DARK SOULS The Encounter World【旧題:呼び出された世界にて】   作:キサラギ職員

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 シャナロットはデュラを名乗る長身の作業場の片隅に設けられているソファーに腰掛けていた。小柄な少女である彼女にとって大きいソファーに腰掛けたところで両足が付くものではなく。他にやることも無いので両足をパタパタ振って時間を潰していた。

 デュラの作業場はガラクタ塗れだった。金属製の頑丈そうな机の上には抱えるような大きさの槍が置かれており、柄の部分と先端で分解されていた。娘の知識には無い奇妙な構造物が設けられていたが、酷く捻じ曲がっていて金属の溶けた塊があるようにしか見えなかった。机の中央部には歯車を組み合わせた奇妙な道具が置かれている。

 壁にはノコギリがかけられているかと思えば、ハンマーもあった。ハルバードもある。凡そ人が担げるとは思えない大剣までかかっていた。

 作業場には普通の道具も置かれていた。研磨機。鞴(ふいご)付きの釜。金床。

 かと思えば部屋の隅には薬の瓶が大量に積まれている。試験管立てには色とりどりの怪しげな薬がコルク詰めされている。

 工房。確かにそうであるが、娘の知識では工房とは魔術師の家や仕事場のことであり、わけの分からない道具類を作るところではなかった。

 カチャカチャと小さな音が聞こえてきたので顔を上げてみると、二人分のソーとカップを持ってきたキアランの姿があった。

 キアラン。娘の彼女に対する印象は悪い。何せ一応は命の恩人たる騎士に攻撃する素振りを見せ付けてきたからだ。よくあることだと騎士が笑いながら頭を撫でて来たので手で払ったが。

 キアランは体に張り付くような薄手のズボンに布服の上に麻色のフード付きカーディガンを羽織っていた。女がズボンを履くなどとという目で見られる時代であるが、キアランはまるで違和感なく身にまとっていた。鋭利な冷たい目つきは今はなく、年相応のゆったりとした余裕さえ浮かべている。

 娘の視点からはキアランは妙齢の女性に見えるのだが、物腰といい雰囲気といい数百年はくだらない年月を過ごしてきたように思えた。

 キアランが娘の前の机にティー・ソーを置くと、自らも横に腰掛け茶を口にし、ため息を漏らした。

 

 「アッシュとデュラは向こうで話があるそうだ。私も話があったのだがな……後回しというわけだ」

 「ありがとう」

 

 構わないと言わんばかりにキアランが手を振った。

 シャナロットがお茶に口をつける。上等とは言いがたい味であったが、疲れた体には染み入る美味さがある。じんわり口に広がる苦味に目を細める。

 

 「………」

 「………」

 

 話題が無かった。気まずい沈黙が場に満ちている。アッシュの擦れた独特な声と、快活なデュラの声が別の部屋から漏れ聞こえてくる程度。

 キアランが年の功で上手く話を持っていける可能性はあったが、特に仲良くしようとも思っていないのか、茶の味を楽しんでいるのか、足を組み時折口をつけては遠くをぼんやり見つめている。キアランの瞳はここではないどこか別の風景を見つめているようだった。指に嵌められた雀蜂の指輪を撫でつつ、茶を口に運ぶ作業を続けている。

 雀蜂の指輪。隙を突く攻撃に補正をかけるエンチャントのなされた指輪の一つ。大王グウィンが名だたる神々の力を借りて製造したという。故にキアランの一撃は神さえ葬り去る攻撃と化すのだ。王の敵。それは人であり、神であり、竜であり、闇である。

 

 「……もこの世界にいるのだろうか」

 

 ぽつんとキアランが呟いた。

 シャナロットがキアランの顔を覗き込むと、悲しげに目を細めている表情を伺うことができた。表情という仮面はすぐに白い美麗な顔立ちに紛れた。

 

 「何でもない。気にするな、巡礼の子女」

 「ち……違います! あの人の子供なんかじゃありません」

 

