ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第百四話 シンライ

「きゃぁぁあああ!!」

 

「わぁぁああああ!!」

 

ALOは妖精になりきって空を飛ぶVRMMOだが、翅が使えないダンジョン等のエリアでは、何の抵抗もできずに、ただ落ちるのみである。超高高度から落下すれば、当然ながらプレイヤーは尋常ではないダメージを受ける。崩壊するスリュムヘイムの落下先には、激突する地表は無く、代わりに底の見えない闇が広がるグレートボイドが口を開けて待っている。北欧神話においては、ヨツンヘイムの下には、霜の巨人族の故郷であるニブルヘイムが存在するとされているが、ALOにおいてニブルヘイムが実装化したという話は聞かない。グレートボイドに落ちれば、HP全損はまず間違いない。

だが、イタチとて大人しく全滅するつもりはない。悲鳴を上げるリーファに対し、この危機的状況を打破するための指示を送る。

 

「リーファ!口笛を!」

 

「そ、そうだ!トンキーならっ……!」

 

イタチの意図を察したリーファは、急いで右手の指を口に当てると、思い切り口笛を鳴らした。スリュムヘイムがガラガラと音を立てて崩壊する中、リーファの口笛がきちんと響いているかは定かではない。しかし、この絶体絶命の窮地を脱出するには、これに賭ける以外に道は無かった。

 

くぉぉぉぉおおおん!!

 

しかし、イタチとリーファが救援を期待していた相手には、きちんと届いていたらしい。底無しの穴へと落ち行くイタチ等へと救いの手を差し伸べるかのように、スリュムヘイムへとイタチ等を運んでくれた“もう一匹”の仲間が、甲高い鳴き声と共に飛来した。

 

「トンキー!」

 

「来てくれたんだね!」

 

リーファの呼びかけに応じ、ヨツンヘイムの暗い寒空の向こう側から現れた巨大な影。それは、イタチ等がエクスキャリバー獲得クエストを挑むにあたり、移動手段となって皆をスリュムヘイムへと導いた象水母型邪神、トンキーだった。スリュムヘイム崩壊に伴って辺りに散る瓦礫をものともせず、皆のもとへと駆けつけてきた救援に、皆は一様に安堵の笑みを浮かべた。

 

「皆、トンキーの背中に飛び移るんだ!」

 

トンキーの接近を確認するや、イタチは素早くメンバー全員に避難指示を出す。イタチの指示を受けずとも、皆そのつもりだったのだろう。ぎこちない動作で立ち上がると、次々にトンキーの背中へと飛び移り始める。最初にリーファ、次にユウキ、アスナ、シノンと続き、コナンとランは二人同時にトンキーの背中に着地した。辺りに巨大な瓦礫が舞う状況下にあったものの、幸い誰一人足を踏み外すことはなく、危なげない動作で跳躍・着地に成功する。そして、仲間全員が避難したことを確認したイタチが、最後に飛び移った。皆を乗せたトンキーは、瓦礫の嵐を搔い潜りながら、安全圏へと退避する。

そうして、崩壊中のヨツンヘイムの真下から脱出を終えたところで、トンキーはホバリングして空中に静止した。同時に、危機的状況を脱することに成功したことを認識した一同は、どっと押し寄せてきた精神的な疲労に崩れ落ちた。

 

「……今回は、かなりやばかったわね」

 

「本当だね……まさかクエストをクリアしたのに、あんなことになるなんて…………」

 

「そういえば、リーファちゃん。メダリオはどうなってる?」

 

「あっ!」

 

ランに指摘されて気付いたリーファは、首から提げているメダリオを確認する。エクスキャリバーを引き抜き、スリュムヘイムを崩壊に導いた以上、成功した筈なのだが、実際のタイムリミットを確認しなければ、安心はできない。

 

「大丈夫です!本当に少しだけですけど、光が残ってます!」

 

そう言ってリーファは皆にメダリオを見せる。メダリオはそのほとんどが黒く染まり切っていたものの、確かにほんの僅かに浸食を免れた部分が残っていた。割合としては、全体の一パーセントにも満たない……〇・一パーセントといったところだろうか。それほどまでに小さな隙間ではあるものの、光があることが見て取れた。

 

「良かった~……これで、アルヴヘイムは大丈夫だよ。それに、トンキーの仲間達も助かる!」

 

「やったね、リーファ!」

 

このクエストが成功したことによって、スリュムヘイムは崩壊し、城主であるスリュムとスィアチの野望は打ち砕かれた。即ち、女神ウルズの眷属であり、トンキーの同胞でもある象水母型邪神達が狩られるスローター系クエストも頓挫することになる。

リーファの言うように、アルヴヘイムを未曾有の災害が襲うことも、トンキーの仲間達がこれ以上虐殺されることも無くなるだろう。クエスト成功の感傷に浸り、喜色満面の一同。だが、その感動故に、皆は見落としていた。当初の予定だった、獲得すべきものを逃していることを……

 

「確かに、クエストは成功だな。けどよ……何か、忘れてねえか?」

 

 

 

『…………あ!』

 

 

 

場の空気に水を差すのを承知で口にしたコナンの言葉に、一同は凍り付く。確かにアルヴヘイムの危機は去ったものの、クエスト成功の感動のあまり、当初の目的を完全に忘れていた。

 

「えっと……お兄ちゃん?」

 

「…………」

 

リーファが声を掛けた先に居るのは、パーティーリーダーたるイタチ。しかしその手には、つい先ほど引き抜いた伝説級武器は存在していなかった。

 

「えっと……エクスキャリバーは?」

 

