DARK SOULS The Encounter World【旧題:呼び出された世界にて】 作:キサラギ職員
奴隷としてこき扱われる獣人たちが逃げ出してきて作った村があった。
人は人に近いはずの獣人を当然のように奴隷として使役していた。人に近すぎるがためだろうか。とある世界では肌が黒いというだけで動物のように扱われた人種があった。人のおろかさはどの世界に行ったところでかわりはしないのだろう。
村の名前はアルカディア。古い古い昔話で語られる理想郷の名前がつけられていた。
村はごく小規模であった。村人全員が知人友人家族といったくらいに。とある山奥の洞窟に作られた「聖域」を元に、流れ着く獣人の子たちによって徐々に拡大されつつあったが、人の作る村と比べれば格段に小さかったであろう。
「聖域」。それは、古い御伽噺に登場する守護騎士たちの言い伝えである。
曰く、信仰者を守るために現れるという彼らは時に青い化粧を。時に白い化粧を纏って表れて神の敵を滅ぼすという。
もはや言い伝えにしか残っていないが、彼らも元を辿れば遠い世界から流れ着いてきたのだという。
獣人族の語り部が若き獣の子たちに伝えた物語は徐々に脚色されて正確さをうしなっていったとはいえ心のよりどころになっていった。
所詮反逆者である獣人の行為を人間が許すわけも無かった。
たいまつを持った傭兵達が村を襲っていた。
素人集団などではない。顔を隠した屈強な男たちで組織された一団が村の家々に火を放っていた。逃げ出す獣人には矢を浴びせかける。それも周辺の木という木は切り倒されていて、草むらに逃げ込むことも難しい。何せ火が放たれているのだ。草むらにもぐりこんだところで燃えて死ぬだけだった。
その村を救ったのが――酷く疲れきった一人の男と見上げるように巨大な狼であったなどと、誰が信じるというのか。
以来、村は充満した死の匂いのために人を寄せ付けなくなったという。
王国の商人共が噂話に語るには亡者のような不死身の騎士が現れて傭兵集団を悉く狩りつくしたというのだ。
嘘かまことか。多くの人々はいうのだ。所詮はホラ話に過ぎないのだと。
だが村で傭兵集団の襲撃を目の当たりにした一人の少年は知っている。嘘なのではないと。
襲撃の夜を切り抜けた後で、その恐ろしく背丈の高い男は言った。
「……アノールロンドという都市は知らないだろうか」
知らないと村人たちが言うと男はその場に座り込んでしまった。傍らに控える巨大な狼がその手を舐める。
村人たちの感謝の言葉も早々に、男は村人たちにあれこれ聞いて回った。グウィンなる大王のこと。アノール・ロンドなる都市のこと。アストラ、ヴィンハイム、ゼナ……様々な地名について男が語ったが、誰一人として知らない。中には大陸中を放浪してきたという獣人も居たが、どの地名についても覚えが無いという。
男は言った。どうやら知らない国に来てしまったようなのでしばらく自分を雇って欲しいと。
雇うだけの金が無いことを告げると男は言ったのだ。構うものか寝場所さえくれればいいと。
太陽の光の王グウィンに仕えた四騎士の一人、深淵歩きことアルトリウスは一人思いに耽っていた。
傍らに頭を垂れているのはシフである。かつて彼が森で出会った誇り高き忠実なる友。体躯は凡そ狼と呼べるものではなかった。馬車車でさえ凌駕するであろう面積。深く、分厚い灰色の毛皮を備えている。アルトリウスの剣術を収めた優秀な戦士でもあるのだ。
アルトリウスがシフのことを獣人に紹介する時に剣術使いであると説明したところ大笑いされたものだ。実際にアルトリウスが剣を渡して振らせたところ誰一人笑うものがいなくなったのだが。
アルトリウスは思う。もう一人の友がここにいればなんと笑ったものかと。世界の始まりの時代から森にいたという古い猫はどうしているのだろうかと。
アルトリウスは、故郷の森の陰湿な気配とは異なった明るい日差しの差す森の小さな小屋のそばで、一人座っていた。
「私は深淵に飲まれたのだろう。シフ。お前は逃げ出せたはずだ。ここがあの世だとすると……いや、考えても仕方の無いことだ。私はここにいる。なすべきことをするべきだ」
シフの頑丈そうな瞼が持ち上がった。口角を持ち上げて舌を出し吐息を漏らす。まるで笑っているかのようだった。
アルトリウスはシフの頭を撫でると、愛用の剣を肩に担ぎ小屋に立てかけておいた盾を拾った。
もしあの世というものがあるならば、この世界はあの世に違いない。ウーラシールを救うべく向かった騎士アルトリウスが闇に落ちたと知った神族が何も手を打たないはずが無い。刺客が差し向けられることだろう。騎士アルトリウスは無双を誇ったが、無敵ではなかった。いつか倒れることは分かっていたのだ。
