「私は……」
私は、戦い続ける事を選ぶ。
だってそれが私の選択の結果。しなければならない事で、他の誰にも代わりはいない。
なら、私がやらなきゃ。私が倒さなきゃ。
でも、無謀な戦いに挑むなんてできない。私には、私を待ってくれている人がいる。
愛しい人と、そしてその人と作った命のためにも、生き延びなければならない。
私は戦う。終わりがなくても、必ず終わらせてみせるから。
「よく言った。私は嬉しい……君は吹雪になってしまったけど、でも、ちゃんと自分を保っているんだね」
心底嬉しそうな声で言った先生が杖で海面を突くと、カァン、と綺麗な音が響き渡った。
すると空中に見覚えのある鉄の塊が現れて、私の背中と手元に降ってきた。独りでに革製の帯が肩に巻かれ、
左手で箱状の連装砲を支え、右手でグリップを握る。背負った
「あ……」
闇のように暗いもやが私の体を包むと、制服が
砲の表面、冷たい鉄の板からにょきっと出てきた妖精さんが『よろしく~』と声をかけてくるのにびっくりしつつ、よろしくね、と挨拶を返す。
そっか、こういう風になってるんだ。……全部わかった。
「……よしっ」
キッと前を見据えれば、霧を背後に立つのは戦艦レ級ただ一人だった。最初の深海棲艦と呼ばれた女の子はどこにもいなくて、でも、だからこそ私はほっとした。
あの女の子には今の私じゃ敵いそうにないって、なんとなくわかっていたから。……でもだからって、戦艦に勝てるとは思わない。
勝たなくちゃ、いけないんだけどね。
私は、勝つ。勝って、あの人の愛と幸せな日々を守ってみせる。
「行きます!」
声を出して気合いを入れ、腰を落として艤装を駆動させる。
いざ、前へ出ようとした時、横合いから突き出された杖に慌ててブレーキをかけた。
先生の杖だ。
見上げれば、紅い瞳が私を見下ろしていた。杖が静かに引き戻されると、自然と先生の方に体が向く。
「餞別だ。受け取りなさい」
再び杖が海を突く。カァンと澄んだ音色が響き渡り、先生の頭の上に闇が渦を巻く。ブラックホールみたい。
杖の先端の宝石を取り巻いていた光の一つがブラックホールの中心へ吸い込まれていくと、さらに激しく渦巻いた。そしてそこから人型の闇が飛び出し、着地までの間にはっきりとした形を持って、色がついて、艤装がついて……艦娘になった。繰り返し、五つ。艦娘と……たぶん、艦娘じゃない女性達。
「鎧袖一触よ。心配いらないわ」
白い着物に青い袴。黒髪はサイドテールで、大きな弓と矢筒と飛行甲板。
正規空母の加賀さん、かな。たぶんそう。鋭い目つきは少し怖くて、でもそれが敵に向けられているとわかると、なんとなく勇気づけられた。
「ギッタギッタにしてあげましょうかねぇ!」
ベージュ色の制服に、黒髪を編んで垂らしていて、艦橋の他に両腕と両足にこれでもかってくらい魚雷発射管を備えている。
重雷装巡洋艦北上、という口上を耳が覚えていたから思い出せた。ゲームだと砲撃戦前に攻撃してくれる人だよね?
自信に満ちた表情は、今日初戦闘の私にとって頼もしい事この上ない。その変な屈伸体勢みたいなのは、由緒正しき雷巡のポーズというやつなのだろうか。
「宇宙キタコレ! って、ちが~う!」
ピンク色のツインテールと、吹雪型に似た白い制服。お腹の辺りに赤くて丸い缶バッチ。一際小柄な体躯に、天に突き出された両手で支える連装砲の上に乗ったマスコットみたいなウサギさん。
駆逐艦の
同じ駆逐艦がいてくれると安心する。率先して戦いのお手本を見せてくれれば私もうまく戦えるようになると思うけど、この子のレベルってどれくらいなのだろう。
「お前に戦いという言葉の定義を教えてやる」
金色の髪の毛を全部纏めてツインテールにした、体の線を隠す膨らんだ黒いコートを着た女性は、何度見ても私の記憶には無い……艦娘? だった。
一応味方みたいだけど、加賀さんとは違った静かさを持っていて近寄りがたい雰囲気。体がおっきく見えるせいかな。ちゃんと見れば、背はそんなに高くないってわかるんだけど。
風が吹くと、まるで腕が通っていないみたいに袖がはためいた。
「カーニバルだよ!」
形を得てすぐにぴょんと飛び跳ねたのは、長い黒髪の女性だった。おっとりとした顔付きに開きっぱなしの口は楽しげで、赤色の肩掛けに、同色の、先生とは趣の違ったドレスのような洋服を身に纏っていた。スカートには……ニコちゃんマーク?
