DARK SOULS The Encounter World【旧題:呼び出された世界にて】   作:キサラギ職員

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Ornstein,The Dragonslayer

 「オ、オ、オ………オオオオオオオォォォッ!!」

 

 獅子が吼えた。槍を地面に突き立て全身に神威にも例えられる黄金色の電流を纏う。

 

 竜狩りの異名をとった騎士の起源は世界のはじまりの戦いに遡る。不死身とも言われた銀騎士隊の中でも特に武に秀でた騎士がいたという。後に彼は獅子の甲冑を与えられ、太陽の光の王の長子の筆頭騎士として竜を狩り続けたのだ。

 世界のはじまり以前より存在し続ける古龍たちには死という概念が無い。厳密に言えば、生きてすらいないのだ。無機物に生がないように、古龍たちは生きてすらいないために死ぬことが無い。生の状態を持つ人類よりも遥かに強力な不死性を持っていると言えよう。

 死の無い龍を殺すにはどうすればいいか。大王グウィンは単純明快な答えを導き出した。

 すなわち鱗ごと粉砕せよと。

 獅子が十字槍を浅く構える。衛兵達が槍をもって包囲しにかかろうと遠巻きに陣形を組み始めたときには既に遅い。ものの一瞬で石畳に二条の痕跡を描き出しつつ肉薄、なぎ払うことで兵士を鎧ごと粉砕する。

 続いて、浴びせかけられる矢の弾幕に対し、槍を高く掲げた。フォース。瞬間的に放出される力場によって投擲物を叩き落す奇跡。ばらばらと散らばる矢の破片が地面に接触するよりも数瞬早く獅子が駆けた。

 踏み込み。滑走する肉体が目指す先は腰を抜かした衛兵の一人であった。衛兵は目を閉じていた。もう助かるまいと。

 獅子騎士の槍先が空中で激しく火花を散らした。

 

 「騎士オーンスタイン殿。高名な騎士たる貴公がなぜ無意味な戦いを?」

 

 アッシュが竜狩りの槍の分岐を掴み取っていた。接触の余波で手甲がはがれ滑落し素肌が見えていた。そればかりか皮膚が電流に冒され溶解しつつあった。いまだ片腕が灰と化していないのはオーンスタインが槍にかすかな電流しか纏わせていないからに他ならない。

 オーンスタインの赤い殺意がアッシュを睨み付けた。獅子のように嘶くや、槍を振り回す。

 

 「ぐおっ!?」

 

 アッシュの体が宙に浮いた瞬間、吹き飛んだ。家屋の壁を破壊し、室内へと放り込まれる。

 ――来る。反射的に黒騎士の盾を構え腰を落とすや、膨れ上がる殺意に対処する。刹那前方から家屋の壁もろとも飲み込まんばかりの雷の奔流が不規則に分岐しつつ盾に集約すると、アッシュの肉体もろとも家屋を炎上させた。

 家屋を爆心地として雷霆が咲き狂う。耳を劈く雷鼓が響き渡った。

 

 「ぐぅぅぅ……」

 

 黒騎士の盾は世界最古の武器としても知られる。最初の火と共に誕生した騎士達が纏った武器はもはや守りの概念に等しい重みを秘めていた。雷とて破壊することは叶わない。

 盾は無事であっても、握る腕は無事では済まなかった。皮膚が融解し骨が透けて見えていた。

 剣を床に突き刺し、エストを口にした。塩気とも錆びた鉄とも言えぬ風味が舌を焼く。全身がチリチリ燃え上がる。腕と、全身に走行する電流の痕跡が再生していく。

 けれど回復の隙を見逃すほど竜狩りは甘くなかった。

 単純ななぎ払いが家屋を柱もろとも粉砕する。放物線を描いて飛んで行く柱が別の家屋の壁に突き刺さった。

 アッシュが剣を抜くと盾に付け、まるで槍を構えるように切っ先で相手の頭部へにらみを利かせる。

 竜狩りが跳躍した。渾身の力を乗せた正面突きが黒騎士の盾を舐め上げる。黒騎士の盾の表面に彫られた溝に添って槍先が滑った。槍が引かれる。十字槍を短くもった竜狩りが、槍の枝に盾を引っ掛け防御を崩す。アッシュが反撃の突きを繰り出すより一瞬早く、竜狩りの槍先に膨大な熱量が収束した。

