DARK SOULS The Encounter World【旧題:呼び出された世界にて】   作:キサラギ職員

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Abyss

 ボロボロと涙を流すジェーンの話を聞いてみると、どうやらルイーズは村の巡回中に襲撃されたらしい。まったく気配を感じさせない巨大な腕が暗い闇の穴から出てきたかと思うと、ルイーズを引きずり込んだというのだ。

 おぞましい、“人のかおりのする”怪物がルイーズを浚ったのだと。

 獣人族は際立って鼻がよい。ジェーンは泣き叫びながらも確かに証言したのだ。怪物からは人のにおいをしたのだと。

 しかし、入る手段が無かったのだ。闇の穴とやらは村の外延部の大木の根元にあるというが――。

 

 「ないようだ……皆目わからん」

 

 デュラが爛れた木の根元を指で擦り首を傾げていた。

 闇の穴なるものが突如現れ人を浚うなど通常では考えられない。闇。穴。聞いただけではピンと来ない時代の出身のアッシュ、レイム、そして闇云々が全くの未知の領域である住民のデュラは首を捻るばかりであった。シャナロットも同様にぽかんとしていた。

 闇の穴と聞いただけですぐさま表情を厳しくする二名を除けば。

 

 「闇の穴だと……? ジェーン。詳しく話せるか?」

 

 広義の意味で闇とは光の対義語であるが、闇を深淵すなわち人間性と解釈するならば対義語ではなく類似の存在となる。闇も光も最初の火によって生まれたソウルの一つなのだ。そして闇は人間の力の象徴であり、人間以外の存在どころか人間でさえ蝕みかねない危険な存在でもある。

 過ぎた力はやがて世界を滅ぼすのだ。強すぎる火は離れていても対象者を火傷させるように。

 かつてウーラシールと呼ばれた国にて掘り起こされた化け物がもたらした深淵の闇は、偉大な四人の公王を魅了したという。大王グウィンからソウルを分け与えられたにも関わらず、四人の王たちは深淵と契約を結んだというのだ。そして王たちの治める小ロンドは亡者が溢れる闇の国になった。

 アルトリウスは闇に挑み斃れた身。闇への警戒心が多大にあった。

 ジェーンは涙を拭いながら爛れた木の根元を指差した。

 

 「手が……歯のついたドロドロの手が穴から出てきてルイーズ様を引きずり込んだんです!」

 「なんだと……」

 

 愕然とするアルトリウスの横でキアランが腕を組んでいた。

 闇。手。怪物。想定される敵が自分の想像通りだとすると、最悪の事態が想定された。まともなものも召喚されているが、尋常ではない敵も召喚されていることは明らかだ。よりによって自分たちにとって因縁深い相手が召喚されているなど、悪意が透けて見えるようであった。

 

 「アルトリウス。まさか」

 「マヌス……深淵の主か?」

 

 深淵の主マヌス。大昔にあったという魔術の国ウーラシールの民が掘り起こしてしまった怪物のことであり、アルトリウスが討伐に挑み敵わなかった相手である。

 何がなんだかわからないという顔をしているデュラはともかく、レイムは穴のあったという地点を見つめていた。闇の仔を祓う力がありながら共にあることを望んだ男には、闇の力はむしろ心地よいものなのかもしれない。

 一方でアッシュは朗らかに笑っていた。

 

 「最初の深淵の監視者(アビス ウォッチャー)たるアルトリウス殿がいるならば勝ったも同然ではないか」

 「いや……後世ではなんと伝わっているか知らないが……私は深淵に飲まれた。深淵歩きの名には違いないが、事半ばで息絶えたんだ。英雄などではないよ……私は……」

 「なんだと……む? これはサインか」

 

 アルトリウスが首を振った。アルトリウスはシフの為に加護の力の宿った盾を結界の核にした。故に加護を失い深淵に屈したのだ。が、盾があっても負けた可能性は高かっただろうと、アルトリウスは思う。深淵の闇は人間性のそれに等しい。人間性に耐えられるのは、人間でしかない。人間ではない自分ではいずれ飲まれてしまっていたであろうと。

