DARK SOULS The Encounter World【旧題:呼び出された世界にて】   作:キサラギ職員

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王都ラグズバード

 体中が燃え上がる。

 右腕に握った刃を大上段に構えると、体中から噴出した火炎が剣にまきついていく。収束したそれはもはや剣というには巨大すぎた。太く、長く、神々しいまでの輝きを帯びていた。

 騎士と娘という不可解な組み合わせから金銭を掠め取ろうと道を塞いでいた男たちの表情が歪んだ。

 咄嗟にスペルを唱えるもの、盾を構えるもの、弓を構え射掛けようとするものがいたが、既に遅かった。

 

 「ぬぅんッ」

 

 騎士が踏み込むと、物取り集団が連れてきていた馬ごと人員全てを絡めとる。悲鳴の一切を上げることさえなく物取り連中が白い灰と化す。

 慌てて飛び下がった数人も火炎の余波によって全身が火達磨と化していた。命はそう長くないであろう。

 目の前で行われた騎士の攻撃に娘がしりもちをついていた。

 剣を一振りし火炎をそぎ落とした騎士は、鞘に収めた。傍らに娘に手を伸ばすと立ち上がらせる。

 

 「済まなかった。どのような世にもああいう輩がいる。力を使うまでもなかったが……君を守りながら戦うことは私には難しいようでな」

 

 騎士は言うと娘の頭を撫でた。

 たとえ十人二十人であろうと有象無象ならば切って捨てる自信があっても、無力な娘を抱えて戦うことは難しい。まして娘の姿を見られてしまっていては守りながら戦うことも厳しいであろう。

 

 「……」

 

 娘はとことん不機嫌そうだった。

 娘は村を出ることを選んだ。親、友人、村人皆殺しにあった後で村を再建するだけの力はなかったのだ。騎士も見ず知らずの娘のために生涯を捧げるつもりはなかった。誓約で召喚された身とはいえ、誓約の契約が皆目つかめなかったのだ。娘の安全を保障するということは守ろうとした。そこで娘の親戚筋の住むという王都へと向かっていたのだ。親戚筋に預ければ安全は保障されよう。

 もっとも――親戚筋といっても血のつながりがないらしい。娘は記憶を失って村に拾われたというのだ。自分の真の両親を知らないといっていたが、それでも育ての両親の亡骸を見てわんわん泣いたのだ。

 無論道中の危険性はつき物だ。か弱そうな娘から金銭を盗もうとする輩ならばまだ可愛い方だ。人攫いに狂人に魔術師崩れどもがうろうろとしている。騎士がいなかったら娘は今頃屍になっていたであろう。

 というのに娘はむすりと口を結んだままであった。

 騎士が予兆もなく火炎の剣を振るったのがお気に召さないのであろう。

 

 「済まないな。気を直してくれないだろうか」

 

 騎士が道端に生える花を取ると手早く編みこんでいく。見る見るうちに完成した花の冠を娘の頭の上に乗せてやる。

 騎士の脳裏に浮かんだのは里山の傍で鍬を振るっていたような記憶であった。よく花を編んでは妹に被せてやっていたような覚えがあった。かすんで曖昧でまるで霧のようであったが、自分自身の過去であるのかもしれないと考えた。しかし騎士は無数のソウルを吸収してきた身。何者かの記憶に呪われているだけかもしれない。

 より強いソウルを引き受けるものは、より強い呪いを背負わされる。光が強くなれば闇が深くなるように。

 娘は、片目を覆い隠す特殊なデザインの頭巾の上に乗った花の冠に手を置いた。ややあって口を開く。

 

 「こんなもので誤魔化されませんよ」

 「笑ってるようだが」

 「……」

 「はっはっは。笑うといい。君の太陽のように明るい笑みを見てみたいものだ。頭巾を取ってはどうかな。顔がよく見えないぞ」

 「……笑いませんし頭巾は取りません」

 

