ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第百五話 ending

「よくぞ成し遂げてくれましたね」

 

エクスキャリバー獲得クエストを達成したことによって蘇ったヨツンヘイムの光景を、トンキーの背中から眺めていたイタチ等に対し、虚空より掛けられた声。その方向へ視線を向けると、そこにはクエストに挑んだ最初の時と同じように、金色の光が発生していた。やがて光は高さ三メートル程の大きさの人形を形作り、一人の女性が姿を現した。今回のクエストを依頼したNPCである、『湖の女王』ウルズである。ただし今回は、実体を持たない姿形が見えるだけの状態だったクエスト依頼時とは違い、確かな実体を持っていることが分かる。恐らく、クエストが完了したことにより、隠れ潜んでいた場所から出てきたという設定のもと、姿を現したのだろう。

そんなことを考えていたイタチの前で、ウルズは穏やかな笑みを浮かべたまま、言葉を紡ぎ始めた。

 

「『すべての木を斬る剣』エクスキャリバーが取り除かれたことにより、イグドラシルから断たれた『霊根』は母の元に帰りました。樹の恩寵は再び大地を巡り、こうしてヨツンヘイムにかつての姿を取り戻させたのです。」

 

「いや~、それほどでも。けど……危ない場面も結構あったよね。特に最後の方は、フレイヤさん……じゃなくて、トール、か。あの雷おじさんが力を貸してくれなかったら、僕ももう無理だと思ったよ」

 

「全くその通りだぜ。まさか、あの美女があんなガチムチのオッサンになって俺達を助けてくれるとは……北欧神話をあんまり知らなかったとはいえ、心底驚いたぜ」

 

ユウキとコナンの言葉に、その場にいた誰もが頷いた。どうやら、女神フレイヤが雷神トールとしての正体を明かしたあの場面は、本日のクエストにおいて、パーティーメンバー一同が最も衝撃を受けた瞬間だったらしい。

そんな風に乾いた笑いを浮かべる一同を見下ろし、ウルズはくすりと笑った。

 

「かの雷神の力は、私も感じました。ですが……気をつけなさい、妖精たちよ。彼らアース神族は、霜の巨人の敵ですが、決してそなたらの味方ではない」

 

「トールとも……アース神族とも、この先戦うことがあるってことかしら?」

 

「でも、私たちを助けてくれたんだよ?どっちかっていうと、味方なんじゃ……」

 

「北欧神話における『正義』と『悪』の概念は、かなり希薄なものよ。二つの勢力がぶつかり合う点は他の神話と変わらないけれど、見ようによっては、どちらも『正義』にも『悪』にもなり得るわ」

 

「今回はたまたま、私たちの敵が霜の巨人族のスリュムだったから成り立った関係、なんでしょうね……」

 

ウルズの言葉に戸惑いを浮かべたランとリーファ。そこへ入ったシノンの説明を聞いたアスナが、ウルズの言葉に秘められた意図をまとめた。そして、アスナがウルズの方へ向き直り、改めて先の言葉の意について尋ねようとした。しかしその問いかけは、ウルズの感謝の言葉に遮られる結果となった。

 

「私の妹たちからも、そなたらに礼があるようです。」

 

その言葉とともに、ウルズの右側の空間に、意思を投げ込んだ水面のような波紋が発生し、一つの人影を作り出した。身長は、ウルズよりやや小さい、青い長衣に身を包んだ金色の短髪の女性。その顔立ちは、ウルズと同様に非常に整っているが、高貴なイメージのウルズとは違う、優美さを感じさせるものだった。

 

「私の名は『ベルザンディ』。ありがとう、妖精の剣士たち。こうしてもう一度、あの緑のヨツンヘイムを見られるなんて……本当に、夢のよう……ですからこれは、感謝の気持ちです」

 

そんな感謝の言葉とともに、ベルザンディは右手を優雅な動作で振るった。すると、イタチ等パーティーの目の前に、アイテムやユルド硬貨が滝のように流れ出し、テンポラ・ストレージへと次々に収納されていった。

