DARK SOULS The Encounter World【旧題:呼び出された世界にて】 作:キサラギ職員
似通った世界があることは良く知られている。
特に巡礼の道でそれを意識することは多いであろう。全く同じ容姿をしてはいるが性格の違う自分自身の白い蝋石を見たものも少なくない。全く同じ名前、全く同じ役割、けれど魔術師であるはずが剣士である自分自身を見たものもいる。巡礼の道においては重なり合った別の世界と今ある世界が同じ場所に存在していると言えよう。
同じように、全く同じ名前を持ちながら違う役割を担うものも存在するという。同じ容姿をしていながら別の名を持つものもいる。
カラミット。一ツ目の黒竜。古代から生き続けてきた大いなる災いの名を持つ怪物である。カラミットもまた同一存在とでも言うべき別の姿を持っていた。
創造神の一柱の片割れ。白い闇の竜シース。黒い光の竜ギーラ。共に、とある世界において神が願った平和を裏切った災いの証拠である。別の世界では裏切り者と、古い御伽噺に登場するロードランを混乱に陥れた怪物として……。召喚されたのは偶然であったのであろう。全ての力を勇者によって失ってしまった哀れな神の片割れは、自らを滅ぼす元凶となった片割れを激しく憎んでいた。そして、自らを殺すに至った人間を嫌悪していた。
残留思念のみとなった竜の魂が別の次元の同一存在へと重ねられた結果――。
黒竜カラミットは、発狂した。
人外の知識を受け入れるだけの存在としての重みがあったとしても、創造神の片割れたる魂の重みを受け入れるだけの器はカラミットという竜に無かったのだ。原初、世界を統べていたという岩の古竜であれば話は別だったかもしれないが。故に理性は打ち消され、自壊していく肉体と魂の苦痛をものともせずに破壊するためだけの機械と化していた。
カラミットという楔が消えたときギーラの思念は散らされてしまうことであろう。
カラミット――ギーラが眼下に広がる街並みを見るや攻撃を仕掛ける。
空を翔る。超低空を舐めるように飛翔していくと、口からエメラルドグリーンの火炎を噴き出し家を丸ごと溶解させていく。触れるだけで木の屋根が溶け、レンガが砂と化す。空中に追従する黄金の球体からは無差別に閃光が放たれては大地に火柱を作り上げていた。
竜が吼えた。高く、遠く、神々しく。
ギーラという存在に耐え切れないのか、一ツ目から大量の鮮血が噴出する。強固であるはずの鱗でさえ内側から引きちぎられていく。頭部から無数の棘が露出しかかっていた。垣間見えるのは不自然に透き通った黒い姿であった。
―――ああ、やつはどこか。やつはどこにいるのだ。やつを殺すのだ。殺せ。殺せ。ころせ。
命じられるままにカラミットが駆ける。追従する球体が眼下の人間たちを狙撃し始めた。
球体が射出する閃光の威力たるや、常軌を逸していた。着弾と同時に地面がめくりあがると、城に相当する高さの火柱が登る。大勢の民を道連れにして、あらゆる破片を巻き上げて。
球体がまとう閃光が不気味な収束を始めた。都を統べるものらが座する城へと黒い竜が向かっていく。竜が羽を折りたたむや鷹のように急降下。僅かに螺旋を描きつつ減速し、強靭な脚力を持って着地した。砲弾が着地したと表現するにふさわしい衝撃が走り、城の中庭の大地にクレーターが穿たれる。
次の瞬間城の本塔を守る外壁へと収束した閃光が狂ったように乱舞した。爆発。霧を引き裂き衝撃波が王都中へと広がっていった。外壁を構成していた岩が粉々に砕け散り宙へと舞い上がっていくと街のいたるところへと隕石となり落下し市民を殺す。
ギーラ――カラミットの瞳が不気味な赤い閃光を宿す。目から迸る血液が大地を汚していた。
爆発。黒竜を迎え撃たんとした勇敢な兵士たちが文字通り粉砕される。それはフラッシュとも呼ばれる魔術であることを知ることも無いままに。
王都の城を廃墟へと変えた黒竜は、足元に転がる死体を踏み潰し空へと舞い上がっていく。湾岸地帯に座する異物には目もくれず。憎しみ以外の感情が消え去ってしまったかのように。
霧からあらわれた巨人とて例外はなかった。閃光で吹き飛ばしたかと思えば、足で掴んで空高く放り投げて殺す。ブレスで溶かす。破壊神が如き所業を止められるものはいなかった。
市民たちは見た。霧に紛れ黒い影が嘶く姿を。黄金色の光線が迸る度に王都のあちこちで火柱が登る様を。