あの世なるものがあるとすれば、世界で最初に死ぬことを選んだニトの領域がそうだ。
しかし、燦々と降り注ぐ太陽のあるのどかな風景を見ていると、とてもニトの領域であるようには見えないのだ。
アルトリウスは自分が死んだであろうことこそ理解していても、自分が何故この場所にいるのかが理解できないでいた。
「深淵はどうなったのだろうか……私が倒れた後、誰かが後を引き継いだのだろうか。深淵を……あの人間性の闇を押さえつけることのできるものが……」
アルトリウスは一人呟くとシフを伴って森を離れた。
深淵は不死の印を持った集団によって人の世から遠ざけられることになることをアルトリウスは知らない。騎士の伝承が御伽噺と化した遠い未来のことだ。
彼らは深淵の監視者を名乗った不死の軍勢であり、ファランの森に受け継がれる狼の血を分け誓っていたという。
狼騎士は最初の深淵の監視者として名を残した。
獅子騎士は高名なる竜狩りの戦士として。
鷹の目の騎士は後に著名な蒼眼の英雄に名を受け継がれたという。
蜂の騎士は……唯一、行方が知られていない。
ソウルは呪いなのだ。呪いに取り付かれたものは死してなおも影響を残し続ける。ソウルが強ければ、呪いもまた……。
アルトリウスの姿を見かけたであろう騎士甲冑姿の獣人が駆けてきた。可愛らしい容姿をしたウサギ耳の女の子である。年にすれば二十にも満たない。甲冑の重さに振られて足取りが怪しかった。更にアルトリウスの武器を真似したらしい大剣の重さのせいで、よたよた歩きであった。
村では、アルトリウスの影響を受けて騎士になるのだといい始めるものも少なくは無い。アルトリウスも指導はするのだが、人外染みた剣術を習得できたものは居ない。そもそも当然のようにアルトリウスの剣術を模倣できるシフがおかしいのだろうが。
女の子はアルトリウスの傍で立ち止まった。
「アルトリウス様! お供します!」
「ジェーン。お前また私の真似をしているのか」
ジェーン。
可愛らしい白髪の娘である。くりくりとした目をした赤い目。アルトリウスに最初に懐いた娘でもある。
ジェーンがむっと頬を膨らませた。見上げるように大きいアルトリウスの顔を覗き込もうとして背伸びをしている。
小柄な女子それも更に小柄なことで知られる兎族では、アルトリウスからすれば子供どころか赤子のような体格差となる。
よく見てみれば鎧もありあわせの鉄板やらを接ぎはいだもの。槍の一閃を受ければすぐさま剥がれ落ちてしまいそうなほどである。
アルトリウスも騎士を率いていた身。年少者に剣を教えたことはあったのだが――アルトリウスの剣を覚えることのできたものは、ほぼ居なかった。独特な、狼の狩りを彷彿とさせる素早い身のこなしと姿勢変更を加えた剣術。かと思えば相手の強攻撃を誘い盾で弾き懐に飛び込み致命傷を与える技術。まともなものであれば習得することなど不可能なのだ。
むしろ、騎士長を務めていたオーンスタインこそが教える・学ぶに適当であろうとアルトリウスは思っていた。オーンスタインの槍術は基本中の基本を血のにじむような努力をもって神をしてグウィンの右腕と言わしめた領域に押し上げたもの。学ぶならばオーンスタインの槍術であろうなと思っていたのだ。
アルトリウスも槍は習得しているが、得意ではなかった。
狼に兎が懐くなど、キアランが聞いたら喜々として皮肉ってくるに違いないなとアルトリウスは思った。キアランは物静かな女性であるがやたらと的確にものを言ってくるのだ。口が下手なことを自覚しているアルトリウスはキアランに話術で勝ったことがなかった。
アルトリウスはジェーンの襟首を片手で掴んで持ち上げると、歩き始めた。ジェーンがじたばた暴れている。
「真似したところでどうもならない。ましてお前の力じゃ鎧に潰されるのが落ちだ。いい加減やめにしろ」
「離してくださいっ! アルトリウス様ひどいですー!」
「シフ。こいつを連れて行ってくれないか」
アルトリウスはシフに娘を突き出した。
シフはどこか母性を感じさせる目で娘をじっと見つめていたが、首を噛みかけて悩んだ。犬ならば首の皮を噛めばいいが、娘の場合噛める様な首の皮が無い。仕方が無いので鎧の一部を噛むと引きずっていく。
村人のシフに対する反応たるや今思い出しても笑いが出てくる。アルトリウスが我が友であると紹介しても村人総出で逃げ腰姿勢だったのだから。
ジェーンが悔し涙を浮かべて暴れているが、馬車のような体躯を誇るシフに引き摺られては抵抗など無意味だ。
一人残されたアルトリウスは村の中央部へと向かった。
「騎士様お疲れ様でございます」
「あぁご苦労」
アルトリウスはやはり小柄な獣人の青年から声をかけられ、手を挙げて応じた。
