DARK SOULS The Encounter World【旧題:呼び出された世界にて】 作:キサラギ職員
この男は手に負えない。理解すると同時に信号弾を放った。
キアランとて実力の差というものは理解している。目の前の男は人の身でありながら人を超えていこうとするものであると感づいたのだろうか。
不気味に口角を持ち上げる狩人を前に、暗殺者が取ったのが武器を腰に戻すということであった。
それが予備動作に過ぎないことは狩人も理解していた。
「―――ッ!」
息を吐き出すと同時に両手に握った投げナイフ計十本を投擲する。
右。弾道を拡散させつつ相手の胴の高さ。
左。頭部直撃を狙った収束弾道。
こきり。狩人の首が右にずれる。脊髄をずらしているとしか思えぬ動作で首がぶれる。頭部を狙ったナイフは全てが狩り装束を引き裂くだけに留まった。
胴体へのナイフはしかし間をすり抜ける驚異的なステップでかわされる。肉薄する速度はもはや肉食獣染みていた。
狩人が張り付いた笑みのまま、頭部の位置を元に戻すや、キアランの胸倉に掴みかからんとするような薙ぎ払いを繰り出した。
黄金の残光が空間を撫でる。視界を全て覆い尽くさんばかりの剣閃が瞬き、狩人の武器をくじく。火花が散ると、狩人の相貌が露になる。歳にして三十にも満たない若い顔立ち。爛々と輝く瞳がキアランの顔を興味深そうに見つめていた。
キアランは男の瞳に宇宙を見た。深い深淵。空の果てに潜む超次元の影を。
気の狂うような闘争の果てに男が理解した真理の一端を。
キアランの腕に力がこめられる。
「おっと」
残光の影に瞬く銀色の殺意を狩人は左手に握る細長い武器で迎撃した。
鮫の歯を並べたような暗銀の残滅を、本来は獣相手に使用される銃によって受け流す。無論近接格闘を考慮されていない射撃武器である。神代の武器と打ち合ってまともで済む道理は無い。接触と同時に発砲。跳ね上がる銃身によって残滅の剣身を跳ね除けたのだ。さしずめガン・パリィとでも称すべき妙技。
見知らぬ武器から発せられた炸裂音にしかしキアランは怯まずに、身を独楽のように回転させた。刹那繰り出される右中段蹴り。弾丸のように繰り出される一撃が男の腹を捉える。
「ぅ、……がぁっ」
狩人が吼えると地面を転がっていく。荷馬車に背中から衝突するとだらりと肢体を投げ出す。
しかし狩人は軽い口笛を吹きつつ、別の弾丸を装填していた。
狩人は立ち上がると、胡散臭い仕草で肩をすかしてみせた。
「驚いた。姉さん人間じゃねぇな……蹴りで内臓潰してくれたのは久々だ……」
「……貴公も人ではないようだな」
「人さ。いまのところはな。あぁいてぇ。脾臓辺りがぶっつぶれたんじゃねぇーのか」
狩人が赤色の唾液の混じった唾液を吐き出すと、腿に輸血液を封入したアンプルを突き刺す。燻るような音を上げて肉体の蘇生が始まった。潰された内臓が血液によって修復されていく。砕かれた臓器の血管が蛇のように震えて伸張し、結合していく。
狩人の全身を包み込むようにして光が出現し始める。銀河系。超新星。高速でガスを噴出する星。彗星。あらゆる星を内包した空間が――。
あれはなんだ?
なんなのだ?
