DARK SOULS The Encounter World【旧題:呼び出された世界にて】   作:キサラギ職員

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Havel,the Rock

この男は何者だ? 戦士ハベルは考えていた。

 王冠をネックレスかなにかのように鎖で首からぶら下げた男が奇跡を放つ姿を見て疑問が沸いたのだ。王グウィン亡き後世界を放浪し続けていたハベルは、男がファーナムの神の信仰者であろうと推測していた。彼らは盾を持たぬ圧倒的な攻勢で知られていたという。しかし目の前の男は上位の奇跡を使った。一体どれだけのソウルを身に引き受け戦い続けてきたというのだろうか。探求者を名乗った男が竜に一撃を食らわす様を見て、僅かに意識がそれる。

 曰く絶望をくべたものはついに答えにたどり着くことができず、故に世界を放浪し続けているのであるという。身に大きな呪いを背負い、しかし、呪いには飲まれず、闇に膝をつくこともなく。かつて渇望の王が求め続けたという秘密を胸に抱いて。

 探求者たる騎士は、自らの奇跡が竜の鱗を穿ったのを見て口元を綻ばせていた。

 騎士はあまりに多くのソウルを食らいすぎていた。放った奇跡の威力たるや、大王の一撃にさえ匹敵するであろう。薪になる資格を得ながらも玉座を後にしたために、火を宿すべく収束したソウルはいまだ男の体に蓄積され続けていたからだ。しかし、男は玉座に座ることはないのだろう。未来を求め放浪を続けるのだ。身が朽ち果てる、その時まで。探求という呪いをかけられた男にとって留まることは決してありえないのだ。まるで火が新しい薪を求めるように。

 右手のタリスマンを戻すと、両手に武器を握った。片やドラングレイグの土地で入手した槍。とある火山に眠る竜の死骸に突き刺さっていたものを奪い取ってきたものだ。片や平凡な長剣。原盤を叩き込むことで神にさえ迫る威力を有している。

 

 「フーム……黒竜カラミット。あやつは鷹の目が落としたはずだが」

 

 ハベルが言うと、岩の塊のような盾を構え、腰を落としていた。

 騎士が右の剣を一振りし肩に担ぐと、左の槍を中腰に構えていた。

 

 「ここは時が歪んでいるらしい。遥か未来の化け物がいてもおかしくはないし、過去の連中が引っ張ってこられてもおかしかないさ。ハベル。貴公も俺からすれば御伽噺の人物だ」

 

 騎士はとあるハベル信仰者から奪い取った指輪を撫でていた。ドラングレイグにおいては名こそ伝わっていなかったが、彼の信仰者が訪れていたのだ。死闘の末奪い取ったのだ。

 騎士の話を聞くやハベルが揺れ動く。笑っているのだと理解するのには時間を要するであろう。岩の塊がうごめいていると仮定して、果たして内側に潜む意思を汲み取れるものがいるだろうか。

 

 「ほう、喜ばしい。我の名が伝わっているとは。してどのような者と伝わっているのだ」

 「ハベルは岩のように強靭で怯むことがない豪傑であったと」

 

 騎士の――もとい探求者の脳裏に浮かぶのは一人のハベルの信仰者を道中白教の誓約で呼び出した時のことだ。まさに肉を切らせ骨を断つ戦法をもって亡者を鎧ごと叩き潰していくのだ。決して怯まず、決して退却せず、決して攻撃の手を休めない。あらゆる敵を退けてきた探求者をして恐ろしい戦士たちである認識したほどであった。

 ハベルが盾と大竜牙を打ち鳴らす。

 

 「おお! 心が躍る!」

 「聞きたかったことがある。なぜ放浪していたのかだ」

 「決まっている。我は朋友のために戦っていたのだ。友が去った後に神族連中に従う理由などなかったからな。強さを求めて旅に出たのだ!」

 

 単純明快な答えに探求者の口元が緩む。ハベルという男はただ友のために戦っていたのだろう。友が身を捧げたとき役目を終えて、残りの半生全てを修行に使い果たしたというのだ。彼のあり方に感銘を受けたであろう後世の人間たちが彼を聖人として祀り上げたのであろうか。

 これほどまでに慕われるグウィンとはどのような男だったのだろうか。最初の死人の後を受け継いだ男はいった。神々は人を恐れ、偽りの物語で真実を隠蔽したのであると。人は本来闇に属しているというのに……と。グウィンは人を恐れていたのだろうか。

