DARK SOULS The Encounter World【旧題:呼び出された世界にて】   作:キサラギ職員

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Atonement

 雨が降っていた。

 閑散とした墓地に雨が降っていた。

 名も無く、飾りなども無く、墓地の片隅に立ち尽くす墓標を前に雨に打たれていた。

 長身に強固な鎧を纏った偉丈夫がひたすら雨に打たれていた。

 雨は激しく地面を打ち付ける。等しく、墓石の表面をさらっていく。

 騎士の前にある墓の表面に彫られている文字は間違うことも無い。止めを刺すのは名前の横に浮かぶホーリーシンボルであった。

 墓標に刻まれた名はアストラエア。“最も真摯な”その人であった。

 

 男は墓の前で拳を握り締めていた。握力の余り爪が割れ血が滴ろうとも、離すことは無かった。この痛みはきっと罰なのだ。聖女の貴い意思を守るために自らが盾となり剣になると誓ったというのに、その人は既に墓の下に入っているなど、認められない。

 目覚めたとき、すべては終わっていた。

 聖女は異界に落ちた。血の強さに目をつけたものたちによって幽閉され、寿命を使い果たしたというのだ。

 騎士ガル・ヴィンランドがこの世界にやってきた時には既に終わっていたのだ。守ると決めたものを守ることさえできないままに、時の流れという残酷な運命によって引き裂かれてしまっていたのだ。

 もし――二人揃って同じ場所同じ時に落とされたのであれば、騎士は聖女を守ることができたであろう。

 現実は違う。聖女は過去へ。騎士は未来へ。騎士がやってきた時既に聖女は死んでいた。

 握り締めた拳を胸に抱え込むと、墓の前で膝を折る。暗銀の盾が地面に転がり、ブラムドがどすんと重苦しい音を上げて地面へと沈み込んだ。

 

 「アストラエア様……私は……私は………!」

 

 騎士の誓いを立てた日。巨人殺しの栄誉を持つ武器を握ったあの日。聖女と出会ったあの日。

 思いが巡り、騎士の膝を折った。

 墓石の前で兜を脱ぐと、胸を抱えるようにして祈る。

 震える全身を止めることはできなかった。敵ならば打ち倒せばいい。病ならば治す術もあろう。時によって引き裂かれてしまうなど、神はなんと無情なことか。

 

 「お許しください……どうか愚かな私を……」

 

 騎士の顔は雨に濡れていた。瞳から零れる涙は雨にさらわれていった。

 騎士の心がへし折れる音がした。砕かれた心は戻らず、不屈の戦いをするという彼の膝が立ち上がることもできない。竜が相手であろうと、勇士が相手であろうとついに折れることの無かった膝がである。

 人の気配がした。はっと面を上げると、兜を被って武器を抱えて物陰に隠れた。

 黒い喪服を纏った女性が傘を差してやってきた。暗く沈んだ陰鬱な表情を浮かべて。

 女性の手には白い花束が握られていた。アストラエアの墓場に白い花束を添えると、祈りを捧げ始める。

 

「アストラエア様………旅に出る私をお守りください」

 

 女性は歳にすれば四十は越えているであろう。旅に出るという意図がわからず、騎士は沈黙していた。

 手に握られたタリスマンが宿す淡い光を見た。間違うことなどありえない。アストラエアの力に酷似した奇跡の作動であった。

 

 「…………」

 

 騎士の前で女性がフードを取り去った。優しげな顔立ち。髪型や瞳の色こそ違えど、アストラエアの面影を感じさせる容姿があった。

 曰くアストラエアの血は強力な加護を宿しており、権力者達は血を継承させるべくあの手この手を打ったのだという。虜囚のアストラエアはいつか身ごもり、寿命を使い果たしたのだと。子孫達の中でも時折聖女の血を強く引き継いだ子が現れるという。彼ら彼女らは旅に出る。いずことも知らぬ土地を目指して。

 ――そうか。騎士の中で折れた心が再び打ち直されていく。

 これは所詮自己満足に過ぎない。誓いを果たせなかった自分への。

 血を守るために剣となろう。たとえ身が朽ち果てようとも。血が途絶える彼方までこの地で戦おう。

 全てが終わるその時まで。

 贖罪が終わるその時まで。

 いつ罪が晴れるのだろう。いつ終わるのだろう。

 騎士は考えることをやめた。

 

