DARK SOULS The Encounter World【旧題:呼び出された世界にて】   作:キサラギ職員

5 / 29
王の刃

 「遊ぶならば貴公らの流儀でなくてはな」

 

 女が囁くように言葉をつむぐ。

 打撃音が店内に響いたかと思えば女の肩に手をかけようとしていた男の体が弾き飛ばされた。

 女が椅子から腰を上げるや、半歩踏み込み重心を意図的に倒したことで発生する重量をもって男の体を吹き飛ばしたのだ。しかし、筋骨隆々の大男が弾かれるような体格を女はしていなかった。

 もし注意深く見ていたものがいるならば気が付いたであろう。女が、身を寄せた刹那の瞬間に男の足が床の上を滑るようにつま先で小突いていたことを。姿勢が崩れればいかなるものも楽に倒すことができるのだ。

 床に倒れこんだ男は、女がまったく自然な動作で袖口からナイフを指に挟んだのを見た。

 卓越した動きであった。長年そういった動作を繰り返し続けてきたかのように。

 

 「―――……!」

 

 次の瞬間、女の手がぶれる。カコン。涼しい音をあげて男の顔面から指数本分の位置にナイフが突き立てられた。

 そして男は見た。

 象牙色の前髪の奥から刺す様な鋭利な視線を投げかけてくる女の姿を。

 いつでもお前のことは殺せるのだぞと言わんばかりに。動けば瞬時に殺せるのだと。指揮者が指揮棒を振るうだけで旋律を操るように。

 

 「ヤロウ……!?」

 

 腰にサーベルを下げた男がキアランに向かい距離を詰めんとした。武器を抜いた次の瞬間にはキアランがバックステップを踏むと椅子を蹴り飛ばしていた。

 椅子が男の頭部を直撃。ばたりと倒れこみピクリとも動かない。

 キアランはちらりと自らが持ってきたであろう古風な長鞄を見遣ったが、すぐに目を放した。

 "武器"を使うまでも無いだろう。自らがもっとも敬愛する男を下した戦士に手渡したはずの失われた二振りをよりによって酒場の喧嘩で持ち出すのは得策ではない。負傷も最小限に。衛兵どもに詰問されて牢屋入りは御免だった。

 別の男が酒瓶を逆さに持つと投げつける。

 キアランは、弧を描いて飛翔する酒瓶を踊るように背を逸らしてかわすと、あろうことか空中で手に取った。

 投げ武器をまさか奪い取られると思っていなかったであろう男が最後に見たのは、女が気持ちのいいフルスイングで己の頭部を瓶で叩き床にキスさせる場面であった。

 キアランは割れた瓶を投げ捨てると、突進してくる二人組みを見た。

 

 「ふん」

 

 キアランに掴みかからんとしていた男二人の手が宙を掻く。

 酒場の野次馬共があっと息を呑んだ。

 肩に軽い手触り。一人が肩を見遣ると、既に離れようとしている女の白い手が垣間見えた。

 丁度男の肩を基点に飛び越すと空中をくるり一回転し背後へと回っていたのだ。ありえない。蝶のようなつかみどころの無いアクロバティックな回避に、二人組みの思考が置いてきぼりにされる。

 風を引き裂く音。

 

 「がふッ」

 

 キアランの二の足が一人の頭部を捕らえた。教科書的な綺麗なまでの回し蹴り。男の意識が一瞬にして刈り取られ床に倒れこむ。

 もう一人が拳を固めると腰を落としキアランの頭部へ突きを繰り出す。下手に勢いをつけては相手の戦法に絡め取られると考えたのだろう。拳闘士たちの戦術をもってキアランを倒さんと猛連打を繰り出す。

 まともに付き合ってしまえば体格で劣るキアランは倒されてしまうであろう。

 しかし男たちは知らない。人と同等の体格をしているとはいえ――女が人ではないことなど。

 男の正面からの突きをキアランはあろうことか左手のみで受け止めてしまった。男が歯軋りをして拳を突き通さんとしても微動だにしない。鉄の壁に向かって押しているかのように。手という万力に挟まれてしまっていた。

 力が入って血管の浮き出た男の太い腕と、白く細い女の腕が完全に拮抗している。

 

 「どうした? お前は女の腕力にも劣るのか?」

 「糞……ッ! どこにそんな力が!」

 

 キアランの見え透いた挑発に男が唸り声を上げてもう片側の腕を振り上げた。大振り。その隙を見逃すほど彼女は甘くなかった。

 こちら側へ引き寄せ重心を崩す。あまりに近すぎるせいで拳はキアランの体のはるか向こう側の空気を攪拌するに留まった。

 男があっと息を飲んで蹈鞴を踏んだ。

 

 「少し眠っていろ」

 

 キアランが舞う。

 男の腕を別の方角へ逃がすと後頭部を裏拳で弾き突き倒す。そのわずかな隙を縫ってくるり身を翻し背面を奪った。すかさず襟首を掴み、倒れそうになる体を支えた。

 もしかして助けてくれるのか? 男が抱いた希望は儚くも散らされることになった。

 細腕が男の首を掴むと――顔面を床に叩きつける。

 木材が砕けて散り男の鼻がへし折れたのか血が伝っていく。男の体がピクピク痙攣していた。

 