 アッシュは木の根元に屈みこむと青い文字を指でなぞった。白でも黄色でも赤でも紫でもない。青いサインは見覚えが無かった。触れた途端にルイーズの姿が脳裏に浮かび上がってくる。

 ――救援を求めるサイン。

 サインとは別世界の戦士に助けを求めたり、逆に呼び込んだりする手段である。別世界とは時に良く似た並行世界であるともいい、別の時間軸であるとも言われている。

 アッシュがサインのあった場所をなぞりつつ振り返ると、一同はサインの存在に気が付かないのか、周囲に視線を巡らせていた。

 アッシュは背中に固定した弓を降ろすと、サインの元に屈みこんだ。

 

 「皆聞いてくれ。サインが見えるのだ。しかも私にのみ見えているようだ……救援を求めるサインらしい。私が行ってルイーズを救出してこよう」

 「すまない」

 

 アルトリウスが悲しそうに首を振った。握られた拳が震えていた。

 アッシュがシャナロットを見遣るとにこりと口元を緩めた。

 

 「シャナロット! 不安そうな顔をしてくれるな。死なぬ不死に心配は無用だ」

 

 一同が見守る前でアッシュは別の世界へと送還された。

 突然姿が霞み始めたアッシュを前にデュラが動揺を見せる。共鳴する小さな鐘で呼び出される時と同様の現象であったが、サインなるもので別世界へと飛ぶのは初見であったのだ。

 

 「上位者にさらわれたのかと思ったぞ」

 「上位者とは」

 「気にしないでくれ」

 

 レイムがぼそりと問いかけた言葉にデュラが首を振った。

 

 

 

 

 

 

 ルイーズは、ブルーブラッドソード(本当に貴い者の剣)が骸骨剣士の猛烈な攻勢を捌き切る他人事を観察していた。剣が勝手に動いているとしか思えぬ素早い切り替えしによってシミターの剣戟をかわしきる。姿勢を崩した骸骨戦士の体を薙ぎ払うや、返す刃で背後から襲い掛かってきていた一体を見ずに横にかわし反撃を食らわす。

 続く槍衾のことごとくをバックステップで距離を取ると、柳の構えの剣にて槍兵の盾を下から掬い上げる。姿勢が崩れた一体の懐に潜り込むと背骨の中心軸目掛けて刃を走らせ頭蓋骨を引き裂いた。

 ルイーズの視線が遠方で弓を構える一体を捉える。崩れ行く槍兵から槍を奪い取ると、仰け反った。紙一重のところを鏃が宙を引き裂いていく。次の矢が番えられるのを見た。

 

 「ぉぉおおおおッ!」

 

 左腕に絡ませた槍を渾身の力で投擲した。ものの拳一つ分の隙間さえ挟まない至近距離を挟み槍と矢が交差した。硬質な音が響く。頭蓋骨を刺し穿たれた骸骨兵士は槍で仰向けに地面に縫い付けられた。

 唐突に鬼神が如き活躍を見せるルイーズに対し骸骨兵士達の手が緩まる。ただ剣を握り替えただけというのに、人が変わったように戦い始めたからだろうか。

 否、骸骨兵士は戦い方を変えただけであった。ゴーレムよろしく敵を倒すことのみを植えつけられた骸骨兵士は恐怖など感じない。連携を密にして襲い掛かるために歩調揃えていただけであった。

 ルイーズは周囲を見回した。ゴミクズの山から転げ落ちた先。難破船らしき残骸がごちゃごちゃに重なっている地点へと落ちてきてしまったらしい。

 救援を求めるサインを記してはみたものの、拾える者がいるかは別問題だ。サインは見えるものには見えるが、見えぬものには見えないらしい。そもそも、サインを書いて別世界のものを呼ぶ呼ばれる仕組み自体、聖女がもといたという世界由来の奇跡なのだ。この世界に拾える者がいるとも限らなかった。