 騎士の願いは妄執となりソウルを縛り付けた。

 血を強く受け継ぐものの前に現れ武器を振るい続けた。

 肉体が朽ち果てソウルが拡散しても意思だけが残り続けた。この世界の神によって身を人ならざるものに変えられたのだと知る由も無く。ただ、誓いを果たすために闘争に明け暮れたのだ。

 騎士の伝承はやがて聖女の血を守る守護戦士として伝えられることとなる。

 守護戦士は血の継承者が危機に陥った際に降臨し敵を討ち滅ぼすのだと。

 右手に巨人殺しの大鉄槌を。

 左手で魔を退ける古き盾を。

 身に鈍い銀色に輝く鎧を。

 誓いを心に。それらを武器にして。

 

 

 

 

 

 「砕け散れ」

 

 騎士の号令と共に振るわれる鉄塊が怪物の手を弾き飛ばす。手の表面に生える歯が砕けて宙を舞った。騎士ががら空きになった胴体へ一歩踏み込み、ブラムドの銘を持つ武器で顎を打ちぬいた。

 

 「――――!」

 

 怪物が吼える。顎を打ち抜かれ、仰向けにどうと倒れこむとヘドロの海に潜って姿を消した。

 刹那人間性の嵐が吹き荒れる。三人の戦士の乗る船の真下から湧き出てくるや、竜巻となって船を削り取っていく。研磨という表現が良く似合う破壊の半径は徐々に狭まっていた。防御するか回避しなければ船もろとも削り殺されるだろう。仮に耐えられても海にまっさかさまだ。

 

 「まずいまずいまずい……!」

 

 アッシュは焦りの色を隠せなかった。足場を破壊されては動きの取り難いどころか水深さえ不明なヘドロの海に投げ出されてしまう。そしてアッシュは大物を相手取る際に回避行動を取らずに殴り合えるだけの防御性を持ち合わせていない。アッシュ単体ならばよい。死ぬだけだ。ルイーズは一度死ねば終わりだ。救出しなければならない。

 すると騎士ガル・ヴィンランドが応じた。盾を構えつつ人間性の暴風雨の最中へと突き進んで行く。

 

 「私が道を開く。アストラエア………いや、そこの女性をお願いしたい」

 

 ならばとアッシュは剣を腰に差すとルイーズの手を取りガルの後を追いかけ始めた。

 

 「任された! ルイーズ。ついてきてくれ!」

 「わ、わかりましたっ」

 

 ガルがブラムドを振るう。風圧が生じ人間性の群れが構成する壁がもぎ取られた。すぐさま別の人間性が壁を埋めようとするが、暗い銀色の盾が突き出され流れをせき止めることで阻まれた。

 かすかに開いた穴目掛けアッシュとルイーズが駆け込んでいくと木箱を踏み台にしてもう一隻の船へと乗り移る。足を止めることなく陸目掛け全力疾走していった。

 ガルも同様に穴目掛け身を躍らせると、後を追いかけた。

 深淵の怪物の憤怒の声があがった。なぜ阻むのか。なぜ死なないのか。苛立った声であった。

 怪物が掲げた杖の先から一条のなでしこ色の光線が放たれる。それは空中で分裂するとつい今しがた三名が乗っていた船へと着弾した。ヘドロとコミクズが巻き上げられ四方八方に木片が飛散した。既に目標がいないことに怪物が吼えた。

 アッシュは骸骨兵士の残骸が転がるコミクズだらけの陸へと上陸していた。船が悲鳴を上げつつヘドロに飲み込まれていくのを見て顔を顰めていた。隣の騎士がいなければまた死んでいただろう。そして傍らのルイーズの肩を掴むと顔を覗き込み、頷いてみせる。

 

 「ルイーズ、戦えるかね」

 「……えっ……た、戦います。私はまだ戦える!」

 

 剣を抜き目じりに力を込めたルイーズを見、自らも剣を構えなおす。

 アッシュはルイーズの手が震えていることを見逃さなかった。心が折れて半狂乱にならないだけマシだろうか。いずれにせよ戦力に数えることは難しい。

 首を振ると、怪物とルイーズの間に自分が来るように立ち位置を直した。

 不死の命は紙よりも軽いのだ。

 

 「そうか。無理はしないでくれ。私は不死。君は生ける人。死んだら終わりだ。私を上手く盾にしてくれ、そのために呼ばれたのだ」

 「後は私達がケリをつけます。あなたはさがっていてもいい」

 