狩人は人でもなければ神でもない。悪魔でもない。ならば男を取り巻くあの宇宙は一体――。
キアランの疑問を解消するかのように星の海が爆発する。出現した星たちは狩人の体へと収束していく。
――『彼方への呼びかけ』という神秘がある。もっとも狩人のそれは原型からはかけ離れていたが。
医療教会が精霊を媒体に星の彼方へと呼びかけた結果得られた失敗作。星の彼方に潜む存在は人に対し答えを与えてはくれなかったのだ。矮小な人類などに上位存在は応えようとはしなかったのだと言われている。
けれど狩人は底知れない答えを得ていたのだ。狩りの夜を終わらせるためにあらゆる手段を講じてきた、その証として。まさに狩りの夜に生じた
次の瞬間狩人の全身から七色の閃光が四方八方に射出された。家屋を貫き大地を抉り怪しげな気配に誘われて場に足を踏み入れた巨人もろとも溶かしていく。それは圧縮された濃密な力の塊であった。乱舞する光を前にキアランの視界が奪われる。
逃げた。まともではない。受け止めるだけの盾は持っていなかったし、守りの奇跡は通用しように無い。回避に専念したところで避け切れる自身がなかった。
「ぐ……」
キアランの背中を閃光が掠めた。青い鎧が文字通り粉々に吹き飛ばされ雪のように白い素肌が露になる。閃光が肌を焦がし溶かしていく。足がもつれ倒れなかったら胸まで貫通していたであろう。
武器を取り落とし、地面に倒れこみ足掻く。背中からは白煙が登っていた。
周辺一帯を破壊しつくした狩人もまた傷を負っていた。人外の知識により耐え切れなくなった臓器が悲鳴をあげているのだろうか、大量の血液を吐き出す。帽子を脱ぎ捨てる。両目から鮮血が涙のように滴り、鼻や耳の穴からさえも漏れ出していた。
「ヒッ……ひはははは……!」
狩人が笑う。腹を抱えて全身を震わせて。
赤い目を爛々と輝かせ、口の血を唾液と胃液に混ぜて吐き出す。耳に指を突っ込むと、液体を掻き出し咳き込んだ。病人のように弱弱しく吐息をはきながらもアンプルを腿に突き刺していた。数本射してもなお傷口は深いらしい。銃口をキアランの頭部に照準しつつも呼吸の乱れが収まっていなかった。
「さすが騎士様。剣術じゃちと分が悪いンでなぁ……■■■■■■させてもらったよ」
「妙な奇跡を使う……」
「奇跡? いいや神秘さ。脳みそひっくり返さないと理解できない技術さ」
男の口が動く。言葉を吐いていることには吐いているが、理解の及ばない言語が漏れかかっていた。
キアランが理解するには瞳が足りなかった。
キアランは武器を取り直したが、全身にのしかかる重圧と背中の激痛によって同じく膝を付いていた。
「次はお前さんが相手してくれんのかい?」
狩人が言うと武器を鋸形態から鉈形態へと切り替える。振り回した遠心力で関節部からグリップと直線状に刃が揃う位置へと滑り込んだ。
馬を駆ってやってきたアッシュがキアランの背後にいた。馬から下りると感謝を示すべく毛並みを撫でて、尻を叩いて逃がす。重厚な弓は背中に無かった。黒騎士の盾とロングソードを構え、守護天使よろしくキアランと狩人の間をふさぐように仁王立ちした。
バイザーがあげられていた。優しい目鼻立ちは強い意志によって結ばれていた。
「貴公。なぜこの非常時に混乱を招くようなことをするのか聞かせてほしい」
「お前さんたちあれを殺しにいくんだろ?」
狩人が湾岸地帯に聳え立つ物体をあごでしゃくった。
狩人が懐から何かを手に握りこむ。騎士も同じように剣を抜くと、切っ先を相手へと向けて腰を落としていた。
「あれは俺の獲物だ。邪魔するなら殺すまでさ」
「協力はできないのか?」
「嫌だね」
「ならば我等は貴公への刃となる」