 くつくつと喉を鳴らすキアラン。遊ばれたのだとシャナロットが気が付くと、キアランの腕をぽかぽか殴る。

 キアランは口元に意地悪い笑みをたたえたまま娘の腕を難なくいなす。子供の腕を捉えることのなんと容易いことか。

 

 「貴公……と呼ぶには幼すぎるな……シャナロットと言ったな。シャナロット。あの男は何者だ?」

 「わかりません」

 「どのような仲なのか教えてくれないか」

 

 キアランは足を組みかえると、シャナロットの方を見ずに別室へと続く扉を見つめながら問いかけた。

 並外れたソウルを感じるのだ。大王グウィンにすら劣らない偉大なる力を。多くの巡礼とめぐり合ってきたキアランをして、アッシュという男のソウルは輝いて見えていた。もし同格がいるとすれば――騎士アルトリウスを下した騎士甲冑を纏った男であろう。けれど、アッシュのソウルは力こそあれど、くすんで見えた。燃え滓に無理矢理薪を継ぎ足したように。

 騎士姿は自分には必要の無いものだからとアルトリウスのソウルを渡してきたのだ。代わりに自分の装備を譲ったキアランは――アルトリウスの為に墓を作り生涯を捧げた。最期をアルトリウスがもっとも愛した忠実なる狼に見守られながら……。シフはいつかやってくる英雄のために深淵の契約を隠し続けた。そして、アルトリウスの副葬品を穢す盗掘者共から誇りを守り続けたのだ。

 大王グウィン。そして、アルトリウスを下した男に匹敵するソウルの持ち主。自分の知らない巡礼とするならば、出自は何か。名前は。知りたいことは山ほどあった。

 シャナロットは首を振った。自分を助けるためだといい別の世界からやってきた騎士という認識しかない。いくら聞いても記憶が曖昧だという答えが返ってくるのだ、キアランに返すべき答え自体がなかったのだ。

 

 「誓約で……君を守りに来たと言っていました。私の村が襲撃されて……突然現れたんです」

 「誓約だと……? 白教か?」

 

 キアランは誓約と聞いて、危うく青教について口を滑らせかけた。青教とは暗月の神グウィンドリンが司る教えであり、彼ら彼女らは神の敵である闇の従者を殺害することを目的としている。陰の太陽グウィンドリンを知る民衆は居ても、暗月の戦士たちが血なまぐさい闘争を行っていることを知るものは少ない。

 一方でロイドを主神とする白教は太陽信仰と共に世界で広く知られている。喋っても問題は無かろうと考えたのだ。

 シャナロットが首を振った。

 

 「わからないと言っていました。私も、よくわかりません。神様にはお祈りしていましたけど……」

 

 シャナロットがタリスマンを取り出した。アノールロンドで広く知られる布のタリスマンとは異なり木を削って作ったものであった。よく使い込まれていて、凹凸が削られ丸くなっている。

 自分さえ知らない神がいるという事実。タリスマンを受け取りまじまじと見つめていたキアランは首を捻った。タリスマンを娘の手に戻すと、紅茶の残りを全て飲み込む。

 

 「本人も記憶が曖昧と言っていたな。フッ……聞くだけ無意味か」

 

 強大な力を有する巡礼の騎士。少なくとも自分に危害を与える存在ではないことを会話と娘への態度で悟っていたキアランは、緩やかに目を閉じた。

 扉が開くと重い装備を脱ぎ平民服を纏ったアッシュと、山高帽子を斜に被ったデュラが現れる。

 騎士甲冑はどこに行ったのだろうとシャナロットが目線を彷徨わせると、アッシュが悪戯っぽく口元を緩めて一礼した。

 

 「街中で甲冑姿では流石に物騒だから着替えを貸して貰ったのだ。どうだろう、似合っているだろうか?」

 「……」

 

 無言で見つめるシャナロット。アッシュの視線がキアランに巡らされるとひらりと指を振られた。ノーコメントと言わんばかりに。

 シャナロットがおずおずと頷いた。

 