 隣に並んだガルがルイーズの顔を見ずに言えば、鉄塊に等しい武具を肩に担いだ。

 二名の騎士が睨む前で怪物が醜悪な姿を晒す。陸へとあがってくると、杖の石突で地面を抉りつつぜいぜいと吐息を漏らし、口からぼたぼたと黒い汚泥を吐き出す。全身に生えた赤い瞳の一つ一つが騎士と少女を睨みつけた。憎しみか、あるいは慈しみか。もはや感情などというものはないのかもしれない。無数の人間性に取り付かれた哀れな獣がそこにいた。

 人の思念は重く、意識が燃え尽きても世界の枷(澱み)となって残り続けるものだ。怪物ももとを辿ればたった一人の人間。思念の重みすべてを受け止めることなどできなかったのだ。

 怪物が吼えて杖を振り回すのと、ガルがブラムドを振り回すのはほぼ同時であった。激突。巨人殺しの名を頂く武具とて馬力には勝てずに、ガルの体が跳ね飛ばされる。

 

 「がら空きだな!」

 

 杖を振り回すことで生じた隙を縫いアッシュが駆けた。右手ロングソードで怪物の足を切りつけるや、左手のアストラの直剣を突き出し、横合いをすり抜けつつ踊るような連撃を繰り出した。

 怪物の意識が背後に向かったアッシュに逸れた隙をつき砦のように強固な甲冑姿が肉薄する。歩みは遅く。けれど、巨人が歩むが如き気迫を纏いて距離を詰める。さながら重量級の戦車が地を駆けるようにして。

 

 「沈むがいい……くっ!?」

 

 ――咆哮。なでしこ色の衝撃波が怪物の足元から生じるとガルの体躯を遠くへと吹き飛ばした。咄嗟に盾を割り込ませて防御するも、衝撃までは殺しきれずに後退を余儀なくされる。魔力の放出を完全に遮断しきるのは、ひとえに暗銀の盾があってのことであろう。

 怪物がくるりと踵を返すと、背中へ取り付こうとしていたアッシュ目掛け手を突き出した。闇の力がパルサーのジェットのように噴出すると、アッシュの左腕を鎧もろとも肉を削り取った。アストラの直剣は骸骨に握られることになった。血肉だったものが地面にぶちまけられた。

 仮に頭部直撃であったならば脳漿を抉られ死んでいたであろう。

 

 「ぐっ……なんという威力だ」

 

 アッシュの表情が苦痛に歪むも、すぐにロングソードに火炎を纏わせ怪物の目元を薙ぎ後退した。怪物が苦悶の声を上げて目元を覆う。

 アッシュがすかさずエストを口にした。半分ほど飲み干してようやく腕の傷が完全に修復された。全身が燃え上がる。口から吐き出される息が白熱していた。

 怪物が吼える。全身の瞳から鮮血が噴出するや四方にばら撒かれる。血液が触れた箇所は爛れ煙を噴き出していた。

 踊りかかるガルは怪物の放った血液をかわそうと迂回路を取った。

 怪物はそれを待っていたと言わんばかりにガルを腕で掴み上げた。腕を高速で走る闇の力が鎧を削り取っていく。腕力に任せて握りつぶさんと怪物がガルを高く掲げた。ぎちり、ぎちり、と鎧が軋む。

 

 「やられると思うか!」

 

 ガルが一喝した。怪物の指を強引にどけていく。体格差で言えば子犬と熊ほどはあろうかというのに、熊は子犬を捻り潰せずむしろ圧倒されていた。拘束から逃れたガルが着地と同時にブラムドの柄を掴み取り怪物の足をなぎ払った。巨体が横倒しに倒れ掛かる。

 ガルが追撃を仕掛けるよりも早く、アッシュが怪物の胴に着地していた。胸とも腹とも付かぬ体の部位目掛け二振りを突き立てる。第六感に従い剣を抜くと横っ飛びに転がる。次の瞬間怪物の全身がなでしこの大爆発を起こした。地面を構成するコミクズが巻き上げられあらぬ方角に飛んでいく。濛々と立ち上がる砂煙の最中で赤い瞳が爛々と輝いていた。

 アッシュは対応するべく剣を構え、そして眼前に迫っていた怪物の手に轢かれた。地を転がり血反吐を吐き出す。

 ガルが怪物を追いかけようとした途端に空中から無数の人間性の群れが襲い掛かった。かわすことなどできず潮流に飲まれ押し流される。

 怪物が嘲る。その声は憎しみと――悲しみを帯びていた。

 

 