 娘は表情の緩みを指摘されると、ぱっと頬を手で覆った。が、すぐに眉間に皺を寄せた。頭巾の位置を直す。

 騎士が歩き始めると大急ぎで後を追いかける。歩幅が違うのだ、騎士に追いつくには足早になるしかない。

 道中は長い。騎士は眼を鷹にして娘の道しるべを切り開かんと歩みを進めて行った。

 

 道中、それを見た騎士は顔色を変えた。

 森の中。とある生き物が大木の根元で地面を掘り返していたのだ。

 

 「宝石を背負ったトカゲ……? アッシュ……様。珍しい生き物もいるものですね」

 

 名を呼ばれた騎士は――仮初の名であるが――沈黙していた。

 娘が騎士に対し一応は“Sr.”を付けるあたりは助けてもらったことに感謝しているのだろう。

 丸々大きなエメラルドグリーン色の宝石を背負った子犬程の体躯のトカゲが暢気に地面を掘り起こしていた。地面から出てきたのは色とりどりの小石だった。魔力を一切感じさせないにも関わらず七色に輝いている。

 トカゲは石を見つけるともりもり口に溜め込んだ。美味そうにもりもり噛み砕いている。

 娘は色とりどりの小石に目を奪われていた。綺麗な石であった。拾ってみたい衝動に駆られたが、トカゲ……魔物の類に食べられてしまった。石を食べるトカゲなど聞いたことも見たこともなかったが。

 一方騎士は無言でロングソードを引き抜くと――全力で駆け出した。

 

 「その石、置いてゆけ!!」

 

 騎士の怒鳴り声が森に響く。娘はぽかんと口を開いて棒立ちしていたが、ややあって追いかける。

 騎士の全力疾走にも関わらずトカゲとの距離は埋まらない。ここは森である。障害物となる木々やら石やら草むらは無数に存在するのだ。トカゲを見失ってしまった騎士は肩をいからせつつロングソードの切っ先を草むらに向けてうなった。

 魔術師ならば探知の術のひとつも知っていよう。聖職ならば眠りの術も知っていよう。

 だが騎士は騎士であった。術を使わずに技量と自前の体で薪の王に上り詰めた身。指輪や道具に頼ることもあったが基本的には近接戦闘を元に戦闘を組み立ててきた身である。狩人ならば罠のひとつでも仕掛けるだろうが、騎士にその技術はなかった。

 逃がした魚は大きい。逃がしたトカゲも相当大きかった。

 

 「ううむ……丸々肥えたやつだった。石の一枚でも剥ぎ取れたらさぞ……む? しまった」

 

 我を忘れて走ってきてしまったことに気がついた騎士が振り返る。娘がいなかった。しまった。やってしまったと天を仰ぐ。

 元の世界であれば同行者は成人男性や女性であった。あるいは自分が付いていく場合であるが。駆け足に追従できない巡礼などいなかったのだ。

 そして悪いことに小さい娘を連れて歩くなど、記憶にある限りなかった。

 

 

 一人置いていかれた娘は森の大木の根元に座り込んでいた。

 頭巾を取ってみる。右目と左目の色合いが異なっていた。右目は深い青色。左目は茶色。オッドアイ。村人――特に同年代から茶化される元であるため、いつも頭巾をして隠していたのだ。彼女にとってオッドアイは天からの授かり物などではなくて、不幸の元凶に過ぎなかった。

 騎士はトカゲを追いかけていってしまった。きっとどうしても捕まえなければならない魔物だったのだろう。

 娘はその場で天を仰いだ。鬱蒼とした木々の隙間から夕日になりかけている太陽が垣間見えた。

 頭巾を被りなおす。

 

 「あら……あなた変わった匂いがするわね」

 「だれ?」

 

 突然声をかけられ娘は腰を上げてあたりを見回した。見当たらない。人影もない人の声がするなどあるのだろうか。

 

 「上よ上。ウフフ……人間は上を見るのは得意じゃないのね」

 