 「……死なない程度には加減したぞ」

 

 キアランは男の傍に屈み言葉をかけ、予備動作のほとんど存在しない投擲を実行していた。あろうことか標的を一切目視せずに。

 スローイングナイフが放たれるやキアランに対し次の攻撃をいつ仕掛けるべきか考えていた男二人の眉間にまっしぐらに向かっていく。男二人は見た。きらりと輝く切っ先を。切っ先が緩やかに回転していくと――柄の部分が視界一杯に広がった。

 二人組みの男が床に倒れこむ。額から落ちたナイフが床に刺さった。かすかな高音を上げて刃が震えていた。

 殺害に失敗したのだろうか。否、手加減したのだ。殺さないように柄の部分が来るように細心の注意を払って。

 もし殺すつもりならば最初から刃物を持ち出し全員皆殺しにすればよい。元の世界ならまだしも、別の世界においてキアランは一端の雇われに過ぎない。後ろ盾たる国の法に守られる為には酒場で喧嘩を吹っかけてきたゴロツキ全員を殺害するようなことはあってはならないのだ。

 ゴロツキのうち一人を除き全員の意識を刈り取ったキアランは、床に這い蹲って身動きの取れない筋骨粒々な男の下に歩いていった。

 

 「荷物を纏めて消えるがいい」

 

 悔しげに睨み付けてくる男を尻目に、キアランは自分の席へと戻っていく。鞄の紐を肩に引っ掛けるとマスターの元に歩いていき、硬貨の詰まった袋を投げ渡す。

 

 「掃除代だ。受け取れ」

 「へ、へぇ」

 

 狼狽するマスターを他所に外に向かって歩いていく。

 戦闘の余波でキアランの顔を隠すフードは肩にずり落ちていた。容姿を見遣った騎士崩れらしき男が唸る。

 

 「あいつが死の蜂か……得物握ったところを見たかったがね」

 「本気か。衛兵が踏み込んできて俺らも牢屋にぶち込まれちまうぞ」

 「たまんねぇぜ……服はがしてやりてぇ」

 「よせよ。ナイフで頭ブチ抜かれるぞ」

 

 ひそひそと酒場中が噂話に花を咲かせんとする最中を蜂が歩いていく。扉に手をかけると、丁度二人組みと出会った。

 一人は巨大な弓を背中に担いだ騎士姿だった。黒騎士の盾とロングソードを腰にぶら下げている。兜が開かれており、年齢にして四十に届こうかという髭を生やした顔立ちが露になっていた。

 片や茶色の髪をたらした小柄な女子であった。黄銅色の頭巾で片目を覆い隠しており、騎士の甲冑の隅を不安そうに掴んでいる。

 騎士と騎士が時空を超えてめぐり合った瞬間であった。

 キアランがちらりと娘に視線を巡らす。もしかすると親子親戚の間柄かもしれないが容姿が似ていない。小間使いあたりだろうかと検討をつける。

 キアランの鋭い視線に射止められた娘――シャナロットは、視線を俯かせてしまった。

 

 「………ほう? 貴公……」

 「……むっ」

 「……」

 「……」

 

 強きソウルを有するもの同士分かり合える事柄があるのだろうか、顔を合わせたまま押し黙る。

 騎士――アッシュは女を見つめたまま動かず。

 騎士――キアランは男を見つめたまま動かず。

 娘――シャナロットはアッシュの表情に色がなくなったことに不安を抱き、二人の顔を交互に見遣っている。

 大王グウィンから遠い未来の英雄と、大王グウィンの影響がいまだ残る時代の英雄が対面しているなどと誰が想像できたのだろうか。本人たちも理解できなかった。時間と空間の歪んだロードラン……後のロスリックとはいえ、まったく違う異世界と繋がることなどなかったのだから。

 キアランが手招きをした。無言でアッシュが後についていく。

 娘、シャナロットは不安を隠せなかった。どちらかといえば陽気で饒舌なアッシュがまったく喋らずに女のあとについていっているのだから。術で操られているようには見えない。もしかすると騎士が召喚される以前の世界での知り合いなのかもしれない。

 大通りを抜けて路地裏に差し掛かった。よぼよぼの家無し乞食が二人の騎士を見るや地面にひれ伏した。

 

 「貴方がたの邪魔は致しません、致しませんとも……」

 「……ごめんねおじさん」

 

 シャナロットがぺこりとお辞儀をすると、騎士のマントを掴んだ。騎士はまったく止まらない。

 三名がたどり着いたのは路地裏であった。路地裏の奥には鼠の死体やら由来のわからぬゴミクズが転がっている。

 彼我の距離は馬車一台挟んだ程度。アッシュの間合いであり、おそらくはキアランの間合いでもあった。

 向かい合う二人がようやく口を開く。キアランがアッシュの装備を指差した。

 