 アッシュの体は竜狩りが右腕一本で握った十字槍の先端から放出される電流によって大穴を穿たれていた。胸元の鎧はものの一瞬で溶かされ背面まで貫かれていた。

 水分が一瞬で蒸発し血肉を灰と化していた。

 

 「ごふ……ッ」

 

 アッシュの口から鮮血もとい灰混じりの汚泥が撒き散らされる。エストを飲むことなどできるはずが無い。

 これが竜狩りか。これがはじまりの戦いに参加したつわものか。

 オーンスタインが返す刃でアッシュの頭をもぎ取るのと、二人の騎士甲冑が助太刀に駆けつけたのはほぼ同時であった。

 頭蓋の砕ける感覚ほど愉快なものは無いなと自分をののしりつつ死ぬ。不死は死ねぬ存在だ。死の瞬間などというものは無く、苦痛の全てを魂に刻みつけながら体が灰になり崩れるのを見せられるのだ。死を繰り返すうちに悟りにも似た静観を得るのだ。

 

 「なぜだオーンスタイン!」

 

 アルトリウスが叫ぶ。もっとも高潔な騎士があろうことか市民を殺戮し、こちらに害なす敵に成り果てているからだ。味方につければオーンスタイン程頼もしい味方もあるまいが、敵に回せばこれほど恐ろしい敵も無い。

 アルトリウスの斬撃が槍先を阻む。剛剣を槍が捉えるや、火花と共に打ち払う。

 刹那、槍が残像により壁を形成した。無数の穂先が空中に生えたと錯覚させる程の熾烈な突き。竜をも屠る大威力の弾幕が狼騎士に迫った。

 祝福を受けた大盾が弾幕を正面から受け止める。穂先の衝突と同時に盾が跳ね上がった。

 

 「ちっ」

 

 跳ね上げられたのだ。

 一度打ち、再攻撃を別角度から仕掛けるその切り返しの速度たるや目視さえ叶わぬ。一突き目で鱗をはがし、二突き目で胴体もろとも刺し穿つ。竜狩りの技の中でも速度を重視した連撃であった。残像さえ残らない神風が大気に僅かな白煙を生んだ。

 舌を巻いたアルトリウスはしかし槍を大剣をしならせることでそらし、矛先を地面へと導いていた。柄からすべらせて頭部へと挑みかからんとした。

 がちり、と音を上げて剣が阻まれる。十字槍は深く突き刺さりすぎて抜けなくならないようにという意図で返しがついている。返しは同時に柄の役割も果たすのだ。オーンスタインは、槍の射程に入り込まれるや手首を返し防御できる位置へと回転させていたのだろう。

 引き。最射出姿勢を取った獅子に狼が吼えた。

 照準。射出。

 迸る一陣の雷光を、自身の背面に剣を回しいなす。滑る槍先が火花を生んだ。絵画守よろしく踊るように中段をなぎ払う。

 槍がしなった。中段を矛先でそらし、さらにレイピアを彷彿とさせる斬り下がりで牽制する。

 槍最大の利点は射程にある。冷兵器かつ手持ち武器に限定するならば槍ほど長い有効射程を備えた武器は他に無い。突く薙ぐ叩く払うなど多彩な側面を備えているのも特徴であり、初心者が使ってもそれなりに成果をあげる。一時代を築いた武人が扱えば――まさに、一騎当千の武具と化すのだ。

 アルトリウスという騎士は槍を前に下がるような愚を冒すようなことはしない。ひたすらに食い下がる。たとえ槍が己の肩口を掠めようが、苦痛に足を止めることはありえない。たとえ身を穿たれようと歩みは止まらない。

 これは誘いか。アルトリウスは理解する。退くことを知らぬ騎士が退いている。らしくない立ち振る舞いはしかし悪質な罠であることを悟らせる。

 槍が稲光を炸裂させた。空気という皮膜が引きちぎられる。

 予備動作の一切を体躯に表現させぬ跳躍からの渾身の一撃が突き出された。とっさに盾で受けたアルトリウスを竜狩りがにやりとあざ笑う。

 

 「……くッ」

 

 瞬間矛先が黄金色の大爆発を起こした。

 竜の鱗を一撃目の槍で破壊し二撃目の雷によって体内を焼き切る。生半可な盾であれば触れるだけで防御を突破され本命の雷撃を喰らってしまうのだ。アルトリウスの盾が尋常ではない強度を誇っていたために突破は免れた。

