DARK SOULS The Encounter World【旧題:呼び出された世界にて】   作:キサラギ職員

1 / 29
【    の誓約】
救いを求めるものに与えられるという誓約。
由来や歴史もなく突如としたあらわれた誓約であり、
故に神によって人に与えられた救いであると考えるものも多い。


1章 Destination Unknown
召喚


 膝を付いて崩れ落ちる敵を前に、騎士は一人静かに自らの剣を地面に突き立てて傷む傷口から零れ落ちていく灰を押さえつけていた。それは血でもあり、灰でもあり、ソウルでもある。

 ダークリング。呪われた証が浮かんだものは死ぬことができなくなる。

 古い物語の語り部たちは言うのだ。

 

 そうさねだから、巡礼者たちは言うのさ。

 火は陰り 王たちに玉座なし。

 

 呪いを解こうと多くの巡礼が苦悩を味わった。そしてついに解き明かすことはできなかった。

 火を継げば一時の平和が訪れるだろう。

 だが、やがて火は潰える。暗闇だけになった世界に道しるべなど存在しない。孤独に歩むだけの覚悟を人類は持っているというのだろうか。光も無く。希望もなく。ただ、絶望しかない闇の世界を歩くことが……。

 いつか、いつか、闇が訪れたとき。

 また再び火は熾るだろう。最初の火。原初、世界で最初に発生したという現象はもしかすると、永久に光と闇を繰り返すこの世界の一つの結束点に過ぎないのかもしれない。

 

 ――だが、それでも。

 

 騎士は自らの左腕がもはや役に立たないことを知った。

 故郷で王より授かったロングソードを握りなおし、鞘に収めた。

 ひび割れたエストに口をつける。チリチリと全身が一時燃え上がった。火の無い灰たる彼を繋ぎとめているのは意思の力だった。

 多くの兵士に、化け物に、闇の従者たちに殺されてきた。背後から。正面から。罠にはめられたこともあった。

 首を吹き飛ばされた。

 腹を串刺しにされた。

 鎧ごと潰された。

 全身を燃やされた。

 突き落とされ、地面の上で肉片と化した。

 食われた。

 八つ裂きにされた。

 だがそれでも、心だけは折れなかった。ただ使命を果たすそれだけのために。

 もはや名前は忘れてしまっていた。使命を果たすことの意味さえも失って。火に誘われる蛾のように、王たちの化身と剣を交えたのだ。

 崩れ落ちていく化身は最期に手を天に掲げていた。祈りを捧げるように。

 太陽はもはや黒い球体に飲まれかかっていた。巨大な黒い蛇が太陽を飲み込まんとするかのように。

 太陽からこぼれる残滓が大地へと注いでいる。流血のように。涙のように。

 騎士は、篝火の基点たる捩れた剣のもとに手を翳した。火が燃え移っていく。なんと温かいことか。歴代薪の王たちが守ってきた熱が体中にまとわり付いていく。勢いは病人のそれで、とても世界中を照らせるような力は無かった。

 

 ――よかったのだ。

 これで。

 

 ――本当に?

 

 悪魔――がいるとすればきっとそうだろう――が囁いた。あるいは天使かもしれない。

 本当によかったのか? 巡礼を続ける為だけにお前は楔になるのか?

 

 ――よかったのだ。

 これで。

 

 騎士はその場に胡坐を掻くと目を閉じた。

 世界とは悲劇なのだろう。悲劇の中でも心折ることがなかったものは英雄と呼ばれるのだ。騎士は最後まで心を折らなかった。

 やがて騎士の偉業は御伽噺となり、伝説となり、記憶の中から消えていく。

 悲劇を繰り返す世界で辺境の騎士が世界を救う。

 そんな英雄譚の誕生。そして、騎士の終わり。

 陰りゆく太陽を延命しようと足掻いた小さき人のおとぎばなし。

 

 ――だれかたすけてください。

 

 声が聞こえた。

 

 

 《誓約 世界の守護者 として ■■■ の世界に召喚されます》

 

 

 

 

 

 

 村が化け物に襲撃されていた。

 その昔、死の霧と呼ばれた魔の領域があった。魔物たちによる襲撃を辛うじて退けた人間は平和な時代を築き上げようとしていた。

 それでも化け物というものは滅ぼしきれないものである。

 鈍重なオークの群れが戯れに村を破壊するなどありふれた話だった。

 今日、村はオークの群れに解体されかかっていた。辺境の村に王国からの防衛が配備されることなどまずない。各村ごとに自衛するのが当たり前な時代である。近代的な通信網などあるわけがなかった。精々が伝書鳩か、魔術による通信程度。後者は村に魔術師がほとんど居ないことからして不可能。伝書鳩を放って王国から兵士がやってくるまでのタイムラグは最速でも数日であろう。