 「似合ってます」

 「あぁよかった。この紳士の体格と私の体格がたまたま似通っていてね。話の分かる紳士でよかった」

 「そうかね。処分しようと思っていたところの服だ。貴公も物好きな模様の服を……や、構わないさ。さて本題に移ろう」

 

 市民服に杖を持ち山高帽子を被ったデュラが口を開いた。傍らに抱える羊皮紙を机の上に広げると、シャナロットにも見えるように位置を直す。

 羊皮紙の一点を指でなぞる。

 

 「王都の東の端に彼女の言う家があるようだ。彼女を連れて行こう」

 「アッシュ……様と一緒じゃないのですか」

 

 シャナロットが小さく小さく手を挙げた。大人たちの視線が一斉に向けられる。

 今までアッシュと共にやってきたのだ、当然同行者はアッシュであると考えていたのであろう。

 するとキアランがアッシュに胸元で手招きをしてみせた。

 

 「私はアッシュに用事がある。聞きたいことが山ほどな」

 

 ひらりとデュラが胸元に手を宛がい帽子のつばを持ち上げる。

 

 「……ということだ。私と来て貰いましょうか、お嬢様」

 「お嬢様じゃありませんっ!」

 「ませた娘だ。君くらいの年の子は喜ぶものだぞ。そおら、握ってくれたまえ。人ごみではぐれてはかなわん」

 

 シャナロットはデュラから伸ばされた手をまじまじと見つめていたが、おっかなびっくり手を握った。大きく分厚い手であった。薬品被れ、裂傷、弾丸が突き抜けたかのような痕跡。穏やかな物腰とは裏腹の手に好奇心を隠せないのか凝視してしまった。

 どのような戦いを繰り広げてきたというのだろう。灰のように穏やかな目つきからは想像することも難しい傷が宿る手を握り考え込む。

 デュラは気分を害するでもなくシャナロットを連れて歩き始めた。扉をくぐる。二名の姿が消えた。

 扉を潜ろうとするキアランの瞳は蜂のように鋭かった。椅子に腰掛けなおすと、対面側にある椅子を手で示してアッシュに腰掛けるように求めた。

 

 

 

 「すごい……」

 

 シャナロットは手を引かれ歩いていた。中心部に差し掛かり大通りに出ると驚嘆に息を呑む。

 王都の賑わいには眩暈がする程であった。

 人人人人の群れ。人もいれば獣人もいる。馬車が狭い道を駆け抜けていく。馬車よりやや早く獣人の使用人がベルを鳴らして駆けていく。すると人は横にかわすのだ。上手くできているとシャナロットは思った。

 シャナロットが生活していた村は精々が数十人規模。数百人数千人規模の人が生活する空間に晒されて眩暈を起こすのもやむをえないことであった。

 一方デュラはシャナロットの手を引きつつ、すいすいと歩いていく。

 

 「珍しいかね? 私の以前住んでいた街ではむしろ……いやよそう」

 

 デュラが意味深に笑う。何がおかしいのか分からないシャナロットは憮然とした表情をとるしかなかった。

 デュラは思う。元の街と比べれば余程のんびりとしてはいるが――少なくとも、月は青いのだと。見上げる空にはかすかにぼんやりとした月が浮かんでいた。月は狂気の魁として知られる。見るものは狂い、叫ぶのであると。

 己がここに居る意味などわかりはしなかったが――現実なのであれば受け入れるのみ。心残りなのは火に巻かれた旧市街を封じ続けることができなかったことだろうか。

 ある青い月の夜に血に酔った狩人がやってきた。死力を尽くして戦ったが殺されてしまった。何度死のうが夢で目覚める囚われ人のなんと脅威たることか。一度目は塔の上から突き落として転落死させた。二度目は腹を掻っ捌き殺して、三度目は連発銃で蜂の巣にして、四度目は罠に嵌めて……何度死んでも向かってくるのだ、悪夢という他に無い。