 だが探求者は思う。人は闇にいながらも光を求め続ける生き物であると。たとえ身を焼かれて死のうとも蛾は火に引き寄せられるものだ。グウィンがいかなることを思おうが、人は光を求めて足掻いたであろう。

 竜が吼えた。雷を食らってもなお健在であるらしく、目を爛々と輝かせて眼下を睨みつけている。

 探求者は黒竜カラミットという鎧の内側に潜む偉大なるものを見た。殺意、敵意、渇望、あらゆる負の感情によって支配された哀れな神の片割れを。

 黒竜ギーラ。別の世界で災厄をもたらした存在が二名の戦士を発見した。

 

 「竜……でありながら竜ではない別の気配を感じる」

 「奇遇だな。我も同意見だ。やつは竜のようで竜でなく、竜でありながら竜を逸脱したもののように感じる。あのような輩は“はじまりの戦い”でも見なんだ」

 

 探求者が言うと、ハベルがうなずいた。

 ハベルは偉大なる最古の王たちが轡(くつわ)を並べた竜との戦に参戦している古い戦士である。死という概念を持たない竜を粉々に砕き、その子孫たちに等しく死を与えてきた男だからこそ理解できるのだろう。あれは、竜でありながら竜ではないのだと。

 竜が急降下をかける。翼を畳むと螺旋を描くように。

 

 「任されよ!」

 

 竜の突進に対しハベルが盾を構えた。大地と平行になるように構えると、右腕に握った大竜牙を短く持ち変える。

 次の瞬間竜が身を翻し両足の爪で盾の表面を掬うようにして斬撃を繰り出した。途端にハベルが腰の勢いを利用して竜の爪を逸らすや、くん、と巨体からは想像も付かぬ身軽さをもって大竜牙を繰り出した。反動を利用して盾を引き寄せ、竜の脚部を殴りつける。

 ハベルほどの巨体であっても竜と比べれば子供と大人に等しい。

 というのにも関わらず竜は虚を突かれる形になった。

 

 『―――!?』

 

 竜の巨体が傾いだ。脚部を殴りつけられたことで空中という玉座から地面へと引き倒される。起き上がらんともがく黒い肉体へ、ハベルの象のような横薙ぎが繰り出された。

 鱗が剥がれ砕け散る。きらきらと舞う破片の最中をマントを羽織った二刀流が肉薄した。

 右肩にかけた直剣を肩で押し付けるように叩き込む。竜の鱗はしかし直剣の一太刀に耐え切れず肉を晒してしまった。切っ先を抜く反動を利用して、左腕の槍を傷口にねじ込むや、嵐のように再度右腕の武器で肉を穿つ。両腕が鳥のように翼を開いた。

 鮮血が独特な兜へと吹きかかる。バックステップ。右腕の直剣をまるでレイピアかなにかのように滑らせ、鱗を撫で斬る。

 反応する隙を与えない猛烈な連打。故にファーナムの戦士達は戦神とも称えられるのだ。

 竜が羽ばたかんとしたところで、探求者が駆けた。竜の足へ直剣を叩き込むや、横っ飛びに転がって槍を地面に突き刺し腰を落とす。左腕には揺らめく火炎が纏われていた。

 

 「ヌウゥン!」

 

 ハベルの鬨の声が響く。

 一気呵成。岩の大盾を左に突進する。猪が如き勢いをもって地面を削りつつ懐に飛び込むや、衝撃全てを竜の腹にぶちまける。あろうことか竜の巨体が地面を転がった。ハベルの巨体が竜が起こした砂煙という幕を引きちぎり出現する。大地に深々と足跡を刻みつつ、神殿の石柱にも匹敵しようかという重量物を竜の頭部に振り落とす。

 

 『………!』

 

 竜が苦痛に嘶いた。頭蓋骨が歪み、牙と牙がかみ合わずに出鱈目な方向に捻じ曲がってしまっていた。

 ハベルの攻撃の隙を突きエメラルドグリーンのブレスが炸裂した。

 

 「ぐうぅぅぅッ」

 

 岩の盾が火炎をさえぎった。ハベルという障害物を基点に火炎が左右に枝分かれしつつ、あらゆる建物を文字通り崩落させていく。建築資材の種別を問わず消滅させていく火炎はもはや通常の火によらないことは明らかであった。じりじりとハベルの体は押し流れつつあった。