「上等……!」
彼我の距離は間合いではなかった。少なくとも近接武器では。
アッシュはキアランの状態を見るべく視線をめぐらせる。背中が焼き焦がされていた。高温のブレスにでも吹かれたように白い優美な皮膚はただれ骨まで露出しかかっていた。常人であれば即死していたであろうが、高貴な青い鎧と本人の人ならざる生命力が世界に繋ぎとめているのであろう。
迷ったのも一瞬。懐から小瓶を取り出すと、キアランの元に放って寄越す。
女神の祝福。太陽の光の王の長女が祝福したとされる一品。強い祝福によって対象者の傷と状態異常を全て癒すという絶大な効力を発揮する薬品である。遠い時代。アッシュの時代においてはもはや名も伝わらず、由来さえ消えかかっている。入手することは困難を極めるのだが、あっさりと渡した。
退路を確保するべく、一歩狩人へ踏み出し、ロングソードの切っ先を僅かに落とす。
「キアラン。教えてくれ。王都を奪還するに、われらだけで足りるのか」
「……巨人の数は増え続けている。霧の影響で狂いだす兵士もいる。到底、市民を助けることはできない。もはや……」
諦めるしかない。言葉を飲み込むキアランは、アッシュから受け取った小瓶を手に握り締めた。
アッシュは首を振るとため息を吐いた。薄々感づいていたことだ。生き残りの市民を連れて安全圏まで逃亡するしか選択肢は無かったのだと。
「わかった。……この場は逃げるしかないようだな。デュラが馬車を用意している頃だ。私もすぐに後を追いかける。傷を治し、二人の元に向かってくれ」
「かたじけない……薪の王よ」
「
キアランがよろめきながら場を後にする。アッシュは振り返らなかった。目の前の男がこちらを伺っていたからだ。少しでも隙を見せれば攻撃を仕掛けてくるだろうことを理解していたからだ。逆に男が隙を見せたのであれば攻撃を仕掛けられるように、指先に琴線を張っておく。
アッシュは騎士だ。騎士の中には祝福を纏い敵に突貫するもの、魔術を使うもの、背後から襲い掛からんとするものもいたが、アッシュは違った。愚直に剣と弓と盾のみを鍛錬し続け薪の王に至った身である。多くの武具を手に入れたが最初の王に授かった剣を火を継ぐまで使い続けたのだ。
一方で狩人はあらゆる手段を使って勝ち残ってきた身。様々な道具を使いこなし、時に裏切り、血を啜ってきたのだ。時に槍を。時に大砲を担ぎ、化け物を、狩人を狩ってきた。
対照的な二人はにらみ合いを続けていた。
「ゆくぞ」
静かな言葉が紡がれる。アッシュのロングソードが俄かに燃え上がると、その全身までもが火の粉に包まれる。
駆け出した。速度は身軽な狩人のそれとは比べ物にならないくらい遅く、しかし狩人には竜が殺意をむき出しにして迫ってくるように見えたであろう。
踏み込み。
姿を覆い隠すように盾を前方に構え、腰を落としたなぎ払い。とたんに剣が伸張する。火炎が轟と唸りを上げると彼我の距離をゼロとし――一息に薙ぎ払う。まともに食らえば防御性の薄い布と皮服のみをまとう狩人は灰にされてしまうであろう。
「頂く」
銃声。狩人の左腕から放たれた銃が火を噴いた。
狩人の血液を混ぜて精製された水銀弾が腹部に直撃。鎧をうがち体内へと侵入するや、衝撃によって拡散しつつ血肉を放射状に抉り取る。
「なんと……ッ」
アッシュの姿勢が崩れた瞬間を見計らい狩人の抜き手が炸裂した。
歪に変形した手先が肉を突き内臓へと到達。指で掴み取る。腸。腎臓。その他、骨さえも丸ごと掌握する。
狩人は獣を狩るので狩人と呼ばれるが――皮肉なことに腕先はまるで獣のように鋭く変形していた。弾丸によって破壊されたとはいえ金属を捻じ曲げられる腕力を発揮するなど、もはや獣のそれと変わりなかった。