 そして、男との死闘の末に死んだはずというのに、王都の隅のごみ置き場で倒れていたのだ。夢は見ないはずだ。少なくとも、あの夢の館に背中を向けた今では。あの非現実的なまでに美しい人形の夢から覚めた今では。

 ならばこれは夢ではなく現実で。自分の計り知れない冒涜的な理法が働いたのだろうと結論付けた。

 ――思考が深みに嵌りかけたことを誤魔化すべく帽子を被りなおし、自分が引き連れている娘を見遣る。

 気のせいでなければいいのだがと。

 シャナロットという娘から――人ならざるものの匂いがする。

 例えるならば宇宙からやってくるという上位存在の香り。月の香り。血の香り。生臭くは無い。澱んだ灰のような香りが――。

 

 「なに?」

 

 デュラが思わず声を上げた。つい今しがた手を引いていた娘の姿がまるで見えない。

 霞のように消えてしまった。

 ありえない。自らの手をぼんやり見つめてから視線を四方八方に配る。同じ背格好の娘はいくらでも歩いているが、独特な黄銅色の頭巾を被った娘は一人も見当たらない。自分としたことが手を放してしまったのだろうかと思い出そうと躍起になったが、手を放した記憶がまるでなかったのだ。

 夢でも見ているかのような怪奇現象への遭遇に思わず杖を握る手が白く染まった。

 喧騒に紛れた娘の声を拾おうと耳を澄ましても手がかりは得られない。

 まるで見えない手が突然彼女をさらったかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 「あれ?」

 

 シャナロットは素っ頓狂な声を上げていた。

 見知らぬ廃屋に一人佇んでいたからだ。長身痩躯の男デュラと共に王都の東へと移動している真っ最中だったはずというのに、なぜか隣にデュラが居ない。夢でも見ているのだろうかと自分の頬をつねってみた。

 もちもちとした白い肌に赤い痕跡が残るだけであった。

 

 「いたーい……夢じゃないみたい。ここどこなんだろう?」

 

 痛かった。涙が目に滲む。頬を摩ると、不安げに視線を彷徨わせる。

 見覚えの無い建物であった。

 木造作り。散らかった本棚。ほの暗いカンテラが机の上におかれていた。ベッドが均等間隔に並べられており、傍らには不気味な器具が屹立していた。赤い液体を湛えたガラス瓶が鉄のポールの先にくくられており、半透明な管が伸ばされていた。よく観察すると管の半ばを止め具で縛れるようになっていた。管の先端には鋭い針が備えられている。

 

 「ひっ」

 

 よく目を凝らすとベッドの上には赤い血で汚れた布が置かれているではないか。

 メス。ハサミ。杭。手錠。針を備えた見覚えの無い器具。用途こと分からなくても、場に充満している陰鬱な狂気だけは感じ取ることができた。

 どこかで鐘が鳴る。一度、二度、三度……。

 シャナロットは、ギシリと鳴る床に肩を震わせて恐る恐る振り返った。

 フードを被った背中の丸い人物が扉を開けて現れたのだ。ぼろぼろの杖を突きつつ、今にも寿命を迎えてしまいそうな足取りで。一見すれば無力な老人にしか見えなかったであろうが、血の匂いの充満する部屋にいきなり放り込まれた娘にとって、殺人鬼が登場したに等しい。

 

 「きゃあああっ!?」

 

 絹を裂くような悲鳴をあげたシャナロットに影が歩み寄っていった。




【どうだろう、似合っているだろうか?】
「アイムソーリー」
「見た目は少しあれだが」

【杖】
変形しそうな形状をしている。
きっと気のせいだろう。

【騎士甲冑】
アルトリウスを負かした男のこと。
詳細は不明。いまや名も伝わっていない。

【優秀な狩人】
旧市街で四回くらい死んでも心が折れなかったらしい人。
月の香りがするらしい。

【謎の部屋】
手術室かな?(すっとぼけ)

【老人】
「資格がない」「封印されている」

【シャナロット】
緑色の服を着たオッドアイの子。
記憶を失っており自分の本名だけしか覚えていない状態で拾われた。

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