 その間にモンスターの群れに村が壊滅させられるのは言うまでもなかった。

 オーク最大の武器はなんだろうか。武器を扱える知性かもしれないし、体格かもしれない。

 最大の武器、それは体力である。物理的に頑強であるということは対峙するものに恐ろしい結末を齎す。純粋に体力を数値化できると考えた場合、最初から体力が多いということは勝利する可能性が高いことを示す。無論戦いとは頑丈さだけで全てが決まるわけではないが。

 だが、ろくに防備も無い村にとって純粋な体力の塊ほど危険なものは無かった。

 たとえ狼とて村を襲撃して人を殺戮することはしない。人が反撃すれば狼など狩り尽くされてしまうことを知っているからだろう。

 オークは違う。人が反撃に出る以前に全員を殺してしまうだけの実力があるからだ。目の前に餌が転がっているというのに、どうして我慢する必要性があるというのか。

 

 村の簡素な防備を突破して向かってくるオークを、村人たちは必死に食い止めんとしていた。

 あるものは矢で。剣で。農具で。魔術の心得があるものは魔術で応戦していたが、片っ端から殴打され、踏み潰され、引き裂かれて死んでいくしかなかった。

 一人の少女が居た。神に毎日祈りを捧げることを日課にしているごく普通の乙女が。

 オークの襲撃の際に唯一の家族たる父親が槍をとって家を出て行った。戸締りをした家に立てこもってオークどもが全員いなくなることを期待して。

 古い神を象ったというタリスマンを胸に抱くようにして、ただ祈るのみ。

 オークの鳴き声と男たちの悲鳴がしばし響いていたが、それも静かになっていった。

 

 「だれかたすけてください……誰か……誰か。お父さん……」

 

 乙女の瞳から涙が一滴零れた。床に落ちるよりも一瞬早く、家の扉に斧が突き刺さった。

 メキメキと悲鳴を上げて扉がこじ開けられていく。閂と家具の守りによって扉は辛うじて壁の役割を果たしていたが、人の首をおもちゃのように引っこ抜く豪腕を持つオークを前に、いまや風前の灯だった。

 斧が扉の中腹に突き立てられ、左右に刃が揺れる。木材が落ちていく。オークの鈍重そうな瞳が隙間から中を覗いた。

 きっかり二秒間。オークの瞳と少女の瞳が交差した。

 にやりと嫌な音を少女は聞いた。オークの手が隙間にねじ込まれると、瞬く間に皹を広げていく。

 

 「あぁ、ぁああ……」

 

 声にならない悲鳴をあげて少女が後ずさる。逃げて逃げて逃げて……壁に背中がぶつかるまで。逃げ場は無い。少女の腕はたやすく折られ、頭部もろともオークの胃袋に叩き込まれるだろう。

 今まさに扉を破らんとしたオークは、

 

 「グガァァッ!?」

 

 横合いから吹き飛ばされた。

 何事から他のオークがあたりへと視線を配る。何一つ無い。あるとすれば命乞いをする村人が居る程度だ。

 吹き飛ばされたオークは即死していた。胴体に深々と突き刺さった――矢というには巨大すぎる鉄塊によって内臓もろとも粉々に粉砕されていたからだ。突き刺さった反動はすさまじくまるで丸太が矢として射出されたかのよう。ドラゴンの鱗のように強固な筋肉に分厚い脂肪を貼り付けた巨体がぶら下がっていた。あろうことか、人の丈を数倍しても有り余る体躯が地面を離れ家屋の壁に縫い付けられていたのだ。

 オークたちが敵の襲撃と気づき各々の武器を掲げて咆哮した。

 刹那、一陣の雷がオーク一体の上半身を消し炭にした。唯一雷の影響を免れた背骨が下半身から生えているだけだった。

 上半身を射抜いた物体が家屋の壁を貫通、屋内へと侵入するや反対側の壁の中ほどまで埋まる。

 恐る恐る家屋の中を覗いたオークは見た。返しの付いた突撃槍のような物体が"着弾"していた。物体は木材をまとわりつく電流によって侵食しつつあった。触れる箇所は既に腐食し、灰と化している。

 それがまさか弓矢であるなどとオークが理解できるはずも無い。

 家屋の覗いていたオークの右足が折れる。否、勢いのあまり大地へと埋まった。

 

 「グ、グぅ? これは……おれのあしが」

 