そして、ベルザンディからの齎された褒賞全てがストレージに収納されたところで、今度はウルズの左側の空間に、つむじ風が発生する。そして、ウルズの二人目の妹が姿を現した。

 

「我が名は『スクルド』!礼を言おう、戦士たちよ!」

 

末の妹らしきスクルドの出で立ちは、鎧兜を纏った戦乙女という表現が似合うもの。ヘルメットとブーツの側面から、長い翼が伸びている。姉二人と同じく金髪で、その整った顔立ちにはその恰好がよく似合う、美しさと勇ましさを併せ持っていた。何より特徴的なのは、姉二人とは違い、そのサイズは妖精――イタチ等プレイヤーと同じであることだった。

そして、凛とした声で叫ぶと同時に、スクルドはその手を大きく振るう。すると、先のベルザンディの時と同様、褒賞たる硬貨とアイテムが滝のように齎される。スリュムヘイムの激戦で、ストレージはほぼ空っぽの状態だったのだが、女神二柱からの褒賞は凄まじく、ストレージから溢れたアイテムがオブジェクト化してトンキーの背中を転がっていた。

 

「私からは、その剣を授けましょう。しかし、ゆめゆめ『ウルズの泉』には投げ込まぬように」

 

「了解した」

 

「はーい!」

 

最後に、ウルズからエクスキャリバーを授ける旨が告げられた。イタチとユウキが了承の返事をしたのと同時に、ユウキが両手で持っていた最強の伝説武器、聖剣『エクスキャリバー』は、すっとその姿を消した。

 

「ユウキのストレージか?」

 

「えっと……あ!そうみたい!」

 

どうやら、エクスキャリバーを持ち続けていたユウキのストレージへと収納されたらしい。ユウキがウインドウを展開してストレージ中のアイテム欄を見て確認したので、間違いは無い。ようやくこれで、本クエストにおける『エクスキャリバー獲得』という最大の目的を果たせたことになる。その事実を認識し、イタチを含めたパーティーメンバー一同はほっと一息吐くのだった。

 

「ありがとう、妖精たち。また会いましょう」

 

ウルズが別れを告げると同時に、パーティーメンバー全員の視界中央に、クエストクリアを告げるメッセージが表示された。

 

「ばいばーい!」

 

「さよならですー!」

 

身を翻して空へと昇っていく女神達に対し、ユウキとユイをはじめとした手を振って送り出す。対する女神三姉妹もまた、手を振って応えていた。やがて、イタチ等七人の妖精達に送り出され、天に昇っていった女神達は光とともに消滅した。

女神が姿を消した、その後に残されていたもの。それは、イタチ等の活躍によってヨツンヘイムに齎された、春を彷彿させる温かな陽光と、トンキーやその同胞達の喚起に沸く鳴き声だった――――

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたな、エギル。それに、明日奈さんも」

 

「さっきぶり、和人君。それに、直葉ちゃんとシノのんも」

 

エクスキャリバー獲得クエストを見事達成したイタチ等は、その成功を祝うために現実世界において打ち上げを催すことをその場で決定した。その開催場所となったのは、エギルが経営する台東区の御徒町にある喫茶店、『ダイシー・カフェ』だった。

先に到着してエギルの手伝いをしていたアスナは、扉を開けて入ってきた和人と直葉、詩乃の三人の方へと向き直って挨拶を返す。ちなみに『シノのん』とは、明日奈が詩乃を呼ぶ際に使っている渾名であり、リアル、ゲームを問わず使用している。

 

「悪いが、少しカウンターを借りるぞ」

 

「オイオイ、女の子達に料理の用意をやらせて、手伝いもしないで何しようってんだ?」

 

「諸事情で参加できないユイをこの場に呼ぶんだ。打ち上げが開始される前に、こっちの準備も終わらせる必要がある」

 