「なんということだ……」
アッシュは絶句していた。多くの竜を屠ってきた男をしても、黒竜の攻勢は既知の竜をはるかに超えていたのだ。ブレスだけならまだしも、魔術らしきもので街中に爆撃を繰り出す竜など知らなかったのだ。
裏切り者の竜シースは魔術の祖としても知られる。だが御伽噺に登場するシースは白竜であり鱗が無かったのだという。今まさに王都で破壊の限りを尽くしている竜は鱗のある黒竜。正反対なのだ。
アッシュは竜狩りの逸話に登場する黒竜カラミットを思い出していた。まだ騎士になる前の記憶が蘇ってくる。伝説的な竜狩りの騎士。鷹の目ゴーとグウィン王の竜狩り。神都アノールロンドを襲った黒い竜のこと。黒竜はゴーによって落とされ以来行方が知れないのだという。
黒竜カラミットの強さを誤解しているなど知ることも無く、ロングソードを握り占めて空を仰ぐ。あれを落とすには竜狩りの弓が必要だろうが、攻撃する必要があるのだろうか。現状王都を奪還することが叶わないことはわかっていた。見つかる前に逃げ出すべきではないのか。
さあどうするべきか――。
「―――良くないやつまでお出ましになるとはな」
「貴公……」
アッシュの隣に一人の人物が並ぶ。北国特有のスリットの入った兜。獣の
人物は肩にかかったマントを払うとアッシュに顔を向けて気さくそうに笑った。
きらりと光る若い瞳はしかし、内側にダイアモンドのような不屈の意思を秘めていた。
「役割があるのだろう? 困難を乗り越えてよき時代を迎えるために」
「なにものだ?」
アッシュが問いかけると人物は肩を揺らした。
「はっはっは……俺か。俺は田舎者さ。名、名か。久しく忘れていた概念だ。俺に名は無い。しいて言うならば――――
アッシュは思わずロングソードを相手に向けかけたが、やめた。相手から敵意ではなく好奇心や善の心を感じ取ったからだ。清純とは言いがたかったが、毒気が無いものいいに拍子抜けしてしまったのだ。王都で出会うものは皆狂ってしまうか心折られ逃げ出すものばかりだったからだ。
探求者を名乗る人物は空を見上げると、ふーむと喉を鳴らした。子供が悪戯を仕掛けるかのように。
「竜狩りも久しい。腕が鳴る」
「貴公。状況を考えよ」
恐怖心を感じさせない無邪気なものいいに、アッシュの表情が澱む。狩りを楽しんでいる場合ではないというのに。
アッシュの心象を察したのか人物は軽く頭を下げた。
「ピリピリしなさるな。俺とてわかっているつもりだ。貴公の帯びる使命を果たすために時間を稼いでやろうとしているのだ。どうだ? 悪い話ではあるまい。あの竜は貴公の強いソウルを見つけるだろうな。そら、一人で逃げ切れるのか?」
「む……」
正論であった。あの竜が襲い掛かってくれば間違いなく苦戦を強いられるであろう。
アッシュは不死だ。無数の敵を殺し続けてきた英雄だが、無敵の存在ではない。死んでもこの場で再生してしまうことは狩人との戦いで把握した。死に覚えることも可能だろうが――。だが、嫌な予感がしたのだ。自身に宿る最初の火が苦痛にもだえる感覚を覚えたのだ。もはや火はつきかけている。死を繰り返し続ければ―――火は潰えるだろう。
もはやアッシュ自身が最初の火に等しかったのだ。
火は守らねばならない。アッシュは強い危惧を抱いていた。
人物はアッシュの肩を押しやると王都から離れる方角へと向けさせた。
「行け。安心しろ。俺とて無駄に死ぬわけじゃない。道中面白い男と出会ったんだ。紹介しよう」
のそりと現れた影があった。特徴的な鶏冠を思わせる構造物のある兜。岩を削りだして作ったような灰色の甲冑。同じように、岩の壁としか表現することの難しい大盾と、竜の牙にとってをつけたような鈍器。体格は尋常な人の比ではなかった。背丈の高い方であるアッシュでさえ子供に見えてしまうような体格であった。まさに岩が動いているような錯覚を覚えさせられる。
ハベル。最古の王グウィンの盟友と知られる戦士。彼はまた竜を信用のならないものであると考えていたという。裏切り者のシースが、どうして二度目の裏切りを行わないと言い切れるのだろうか、と。故に彼は竜殺しの戦士でもあったといい、現在に至るまで信仰を集め続けている。
岩のような強靭性を誇ったというハベルは決して怯まず、敵をことごとく叩き潰したのだという。
