DARK SOULS The Encounter World【旧題:呼び出された世界にて】   作:キサラギ職員

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Nightmare

 「医術の心得が無いわけじゃないが……全く人間というものは」

 

 ぶつぶつと文句を口にしている女がいた。白衣を脱ぎ私服姿で足を組んで茶を飲んでいるキアランであった。

 人手が足りないなどと言われ止むを得ず治療にあたったのだが、専門家などではなかった。抜けた関節を戻す、傷口を縫い合わせる、火傷に軟膏を塗る、潰れた足を切除して縫合する、せいぜいその程度である。医術といえば奇跡によって回復させることが手っ取り早い世界の出身かつ、医者ではないキアランにとっては、治療で暴れる兵士を縛り付ける作業が主な内容となった。

 修羅場をくぐってきた戦士としては怯えて暴れる兵士を大人しく机に縛り付けるなど造作もなかったのだが、数が多すぎた。ベッドが足りずに地面に押さえつけることもあった。

 夜になり解放されて食事を摂り休息しても誰も文句をつけまい。

 キアランは中庭もとい野営地の中ほどにある会議の現場を見つめていた。

 アルトリウスとアッシュが議論の真っ最中であった。片や横倒しの樽に腰掛けており、片や椅子に浅く腰掛けている。傍らには腕組したデュラがおり、少し離れた地点の切り株にレイムが座り込んでいた。レイムは状況を聞くや後は任せたと言わんばかりに休息に入っていたのだった。

 アルトリウスが机に置かれたマグカップを指で摘むと中身の水を飲み干し、口を開いた。

 

 「つまり総合すると霧は人を蝕むのか?」

 

 アッシュは耳にした情報聞いた情報全てを総合した羊皮紙の上に羽ペンを走らせていた。箇条書きで判明した事実を書き連ねている。曰く霧は生物を狂わし、ついには殺すのだと。

 

 「人ならざる獣人や妖精族も正気を失うと聞いている」

 「霧か……」

 

 アルトリウスが唸った。霧と言えば不死にのみ見えるという霧が思い出される。不死達は自分たちにのみ見える巡礼の道をたどっているのだという。各々別の次元で冒険を続けているというのだ。時空の歪んだ巡礼の道だからこその特徴と言えよう。

 だが本来霧は間違っても人を蝕むものではないはずだ。大気中に発生した水滴に過ぎないはずなのだ。にもかかわらず王都に座する化け物が発するそれは害毒として人ばかりか動植物さえ蝕んでいるという。二人の知らぬことではあったが、空間さえ歪めつつあった。時間さえも。

 物体――霧の獣。とある世界で“古き者”(オールド・ワン)と呼ばれる怪物はいまだ昏々と眠り続けているなど、誰が想像できたのだろうか。眠りが覚まされたときどのようになるかを、怪物が元いた世界の古文書はこう伝えている。

 世界が、終わる。

 アルトリウスが視線に気が付いたのかちらりとキアランを見遣った。視線をそらされたので、再びアッシュを見遣った。

 

 「話し合ったとおりだが我々はあれを殺すために呼ばれたのだと思う。異存はないか」

 「ない」

 

 曇りの無い瞳で受け応えるアッシュを、アルトリウスはどこか不安視していた。

 名も無く、故郷も無く、目的といえば火を継ぐことのみの男。ありとあらゆるものを失って盲目的に動いているとしか思えないのだ。まるで亡者のように。人は男を清廉の士と言うだろうが、アルトリウスは男に闇よりもなお暗い色を見ていた。

 不死は死ぬたびに理性を記憶を失っていく。やがて、僅かな記憶の残滓に踊らされるだけの怪物と化すのだ。生前の行動に取り付かれ同じことを繰り返し続ける亡者も少なくない。故に兵士だった亡者たちは巡礼の道を守る蘇りの力を得た護衛と化すのだ。

 目の前の男は火を継ぐ偉業を成し遂げた薪の王であることは確かだが、あまりに多くのソウルを喰らったがために、自己というものを失っているのではないか。

 ソウルとは呪いなのだ。より強いソウルを得たものは、より強い呪いを引き受ける。ソウル(呪い)は人を、人知を超えた力へと導く。人には到底扱えないであろう聖剣を担うものもいれば、神のみが使うことを許される神秘を使うものもいる。人の魂では耐えられない魔術を習得するものもいる。ソウルを身に受けるものは、徐々に人から外れていくのだ。