 視線を巡らせてようやく見つけた。

 愛らしい容姿の白猫が大木の中ほどから伸びる枝に乗っている。尻尾を左右に揺らしながら娘を見下ろしてきていた。

 しゃべる猫。娘は聞いたこともなかったが、世の中は広い。しゃべる猫くらいはいるのだろうと驚きはしなかった。尋常ではない力を秘めた騎士が降り立ったことで驚きへのハードルが下がったのかもしれない。

 猫は気まぐれそうに視線をそらすと、にゃおーんと鳴いた。意味深に鼻を鳴らす。

 

 「そう。ウフフ。あなた……面白いわね。私はシャラゴア。あなたお名前は?」

 「私は……」

 

 ふと娘は自分の名前というものに自信が無くなったのかもごもごと言いよどんだ。

 猫がつまらなそうに手を洗う。

 

 「シャナロット……だよ」

 

 娘は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人の女が酒を嗜んでいた。

 場末の酒場。騎士崩れや傭兵や荒くれ共が屯するような危険な匂いのする場所である。

 ここは王都。

 地名をラグズバードと言った。

 国一番の人口密集地故にこうした酒場の需要は絶えないのだ。

 人口密集地には多くの人が集まってくる。黒い肌の人間もいれば黄色もいる。青い目がいれば茶色の目もいる。中には獣人もいたが、いずれも使用人として主人の後に付きしたがっていた。

 女はフードを被って顔を隠していた。机の上に置かれた酒瓶から琥珀色の液体をグラスに注ぐと、一口飲む。芳醇な香りと深みのある苦味が広がって舌を楽しませてくれる。けれども女は表情を変えなかったし、心が動くこともなかった。

 凍てついた氷を彷彿とさせる冷徹なる瞳。白い肌に象牙色の髪の毛を肩まで垂らした美貌。例えるならば雀蜂のように触れるものを瞬時に死に至らしめるような魔性が椅子に腰掛け優美な線を描く足を組んでいた。フードが微かに赤らんだ顔を覆い隠している。

 ごくありきたりな布の装束に身を包んでいたが、纏う雰囲気は抜き身の刀のそれであった。

 

 「……まずいな」

 

 女が酒を口にした感想を密かに呟く。

 かつて飲んだ酒は一級品ではなかったが、少なくとも泥水ではなかった。急造の量産品なのだろう。混ぜ物の味までする。そこそこの銅貨を弾いて持ってこさせてこの有様。金貨の一枚でも弾いて渡さなければ一流の品は飲めないらしい。

 女が切れ長の瞳をカウンターで客の相手をしているマスターの顔に向けた。

 見るものを圧倒する青い瞳に覗き込まれ、マスターが引きつった笑いを浮かべた。

 

 「な、なんでしょう」

 「……特に無い。仕事に戻れ」

 「左様で……」

 

 マスターが歩き去る。

 女は肘を机につくと、憂鬱な息を吐いた。

 

 「死後の世界なるものがあるなどとはな……ニト様も粋な計らいを……いやニト様に限って……」

 

 女――四騎士の一人。唯一の女騎士たるキアランは何度目になるかも分からないため息を吐いていた。

 王の刃キアラン。グウィン配下の騎士の中には暗殺者もいたという。

 彼女らは巧みな剣捌きで。あるいは巧みな弓捌きで。魔術で。毒で。時に事故に見せかけて。大衆の面前で。ありとあらゆる手段を使って、王の敵を悉く抹殺したという。

 彼女たちは闇に紛れる暗い長衣を身にまとい敵を抹殺する。民衆は闇にまぎれて消えていく金色を見るという。

 キアランは酒場の喧騒が全く耳に入っていない様子であった。

 思い出すのは今までの半生である。人ならざる種族たる彼女の半生は人間のそれをはるかに上回る年数となる。無論闇の印が現れた呪われ人ならば永久に生き続けるので比較対象として成立しないのだろうが。