 鉄になっている。言いかけて気づく。矢が自分の右足全てを粉々にして地面へと強制的に埋没させているのだと。

 絶叫するオーク。他のオークたちはようやく気が付いた。村を見下ろせる位置にある小高い丘にいる一人の騎士が"それ"を構えていることに。

 

 「竜狩りの矢の威力を知るがいい」

 

 騎士が悪夢にうなされる子供のようなあやふやな口調で呟いた。

 神代。神と呼ばれる種族と竜が壮絶な絶滅戦争を行った時代。

 古の王グウィンは自ら率いた騎士達に竜を殺すための武器を作らせた。

 人を殺す武器では駄目だった。竜は途方も無く大きく、強く、速い。岩のような強靭性。生半可な鎧など溶鉄へと貶めるであろうブレス。空を飛べば鳥でさえ追いつくことができない。そのような生物を殺すにはどうすればいいか。

 結論はこうだ。グウィンが担った雷を模した武器。すなわち、巨大な矢を放てる弓で蹂躙すべしと。

 竜をも殺す武器の威力を前に、いかなる防具も通用しない。使い手。それも、偉大なるソウルで鍛え抜かれた存在が担うとなれば、矢どころではなく、古代の雷の一撃にも匹敵する威力が発揮されるであろう。

 武器の名を――竜狩りの大弓。最古の騎士が担ったという誉れ高い武器を構えていた騎士ははっと気が付いた。

 

 「……ここは? 私は確か火を継いだはずだが……」

 

 最初の火を継承したもっとも新しい伝説として存在を捧げたはずだったのだ。

 ふと気が付くと大弓を握りなにやら村を襲うデカブツを射抜いていた。化け物を屠ってきた身としては、平和な村を荒らす連中を始末するのに抵抗感は無かったが、自分がどうして見ず知らずの場所に居るのかが理解できなかった。

 ぶよぶよの二足歩行の化け物――巨人族としては小柄すぎる。神族にしては化け物じみている。人としてはでかすぎる以前に骨格がおかしい。そんな連中が、向かってくるのを見た。

 騎士は大弓をゆっくりと地面に横たえると、愛用の盾を構える。

 

 「殺気立っているな。仲間を殺されたことに頭にきてくれていれば助かるが」

 

 頭に血が登った相手ほど卸しやすい敵はいない。視界が狭くなり攻撃が単調になるからだ。

 騎士は地面に突き刺していた盾を抜き、左手に備えた。

 黒騎士の盾。大王グウィンの配下たる騎士たちが身を灰となるまで焼かれてもなお手放さなかった武器。気の遠くなる年月を経てもなお失われない誇りを宿した武器を、騎士は気に入っていた。愛用の盾を竜にさらわれた悔しい過去のせいで泣く泣くこの盾に持ち替えることになったのであるが。

 右手に構えるは凡庸なロングソード。ごくありきたりな量産品であるはずのそれを騎士は最後まで手放さなかった。自らの一部になるまで使い込んだ武器を捨てられるわけは無かった。

 丘を登ってくるオークの群れに、騎士は盾を前に構え腰を落として待ち構える。

 薪たる騎士の全身が薄い火を帯び始めた。励起するは太古の昔より受け継がれてきた火の力である。

 例え残り火だとしても、世界を繋ぐことを選んだものが宿す力は、消えかけてなお圧倒的である。

 ごくありきたりな一人の兵士。しかし、オークたちは確かに感じたことであろう。

 決して埋まることのない溝というものを。

 

 「ゆくぞ」

 

 たった一言つぶやくや、駆け出した。

 先頭のオークの棍棒の一撃を紙一重でかわす。甲冑と擦れたことで火花が散った。

 再びオークが棍棒で薙いだ。騎士がステップを踏んだ。まるで獣のように姿勢を崩すと、前のめりになりつつ棍棒の下を掻い潜る。

 達人は嘯いたという。紙一重でかわすため身は斬られず衣服だけが引き裂かれるのであると。

 騎士がロングソードで足を薙ぐ。傷一つ付けられまいと油断していたオークの表情が変わる。

 皮膚を易々と削り取り骨まで抉り取られていたからだ。がくんと膝が折れたところを殴られる。黒騎士の盾がオークの顔面を粉砕していた。

 オークがよろめき棍棒を盾のようにして構えた。

 騎士が姿勢を崩さぬまま飛び込んでいく。ロングソードの一撃を受け止めんとしたオークの棍棒が、あろうことか半ばから叩き斬られる。肉へ埋没した刃はまるでバターか何かを裂くような容易さでオークの頑丈な腹から首までを一文字に切り裂いていた。