この人も私の知らない艦娘だ。……全部の艦娘の容姿と声と歴史は朝姫ちゃんが用意してくれた資料で頭の中にいれたはずなのに、見逃しがあったのだろうか。……それとも新しく出た艦娘?
「さあ、行きなさい。私も付き合おう。戦いが終わるその日まで」
杖を引き戻した先生が言うと、みんなが私の隣に並んだ。自然と私が中心になって、どう振る舞えば良いかを察する。
「みんな、準備はいい?」
最初の一言以外何も喋ろうとしないみんなに話しかけて返事があるかは心配だったけど……実際返事はなかったけど、頷いてくれた。
たぶん私、旗艦になってるんだと思う。みんなを導く戦い方を求められているんだと思う。
私一人で相手も一人なら、近付いて投げ飛ばしておしまいなんだけど、こっちは六人で向こうは一人。私だけ突出する訳にはいかない。相応の戦いをしなくちゃと奮起して、さっそく手を前へ突き出して指示を出す。
「攻撃準備、お願いします!」
「了解」
指示に従って弓に矢をつがえた加賀さんが、ギリギリと音をたてつつ空へ向けて放つ。空気を裂いて空を目指した矢が五機の艦載機に変化してレ級へ向かった。
「砲雷撃戦、準備っ!」
「あ~もうやっちゃいましょー」
「ほいさっさ!」
先んじて魚雷を数本海に潜らせた北上さんに続いて、私と漣ちゃんが砲撃する。もう二人の女性は続いてくれなかった。……というか、武器を持ってない……?
攻撃に参加するどころか、黒髪の人は後ろ歩きで下がって行ってしまってるけど、気にしている暇はない。さすがに集中せずに砲撃なんかしたら体勢を崩してしまう。できれば怪我はしたくない。今は目の前の敵に集中しないと。
幸いレ級は、尻尾からたくさんの艦載機を放った後は私達を興味深そうに眺めているだけで動こうとしてなかったから、狙いを定める時間はたっぷりあった。砲弾がどの程度まで飛んでくかはわからないけど、とりあえず、撃つ!
反動を体で受け止めて、飛び出した弾の行方を追う。放物線を描いて三つの砲弾がレ級に到達した。でも……。
回避も、腕や尻尾で防御する事もなくただ攻撃を受けたレ級の様子を怪しんで再度の砲撃指示を出すべきか悩んでいれば、着弾地点にもうもうと巻き上がっていた黒煙が晴れれば、傷を負ってないレ級が姿を現した。……半ば予想していたけど、私や漣ちゃんの攻撃じゃダメージを与えられないのかな? ……でも、直撃して無傷は変だ。戦いの事なんてほとんどわからないけど、それぐらいはわかる。
空で交差した艦載機どうしが破裂音を重ねて響かせる。小さく爆ぜる火は花火みたいだった。
幾つもの影が雨みたいに降り注ぐ。海面が炎に照らされて輝いた。
「魚雷いきます!」
指示してすぐ魚雷発射管から全ての魚雷を放つ。
これなら駆逐艦でも戦艦にダメージを与えられる。そのはずだ。
その場から動かないまま、私と漣ちゃんと北上さんでありったけの魚雷を撃ち尽くす。一回、二回、三回、四回。それで全部。放射線状に広がっていく魚雷がレ級の下へ到達すると、先程よりずっと大きな爆発が起こって、天を突くような水柱が立ち上がった。
「……!」
それでもレ級は無傷だった。
乱れる足場になんとかバランスを保つ私達……私を嘲笑うようにそこに立っていて、尻尾を持ち上げてそれを私に向けた。水が滴る異形の顔の左右についた太い砲身。
回避は……間に合わない。動いていないのがあだになった。
顔を庇って身を縮込める。衝撃に備えて顔を背けて……直撃音。
熱と風が左右を通り過ぎていくのに前を見れば、黒い背中が見えた。
金髪の女性が私の前に出て庇ってくれたらしい。……不思議なのは、攻撃を受けたはずのその女性は平気そうな顔で私の方を向いて横を歩いて行ってしまった事。彼女にも攻撃が効いてない?