 「……竜狩りの弓に黒騎士の盾か。どこで拾ったのか知らないが……大王グウィンの名に聞き覚えは?」

 「勘違いしないで貰いたい。弓は物々交換で。盾は騎士と一対一の果し合いの末譲り受けたものだ」

 

 言うなりキアランの瞳が鋭さを増した。肩紐をずらすと鞄を右手に握り、ゆったりとした姿勢をとる。

 だがアッシュは気が付いた。身にまとう気配は一流の戦士のそれで。戦士でありながら戦士ではなく、騎士でありながら戦士ではない、別の立場にあったことを。

 

 「配下の黒騎士は今は亡きグウィンの命に従い続けている。身が灰になろうと……彼らを殺そうが私には関係ない。装備の出所を聞いているのではない。貴公が私と同じ世界の住民であったことを確かめたかっただけだ」

 「そうか。ならば答えは然りだ。私からも聞いておきたい」

 「なんだ?」

 

 騎士がシャナロットの小さい手を解くと、下がるように合図した。

 ちらりと足元に視線を落とす。橙色の走り書き。

 『この先、騎士に注意しろ』。

 

 「私は妙に勘が鋭くてね。君から剣呑な空気を感じるのだ」

 

 にこりとキアランが笑った。まるで仮面のように張り付いた笑みだった。

 曰く蜂はおぞましいまでの機能美を黄色と黒の警告色に秘めているという。

 鞄が落ちる。地面に落ちると同時に留め金が外れ、内部が露出した。毒々しいまでの金色に彩られた優美な曲剣と、禍々しいまでの棘を纏った短剣が収められていた。鞄をキアランがブーツで蹴ると反動で二振りが宙を舞う。

 半歩踏み込み曲剣を指に絡めれば、振り回す遠心力で踊るように片割れを手に取りブーツで地面を踏みしめる。

 アッシュがロングソードを抜き、右に構え切っ先を相手に照準する。単純な抜きであったが、キアランのそれはアッシュとほぼ互角であった。

 お互いににらみ合う。

 轟々と燃え上がるロングソード。アッシュの体から押さえきれない火の力がちらついていた。マントの裾はちりちりと火に包まれ、汗をかくかのように甲冑の隙間からは灰が漏れ出している。火の無い灰などと呼ばれた男には確かに最初の火の力が宿っていた。時間さえ存在しなかった灰の時代を変化させたという最初の火の残滓に過ぎなかったが。

 異様な力を前にしかしキアランは体勢を崩さない。

 

 「これは……匹敵するか……しかし」

 

 何事かを考え込む。二振りの武器を下ろすと、あらかじめ仕掛けてあったのか腰の止め具に引っ掛け胸に手を置く。

 

 「失礼なことをした。私は……いや。すまない。キアランだ。名も知らぬ巡礼よ」

 

 もはや王の刃を名乗る資格など無い。苦痛を訴える心を隠すかのように名乗り。

 ロングソードを鞘に収めた騎士も同じように胸元に手を置いた。

 

 「申し訳ないが故郷も名も思い出せないのだ。アッシュ。私はアッシュだ」

 

 双方ともに武器を納めるのを見てシャナロットも胸を撫で下ろす。

 騎士が振り返るとシャナロットの頭を撫でた。子ども扱いするなと頬を膨らませるませっ子に快活な笑みを送って。

 

 「怖がらせてしまったな。時にキアラン殿」

 「キアランで構わない」

 「そうか。キアラン。実はこの子の親戚を探している。手がかりを知ろうと酒場までやってきたのだが……」

 「あぁ……あの酒場はだめだ。ゴロツキ共が暴れて魔女の鍋だからな」

 

 キアランが口元に苦々しい笑みを浮かべた。今頃酒場は荒れ放題で情報収集どころではないだろうと。酒場で暴れということに関する詳細は口にしない。まさか自分が暴れましたとは言えなかった。

 腰の止め具から二振りを外し鞄へと収めると背負い込んだ。手招きをして路地裏の外に向かう。

 騎士と娘が後から続く。

 

 「貴公がよければだが……情報屋にしては胡散臭いが、それなりに腕の立つ奴を知っている。ついてきてくれ」

 「うむ。行くぞシャナロット」

 

 シャナロットはあわてて二人の後を追いかけた。

 

 

 

 

 王都の中心部から離れた寂れた一角。

 レンガ造りの建物の二階に上がっていく三人。先頭にキアラン。続くはアッシュとシャナロットであった。

 キアランが扉をノックすると内側からくぐもった声が響く。

 

 「入りたまえよ」

 「失礼する。デュラ。お客さんだ」

 「ほう?」

 

 鋭い目つきをした男がなにやら作業机の上で武器を弄っている真っ最中であった。口にタバコを加えてハンマーを右手に握っていた。

 デュラと呼ばれた男は甲冑姿と娘を認めると手袋を外し一礼をした。

 

 「ようこそ工房へ。武器が欲しいのではなく情報が欲しいのだろう? かけたまえ。うまい茶の一杯も出せんがね」

 

 騎士はデュラという男が示す机へとシャナロットをいざなったのであった。




【デュラ】
「その資格はない」。

【乞食】
「攻撃しろ!」「卑怯者の予感……」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。