エギルの非難を軽く受け流した和人は、そのままカウンター席に向かい、そこへ手持ちのハードケースを置いた。中に収められていたのは、ファンシーなデザインの熊のぬいぐるみと、一台のノート型PCだった。

前者は一見普通のテディーベアだが、その重さや感触から、中に入っている物は綿の類だけではない。また、よく見ると目の部分は小型のレンズであり、カメラが内蔵されていることが分かる。

後者のノート型PCは、外観は市販のどのメーカーのものにも当て嵌まらないデザインであり、通常のパソコンとは一線を画すような改造が施されていることが、外から見ただけでも分かるものだった。和人が電源のスイッチを入れて立ち上げると、デスクトップには見たことも無いアプリケーションソフトがいくつもインストールされていた。

 

「これって…………何?」

 

「見ていれば分かる」

 

詩乃の疑問に対し、説明するより実際に見た方が早いと答えた和人は、ノート型PCを操作していく。テディーベアに内蔵されているカメラを認識し、動作確認を行っていく。ある程度の調整が済むと、今度はインターネット経由で川越の桐ケ谷家の和人の自室の据え置き機に接続する。それを確認すると、和人は小型ヘッドセットを手に取り、話し掛けた。

 

「ユイ、繋がったぞ。調子はどうだ?」

 

『……見えますし、聞こえます!』

 

和人がマイクに向かって話し掛けた言葉に答えたのは、ALOで聞きなれたユイの声だった。声の出どころは、パソコンの隣に置かれているテディーベアである。しかも、それだけではない。

 

『パパ、ばっちりですよ!』

 

「おわぁっ!」

 

そんな感激した様子のユイの声と共に、テディーベアが突如腕を振り上げた。突如動き出したぬいぐるみに対し、直葉や詩乃は驚いて声を上げていた。

 

「ユイ、いきなり動かすんじゃない。動作確認は、ゆっくり行え」

 

『あ、ごめんなさい、パパ。つい、嬉しくなっちゃって……』

 

和人に叱られたユイは、申し訳なさそうな声色で謝る。それに伴い、テディーベアもまた、振り上げた右腕のひじ関節を曲げ、頭を搔いていた。

 

「もしかして……ユイちゃんが動かしているの?」

 

「そういうことだ。俺が学校で選択しているメカトロニクス・コースの課題として制作中の、『視聴覚双方向通信プローブ』システム内蔵型ロボット……『カクカクベアーくん』というものだ」

 

和人がユイのためにダイシー・カフェへ持ってきた、仮称『視聴覚双方向通信プローブ』システムとは、設置したカメラとマイクが拾った情報を疑似3D化する感覚器として機能させることにより、その場所の状態をリアルタイムで知覚することができる、遠隔通信システムである。

そして、イタチ曰く『カクカクベアーくん』と呼ばれたぬいぐるみは、『視聴覚双方向通信プローブ』を内蔵し、通信相手――この場合は、ユイ――が自身の手足のように自由に動かすための機構を備えた、二足歩行による移動が可能なぬいぐるみ型ロボットなのだ。

 

「成程……つまりこのぬいぐるみに内蔵されているカメラとマイクはユイちゃんが現実世界を近くするための感覚器ってことね」

 

「しかも、ぬいぐるみの中にロボットを仕込んで、現実世界のアバターとして動かせるようにしているのよ」

 

「確か、授業の課題で作ってるんだったよね、お兄ちゃん。えっと、メカ……メカト……」

 

「メカトロニクス・コースだ」

 

直葉の言うように、『視聴覚双方向通信プローブ』は、イタチが個人の独力で作り上げたものではない。SAO帰還者の学校において設立されたメカトロニクス・コースにおいて、和人が所属する制作チームが、授業の課題として制作しているシステムなのだ。今日こうしてダイシー・カフェに機器を持ち込むことができたのも、和人が制作メンバーの一人だったお陰である。

 

