DARK SOULS The Encounter World【旧題:呼び出された世界にて】   作:キサラギ職員

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Old one

 善悪の彼岸を分かつものはなんだろうか。

 人の行いが人を傷つけることが悪ならば、悪を傷つけるものもまた悪のはずだ。確固たる意思と大多数の同意を得ている悪があるとすれば、それはもはや善であるはずだ。

 人の解釈が別れることなど無数に存在する。

 人の数だけ異なる考え方があるように。

 

 たとえば、それのように。

 

 

 

 

 耳を劈く絶叫が世界中に響く。

 あるものは空を見上げ、あるものは蹲り、あるものは恐怖に絶叫をあげた。

 例えるならば樹木が擦れあう音。木々という木々を満たす葉に潜む影が雄たけびを上げているような。重低音をかき鳴らす楽器を粉々に破壊したような。大地が震え、鳥たちが狂ったように飛び始める。空にかかっていた太陽が徐々にかげりを見せ始めた。

 王都ラグズバードにいた者らは震撼したであろう。王都ラグズバードが面する湾に向かって突進してくる巨大な物体があったからだ。沖に浮かぶ船を粉々に破壊しつつ突進してくるそれは、あまりに遅く感じられた。体躯が大きすぎるがために相対的に遅く見えているのであると港の人々が理解したときにはすでに逃げるべき時間は永久に近く喪失していた。

 港の大半を破壊しつつ、それが埋まる。地面が人もろとも抉り取られた。

 大樹を横倒しにして中央を刳り貫いたとでも表現しようか。樹木を山ごと抜き出しひとつの束に仕立てたような。先端に相当する部位には“口”があった。不自然に空間が開いており物欲しげに空間を睨み付けている。

 それがどこで途切れているのかは誰にもわからない。色の無い霧が全容を隠してしまっているからだ。海鳥たちが狂ったように泣き叫びそれに追従していた。彼らからすればそれは付き従うに足りる偉大なる者なのであろうか。あるいは、従わされているのであろうか。

 体中には無数に棘のような物体が突き刺さっていた。直線の鉄柱。クレイモアを拡大したような物体。槍。歪な幾何学模様。あらゆる“武器”がそれの枝の隙間を縫うように突き刺さっていた。しかしそれは苦痛など感じていないかのように息づいていた。

 見たものは理解する。あれは殺せない。あれは災害そのものであり現象そのものであるのだと。岩を砕くことができても殺すことはできないように。

 王都を覆い尽くし始めた色のない霧が空間を蝕み始める。

 それ――古き者。ソウルという根源的な力を扱う世界において“オールド・ワン”と呼ばれた存在が、鳴いた。

 すべての生命を渇望かのように、すべてを憎むように、すべてを愛するように、鳴いた。

 生命という生命が草木の一本に渡るまでが理解する。あれはすべてを求めているのであると。

 その声に誰が名づけたか、古き者の呼び声(Call of old one)と言われることになった。

 

 アッシュは衝撃に踏ん張ると、思わず剣を抜いていた。

 強大なものがやってきたのだと。

 世界を終わらせようとする現象が迫っているのであると。

 ほかの皆も同様に武器を抜いていた。

 

 騎士アルトリウスはシフの隣で眠っていた。ふと目を覚ますと、愛用の剣を手に取り寝床から外に這い出る。何かに恐れるかのように太陽に霧がかかっていた。

 何かが自分を見ている。強いソウルを渇望する何かが。邪悪ではない。自然災害に意識が存在しないように。彼らはいつも現象として存在こそしても意思は持たない。仮に意識があるとして常人に理解できるわけがないのだ。

 アルトリウスは強靭な意志をもって渇望を跳ね除ける。闇の仔のどろりと生温かい愛慕でさえ彼を支配することはできても堕落させることはできなかったのだ。

 深手を負いアルトリウスとルイーズに看病されていたレイムも目を覚ました。

 レイムもまた支配されることはなかった。闇の欠片の仔を慕い煙としてともにあることを選んだ身である。従う理由などなかったのだ。

 二人は顔を合わせうなずきあう。

 

 「よくないものが来ている」

 「だろうな。われらはそのために呼ばれたのだろうか」

 

 それが無数の世界から強いソウルを引き寄せたのだろうか。

 二人の騎士はわからない。ただ、あれは打倒するべきに足りる存在であると認識する。

 二人の騎士は知らない。強いソウル・力を持つものたちが自分たち以外にも呼び寄せられていることなど。

 

 

 

 武器を振るう。

 死に切れず痙攣している一体の首目掛けて刃を埋没させると、腕力に任せて肉をそぎとっていく。刃で骨をゴリゴリと削り取る。ごとりと首が落ちた。背骨の断面は酷くささくれていた。

 鮮血の雫が目元にかかった。理性的な涼しい瞳が瞬きをする。

 顔を上げると、ゆらりと幽鬼のように立ち上がる。

 

 「――――あれが俺の獲物か」

 

 帽子を深く被った男がつぶやいた。

 ラグズバード全景を見ることのできる位置に聳える古びた寺院の中庭にて。

 手に握る武器は関節を備えた鋸であった。止め具をはずすと同時に遠心力を利用して“変形”させる。仕掛け武器。鋸鉈。狩人たちが愛用する仕掛け武器のひとつ。洗練などという概念を捨て去った無骨な設計。ノコギリの肉を削り深手を負わせる発想に遠心力を付与する鉈の形状を取り入れたもの。鋸状態では素早い動きに対応し、死体を解体する道具として機能する。変形後の鉈状態では広範囲をなぎ払うことができる。相手を殺すだけではなく、確実に息の根を止めるための武器であった。

 男は血まみれであった。放棄された寺院に巣食う魔物どもを皆殺しにして解体していたのだ。大型の蜘蛛はすべての足を切り離され、狼を拡大したかのような魔物は首を切断されていた。

 血染めとなったコートはしかし徐々に色合いを失っていく。男の体に血液が集まっていたからだ。

 男は口元に凶暴な笑みを作ると、“瞳”を開く。物理的には存在しない瞳が偉大なる獣を品定めするかのように見つめていた。

 瞳には特別な意味があったというが、誰もが皆忘れてしまったという。

 男の脳に埋め込まれた瞳の数は都合三本。三本の瞳が男を人でありながら人ではない上位存在へ至らせつつあった。

 

 「ああ……異界の上位者か……楽しみだなあ……クク……クックク……」

 

 男がちろりと唇を舐めた。

 狩人は血に酔うものだ。血は畏れるべきものではなく、超越するものであると悟りを開いたものに恐れなどなかった。

 恐れる心はとうの昔に死んだ。

 ここにあるのは神々でさえ獲物として捉える生粋の狂人である。

 

 古代の偉大なるものが目覚めようとしていた。あろうことかあるべき世界ではない外側で。

 無数の世界が交錯するこの異界で。

 ――いま魂(ソウル)が試されようとしている。


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