わからない。なんにもわからない。
だから戦うしかない。戦っているうちにわかるかもしれない。
「突撃しま――っ!?」
気合いを入れて顔を上げ、砲を握り直して抱えて、いざ動き出そうとした時、それは起こった。
嵐みたいに波が高く荒れ狂い、凄まじい風圧が背中側から吹き付けてきて飛ばされそうになってしまう。
なんとか踏ん張りながら後ろを窺えば……船が、あった。
戦う船。真っ黒で、光のラインが走る船。それが横並びに二つ。……さっき一列に並んだ時、両サイドに見知らぬ艦娘が並んでいたのと同じで、あの船がある位置取りは私達を挟み込むような形だった。
色が吸い込まれていく。
波も風も気にならないくらい光の粒が船の前面へ収束していって、いったい何が起こっているのかもわからなくて。
『ナンダ、アレハ……』
レ級の声だろうか、呆けたような言葉が聞こえたのと、それから二つの船上に先程の女性を見つけたのは運が良かったのだろう。
だって、光線が放たれたのはその直後だった。
海を裂くように二条の光の奔流が迸る。それは私達を挟むように立ちはだかって、前へいくごとに狭まっていた。
木の葉のように舞い上がりそうだった私の体を漣ちゃんと北上さんと加賀さんがそれぞれ左右と後ろからがっちり押さえ込んで助けてくれた。三人はどうしてこの……喋るのも目を開けるのも困難な大災害の中で平気な顔をしていられるのだろう。
私はもうくらくらで、いったい何色なのかもわからない光の先に呑み込まれたレ級の影を見つけて、意識が飛びそうになった。
「ぅ……」
気がつけば空は晴れていた。
気がつけば、私は勝利していた。
だけど喜びを分かち合う仲間の姿はどこにもなく、私は大海原の上にぽつんと立っていた。
何も言えなかった。ただ、波の音を聞いていた。
さっきのは夢だったのだろうかと疑ってしまう。
でも、体に残る熱が、押さえ込まれて痛んだ肩や腕が、熱を持った連装砲が、私に現実を教えてくれた。
ではあの子達は……みんなはどこに行ったのだろう。
「ここではないどこかだよ」
後ろから声が聞こえて、力の入らない体に鞭打って振り返る。先生が海の上を歩いてきていた。まだ黒いドレスをきた不思議な状態のまま。いつもの先生じゃないから、ますます私はさっきのが現実だと理解しない訳にはいかなくなってしまった。
「さて、どうだった?」
「どうって……言われましても」
私の前に立って見下ろした先生は、読んだばかりの本の感想を聞くような気軽さでさっきの一戦の感想を求めてきた。
そんな……えぇっと……。うう、語る言葉が見つからない。
だって、よくわかんなかった。何がどうしてああなって、何をどうすればこうなったのか。
「チュートリアルにするには難易度が高かったかな」
「……?」
よくわからない事を言った先生は、優しげに目を細めて私の肩に手を置くと――海より冷たかった――、水平線に目を向けた。つられて私も海の果てを見る。日の光に煌めく白と青は綺麗で、平和だった。
「私……」
肩に置かれた手に指で触れて、ぽつりと呟く。
事情は理解できないけど……戦いが始まって、戦いが終わって……。
それで私、勝ったんだよね?
レ級を、倒したんだよね?
「ああ、そうだ。君の勝利だ」
先生が頷く気配がした。
そしたら……もう司令官の下に帰っていいのだろうか。
「勘違いしてはいけないよ。戦いはまだ始まったばかりだ」
「え、でも、さっき倒して……」
「一人は、ね。でも最初の深海棲艦が残ってる」
先生が言うには、あの泣いていた女の子がいる限り無限に深海棲艦が生み出されていくらしい。
「だったら、レ級じゃなくてあの子を倒さなくちゃならなかったんじゃ……」
「いや、それは正しい判断ではない。あの場で君が彼女を倒す事はできない。倒す意味がないからだ」
「それじゃあ……どうすれば良いんですか? ……私」
この広い海で、今頼れるのは先生しかいない。
先生に向き合い、その手を握って見上げる。
私の問いに先生は静かに答えてくれた。
「戦い続けなさい。暁の水平線に勝利を刻むまで」
レ級を倒した。それで終わりじゃない。むしろ、あれが始まり。
あのレ級は倒してもすぐ復活するって先生は言った。あれは、特別なんだ、って。
これから私は艦娘として……吹雪として、人のために深海棲艦と戦わなければならない。
私の選択の結果が引き起こした事態だから。全部、私の責任だから。
「そう気負う事じゃない。どうせいずれは海に漂う遺志は飽和し、何十年か後にでもそれらしきものが誕生していたから」
「……でも、私は戦います。戦い続ける事を選んだから」
「うん、それが良い。君にそれ以外の選択肢はない」
うんうんと頷いた先生は愉快そうで、見た事のない笑みを浮かべていた。綺麗で、大人びた……先生は大人だけど、そうじゃなくって。
「先生は……なんなんですか?」
「何、ときたか」