「でもこれ、完全にユイちゃんのためのシステムだよね、お兄ちゃん?」

 

「……それについては否定しない。しかし、制作メンバーは俺を含めて全員、意欲的だったからな……」

 

カメラとマイクによる現実世界体感システムに止まらず、アバター代わりに動かせるロボットまで用意していることに、詩乃は驚きに唖然としていた。隣の明日奈も、苦笑を浮かべていた。

ユイのために、これを課題として制作することを提案したのは、確かに和人である。しかし和人としては、市販のマイク内蔵ウェブカメラを四方に設置して、現実世界の空間を疑似的に体感させる程度のシステムさえ制作できれば御の字だろうと考えていた。

 

「しかし、俺も見通しが甘かったかもしれん。まさかあの二人が、学校の課題でここまで規格外のものを作るとは思わなかった……」

 

「ララも藤丸君も、流石にやり過ぎだよね」

 

欧州デビルーク王国の第一王女にして、天才的頭脳を持ち、数々の発明品を現在進行形で開発し続けていることで知られる、ララ・サタリン・デビルーク。

卓越したハッキングスキルを持ち、数々の犯罪者を摘発してきた影の実績を持ち、現在はコードネーム『F』として、名探偵Lの補佐を務める天才ハッカー、高木藤丸。

この二人が、『カクカクベアーくん』制作において、中心的な役割を担っているメンバーだった。ロボットやシステムについて造詣の深いこの二人のチームメイトは、和人の思い描いた構想をさらに膨らませた末、感覚器としてのカメラとマイクを内蔵し、アバターとして動作するロボットという、予想の斜め上を行くシステムの設計を成し遂げた。

当然のことながら、このシステムとロボットは、高校の設備だけで作れるものではない。悪乗りしたララと藤丸が、祖国や世界的名探偵の伝手をフル活用するという、半ば職権乱用に近い手口を使って揃えたパーツやシステムを組み合わせたことによって、完成に至ったのだった。

 

「やっぱりこのクオリティにネーミングセンス……ララだったのね」

 

「現段階では、動きがどうしても“カクカク”しちゃうからこの名前らしいけど、グレードアップするごとに“サクサク”、“ぬるぬる”になっていくらしいわ」

 

「“ぬるぬる”って……アニメじゃないんだから」

 

SAO生還者のための学校に通い始めて間もない詩乃だが、個性の強い面子ばかりが所属する中でも、とりわけ突出しているララのことについては、その能力とネーミングセンスに関してよく知っていた。この高校生が作るレベルを大きく逸脱した機器を発明したのも、彼女ならばむしろ納得できるほどだった。

 

「それくらいのクオリティを目指しているということだ」

 

『私も、ララさんを応援しています!がんがん注文も出してます!』

 

「程々にしておけよ。藤丸はともかく、ララが暴走すれば、手に負えん。終いには、危険物を積載した等身大のロボットまで作りかねん……」

 

「うわぁ……それ、笑えないよ、和人君」

 

SAO時代のララを知る和人と明日奈は、二人して頭を抱えた。アインクラッドでも、人騒がせなアイテムを開発し、洒落にならないトラブルを引き起こしてきたララである。現実世界でもそれが全く変わらないことを知った二人には、これ以上の暴走は重大事故に繋がるような気がしてならなかった。

 

(ただの遠隔操作用ロボットで済むならともかく……下手に暴走すれば、大惨事に繋がりかねん……)

 

(ロケットパンチとか、ビーム光線とか……まさか、胸がミサイルになったり!?駄目よ……ユイちゃんがそんなことになるなんて、絶対に駄目!!)