 怪物が放つ光線が辺りをなぎ払う。暗闇を照らし浮かび上がる姿にルイーズは完全に戦意を失っていた。

 勝てるはずが無い。アッシュやガルのように名だたる戦士ならばともかく、多少の鍛錬を積んだだけで実戦をほとんど経験していない小娘には、怪物を討伐するなど無理なのだ。頭に殻の付いたひよこが猛禽類に挑みかかるようなものである。

 心が折れてしまっていた。何とか立ち向かおうと剣を握っても、腰が抜けてしまう。到底攻撃を仕掛けることなどできない。二人ならばきっと何とかしてくれる。自分に言い訳をして、戦いの最中逃げ出してきてしまったのだ。

 

 「遠距離攻撃ができれば……なにか! 何かあれば……!」

 

 そうだ。これは逃げているわけじゃない。攻撃の手段を探しているのだ。そう言い聞かせるしかなかった。

 淡い光を抱くブルーブラッドソードを手に、ゴミクズの山をうろつく。馬車。死体。得体の知れない建物の残骸。船もあれば、塔のように高い黒光りする金属の羽のようなものも打ち捨てられている。

 ルイーズは震える足に鞭打って歩いていた。時折視線を戦闘の最中に向けた。放たれる光線をかわした二人が挑みかかったが、怪物が放った衝撃波に紙切れかなにかのように跳ね飛ばされていた。

 加勢をしなければ不利なことは明らかだ。

 

 「なにか……な、何者ですか!」

 

 ルイーズがゴミクズを山を登ったとき、その騎士は現れた。

 軽量化のために重量を削った薄いヘルム。古びてはいるが強固かつ堅実な作りの甲冑。左手に翼を広げた鴉を描いた大盾を備え、右手には馬上槍を軽量化したような武器を握っている。

 騎士は手招きをしていた。安心しろと言わんばかりに肩をすくめて気さくに足を踏み鳴らしてみせる。喋れないのか喋るつもりがないのかルイーズに判断は付かない。

 敵だろうか。味方だろうか。仮に敵だとすれば攻撃してこなければおかしいが、一向に手出ししてくる気配が無かった。迷い込んできただけかもしれない。

 ルイーズは警戒心を露に剣の先端を騎士に向けた。すると騎士は盾で守る素振りをみせたが、肩を揺らして盾を降ろし、手招きしたではないか。騎士が指差した先には奇妙な構造物が鎮座していた。捕鯨に使うような銛を破城槌程の全長に引き伸ばした物体を四角い岩で挟み込んだ仕掛けであった。物体の表面には人為的に彫られた溝が走っており、エメラルドグリーン色の輝きを放っていた。

 騎士を見てみると、親指で物体を指差して頷いていた。馬上槍もとい突撃槍で深淵の怪物の方角を指すと、腰を落として投げる素振りをしていた。

 

 「どういうことですか? あなたは何者なのですか」

 「       」

 

 喋れないのか喋るつもりが無いのか騎士が首を振ると、もう一度槍で深淵の怪物を指し、次に親指で物体を指した。

 唐突に理解した。どうやらこの物体は銛を放つ装置らしい。深淵の怪物に向かって放てと言っているのだろう。

 ルイーズは小首を傾げた。

 

 「これで、あれを殺せるのですか?」

 「        」

 

 騎士が頷くと両手を掲げた。

 なるほどとルイーズは装置に指を触れた。ソウルの力を感じる。生命と生命を繋ぐ力。世界を世界として収束させる統一力を。この世界ではない遠い場所ではありふれた力を。目を閉じて、唸る。使い方がわからない。天を仰ぎ、騎士を見る。騎士は首を振った。

 そこでふと視線が地面に落とされた。文字列が浮かび上がっている。

 

 『この先、騎士に注意しろ』

 

 ルイーズがメッセージに目を落とす間、騎士はヘルムの奥でほくそ笑んでいた。

 騎士の名を暗殺者マルドロ。悪名高きダークレイスの一人であった。

 ちょろい小娘だ。殺して装備を剥いでやろう。ついでに装置を放って化け物に一発食らわして戦利品を奪い取れればよし。駄目ならばすぐに逃げよう。

 腹の奥に隠したドス黒い感情にルイーズは気がつけない。

 ブルーブラッドソードが光量を増しつつあった。




【装置】
竜の神に打ち込むアレ

【マルドロ】
ダークレイスの鑑
出会った巡礼者は喜びのあまり巨人の木の実の種をグッとするそうである
私は発狂して追いかけて死にました(半ギレ

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