 が、衝撃は殺しきれない。

 アルトリウスの視界が白一色に染め上げられる。瞳が許容量以上の入力を受けて一時的に機能を失ったのだと理解したときには既に遅い。矛先から放たれた渦巻く雷の奔流が長躯もろとも吹き飛ばしていたのだから。

 アルトリウスの体を掴み取るものがいた。二本の剣を携えた漆黒の騎士がアルトリウスの身体を剣の峰で叩き大地に転がしたのであった。

 

 「加勢は必要か?」

 「応!」

 

 騎士レイムは愚直に突き進むだけの戦士ではなかった。アルトリウスとアッシュの戦闘を観察していたのだ。アッシュは不死。アルトリウスは時代に名を残したつわもの。死ぬはずが無いという打算の元に。死を呼ぶ黒い鳥の騎士はまさに戦場を渡り歩く烏のようであったという。ヴァンクラッド王に放逐された後に無数の戦場を荒らしまわったのであると。故に正々堂々などという戦法は取らない。唯一自らを負かした男を除けばだが。

 騎士レイムはオーンスタインの後の時代の人物である。オーンスタインは知りえない騎士を前にしても動揺はせず、右腕に握った槍をだらりとさげた自然体で相対した。隙だらけに見える構えはしかし、紙の一枚も差し込めない緊張感と威圧感によって要塞化されていた。

 レイムの足が距離を間合いへと踏み込み始める。

 

 「仕掛ける!」

 

 アルトリウスが疾駆した。青い外套をなびかせ駆ける。大剣にて地を擦り、盾を前面に広げて空気を引き裂いて行く。次の瞬間、石畳が砕け散った。左腕の剣を腕力に任せて振りかぶるや、慣性を利用してオーンスタインの横合いを抜けて行く。死角を狙った斬り付け。

 槍が宙をなでた。金色の縦線が瞬く間に方向転換し、巨剣の撫で斬りを受け流してしまっていた。

 騎士レイムが駆ける。斬りかかると見せかけた、左腕の特大剣による闇の斬撃を打ち下ろした。轟々と燃え盛る火柱があがるや、大地を黒炎が突進していく。

 オーンスタインが跳び下がって回避した。火炎の道筋は獅子を捕らえきれず道を舐めていく。

 アルトリウスが射程へ潜り込んでいた。回転半径を極小にした袈裟懸けの斬が空中で槍と衝突する。切っ先が跳ね上がった反動を利用し、右側に握られた盾による身のあたりを繰り出す。たまらずオーンスタインが蹈鞴を踏んだ。

 

 「オオオッ……!」

 

 横合いから特大剣が脳天ごとひき肉にせんと振り下ろされる。

 槍が迸った刹那、特大剣の軌道が強引に捻じ曲げられていた。

 直線的な動きほどいなしやすいものは無い。とでも教授するかのように竜狩りの兜の奥で赤い瞳が嗤う。

 レイムが続いて直剣による突きで頭部を破壊せんと繰り出そうとした。

 空間に無数の槍が生えたことで阻止されてしまったが。

 片手一本で槍を自在に引き寄せ、突きによる弾幕を作り上げる。単独で槍衾を構築する眼前の戦士の腕前たるや、無双を誇ったというアルトリウスをして脅威に感じられる。騎士レイムも、目の前の男の実力を認めたようであった。しかも弾幕は竜狩りにとって片手間の攻撃に過ぎないのだ。竜狩りの本命は防御を貫き蹂躙する重い一撃にあるのだから。

 僅かに怯んだ隙を狙いオーンスタインの蹴りがレイムの胸元を強打する。

 レイムの動揺を竜狩りは見逃さない。がら空きになった胸元へと槍先が電光石火に牙を剥いた。

 

 「速い……」

 

 レイムが賞賛の言葉を漏らす。槍を遮ったのは鉄板に取っ手をつけたような不恰好な特大剣であった。

 片や神聖な槍。かたや闇の仔の破片を受け継ぐという特大剣。相反する属性がせめぎあった結果として、双方の武具が激しく反発した。レイムは直剣を地に刺し耐え忍び、オーンスタインは宙で一回転しつつ後方へと退いた。