 

大事な娘であるユイの身に危険が及ぶ可能性を脳裏に浮かべ、震え上がる明日奈。和人も思い浮かべるだけで、内心冷や汗ものである。ユイの安全を確保するためにも、ララの手綱はきっちり引き締め、暴走を抑止する必要があると、深く感じていた。

 

「……まあ、二人がララに苦労させられているってことはよく分かったわ。けど、ユイちゃんはかなり気に入ってるみたいよ」

 

『はい!パパやママが居る現実世界に来れたみたいで、とっても嬉しいです!』

 

何はともあれ、和人やララが作った『カクカクベアーくん』の性能に、ユイはご機嫌の様子だった。テディーベアの姿で、明日奈に抱きかかえられたユイの姿は、見た目こそぬいぐるみではあるが、母親に抱きかかえられた子供のように思えた。

 

「ふふ……良かったね、ユイちゃん」

 

「エクスキャリバーのクエストの準備を手伝ってもらったこともあるけど、ララにはまたお礼をしないといけないんじゃない?勿論、マンタもだけど」

 

「ああ、分かっている」

 

そんな微笑ましい光景に、和人や直葉、詩乃もまた、対立関係を忘れて微笑みを浮かべていた。同時に、詩乃の言った通り、エクスキャリバー獲得クエストに際して、マンタと共にアイテムの準備をしてくれた協力者でもあるララには、いずれ礼をすべきと思っていた。

そうしてユイが『カクカクベアーくん』の動作確認をしている内に、新一と蘭がダイシー・カフェへ到着した。皆で料理が盛られた皿をテーブルに移し、グラスを配ってエギル以外はノンアルコールのシャンパンを注いでいく。そして、エクスキャリバーのリーダーであり、この場に集まった集団の代表とされていた和人が前へ出ると、乾杯の音頭を取る。

 

「聖剣『エクスキャリバー』獲得クエストの成功に加え、雷拳『ヤールングレイプル』入手できたお祝いと、二〇二五年の締めに、乾杯!」

 

『乾杯!』

 

いつもと変わらぬ、無表情のまま取られる和人の乾杯の音頭は、いまひとつ盛り上がりに欠けるものだが、一同は特に文句を言うでもなく、一斉に唱和した。そうして、各々が浮かべる表情からは、クエストを見事達成したことに対する歓喜が見て取れた。そしてそれは、和人も例外ではなかった――――

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、ユウキはどうして来れなかったのかしら?」

 

乾杯後、各々に料理と飲み物を口にしながら歓談する中、詩乃がふと思い出したかのように呟いた。この場に集まっているのは、店主のエギル以外はエクスキャリバー獲得クエストに参加したメンバーである。しかしただ一人、今回のクエストにおけるMVPとも言える、ユウキの姿が無かった。

エクスキャリバー獲得後、リアルで打ち上げをやろうという話になった時、ユウキだけは参加を拒否したのだった。理由は聞かされなかったが、リアルに関することだと言われたので、それ以上の詮索はできなかった。それでも、せっかくの打ち上げなのだからと参加を強く呼びかけ続けたものの、結局ユウキは首を縦には振らず、「僕のことは気にせず、皆だけで楽しんで」とだけ口にして、イグドラシル・シティからログアウトしたのだった。

 

「けど、気になるのよね。どうして、あそこまで頑なに参加を拒否したのかしら?」

 

「……さあな。本人の言った通り、リアルの事情であることは間違いないだろうがな」

 

詩乃の呟きに対し、和人はそう答えた。出会って間もない間柄とはいえ、底抜けに明るく、人当たりの良いのがユウキの性格である。クエストを通して多少なりとも親睦を深めた仲の和人達にならば、直に対面することに抵抗を覚えるとは思えない。であれば、ユウキの抱える“リアルの事情”とは、直接対面するに当たって何らかの困難があるのだろうというのが、和人の見解だった。

 

「家が遠いところにあるってことかな?」

 

「もしくは、予定が合わなかったとか?」

 

直葉と明日奈が口にしたように、自宅が離れた場所にあったり、リアルの事情が立て込んでいたりといった理由は、十分にあり得ることだった。特に前者の、ログインしている場所が遠方に散らばっていることが原因で、リアルでオフ会を開くことに難儀するのは、オンラインゲームではよくある話である。和人達のように、住所が関東圏の東京・埼玉に集中していて、容易に集まれるケースは、むしろ珍しい方だろう。