この際だから、気になった事を聞いてみた。
先生は変だ。へんてこな服を着てるし、変な杖を使って魔法みたいな事象を引き起こすし、艦娘だって呼び出した。その子達が消えちゃったのは……この海のどこかに行ったからだろうか。
「君を気に掛ける保健の先生だよ」
「気に……だから、私の味方を出してくれた?」
「そう。君が正しい選択をしたから、力を貸した。……でもこの戦いは君のものだ。君は自分の足で踏み出さなくてはならない」
最初の敵があまりにも強かったから助け舟を出したけど、と言った先生は、迷惑だった? と悪戯っぽい笑みを浮かべて小首を傾げた。
迷惑だなんて、そんな事ないってわかってるはずなのに……私一人じゃどうしようもなかったから。
「今、この世界に艦娘は君一人だ」
……私、一人。
それはつまり、私が深海棲艦と戦わなければ誰かが傷つくという事。
他の艦娘が生まれるまで、そしてその子達と勝利を手にするまで、私は戦わなければならない。
「思い詰める事はない。君のフィアンセが言ってくれた事を思い出してみなさい」
「……司令官の、言ってくれた事……」
なぜかそれはすんなりと頭に浮かんだ。
私のやりたいようにやれば良い。駄目だったら止めるから……そんな風な言葉。
「君が君を保つ事は誰に咎められる事でもないし、むしろそうするべきだ」
胸に手を当てて司令官の声を繰り返し頭の中に流していれば、唐突に先生が言った。
……それもまた、よく意味がわからなかったけど……どうしてか胸が軽くなって、嬉しくなった。
先生が杖を一振りすると、ふっと体が軽くなった。浮かんだ艤装と連装砲が先生の杖に収納される。
「これは預かっておくよ」
必要になったら保健室に来なさい。言い聞かせるような声音の先生に大きく頷いてみせて、それから――。
◆
気がつけば住宅に囲まれた道路にいて、朝姫ちゃんと真夕美ちゃんに顔を覗き込まれていた。
凄くぼうっとしていたけどどうしたの、と聞かれて、私は返事に詰まってしまった。
深海棲艦が現れたなんてどう言えば良いのかわからない。けど伝えない訳にもいかないから、ぼかしぼかしさっきあった事をそのまま口にした。
三人とも信じてくれた。それはもう、あっさりと。
私だったら疑っちゃいそうな突拍子もない話なのに、みんな真剣にこれからの事を考えてくれている。
なんとなく、胸がぽかぽかした。
司令官も同じだった。
この世界にも深海棲艦が現れた事を伝えると、まだそれが私以外の有力な誰の耳にも入っておらず、たとえ耳にしたとしても信じないだろうし、信じたって動けないだろうという事で、急遽作戦会議を開き、私達の家は打倒深海棲艦の拠点となった。
それからの一ヶ月はめまぐるしかった。
先生に艤装を借りて海に出て、深海棲艦をやっつけての繰り返し。たまに船が近付いてくるから全力で逃げ出して、学業も疎かにできないからしっかり学校も行って。
時々私はユキだった時の事を思い出してしまうけど、その気持ちや思いを口に出したいなら、素直に出す事にした。やりたいようにやって良いって許可は出てるから、また私は吹雪とユキの間を行ったり来たりする生活を始めた。
司令官の奥さんで、お兄ちゃんの妹。それで良いって先生が言った。私も、これが良い。
だって愛が二倍だ。幸せも二倍。司令官と分け合えば四倍。
私、幸せだった。
戦うのは簡単じゃないけど、自分のため、みんなのためにって思えば頑張れる。
「行きましょう、司令官!」
今日も私は海に出る。お兄ちゃんと一緒に。
朝姫ちゃんが用意したクルーザーには大張り切りの朝姫ちゃんと真夕美ちゃんと綾華ちゃんとボディーガードの皆さんと、それから先生がいる。
戦う日々に不安はない。これから仲間だって増えていく。
妖精さんもうじゃうじゃ増殖して、そろそろ二人目の艦娘が生まれそうだと話していた。
「ああ……どこまででもついて行ってやるさ!」
船の上で息巻くお兄ちゃんに、その隣で私も気合いを入れる。ふんすと息を吐いて、艤装を背負って、砲を握り締めて。
眼下に広がる青い海の向こうに、未来がある。
ほんの半年前までは『どうなっちゃうんだろう』とか『死んじゃおうかな』なんて思っていたのが嘘みたいに、私の気分も晴れやかだった。
「駆逐艦吹雪、
踏み出す一歩も軽いもの。手すりを乗り越えて、船の横に落ちてゆく。取り残されないよう艤装を繰って全速力で船に並ぶ。
戦いが終わったら、今度は嘘なんかつかずに、お兄ちゃんと家族になろう。
また手を繋いで歩けるその日のまで、吹雪、頑張ります。
Another End 抜錨、未来へ
Tips
・お腹の赤ちゃん
艦娘になった時点で成長が止まり、艦娘じゃなくなれば成長が始まるだろう。
説明済み。
・先生の目的
既視感MAXの危なっかしい子がいたから
幸せになったら良いなーと思いつつ手品手品。
なりきりなんて一人で十分。
・金髪ツインテ
ハルナ
・黒髪ロング
マヤ