 しかし、岩のような大盾は火炎を確実に担い手から遠ざけていた。巻かれていた鎖こそ瞬時に溶けて雫となって飛ばされていたが、盾の表面が白熱し煙を吐き出すだけで耐え抜いていたのだ。だが、温度全てをさえぎることは叶わずにハベルの肉体を守る鎧の節々が橙色に輝き始めていた。

 守るばかりでは勝てないと人は言うが、守りの果てに相手が武器を振るう体力さえなくなれば勝利することができる。理屈は単純であろうが実践できたものは少ない。ハベルという戦士は、その実践者であったのだ。

 鎧を岩が包み込み始める。深い祈りによってのみできる奇跡の一端であった。鎧は瞬く間に岩に覆われ、熱を遮断しきる。

 黒竜ギーラが次なる手を打たんと王都上空で爆撃を行っていた黄金色の球体を呼び寄せんとして、

 

 「爆ぜろ」

 

 翼と翼の合間に浮遊するかすかな火の爆発に巻き込まれた。

 火の槌。古の国オラフィスの大魔術師ストレイドによって完成された呪術のひとつ。基点となる火を遠く離れた地点に設置し、炸裂させる術。薪の王たる資格を持つ探求者が扱うそれは、もはや槌の範囲を超越し、地面ごと抉り取る隕石かくやという威力にまで昇華されていた。

 黒竜の体躯が跳ね飛ばされ、吹き飛んでいく。地面に無数の爪あとを刻みつつ滑っていくと、王都の大広場中央に設置された権力者の像を引き倒してとまった。

 一ツ目からどす黒い血液が滴っており、口からは折れた牙が覗いている。歪んだ頭蓋骨からは禍々しいまでの『別の何か』の半透明な影が垣間見えている。

 探求者が、岩を纏ったせいで足が鈍ったハベルを追い越しかけていく。剣を鞘に戻し、左手に槍を握って、右手には揺らめく呪術の火を備えて。

 

 『我は消えられぬ……再起をはかるしかないのか……より強い人を我の支配下に置き……血を……血が必要だ』

 「させるか!」

 

 竜が像を念力で投げつけた。探求者が地面を転がりかろうじてかわす。竜は視界を失っているのか、崩落した建物の建材を四方八方にめちゃくちゃに投げつけ始めた。

 探求者はすかさず呪術の火をかざし地面へ手を付いた。まるで祈りを捧げるように目を閉じて。

 呪術とは火への憧憬からはじまったとされる術である。最初の火に身を任せることをよしとしなかった探求者が扱うとは、なんたる皮肉だろうか。

 再現するは古代の風景だ。竜と神々が争った時代。イザリスの魔女と混沌の娘たちが竜を殺戮した風景を蘇らせるのだ。

 術の名を『混沌の嵐』。対象者さえ蝕む混沌という名の原初の秩序性を再現する術であった。

 使用者は心得なければならない。混沌の魔女でさえ、混沌を制御することが叶わなかったのであると。

 大広場の中央から巨大な火柱が上がった。大地を溶解させつつ立ち上ると、瞬く間に流動岩石の柱へと成長する。広場が次々建築される柱によって制されるや、居住区へと範囲が拡大していく。

 傷ついた竜の後を流動岩石の柱が追尾していく。かわしきれずに竜の体を高温が包み込んだ。空中ではじかれた巨体はふらふらと蛇行しつつどこかへと落ちていった。

 

 「……逃がしたか。足止めとしては時間を稼げなかったか」

 

 探求者はため息を漏らすと、竜の消えた方角を見つめていた。

 太陽の光の槍。混沌の嵐。いずれも竜を殺した風景の再現に他ならない。竜を殺すにうってつけな技術であったはずだ。

 現実は、竜を取り逃がしてしまった、である。

 

 「……フムン……逃がしたようだな」

 

 岩を剥ぎ取り、足取り重くやってきたハベルが探求者の横に並んだ。竜の消えた方角を同じように見つめている。

 

 「気を落とすな若いの。竜狩りを一瞬でケリがつくものと勘違いする輩もいるが、数日寝ず食わずで竜を追いかけ罠に嵌めて狩ることも珍しくなかったのだ。まだ機会はある」

 「時にハベル殿。この都は助かるか」

 

 探求者の言葉にハベルが首を振ると、湾岸地帯に突っ込んで静止している物体を見上げた。

 