 

「やっぱり、打ち上げはALOでやった方が良かったかな……」

 

「けど明日奈さん、年末年始は京都へ行っちゃうんですよね。今年中に皆であえなくなるっていうのは、やっぱり…………」

 

打ち上げをALO内で行うのか、それともリアルで集まって行うかについては、明日奈が翌二十九日から一週間、京都の父方の実家に滞在する事情を鑑み、結果として後者を選ぶこととなった。無論、場所を決定する際には、リアルで何かしらの事情を抱えているらしいユウキや、MHCPであるユイのことも配慮し、ALOでやるべきではないかという意見も出ていた。しかし、明日奈の事情を汲んだユイと、自身より深い仲にあるメンバー六人の思いを尊重したユウキが、リアルで行うべきだと進言し、現在に至るのだった。

 

「気に病むことはありませんよ。ユウキもあの性格ではありますが、俺以外は今日が初対面です。一歩引いたような対応になるのは、仕方のないことです」

 

「う~ん……けど、やっぱりユウキには悪かったと思うよ。和人君、今度ユウキに会ったら、この埋め合わせは必ずするから、よろしくって言っておいてくれる?」

 

「分かりました」

 

「けどよ、そのユウキって女の子、お前等と互角の実力な上に、十一連撃のOSSまで持ってるプレイヤーなんだよな?そんな凄え奴が、ALOで無名ってのが、どうにも腑に落ちねえな」

 

「ALO以外にも、色々なVRMMOをプレイしてきたらしい」

 

「けど、あの実力ならヨツンヘイムの邪神狩りやアインクラッドの攻略でも、十分活躍できる筈よ。改めて考えてみると、やっぱり不自然ね」

 

詩乃の言うことは尤もだった。スリュムヘイム攻略におけるユウキの暴れぶりを考えれば、ALOにおける大規模戦闘イベントに参加すれば、一気に名を挙げることができる筈。しかし、これまでALOにおいて実施された有名どころのイベントにおいて、ユウキの名前は一度も聞いたことがない。

ネットゲーマーというものは大概、自己顕示欲が強いものである。十一連撃のOSSなど持っていれば、それを見せびらかしたがるものである。無論、ユウキがそのような人種の範疇に入るとは考えにくいのだが。それでも、OSSを作り出すほどにゲームを極めたプレイヤーならば、もっと公の場でその名前を聞く機会があっても良い筈である。

 

「……まあ、その辺りは本人の事情によるところだろう。見知らぬプレイヤーとパーティーを組むことについては、抵抗があるのは確かだがな」

 

「ふ~ん……お兄ちゃん、ユウキについてかなり詳しいよね」

 

「……パーティーに誘ったのは俺だからな」

 

「ひょっとして、ユウキの事情について、本当はとっくに分かってるんじゃないの?」

 

和人の内心を探るように投げかけられた、直葉の言葉。それに対し、問い掛けられた和人当人は、焦って目を反らすでもなく、表情を変化させずに返した。

 

「さあな。分かっていたとしても、他人に話すようなことじゃない。リアルの事情を詮索するのは、マナー違反だろうが」

 

「むぅ~……」

 

和人の尤もな指摘に対し、直葉は何か言いたそうだったが、結局は押し黙ることとなった。明日奈や詩乃をはじめ、他の面子の反応も同様である。リアルの事情について詮索するのは、余程の事情が無い限りはすべきではない。これは、ネットゲーマーが守るべき鉄の掟なのだ。

以降、打ち上げに参加したメンバーはユウキのリアル事情についての話題には触れず、歓談を再開するのだった。エクスキャリバー獲得クエストの苦労談や、明日のMMOトゥモローの見出しにこのことが掲載されるのでは、といった話題に花を咲かせながら…………

 

 

 