たいていの物事に当てはまるが信仰者こそ各地で目撃されていても、本人とめぐり合えたものはいないのだという。ハベルは既に故人であるとか、鎧を脱いで探求の旅に出たのだとも言われている。目の前の巨体が果たして本人なのかハベルの信仰者なのか、アッシュははかりかねていた。
見上げるような巨体が揺れる。笑っているのだとアッシュが気がついたのはややあってのことだ。
「ふ……ははは! 小さき人よ。我があやつと戦うと言っているのだぞ。安心せい! 地面に叩き落し粉々にしてくれよう!」
ハベルらしき大男が豪快に笑った。アッシュの肩を乱暴に叩く。親愛表現なのだろうが、彼の馬力が強すぎてアッシュは背骨がきしむ感覚を覚えていた。なるほど。握られた武器を全力で振り下ろせば、岩の古竜とて石礫になるしかあるまい。
アッシュは決心した。彼らに任せて自分は退くべきであると。
胸元に手を置くと一礼を。
「……かたじけない。私は退却させていただく!」
そしてアッシュは駆け出した。味方の元へと。もはや自分たちの手には負えない状況から逃げ出すために。再び戻ってきて王都を救うことを心に誓い。一種の妄執に近い感情が彼を突き動かしていた。人を救わねばという煤けた誇りが足を止めることを許さないのだ。
見る見るうちに霧の中に消えていく甲冑姿を一人の探求者と一人の戦士が見送った。
探求者は得物を素振りすると、剣を鞘に収め、槍を地面に突き刺した。いずれも業物であった。匠の手によって打たれ、楔石の原盤を打ち込み強化されたものである。神話の時代の武具に匹敵する強度と鋭さを有していた。
こきりと首を鳴らすと、ため息を吐く。
「結局俺は答えにたどり着けなかった……遠い時代の薪の王よ。いまだに探し続けている。人のあるべき姿。闇と光。それを超えた先に待ち受ける答えをな」
探求者は気がついていた。騎士が自分よりはるか遠い時代――あるいは、次元を跨いだ世界の英雄であることを。
探求者は一人の哀れな魔術師と出会い、そして玉座を捨てて探求の旅に出た。世界各地。困難を乗り越えて。呪われた身でありながら呪いを超越した探求者は、因果を超えられる何かを求め続けた。長きに渡る探求は身を結ぶことは無かったのだ。探求者の物語は後世に言い伝えられている。絶望を焚べた者の名として。
見つめる瞳が自身の腰に落とされる。ごくありふれた布のタリスマンを手に握った。
大男が空を見上げている。他の有象無象に興味はないと言わんばかりに。竜を狩ること以外に思考が割かれていないのであろう。
「答えを見つけてみせろ、薪の王よ。これは探求者からの祝福ととれ!」
探求者の手元に歪な黄金が収束し始めた。振りかぶり、腰を落とす。黄金色の雷が芽吹く。まるで植物であるかのように手元から息づくと、前後へと棒状に成長した。瞬く間に大槍へと拡大したそれへ、さらに祈りを込める。
信仰とはなんだろうか。あるものは身を捧げることと言い、あるものは神の刃となることであると言う。神々の物語を後世に伝える技術だと言うものもいる。ならばこれは古代の再現に他ならない。大王グウィンと古竜達が死闘を繰り広げた灰色の大樹の根元の出来事がここに再び蘇るのだ。
驚嘆せよ。薪の王としての資格を捨てた探求者の偉大なるソウルの輝きに。
戦慄せよ、異界の神よ。人の力の恐ろしさを知れ。
膨大な力を込められた雷霆が探求者の手からさらに伸張していく。轟々と大地を焦がし、あまつさえ使用者自身さえ傷つけて。
祈るように『太陽の光の槍』を天に掲げる。神話の時代に見た輝きに、傍らの大男が息を飲む。
黒竜は見た。自らを照準する輝かしい伝説の奇跡の業を。
大きく振りかぶる。そして――投げつけた。轟く雷鳴が迸るや瞬時に黒竜へと向かい放たれん。
「どうか、死の向こう側を……」
探求者の言葉は霧に紛れて消えた。
【探求者】
絶望をくべた人。
玉座には着かずに因果の超越を求めて探求の旅に出かけたらしい。
剣と槍の二刀流の由来はトレイラー見ればわかります。
【ギーラ】
シースと対になる存在。別の世界の神の片割れ。
黒い外見とは異なり光の力を有している。
別の世界の同一存在らしいカラミットをのっとる形で召喚されるも、
カラミットの体が耐え切れず自壊しかかっている。
【ハベル】
大王グウィンの盟友にして古竜絶対殺すマン。シースの二度目の裏切りを予期していたらしい。
本人はグウィン並みに身長が高かったらしい。