 ルイーズは背後を取ろうと立ち回る一体を袈裟懸けの斬撃で吹き飛ばすと、とっておきを使うことにした。聖女が持ち込んだ技術の一つ。もとい他の世界の薬草のひとつというべきか。後月草と呼ばれる薬草を煮詰めたエキスを封入した瓶のコルクを飛ばすと、一気に呷った。全身から湯気が登る。傷口という傷口がふさがり始めた。所詮応急処置に過ぎない。本格的に休息を取らなければ死は免れない。

 左手に握ったタリスマンは血塗れであった。血を頬にこすり付けると、タリスマンを胸に抱き祈りを捧げた。奇妙な力の作動を感じ取ったか一斉に骸骨戦士が殺到する。

 

 「神よ……」

 

 ルイーズを中心に全方位に衝撃波が炸裂した。足元の木材、甲板に放置されていた木箱や酒樽が粉々に砕け散って木片の波を形成した。包囲を狭めつつあった骸骨兵士たちはことごとく全身を粉砕された。年月に晒され老朽化していた船のマストが悲鳴を上げてゴミクズの溜まったヘドロの海に倒れて静かになった。

 ――神の怒り。

 悪意への抵抗者に与えられる神の業の一つ。災いを退け、悪を討つ、偉大なる奇跡であった。

 奇跡や魔術は使うほどに術者の活力を奪い去る。無尽蔵に使えるはずも無く、聖女の血を継承する彼女とて神の怒りは大幅な消耗を強いていた。そうでなくとも血を流しすぎていた。タリスマンを抱えたまま、一瞬気を失いかけた。

 背後で骸骨兵士が骨格を再度組みなおし立ち上がって大剣を構えていることには気が付かなかった。

 

 「ルイーズ殿か! 待たせたな! 私はアッシュ。救援のサインに応じ参上したものだ」

 

 ルイーズが敵意に感づき振り返ろうとした次の瞬間、遠方から棘のついた車輪が猛烈な速度で飛来すると、大剣を大上段に構える骸骨兵士を吹き飛ばしていた。

 はっと頭を振り、視線を彷徨わせた。盾を背負った騎士風貌が、何かを投擲したような姿勢で離れた地点にて立ち尽くしていた。まさか、馬車の車輪程はあろうかという車輪を投擲したというのだろうか。距離は少なく見積もっても船数積の横幅分は離れている。人外染みた膂力であった。

 

 「そう……そうです。私がルイーズです。こちらに来られますか!」

 

 ルイーズは救援のサインを拾って現れたのがアルトリウスではないことに意外な顔をしたが、すぐに唇を引き締めていた。

 アルトリウスが来てくれることを望む自分はこの際置いておくとしよう。非常時なのだ、想いを馳せている場合ではない。

 男が応と両手を高く掲げてみせた。

 

 「無論だ。少し待ってくれ」

 

 男はこともなげに骸骨の矢を剣で打ち払うと、別の剣を引き抜いた。

 右手にロングソード。左手に握るのはアストラというかつての大国で生産された直剣であった。

 

 「退くがいい」

 

 男ことアッシュは自らの道を阻む骸骨戦士の凡庸な斬りかかりを見切って前蹴りで体を跳ね飛ばした。散らばる骨格を踏みしめて、両手に握った剣でシミターの牽制の一撃を潜る。がら空きになった胴体へアストラの直剣をねじ込むと、次の船に飛び移るべく甲板に置かれていた木樽を飛び越しもう一席の船に跳躍した。着地と同時に甲板を転がると、起き上がりざまに強引に数体の間合いへと入り込んだ。

 アッシュの瞳がきらりと光る。

 骸骨兵士は獣が如き動きの騎士へ攻撃を加えようとした。一歩遅かった。

 

 「せえいっ!」

 

 嵐のように骸骨共の数体目掛けて二振りがなぎ払われた。頭蓋が砕かれ、脊髄がおもちゃのように吹き飛んでいく。

 アッシュは散らばる残骸を押しのけてルイーズがいる船へと駆け出した。木箱に飛び乗ると跳躍。着地と同時に剣を甲板に突き立て、ルイーズの前に跪く。

 