 「無理だな……なあに負け戦とて命あれば再び挑むこともできよう。聞くまでもなく貴公もわかっておったのではないのか? でもなければ民家ごと焼き払うなどせんわ」

 「気づいていたか。ならば逃げるとするか」

 

 探求者は空を見上げると心の中で祈った。

 そして自らの背後に取り付き剣で刺そうとたくらんでいた兵士を、見ずに槍を背面に突き出すことで倒した。

 

 

 

 

 

 「ふん」

 

 独特なとがった帽子を被った女性が崩落した王城の中庭にいた。

 あたり一面には矢が突き刺さっており、正気を失った兵士たちで溢れ返っていた。膝を撃ち抜かれ身動きのとれないもの。額を正面から抜かれているもの。頭の頂点に矢を受けたものまで転がっていた。重厚な鎧を纏うものは足の関節や兜の覗き穴に矢がお見舞いされていた。

 いずれの死体にもいえるのが致命傷となりうる箇所であるということであろうか。意図的にそうしている射手がいるならば――なおかつ兵士達に囲まれて一人で対処したというのであれば――弓の英雄とでも言うべき腕前を持っているといえるかもしれない。

 女性は悠々とベッドの上に横たわっていた。王城で使われていたであろう上等なベッドである。

 傍らに携えるは漆黒の弓であった。身にまとう薄い皮服は音を立てぬよう仕立てられた上等なもので、暗色系を多用していた。

 

 「次の得物はデカブツか?」

 

 呆れたように自らの黒髪を弄る。とがったつばをもつ帽子の奥で豹を彷彿とさせる鋭い瞳が瞬いた。

 鋭利な目つき。整った顔立ち。漆黒の髪を後頭部で結い上げた美しい女性であった。

 女性は湾岸地帯にかかる巨影を睨みつけた。

 

 「くだらない……妙な世界に来てしまったけども……」

 

 女性は弓を握りなおすと立ち上がった。おもむろに矢を三本纏めて番えると、ごく当たり前のように前方に向かって放つ。三本は狙いを違わず正気を失った兵士三人の頭部へと運ばれた。兵士たちは血反吐を撒き散らしつつ地面に転がり動かなくなった。

 死体を三つ作り上げたというのに、表情に変化は見られない。慣れてしまっているのだろうか。

 騎士達の戦場ではまず見られない山刀(マチェット)をベッドの上から取ると鞘に収め、歩き始める。

 

 「やることに変わりはない。傭兵でもやって糧を得ればいいさ」

 

 もとよりそうしてきたのだ。渡り烏(レイヴン)のように。

 女性の姿は霧に消えていった。

 

 

 

 

 突如出現した異形達は王都を廃墟へと変えてしまった。

 広がり続ける霧は世界を蝕んでいく。正気を奪われるもの。記憶をなくすもの。命を吸い取られるものさえいたのだ。

 大地の草花は枯れ、川の魚達は息絶えて、鳥達は狂ったように飛び回って死ぬ。

 色の無い霧が広がりを見せる中で――強い魂(ソウル)を持つものたちが呼び出された。強いソウルを宿したもの。宿命に呪われたもの。英雄と呼ばれたもの。既に歴史の波に消えたもの。神に等しい者たちを殺すことを生業とするものまでもいた。竜でもなく、人でもない少女も。異形の呼び声に集ったのか、世界の意思に呼ばれたのかは定かではないが。

 一つだけ言えるのは、霧が世界を蝕み始めたということだ。

 やがて世界は霧に沈むであろう。

 古い預言者達は言うのだ。

 希望は対抗できる術を持った異界の勇者たちに託されたのだと。




ムラッとハベルさん書きたくなったので書いてしまった……サイドBみたいな話でした。話し進んでないじゃん? ごもっとも。黒竜ギーラ相手に二人がどう戦ったのか描写で終わりましたとさ

探求者さんのスタイルは呪術や奇跡を絡めて猛烈ラッシュを仕掛ける感じです。盾なんざいらねぇぜみたいな

これで第1章はおしまいです。
2章がスタートします。
ハベル(ご本人)は快活なおじさまのイメージで書いてます。(ただしシースは殺す)
身長は大体2m半-3mくらい? グウィンと同じくらいらしいので。
最後の黒い弓の人の日本人声優がなぜか少佐になってしまう。なぜでしょうね。

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