 目の前の男――アッシュも例外ではない。

 火を継ぎ世界を救う。騎士として行動する。

 もはや、男にはそれ以外残されていないのだろうか。だからこそ献身できるのだろうか。

 思考がそれかかったところで相槌代わりにうなずいておく。仮に男が不死だったとしても、理性は保っている。

 もし保てないほど精神が磨耗したのであれば――。

 知らず、拳に力が入った。

 始末するしかないだろう。しかし相手は不死。殺しても殺しても死ねないのは明らかだ。死なない程度に痛めつけて幽閉するしかないであろう。幽閉先が考え付かないという点でケチが付くが。

 アルトリウスが眼光を鋭くしていることなどアッシュは知らないかのようであった。事実知らないのだろう。書き込まれた情報を指でなぞり腕を組んだ。

 

 「しかし不思議だ……霧にさらされた人々が次々正気を失い命を奪われているというのに、われわれは正気を保っている。なぜだ?」

 「わからない。済まないが私もキアランも魔術は実戦的なものしか学んでいなくてね。解析に長けているわけではないのだ……オーンスタインがいれば別だったろうが」

 

 アルトリウスが挙げた人こそ、四騎士の長たる騎士であった。

 “竜狩り” “獅子騎士” “グウィンの右腕” “神都の守護神” などの異名をとった彼は、槍術を神域まで極めた戦士であった。同時に神の奇跡を深く学んだ人物でもあり、四騎士の中でもっとも解析に長けていた。アルトリウスは自分とキアランがこの世界に送り込まれているならば、オーンスタインも、と考えていたのだ。

 

 「ウーム……あるいは……我々は別世界の住民だ」

 「そうだな」

 

 アッシュの柔和な目つきが鋭く尖った。

 食後の茶を嗜むキアランと、アルトリウス、そして口を結んでいるデュラを順番に見遣り、最後に鍋の傍らでつまらなそうに座っているシャナロットを一瞥した。

 

 「別世界の住民は霧の効力を受けないのではないか?」

 「かもしれない。証明する手段は今のところ無いが」

 「心当たりがないわけじゃないがね」

 

 しゃべらずに黙っていたデュラが口を開いた。アルトリウスに状況を説明した後は、二人の会話に耳を傾けるに徹していたのだ。

 血液を封入した注射針付きアンプルを取り出すと机の上に置く。もう一つどす黒い血液の入ったアンプルを置き、二名の騎士の顔の間で視線を行ったり来たりさせた。

 

 「これは言わば自分の血液を採取し精製したものだが……もう片方は元の世界から持ち込んだ未使用品だ。私が以前住んでいた場所では血の医療が盛んでね。詳細は省くが化け物が夜な夜な跋扈していたものだ。狩人と呼ばれる戦士たちが化け物を狩るべく武器を振るっていた。狩人は人ならざる神に等しい連中とも戦っていた。私もかつてそうだった。霧が正気を奪わなかったのは、血の医療で人ならざる力を身につけたせいではないかと考えている」

 

 言うなりデュラはアンプルをしまった。

 デュラの告白に二人はそうかとうなずく程度であった。戦場帰りの傭兵さながらの落ち着きといい、非常時への対応といい、民間人ではありえないし、唯の浮世離れした発明狂いというわけでもない。狩人。なるほど的確な表現だなと感じていたのだ。

 するとアッシュが小難しい顔を浮かべて人差し指を軽く振った。チッチッチ、と言いつつ。

 

 「待ってくれ。特殊な力を持つものは霧の作用を受け付けないというならばシャナロットはどうか。ごく普通の女の子だぞ」

 「確かに。我々の知らない力を宿しているかもしれないが……」

 

 アッシュとデュラの視線がシャナロットへと注がれる。オッドアイであることを除けばごく普通の育ち盛りの女子にしか見えないのだ。人ならざる気配は確かに混じっていたが。

 アルトリウスが首を振った。

 

 「議論していてもしょうがないようだ。可能ならばこの世界の国に相談し対抗策をとるべきだろうが……仮にこの世界の住民にとって霧が猛毒とするならばまともに対抗しようが無いかもしれない」

 

 最善なのは国の後ろ盾を受けて霧に立ち向かうことであろうが――霧は、兵士の正気を奪う。大軍を差し向けたところで全員狂ってしまっては逆効果である。魔術で対抗する術を編み出せば別であろうが。

 ならばと三人が頭を捻って知恵を捻出していたところで、あざ笑うかのような光景が展開される。

 王都の方角から異様な気配が拡散し始めたのだ。

 村の住民と衛兵達の悲鳴が上がる。大地に広がって行く冷気のように。

 はじめは両手で、次に両手足の指で数えられるだけの飛竜が翼をはためかせて空を横切って行く。竜というのはこの世界においても強力なモンスターであると認知されているだけに、住民と衛兵の悲鳴も理解できる。続いて三人の戦士たちでさえ絶句させる光景が繰り広げられる。