「そういえば、どうして『エクスキャリバー』って読むのかしら?」

 

打ち上げを開始して一時間少々。テーブルの上に並べられた料理を粗方食べ終えたところで、詩乃がそのような疑問を口にした。

 

「藪から棒に、何を言い出す?」

 

「ふと気になっただけよ。普通、ファンタジー系のゲームとかに出てくる、アーサー王伝説に出てくる聖剣は『エクスカリバー』って呼ばれるでしょ?『キャリバー』っていう読み方は、あまり聞かないのよね」

 

「しかし、英語で書いた場合のスペルは『Excalibur』だ。『キャリバー』と読むのに無理は無いと思われるが」

 

『キャリバー』と読む部分の頭文字は、『k』ではなく『c』である。これならば、読み方は『カ』以外に『キャ』でも通用する。しかし、詩乃が言いたかったのは、単純なスペリングの違いだけではなかったようだった。

 

「まあ、それはそうなんだけどね。『キャリバー』って読むと、別な意味に聞こえるのよね」

 

「へえ……どんな意味かしら?」

 

「銃の口径のことを、英語で『キャリバー』っていうのよ。例えば、私のヘカートⅡは五十口径で『フィフティ・キャリバー』よ」

 

「スペリングは『エクスキャリバー』の方とは微妙に違うけどな。『エクスキャリバー』は『calibur』で、口径の方は『caliber』だ」

 

詩乃の説明に補足を加えたのは、新一だった。詩乃はGGOプレイヤーとしての基礎知識であった一方、新一の方は、ハワイで父親に射撃訓練を仕込まれた経験があった故に身に着けた知識だった。

 

「まあ、ALOにおける実際のスペリングも『Ecalibur』だからね。読み方を変えているところには、ダブルミーニングを思わせるのよね。『caliber』の方には、もう一つの意味があるしね」

 

そう付け加えた詩乃は、一瞬和人の方へと意味あり気な視線を向けた。向けられた和人当人は、若干ながら嫌な予感を覚えた。そんなイタチを余所に、今度は明日奈の腕の中に収まっていた『カクカクベアーくん』に内蔵されたスピーカーから、ユイの説明が入る。

 

『『caliber』という単語には、『銃の口径』という意味から転じて、『人の器』を意味する場合もあります。『a man of high caliber』で『器の大きい人』という意味になります。『Excalibur』に関しましては、『Ex』を『Extra』という単語に置き換えれば、『extra caliber』で『特別な器』あるいは『格外の器』という、同様の意味の言葉になりますね』

 

「おお、勉強になるね」

 

ユイの英単語説明に直葉が感心するのを傍目に、和人はジンジャーエールを口にした。流石にここまで説明されれば、詩乃や詩乃の説明を受けた面子――特に明日奈と直葉――が何を要求するかは想像ができた。

 

「そういうことなら、エクスキャリバーの持ち主は、相当に大きな器を持っていないと駄目よね。ねえ、和人君はどう思う?」

 

「…………打ち上げの払いなら、全部俺が持つつもりだったぞ」

 

「それは当然なんじゃないかな?それよりも、『器の大きい人』として重要なことがあると思うわよ」

 

意地の悪い笑みと視線を向けながら質問する蘭に対し、打ち上げの支払いの話に持ち込んで誤魔化そうとする和人。先のGGOにて発生した『死銃事件』の解決に際し、菊岡からの依頼の報酬を断った和人だが、もう一人の依頼人であるLからは莫大な報酬を受け取っていた。いくら受け取ったかは、本人のみぞ知るところだが、少なくとも打ち上げの支払いを全負担したところではびくともしないような額であることだけは間違いなかった。

ともあれ、蘭の質問に対し、そんな小細工が通用する筈は無く……結局和人は、追及を躱し切ることはできなかった。

 

「そうそう、蘭さんの言う通りだよ、お兄ちゃん」

 

「ALOで伝説級武器を人数分揃えてくれるって言ってたけど、まさかそれだけなんてこと、無いわよね?」

 