 「騎士アッシュただいま参上した。剣を取り出そうとしたら箱に噛まれて梃子摺ってしまってな…… かいつまんで説明するとだな、アルトリウスはもちろん他の仲間達と村にやってきたところルイーズ殿がさらわれたと聞いて参上した次第だ。闇の穴。手。覚えは?」

 「ええもちろん。森を巡回中におぞましい手に掴まれてふと気が付くとこの場所に…………ッあ、はぁっ……失礼を」

 

 ルイーズがよろめき膝を付いた。傷口こそ塞がっていても失われた血や体力は戻らない。

 アッシュはルイーズを守るべく二振りを翼のように左右に展開した。

 

 「うむ……あの商人の言っていた事も嘘ではなかったようだな」

 

 アッシュは言うと左手の剣に視線を落としていた。その剣で切りつけた骸骨は掠り傷というのに起き上がろうとしなかった。

 アストラ国はかつて大国と呼ばれた国のひとつである。現在は没落してしまっているが、火の時代には神の祝福を受けた業物を数多く生産していたのだという。長い年月の果てに祝福の大半は失われてしまっているが、稀に現在においても祝福の残った武器が発見されるのだった。

 高いソウルを支払って買い求めただけはある。粉々に粉砕しない限り立ち上がってくる骸骨共に辛酸を舐めさせられた経験からだった。最も巡礼の道にて鍛冶屋が武器に祝福を与えられる種火を発見して無駄になったとも言えるが。

 アッシュは、祝福は別にしても、癖が無く強く鋭いアストラの直剣を気に入っていた。

 二人は辺りを見回した。物言わぬしゃれこうべが散乱しているだけであった。

 骸骨兵士たちはあらかた始末されていた。ルイーズとアッシュの獅子奮迅の活躍によってであろう。掃き溜めには得体の知れない音が反響していた。おぞましい獣の雄たけび。ゴミクズが海水かなにかのように船に押し寄せる音。

 肝心の闇の怪物とやらがいない。アッシュは疑問符を頭の上に浮かべつつも、警戒は解かずにいた。

 

 「サー・ルイーズ……」

 「ルイーズでかまいません。私は騎士でもなければ一人前の戦士でもない」

 「そうか。ルイーズ。化け物とやらがこの空間の主と考えるのが自然だが、どこにいったかわかるか」

 

 ルイーズはタリスマンを胸に抱え辺りを見回していたが、首を振った。

 彼女の奇跡の力は健在であった。額の傷は既に塞がっていた。疲労でさえ体に宿った燐光が拭い去っていく。

 

 「わかりません。奴はあのヘドロの中に潜り込んだきりで―――」

 

 その時であった。掃き溜めの遠方で絶叫が上がったのだ。

 最初にヘドロを押しのけて天を掻いたのは巨大な手であった。掌に歯を備えた異様な手が、掃き溜めに流れ着いた木造住宅を握りつぶす。

 角を生やした光る赤い瞳の巨人が水面を押しのけ立ち上がる。頭部からは髪の毛とも角とも付かぬ物体が突き出ており、体の各所には赤い瞳が周囲を凝視していた。皮膚は汚泥のようにとろけ、歩を進める度に剥がれ落ちていく。

 右手らしき物体が握る棍棒のような太さの杖も同様に溶けていた。暗い闇が杖の表面を高速で迸り空中を攪拌していた。

 それは、古代に封じられた小人が闇を得て再び蘇った醜悪な姿であった。辛うじて人であった手以外の部位全てを腐敗させてもなお死ねず敵意を剥き出しにしていた。

 全身の赤い瞳がぎろりと二人を睨み付けた。俄かにヘドロの海が膨れ上がった。

 

 「来るぞ!」

 

 アッシュは咄嗟に剣を腰に差しルイーズを掴んで隣の船へと飛び移った。

 白い虚ろな一対の瞳を持った球体の群れが、つい今しがた二名の戦士を乗せていた船を磨り潰していく。マストが消し飛び、甲板が無数の穴に蝕まれ、竜骨が跳ね上がったかと思えばあらぬ方角へと飛んでいく。大音響が晴れたあとにはゴミクズと同化した船があった。