 御伽噺であればよかった。英雄たちが対象を討伐して世界に平和をもたらしてくれるからだ。

 違うとすれば彼らがやがて御伽噺に語られる英雄でありながら、今の問題に対応しなければならない点である。

 無数の――とても数え切れない飛竜が雲霞の如く空を覆い尽くす。いずれも頭部に不気味な一ツ目の紋章が輝いており両方の瞳が閉ざされていた。竜たちは気でも違ったかのように嘶きつつ空を我が物顔で闊歩している。ある竜は口から血反吐を漏らしながら。ある竜は自らの目玉を刳り貫きながら。ある竜は自らの羽を噛み千切り大地へと落ちて行きながら。明らかに異様な姿であった。魔術の道に足を踏み入れたものであれば看破は容易であった。何者かが竜を傀儡として操っているのだと。

 住民たち――衛兵も含め、皆悲鳴を上げたのも一瞬だけであった。人は許容範囲を超えた恐怖に対しては悲鳴さえあげられないことが多い。ただ圧倒されるのだ。大自然が作り上げた大瀑布を前に人が感嘆に息を飲むように。

 竜たちは波として押し寄せる。眼下の村など見えていないかのように飛翔していくのだ。速度たるや早馬でさえ追いつかぬほどであり、視界から消えて行くのも一瞬である。

 アッシュは、思わずごくりと唾を飲んでいた。まるで神話の時代のような光景に。神話と違うのは大王グウィンや雷の奇跡を行使する無敵を誇った銀騎士の軍勢が揃っていないことであろうか。

 

 「アッシュ……逃げよう!」

 「シャナロット」

 

 シャナロットは恐怖のあまりアッシュの傍まで来ていた。手を引き促すのだ。逃げるべきであると。

 しかしアッシュにはわかっていた。竜たちの目的は世界であることに。突如出現した霧と、強大な力を宿した黒竜。無関係ではあるまい。共に今まで戦ってきた薪の王に比肩する――もとい超越した存在であることは明らかである。一体、どこに逃げようというのか? 逃げ場などあるというのか?

 思いという枷に縛られ続けるアッシュ以外のものが出した結論は皮肉にも同じであった。逃げ場などないことを理解していたのであろう。

 アッシュはシャナロットの頭を撫でると傍らに引き寄せた。

 

 「逃げ場は無い。あれは世界中を劫火に沈めようとしている。立ち向かうほかに……」

 「で、でも……」

 「すまない。奴らは倒す……君も守る。ほら、奴らを倒すことが君を守ることにつながるだろう」

 「うん……」

 

 不安を拭いきれないシャナロットへ、アッシュが傍らにかがみこんで視線を合わせた。片膝を付き、右腕を前面で曲げる格好。暗月の影の戦士たちがとったという礼に似たそぶりであった。視線を合わせたことで心の平穏を取り戻したのか、シャナロットの顔立ちがやわらかくなる。

 柔らかさを払拭させてしまうだけの衝撃が村の端を襲わなければ。

 古びた数件の家屋が自壊する。否、大地が轟音を上げて上下に震動したことにより耐え切れなくなったのだ。

 耳を劈く轟音。大気が引き裂かれる断末魔が村の一端へと収束するや、解き放たれる。閃光と共に神々しい威力が空間を穿った。

 刹那、四方八方へ雷が拡散して家という家を飲み込んで炎上させた。雷に巻き込まれた住民らは形さえ残さず灰にされ大気中の霞と消える。放射状に放たれた力は徐々に収まっていく。たった一人の人物の元へ。

 迸る雷の力を一本の十字槍へと収めた騎士甲冑が歩き始める。慄く衛兵達をどかすべく槍先を照準して。

立ち向かわんとした衛兵は気づく。自分の下半身が視界に移りこんでいることに。自らの上半身と下半身がもぎ取られている。認識すると同時に意識が消えてなくなった。

 突風が枯葉を散らすかのように衛兵数人が上下で分割されて吹き飛んだ。

 騎士甲冑は槍を右に構え、ただ地を蹴り突きを繰り出したに過ぎない。地面と両足がこすれあうことで生じる赤い摩擦痕が残る速度であるが。

 

 「馬鹿な……そんなことが……」

 

 剣を肩に担ぎ天を仰いでいたアルトリウスが思わず呟いていた。祈りを込めて。

 感じる気配はよく知った男のものだった。

 

 「なぜだオーンスタイン……!」

 

 竜狩りの騎士オーンスタイン。

 獅子兜の奥の瞳を赤くたぎらせた騎士が村を戦場に変えんと槍を振るっていた。




【竜狩りオーンスタイン】
「封印されている」



今回は少し短め。
シャナロット大活躍させたいけど騎士同士のガチバトルも楽しい……どっちもやらなきゃ(使命感)

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