村は伝承の残る穴倉を中心に広がっていた。
流れ着いてきた獣人の中には魔術師もいた。彼らが術をかけることで森を一種の結界とすることで人を近づけないようにしていたのだ。
まるで故郷の森のようだなとアルトリウスは思った。
見上げるような巨体のアルトリウスであるが、稀に同格の体格の獣人とすれ違うこともある。リザードマンなる獣人である。
曰く、古い竜の業に迫ろうとするものたちは身を竜体に変えるという。初めて見た時、まさか古竜への道を辿るものすなわち元の世界のものであろうかといぶかしんだものだ。
村を歩いていく。確かな人の営みを感じさせる素朴な木造の建物が並んでいた。火の時代。荒廃していなかった頃の人の国を歩いたときのことを思い出させる。闇が深くなるにつれて人の世は荒廃していったものだ。
「騎士様。神の祝福のあらんことを」
「祝福のあらんことを。今日も精が出るな」
掃除をしていた猫族の獣人に声をかけられ応じた。
神。どの神の事を指しているのかはアルトリウスにはわからなかった。もとの世界で神と言えばグウィンであったから。
アルトリウスが向かったのは森の木々のない開けた箇所に設けられた訓練場であった。
木を伐採し地面に突き刺したものが無数に並んでいる。いずれも剣らしき棒切れや盾らしき板切れを構えている。すなわちカカシである。
無双の騎士とて訓練を怠る事はできないのだ。
盾を下ろすと、剣を構えなおす。大王グウィンから授かったそれは暗い色を宿した見事な一振りであった。アルトリウスが使っていたかつての剣が折れた事を受け、再び打ち直されたものである。闇の従者を葬るための祝福がされているのはもちろん、アルトリウスの大力にも耐えうる強靭な金属を用いて打たれていた。
真正面に構え、振り下ろす動作。なぎ払い。盾を崩す下段からの上段突き上げ――から派生する力を込めた叩き落し。オーソドックスな動作をひたすら繰り返していく。
ふと視線に気が付き剣をとめると、その場で振り返った。
「見事なものですね」
「ルイーズか……覗き見とはいい趣味とは言いがたいぞ」
銀色の見事な鎧を身に纏った人物が姿を現した。腰に下げる細身の剣と小盾も鎧と同じ銀色であった。
雰囲気や口調といい装備といい凡そ平民や流れの傭兵らしからぬ彼女のことを、アルトリウスはどこかの貴族だったのではと想像していた。修行のためか家が没落したのか事情があるのかは知らなかったが。
獣人ばかりの村で唯一の人間である彼女は、アルトリウスに対し武器を引き抜いていた。
「今日も手合わせ願います」
「構わない」
アルトリウスは短く応えると武器を背中に背負い、
「いや、だめだな」
「なぜですか?」
拒絶した。
首を傾げるルイーズの背後の地面から黒い影が立ち上り始めていたからだ。
――ずるり。
火の粉を撒き散らしつつ黒い手甲が地面から這い出してくるや、大量の黒い煙が吐き出され辺りを覆いつくしていく。濃密な闇の気配が充満し始めた。
手の次は頭部だった。不吉な黒い鳥を彷彿とさせる兜。続いてもう片側の手が這い出してくる。
まるで溶けた鉄を纏わり付かせたような塊が地面から突き出した。それが剣であるなど、アルトリウスをして理解が追いつかなかった。続いて、鋭利な切っ先を持つ刃が地面から吐き出される。
地面を踏みしめ現れたのは黒い灰にまみれた騎士甲冑だった。
深く息を吸い込み、吐き出す。兜の奥から白い煙が噴出した。
黒き騎士が二人を前に武器を握る。片手に鉄の塊のような特大剣を。片手に直剣を。
アルトリウスが盾を構えると、腰を落とし剣を左に構えなおした。ルイーズを庇うかのように一歩を踏み出す。
「闇から這い出たか……こちらに敵意は無い。名も知らぬ騎士よ、剣を収めたし」
アルトリウスの言葉に反応があった。黒い灰の騎士は武器を握りゆっくりと歩み始めたからだ。
敵意は感じられなかった。
「………」
「………」
戦意を感じたのだ。
もはや騎士二名の間に言葉など不要であった。
黒い――さしずめ煙の騎士が駆け出すと同時に、アルトリウスも地を蹴り疾駆した。
これがやりたかっただけだろシリーズ
煙の騎士の隠しきれない技量戦士な戦い方が好きです。
次回無双の剣士と死を呼ぶ黒い鳥の騎士の戦いが始まるとか始まらないとか
【聖域の戦士】
別の世界から流れ着いたという伝承を持つ守護戦士たちのこと。
彼らは剣士であり魔術師であり聖職であり持たざるものであるという。
いまや伝承は薄れ正しい物語を伝えるものはいなくなってしまった。
【白銀の盾】
エンブレムの消された盾。
流れるような流線型と美しい模様は所有者の身分の高さを思わせる。
流浪の騎士ルイーズの装備のひとつ。
神聖の力がこめられており、使用者の身を死から遠ざけるという。