 ルイーズは足が震え上がっていた。盗賊や小型のモンスター相手に戦ったことはあっても、憎しみを剥き出しにする怪物を相手取ったことなどありはしない。恐怖のあまり表情が歪み頬から涙が伝っていた。

 傍らに立つアッシュがルイーズの隣でふむと喉を鳴らした。赤い瞳を直視しても恐怖はおくびにも出さない。死さえ通過点に過ぎない不死には恐怖は所詮制御可能な感情に過ぎなかった。

 

 「………どう、すれば……!」

 

 震えるルイーズの手の中で剣が淡く静かに輝きを宿していた。ルイーズが柄を指が白くなるまで強く握ると、剣が脈打った。まるで守るかのように。励ますかのように。

 彼女は知らない。自らの血の主たる女性のソウルが剣を作るために使われたのだとは。例え異界の並列世界からの漂流物とはいえ、同一存在には違いない。本質的な力によって威力を増す剣は、彼女の血を守るべく威力を増していたのだ。母が子を守るように。

 闇の怪物――深淵の主マヌスだったものは、憎しみだけを瞳に宿してヘドロを掻き分け進む。障害物となる建物全てを叩き壊し、強引に直進していく。

 

 「お前がここの主か! ならば倒すのみだ!」

 

 アッシュの全身が燃え上がる。火の粉が一時の松明と化した。鎧が白熱し、マントの裾が橙に変色した。

 偉大な最初の火がまた陰りを早めた。

 弦を引き絞るかのように、大上段から右側に切っ先を立てた。ロングソードが腕から絡みつく火を帯びて一筋の赤い輝きと化した。輝きは瞬く間に船のマストをも超える柱へと成長する。

 

 「火よ―――」

 

 アッシュは息を吸うと、火の粉の混じる吐息を漏らした。吸い、吐く。火の粉は徐々に塊となっていく。

 ロングソードが瞬時に伸張するやマヌスの皮膚を瞬間的に焼き斬った。溶解した皮膚は宙で灰となって消えた。

 

 「ヌゥ―――オオオッ!!」

 

 左薙ぎ。突き。相手が怯む隙を狙い、切っ先を天高く掲げる。神々しいまでの閃光が掃き溜めを照らし出す。

 ルイーズは思わず目を覆っていた。瞼を閉じているというのに、瞳が膨大な光に眩んだ。

 アッシュが剣を振り下ろすや太陽のフレアが津波となり闇の怪物の全身を込む。ゴミクズとヘドロを灰に変えつつ熱量が直進していった。

 

 「―――――ァアアアア」

 

 闇の怪物の苦痛の絶叫が響く。熱に悶え暴れ杖を振り回した。漆黒の光無き空間に無数の闇の弾が浮かび上がる。

 人間性。それは、最初の火から発生した偉大な闇のソウル(ダークソウル)

 もし人が全てを失いソウルのみになったのであれば、後に残されるのは“想い”だけだ。想いは愛であり、夢であり、郷愁であり、記憶である。人の全てを支配するものだけが残されたとするならば、人は想いに支配されることになるだろう。故に人間性は温かみのある人を目指すのだ。恋人や友人に近寄るが如く。接触するだけで自身と対象を深く傷つけることなど知りもせずに。火に誘われる蛾のように。

 放たれたダークソウルの突風を、火柱が弾き返した。行き所を失った黒い塊たちはいずこかへと飛び去る。

 が、再び黒い塊たちが戻ってくると、アッシュ目掛け渦巻くように殺到した。盾で受け止めようにも間に合わぬことは明らかだった。剣を返し、数発を絡め取る。蝶が如く舞う全てを打ち落とすことはできずに半数の到達を許す。

 

 「ぐぁあああっ……!」

 「アッシュさま! そんな……」

 