 竜との戦。騎士叙勲。鷹の目。竜狩り。狼の騎士。大王グウィンを追った黒騎士と光の都を守るべく残った銀騎士。竜と同盟を組んだ愚かな太陽の長子。光の都を去っていった長女。都に残った暗月の神。闇の溢れたウーラシール。帰ってきたシフと、帰らなかった男。アルトリウスを下した男。森で最期に見上げた荘厳なる満月の美しさ……。

 気が付いたら荒れ果てた大地に一人立っていたときは自身が幻術の類にかかったのかと思ったくらいであった。

 しばらくあたりを探索するうちに気が付いた。ここは、自分のいた世界などではないと。

 大王グウィンどころかソウルの概念自体無いらしい。ソウルの変わりに魔力なる力があるらしい。

 最初に疑ったのはニトの作り出した死の世界である。もしキアランが死んだのであればニトの領域にいてもおかしくはない。生命の行き着くところは死だ。死を超越できるのは唯一……小さき小人たちしかいない。だが、ニトの作る世界とは思えなかったのだ。

 止むを得ず放浪をして王都とやらにたどり着いたキアランは身辺警護などの職を点々としつつ情報収集を続けていた。戦いの外に糧を得る手段を知らない彼女にとっては、職を得ること自体困難を極めたのだったが。女の格好をした戦士が警護をしたいと申し出たところで誰も信用してくれなかったのだ。

 簡単な仕事から初めて、徐々に難易度を上げていく。護衛任務から始めて、盗賊やら夜盗やらに捕まった人質の救出まで請け負うようになった。ギルドなる怪しい連中からの誘いはすべて断った。

 踊るような剣術と弾丸のような投げナイフ捌きを披露する女の噂が広がり始めるのにそう長い時間はかからなかった。

 曰く、剣を振るえば敵う者は無く。

 投擲する武器はいずれも百発百中。

 毒を翳せば大男が泡を吹いて倒れる。

 などと。

 いつの間にか『死の蜂』なる二つ名まで付けられる始末。

 キアランはまたため息を吐いた。

 既に騎士としての位は捨てた身。技術を自分の為に行使することにためらいは無かったが――見知らぬ世界に落とされるなど想像もできなかった。

 仕えるべき王のいない王の刃などお笑いだと自嘲する。

 キアランは、酒に酔っていたせいか荒くれ共が自信の横にやってきたことに気がつけなかった。

 

 「姉ちゃん……へえ別嬪じゃねぇか。俺たちと遊ぼうぜ」

 「旦那。店内で……」

 「やかましい引っ込んでろ!」

 

 マスターが諍いを感じ取ったか声をあげた。

 キアランに絡もうとしていた筋骨粒々がなにやらマスターの手元に投げやった。銀貨だった。

 金はよこすので黙っておけということらしい。

 キアランは仲裁を期待していたが、マスターが頷いて口を閉ざしたのを見て呆れ顔を浮かべた。

 面倒ごとは嫌いだというのに。

 コトン。グラスを置くと、男のほうへ上半身を緩やかに傾けて首を振る。

 

 「………失せろ。死に急ぐこともあるまいに……それとも」

 

 ニィ、とキアランの口角が持ち上がった。

 獲物を前にした肉食獣が如き獰猛な感情をちらつかせて。

 

 「小僧。遊んでやろうか」

 

 所詮は鬱憤を晴らすための遊戯だ。

 妖艶ささえ感じさせる吐息が女から漏れ出した。






【結晶トカゲ】
みんな大好き強化素材をドロップするモンスター。
とにかく逃げる。逃げた先に敵が居たり足場が悪くて転落死したりするので注意が必要。
ブラッドボーンでも似たようなやつが出現するが可愛くない。
啓蒙が高まりすぎると可愛く見えてくる。オウマジェェェェスティック。

【シャナロット】
「封印されている」「その資格はない」。

【シャラゴア】
にゃーん

【キアラン】
大王グウィン配下の四騎士の一人。
王の刃を率いた長 キアランその人。
彼女の短刀は王の敵をことごとく抹殺したと言う。

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