 顎をカチ割られたオークの死体をどけて、次の一体へと襲い掛かる。棍棒の一撃が宙を薙ぐ。騎士が盾を構え受け止めた。

 巨大な銅鑼を殴りつけるような轟音が響いた。

 オークが棍棒を振りかぶるや、横薙ぎから叩き落しに攻撃を変えた。打ち下ろされる一撃を黒騎士の盾がさえぎった。

 

 「それだけか?」

 

 騎士の挑発に乗ったオークが武器を構えた。

 再度の振りかぶり。釘を打ち込むかのような仕草はいっそ滑稽で。騎士とオークの体格差は大人と子供を彷彿とさせた。

 大人が本気で殴りつけているというのに、子供はまるでそよ風を受けているような顔をしていた。

 金属音を上げて騎士の足が地面に埋まる。だが、それだけだ。黒騎士の盾を構えた騎士を殺すには至らない。

 甲冑の脚部が地面から引き抜かれるや、騎士が跳躍した。オークの首に取り付くと、盾に挟み込んであったダガーで両目を一閃。致命の一撃を脳天に叩き込み沈黙させた。

 どう、と倒れるオークの死骸を乗り越えて騎士が往く。悠々とマントを払うと、鞘に仕舞っておいたロングソードを引き抜く。盾を背中に背負い込むと、切っ先で狙うかのようにして右に構える。

 

 「グガぁぁぁぁッ!」

 

 オークの一体が、棍棒ではなく粗雑な槍を構え突撃した。

 右に構えるロングソードの切っ先が穂先を文字通り軽く払うだけで弾き飛ばす。がら空きになった懐に飛び込んだ騎士へ対応するべくオークが槍を手前に引き寄せた。

 

 「せえいっ!」

 

 騎士が息を吐いた。槍ごと、一太刀で叩き割る。衝撃が背中まで突き抜け、皮膚に薄い線状を走らせていた。

 前のめりに倒れる胴にとどめの一撃。体を蹴り、刃を引き抜いた。

 騎士が無感情に息を吐く。火の粉が吐息から漏れ出して中空に溶けていく。

 敵は多い。狩るべき獲物を殺すべくロングソードを構えなおした。

 

 

 

 

 

 剣戟が止んだ。涙を流し震えていた少女の下に影が迫っていた。

 扉がぶち破られる。丸太が扉を破壊していた。現れた影に少女は息を呑んだ。

 丸太を突撃槍か何かのように構えた騎士甲冑が扉の残骸を乗り越えて姿を見せる。

 騎士は、壁際で震える少女の姿を認めると、丸太を下ろした。

 

 「君が唯一の生き残りか……希望を持たせるようなまねはしたくない。村人はみんな死んだよ。私がもう少し早く召喚されたならば話は別だったろうが」

 「だれ……誰なのですか? あなたは……」

 

 少女は怯えきっていた。現実を伝えられてもなお受け止めきれないのか、質問を変えた。考えないようにしているのが明らかだった。

 騎士は少女の澱んだ瞳を見てため息をついていた。

 

 「私かね。悪いが名前が……忘れてしまってな。アッシュとでも呼んでくれ」

 「だから、あなたは誰なのですかっ!」

 

 少女が喉も裂けよと叫んだ。

 まるで話を聞いていないように思えた。

 

 「召喚されたということは君が何らかの誓約を結んでいたのだろう。私は約定によって召喚に応じたことになる。私は、どの誓約も誓っていなかったはずだがね」

 「何の話をしているのですか……私は……私は誓約なんて知りません」

 

 騎士の言葉に少女がきょとんと目を瞬かせた。

 騎士は唸る。どうやら召喚の主であるようなのだが、覚えが無いらしい。

 確かに騎士も誓約を結んだことはあった。太陽に使えるもの。神々の約定に従い闇の従者を殺害するもの。だが、少女はまるで記憶に無いような受け答えをしていた。

 ロスリックには火継ぎの王たちの土地が流れ着くという。時空さえ超越して結ばれているというそこには名も無き神の誓約もまた存在する。誓約とはすなわち契約であり目的が存在する。目的の無い誓約は存在しない。無力な少女を守るための誓約など存在するのだろうかと騎士は訝しむ。

 いずれにせよ少女を泣き止ませる手段など知らなかった。

 名を名乗れ。ならば名乗ろうと跪くと剣を地面に置き胸に手を当てて頷いた。

 

 「私は名も無き薪の王。最初の火を守る継承者なり。約定に従い召喚に応じました」

 

 騎士が手を差し出した。少女は目を丸くしていた。

 目からこぼれる涙が止まったのを見て騎士は愉快そうに笑った。

 

 

 




主人公は上質戦士です。ハンドアクスちゃん持たせたかったけど絵柄として悪いのでナシ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。