけという話じゃったからな。そんな奴らを手の内を晒す前に奇襲出来たのは実に運が良い」

 

 祭の言うとおり、思春たちからの報告で俺たちは前もって奴らの士気が偏っている事を知っていた。

 

 袁紹が正義は我にありと唱え、反董卓連合は通常では集まる事などないだろうほどの大軍となっている。

 負ける事などあり得ないとすら思える陣容に加わった大多数の連中は、やる前から勝利を確信してしまっていた。

 袁紹の後ろでただ戦場にいるだけで勝てると思っていた。

 

 その甘い見通しと慢心を俺たちは嘲笑うように叩き壊したという状況になるわけだ。

 

 自分たちは劉備、公孫賛とは違う。

 容易く負けるような事はない、返り討ちにしてくれよう。

 

 あちらの天幕では口々にそんな事を言っているんだろう。

 しかし奴らの中に率先して前に出ようとする者はほとんどいない。

 この戦いが自軍の消耗を考慮したものになると思っていなかったのだから。

 既に手柄を得た気になっていたところに水を向けられて、率先して動けるほど士気が高い者は今回の戦に限って言えばそういない。

 

「今ある情報から考えれば袁紹自身が出てくる可能性が高い、かな?」

「他はその後ろに様子見しながら続くんやろな」

 

 現状、一番可能性が高いのは慎と張遼が言った流れだろう。

 

「冷静になる事が出来る者がどれくらいいるかによっちゃあ、攻め入ってくる陣営は変動するが行動その物は変わらないだろうな」

「好き勝手やった上で亀のように閉じこもったこちらに対して出来るのは真正面から攻める事だけじゃからのう。門を攻撃するか、砦の外壁に取り付くかくらいしか差はないじゃろうな」

「閉め切った汜水関の門を短時間で開ける事は出来ない。壁を登るにも近付かなければ不可能。何をどうしたところで見張り番が近付いてくる奴らを見つけてくれるから、俺たちがそれを念頭に置いていれば奇襲は成立しないからな」

「少なくとも今は……やな」

 

 先にも言った事だが、反董卓連合として集まった大多数の連中にとってこの戦いは勝ちの決まったものだった。

 故に計略など考えず数の差で押し切ろうという程度にしか考えていない。

 

 今もそれは同じだろう。

 一番槍の劉備、公孫賛が半壊したのは『大軍勢をわざわざ小分けにして送り込んだからだ』とでも考えているんだろう。

 

 だがこれから時間が経てば経つほど、楽観的な考えはなくなっていく。

 反董卓連合が全力で攻略しにくれば汜水関はいずれ落ちる。

 これは俺たち防衛側の共通認識だ。

 

 汜水関が落ちるまでの時間が長ければ長いほど良い俺たちとしては、奴らが全力にならないように戦局を操らなければならない。

 

 初戦はこちらがあちらの先鋒を相手に善戦した。

 戦いを長引かせるには次にどうすれば良いか?

 

「戦の中での判断が最優先だが、ひとまずは予定通りにあちらに花を持たせるぞ」

 

 せいぜい気持ち良く戦ってもらうとしよう。

 

「冷静な連中がどれくらいで動き出すかには常に警戒しろ。袁紹と同等の発言権を持ちながら表立って動いていない曹操は特に、な」

 

 その後、今後の方針に関してお互いの認識に差異がない事を念入りに確認し、それぞれが休息を取る為にその場は解散となった。

 

 警戒していた夜襲はなく翌日、早朝に反董卓連合が動き出す。

 

 


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