ニコニコと、それはそれは良い笑みを浮かべて詰め寄る直葉と明日奈の表情を、和人は直視することができなかった。無表情のまま、焦る内心を誤魔化すためにジンジャーエールを呷る。

 

「和人程の器なら、ALOだけじゃなくてリアルでも……この打ち上げ以外のところでも、私達にお礼をしてくれる。そうよね、和人?」

 

「………………分かりました。俺にできる範疇なら、精一杯お礼をさせてもらいましょう」

 

明日奈から発せられた、半ば脅しに近い問い掛けに対し、和人はしばしの沈黙の後、そう言って首肯した。笑顔で威圧しながら迫る、明日奈、直葉、詩乃の三人には、時に忍の前世を持つ和人ですら逆らえないものがあるのだ。

一方、和人に対して迫っていた三人は、和人が口にした言葉に感極まっている様子だった。各々、和人にやってもらいたいことを内心で唱えていた。

 

(やった!これなら、前から行きたいと思っていた映画に和人君を誘うことも……)

 

(この間新装開店した、ケーキバイキングに連れて行ってもらお!お兄ちゃん、甘いもの大好きだから喜ぶよね……)

 

(確か、銃を持ってゾンビを倒すアトラクションゲームがあったわね。和人にも参加してもらうとして、後は……)

 

各々にデートプランを脳内で組み立てる三人の楽しそうな様子を見た和人は、頭が痛くなる思いだった。そんな和人の様子を、蘭は相変わらず微笑ましく思い、新一は顔を引き攣らせて同情的な視線を向けていた。店主のエギルだけは、触らぬ神に祟りなしとばかりに、知らぬ存ぜぬを決め込んでいた。

 

「やれやれだ…………」

 

少女三人に翻弄される自分自身を自嘲しながら、そんなことを呟く和人。しかしながら、こうして気心の知れた仲間達に囲まれ、振り回される経験は、前世のうちはイタチとして生きた忍時代には、ほどんど無かった。故に和人には、こんな空気がある意味では新鮮に感じられ……心地よいとも、思えていた。

 

(こんな風に思えるのも、やはり俺は“変わった”ということだろうな……)

 

エクスキャリバーを持つ者は、器の大きい人物でなくてはならないと蘭は言ったが、実のところ和人は自分自身がそんな大層な人間には思えなかった。異世界への転生や、仮想世界での命懸けの戦いを繰り返してきたことで、その考え方を徐々に改めるようになった和人だが、人としての器はそう簡単には変わらないと考えていた。

かつての忍び時代では、うちはイタチという忍は一部の者達から、うちは一族初の火影になり得ると期待されていた。しかしながら、失敗に失敗を重ねたうちはイタチが、本当に火影の器足り得る人物だったかどうかは定かではなく、和人にもそれは分からない。

 

(もし今の俺が、エクスキャリバーを手にするに足る…………前世の忍世界において、火影を務めるに足る人間になれたとするならば、それは俺だけの力で変わったわけではない。それだけは、確かだ)

 

うちは一族の禁術の『イザナギ』と『イザナミ』のように、不完全であるからこそ引き寄せ合い、補い合い、互いに対を成して初めて少しでも良い方向へ近づける。桐ケ谷和人として生きている現世においては、自分自身と、今この場に集まっているメンバーをはじめ、今まで出会った仲間達がこれに相当する。前世に縛られ、同じ道を歩もうとしていた時、仲間達が大切なことを思い出させてくれたお陰で、今の自分がある。

故に、エクスキャリバーをこうして手に入れることができたのは、自分一人の器によるところではない。自分や仲間達といういくつもの欠片が集まり、一つの器として形を成したからこその成果なのだと、和人にはそう思えた。

 

 

 

 

 

終わりの見えないこの世界で――――うちはイタチは、今ここにある絆を感じ、育みながら、仲間達と共に歩き続ける。

 


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