 アルトリウスがレイムの隣に並ぶ。遅れて、蘇生を果たしたアッシュがやってくると鞘から剣を抜き、構えた。

 

 「こちらは三人。貴公は一人。竜が加勢するのかと思ったのだがな……違うらしい」

 

 アッシュが言うなり空を仰いだ。竜の群れは村を通過して行くだけで降りてきて加勢したりはしない。数百の竜が村に殺到したとすれば、今頃彼らは骨になっているであろう。

 するとオーンスタインは槍を引くと、背後から滲み出た霧と影に輪郭線を預け始めた。

 同一型の鎧がオーンスタインを守るかのように槍を構える。姿形は完全に一致していたが、片割れはどこか煤けていた。年月の果てに忘れ去られてしまったかのように。

 霧がより密に濃度を増す。もはやものの区別さえつかぬほどに。あろうことか太陽光さえ遮ってしまっていた。白色しか存在しない空間はもはや白などではなく、漆黒と血を別けた兄弟でしかない。

 霧の中で赤い瞳が四つ輝いていた。

 片や意識を飲まれた竜狩り。片や人々の信仰が作り出した竜狩りの化身。外見こそ同一でも経た歴史は異なる。

 ドラングレイグと呼ばれた王国で信仰されていた青い宗教の聖堂を守ったのは、御伽噺に登場する古い似姿であったという。もはや名も伝わらぬ騎士の栄光を人々の思念が蘇らせたのであると。

 双子のように似通った二体を守るかのように食虫植物に触手状の脚部をはやしたような生命体が霧を破り現れる。数十、数百は下らない。いずれも涎を垂らしており、涎が接触した地面から白煙が昇っていた。

 アルトリウスの肩が震えていた。剣を握りなおすと、癇癪でも起こしたかのように切っ先を地面へと突き刺す。

 

 「まがい物を用意してまでか……どこまでも私を怒らせたいようだ」

 

 アッシュが横に並ぶと、盾を背中に背負い笑った。

 

 「我々騎士は時に忘れそうになるが――戦とは卑怯な手段を使ったとしても勝利すれば美談だ」

 

 勝利のためならば手段を選ばない輩もまた存在する。悪名高い闇の侵入者たちは味方を装うこともあれば、突如裏切ることもある。蛇は嘯いたという。それこそが人の証。人間性であると。

 レイムが無言で二振りの武器を構え隣に並んだ。三名に対し二名の騎士と無数の食虫植物たち。

 アッシュは背後の頼れる二名へと握りこぶしを作ってみせた。

 

 「キアラン、デュラ。市民の避難とお姫様を頼む」

 

 応と声が上がった。

 シャナロットの不安そうな視線を受けて、おどけたように肩をすかしてみせる。負けるはずが無いといわんばかりの自信を滲ませて。

 

 「さて、騎士オーンスタイン……貴公の槍は多少なりとも覚えさせてもらった。次は私の剣を覚えてもらおうか」

 

 アッシュの全身から火の粉が上がった。

 死なぬ騎士は自らの体に宿った火の残滓の寿命がもはや長くないことを知りながらも、強敵に立ち向かわんとしていた。

 竜狩りの騎士オーンスタインが槍を両手に握り腰を落とす。傍らについた竜狩りの似姿も槍を構え腰を落とす。

 両側面を無尽蔵に出現する食虫植物の群れが波となり押し寄せていった。

 

 




【オーンスタイン】
初見攻略はできましたか?(小声

【竜狩りの似姿】
御伽噺に登場する竜狩りの騎士に良く似た騎士甲冑。
かつて竜を殺す偉業を成し遂げた竜狩りの騎士の逸話は、
名を禁じられた偉大な王の伝承にかすかに残るのみである。
人々はいうのだ。騎士は伝説の人物に過ぎないのだと。

【食虫植物】
フィールドにたくさん沸いてるアレ


【アッシュの能力】
そらボス相手じゃ死にますわ。
技量筋力その他近接武器に特化したステータス振り。
なんでもできるマンではない。
竜狩りの槍握っても雷が出なかったり、ウォルニールの聖剣ぶっさしても神の怒りが作動しない。
一度も死なずクリアした勢よりひたすら死んで覚えた勢。
最初のクリアは最初に入手した武器で通すという作者の趣向のせいで大体こうなった。

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