 アッシュの頭がねじ切られ転がる。腕がもげ、胴に穴が穿たれた。ロングソードがくるくると舞い地に刺さった。がくりと崩れ落ちるアッシュへ情け容赦なく人間性の群れが押し寄せて喰らい尽くす。全身が灰と化すと、しかし、その場で再び燃え上がり始めた。不死は死ねず、何度でも蘇る。瞬時に再生するのであれば不死身と言えようが、多少なりとも時間は必要だ。

 再び人間性達が怪物の周囲に生じた。号令するまでも無く、残された最後の標的目掛け突進する。

 底無しの感情のみと化したあたたかい瞳を見て、ルイーズがその場で腰を抜かし倒れた。剣を握る手が震えていた。

 

 「ひっ……や、やめて……お願い……」

 

 人間性達は願う。昔失ってしまった過去を。取り戻せない掛け替えの無いものを。取り戻すために、近寄っていく。触れたい。肌を感じたい。また、温かい日々に戻りたいと。

 過去を取り戻すことはできない。誰もが知っていながらも足掻くのだ。例え愚かであると罵られようとも。

 ルイーズは目を閉じて剣を遮二無二に振り回す。人間性の火の幾分を掻き取り――終わりだ。

 

 「……やらせはしない」

 

 暗銀の盾と巨人殺しの異名をとる大槌が人間性の闇を受け止めかき消さなければ。

 長身の騎士がルイーズと深淵の主マヌスの間に割って入ったのだ。不自然にかすんだ体は、生身ではないことを伝えるだろう。ソウル体と呼ばれる生身を失った姿でもない。亡霊そのもののあり方に限りなく近い姿であった。

 ルイーズは、騎士の特徴的な兜飾りを目にした。左に握る優美な盾は彼女の家系に代々伝わる盾の形状に良く似ていた。

 騎士が巨人殺しの大槌の先端を下ろすと、振り返った。信じられないものを見たと言わんばかりに口が動いたが、すぐに閉ざされる。ルイーズの容姿は、騎士の敬愛した聖女に似ていた。騎士が言葉を失いかける程には。

 ルイーズは騎士の背後で立ち上がった。

 

 「あなたは……?」

 

 騎士はルイーズに背中を向けたまま、大槌を肩に立てかけた。

 

 「ガル。……ガル・ヴィンランドです。貴き血を守るため……私自身の罪滅ぼしのために………参上しました」

 

 騎士の隣でアッシュが蘇生を果たす。時を巻き戻すかのように灰が人の形を取り立ち上がった。傍らの騎士を見るや、目配せをする。攻撃を合わせろという合図だった。

 騎士が二人。過去や経緯こそ違えど目的はひとつ。敵を打倒すること。

 二名の敵を捉えた深淵の怪物が咆哮を上げた。




【文量】
こちらいつもの1.5倍くらいになっております(営業スマイル)


【アッシュ】
また死にました。初見ノーデスはきつすぎる

【深淵の怪物】
ウーラシール以前の古国にて人間性を暴走させたたった一人の男の成れの果てと言われている
召喚される過程であらゆる人間性をつなぎ合わせられ、
無数の意思に呑まれてしまっている。
もはや過去を思い出すことも、人を想うこともできないであろう
少なくとも男の意思はなくなってしまっている。

【救援のサイン】
ダクソ3のネタであったのでデモンズにもあったんだよとねじ込んでみました

【掃き溜め】
病み沼 クズ底 腐れ谷の系列
あらゆる世界から集められた行き場の無いものが集うという

【ルイーズ】
髪型やら瞳の色やらはとにかく見た目は聖女その人にそっくり。
血の影響を特に強く受け継いでいる。



 DLC(大嘘)予告
 第一弾 貴壁の王国
 失われた王国の探求の旅。
 渇望の王が求め手に入れられなかった秘宝を巡る物語。

 第二弾 王達の土地
 二匹の竜の争いが伝えられる土地の探求の旅。
 二振りの神剣が騎士を導くだろう。

 第三弾 ひとのゆりかご
 朽ちたゆりかごに集う者たちとの死闘。
 かつてあった高度な文明の痕跡は死の香りを内包していた。

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