「死ね」
アッシュの耳元で狩人が囁いた刹那、全てが一気に引き抜かれた。たまらずよろめき倒れこもうとすると、狩人がノコギリ鉈を地面へ擦らす低空で構え距離をつめていた。
とっさに盾を滑り込まそうとするも全ては遅かった。
大振りの薙ぎ払いが騎士の斜め下から袈裟懸けに軌道を決定した。鎧を抉り、血と骨をまとめてジュースにしつつ振りぬかれる。ぐしゃりと鮮血が舞い空中で灰になって消えていく。独楽のように大地で一回転した騎士に狩人が追撃を仕掛ける。
エスト瓶を飲もうとした腕へ鉈が叩き込まれた。指先が痙攣する。エスト瓶が零れ落ちた。
「ぐおっ……!」
「妙な薬を飲ませるとでも思ったか?」
頭部バイザーを上げられた。顔面目掛け鉈が振り下ろされる。脳が飛び散った。
ぴくりとも動かないアッシュの胸元へ、技量もくそもない大上段からの振り下ろしが叩き込まれる。強固な鎧に阻まれるも、何度も何度も狂気的に振り下ろされては役目を果たせない。
狩人が血まみれのヒトガタと化した物体を足で蹴ると、一歩後退する。
指に付着した血をちろりと舐めた。
「おかしな血の味がしやがる……燃えカスみたいだな騎士さんよお。こいつは銃って武器だ。お前さんたちの時代の後の時代の武器だよ」
狩人はアッシュの死体を尻目に背中を向けると、返り血が蒸発しては灰となって空中に溶けていくのを見た。吸収しようが無い。あの騎士は生き物ではなくゴーレムのような生き物として振舞うだけの人型や、亡霊の類だったのかもしれない。
そして狩人は煙草でも燻らすような気楽さで銃身とグリップの止め具を取り、弾をこめなおそうとした。
「待て……狩人よ」
燃え上がる。
肉体という螺旋の剣を基点に。
最初の火が死ねぬとばかりに足掻いている。
ダークリングが足掻いている。
不死は死ねない存在。死ねば死ぬほどに理性と記憶が失われていく。やがて全てを失った不死は亡者となる。死ねない人の存在に人は恐怖したという。
アッシュの肉体が灰と化していく。騎士甲冑も、盾も、剣さえも。
早回しするかのようにその場で灰が渦を巻き再構築していく。骨が出来上がる。肉が重なっていく。皮膚が生える。装備品が灰からよみがえる。
全身が赤と朱と橙の光に包まれる。赤子がそうするように、地面からよろめきながら立ち上がる。
もはやアッシュは最後の火であり、帰るべき篝火と同様なのだろうか。不死は篝火に引き寄せられる。火に強い憧憬を抱いて。例え名を失い故郷へ帰ることさえ忘却しても……。
「………あんたもか。原理は違うんだろうが……似たようなもんさね。お互い夢に捕らわれてることに変わりはねえさ」
振り返らず狩人が言うと、手をひらりと振った。
死ねないならば心が折れるまで殺せばいいが、時間がなかった。
「俺も退散するとしよう。妙な影が空にいやがる。気に食わんのでね」
狩人が消えていく。霧に紛れて輪郭線が失われていった。しまいには夢のように霞んで。
蘇生を果たしたアッシュは空を見上げ顔を曇らせた。
「……竜か」
霧を引き裂くような雄たけびが響く。
黒い一ツ目の竜が建物を掠めて翼をはためかせ、一息に上空へと消えていった。
【彼方への呼びかけ】
ファンタズマ? 何のことです?
【銃】
時代的に彼らは一切わからなかったようです。
初見殺しにもほどがある。
連発は基本できない時代なので一発ごと装填してもらってます。
よく考えればガスコインおじさん中折れ式の銃使ってました。ガトリングもあるし無煙火薬開発されるっぽい?
アッシュさんは篝火でありながら不死という半ばチートなことになってます。
逆を返せば不死に宿るしか存在を保てないくらいに火が……。