「アイテムストレージに収納することができなかったことに加え、思った以上の重量でしたので、脱出と同時に持ち出すのは、不可能と考えました」

 

その言葉に、一同はがくりと項垂れる。確かにあの状況下で、相当な重量を持つエクスキャリバーを持ったまま逃げることは、譬えイタチでも不可能だっただろう。パーティーメンバー全員が助かるためには、やむを得ない犠牲だったことは間違いない。メンバー一同が、そう心の中で言い聞かせていた。しかしながら、最大のお宝を逃したショックは相当のものだったらしく、気まずい沈黙がその場を支配し続けていた。そんな中で口を開いたのは、イタチだった。

 

「リーファ、トンキーを崩壊中のスリュムヘイムに近づけてくれ。なるべく早く頼む」

 

「へ?……えっと、うん。分かった」

 

誰もが落胆の表情を浮かべる中、イタチだけは相変わらずの無表情で、落ち込んだ様子は見受けられなかった。エクスキャリバーに対する執着が薄かったとも考えられたが、その表情からは、諦めの色が感じられなかった。一体、何を考えているのだろう。誰もが疑問に思う中、トンキーはリーファの指示によって、瓦礫を撒き散らしながら崩壊し続けているスリュムヘイムへと向けて飛行高度を上げていく。

そして、イタチ等が落下した最下層の部屋があった箇所まで辿り着いた。最下層の部屋とその周辺のダンジョンを構築していたオブジェクトは、既に瓦礫と化して落下しており、そこには世界樹の根が張るばかりだった。しかしそんな中……

 

「ねえ、ちょっと。あれって…………」

 

「シノンさん、どうしたんです?」

 

「何か見えたの?」

 

瓦礫の雨が時折視界を遮る中、シノンの持つ、GGOにおいて狙撃手として鍛えた視力と、ケットシーとしての優れた目が、あるものを捉えた。それは、世界樹の根に吊るされて揺らめく、金色に光る、細長い何か――――

 

「まさかあれって……エクスキャリバー!?」

 

「えぇっ!けど、お兄ちゃんは持って逃げることはできなかったって言ってた筈じゃ……!」

 

イタチが獲得し損ねた筈のエクスキャリバーが、何故世界樹の根に吊るされているのか。皆が困惑する中、コナンは全てを悟った様子だった。

 

「イタチ……もしかして、後で回収できるように、世界樹の根に結びつけてたってのか?」

 

「そういうことだ。SAO時代から使い続けている戦鞭スキルが、まさかこんな形で役に立つとは、俺も思わなかった」

 

スリュムヘイム最下層の部屋が崩落する間際。イタチはストレージに収納していた装備の一つであった、戦鞭をオブジェクト化して素早く振るい、先端を一際太い世界樹の根に絡み付かせた上、柄の部分をエクスキャリバーに結び付け、落下を防いでいたのだった。

スリュムヘイムが崩壊を開始した時点で、イタチは全てを予見していたのだった。崩落に巻き込まれることを避け得ないことは勿論、トンキーが駆け付けてくれることもまた、計算の内だった。故に、上手く脱出に成功した後で回収できる望みに賭け、今回のクエストにおける最大の報酬たるエクスキャリバーを回収可能な状態にしておいたのだった。

 

「SAOのステータスは全てリセットしていたから、戦鞭のスキルは大した習熟度ではなかったが……テイムを得手とするケットシーの種族特性のお陰で、戦鞭の使用に補正がかかったらしい」

 

「ハハハ……そうかい」

 

皆が慌てふためいていたあの状況下にあって、戦利品の確実な回収方法を導き出し、瞬時に実行に移したイタチの頭の回転の速さと判断力に、改めて脱帽するコナンをはじめとしたパーティーメンバー。仮想世界と現実世界の両方において、名探偵としてその名を知られたコナンでも、あの状況下でここまで機転を働かせるのは、中々難しい。

 

「相変わらず、出鱈目な方法で問題を解決するわね……それで、どうやって回収するつもりなのよ?」

 

「スリュムヘイムが完全に崩壊してから、世界樹の根に飛び移って回収に向かうつもりだ。流石に、この瓦礫の雨の中へ突っ込むのは危険だ」

 

シノンの問いに対し、イタチはしばらくの傍観後に回収に動くと答えた。確かにイタチの言う通り、崩壊中のスリュムヘイムのど真ん中へ突入しようものならば、瓦礫の落下に巻き込まれて、今度こそグレートボイドへ一直線だろう。トンキーが助けに来てくれると考えるのは、流石に虫が良すぎる。

そんなイタチの考えに対し、反対意見を述べるメンバーは誰もおらず、安全策を取ることが決まった。そして、一同が崩壊するスリュムヘイムと、そのど真ん中で黄金の光を放ちながら根に吊り下げられているエクスキャリバーを眺め初めて数秒後……

 

 

 

唐突に、それは起こった――――

 

 

 

「ぐぅっ!」

 

「うわぁあっ!」

 

きっかけとなったのは、ヨツンヘイムの天蓋に突き刺さっていた部分のスリュムヘイム上部に、猛スピードで走った亀裂だった。亀裂は崩壊を続けるスリュムヘイム全体を覆うような形で走った。そして、イタチ等がそれを確認した途端――――スリュムヘイムの残りの部位全てが、一気に崩壊したのだ。先程までの緩やかな崩壊には無かった轟音と衝撃が辺りに響き、僅かに原型を留めていたスリュムヘイムは、一瞬の内に瓦礫の群れと化したのだ。

だが、崩壊はスリュムヘイム本体だけには止まらない。それに引きずられる形で、世界樹の根の一部分もまた、ブチリ、ブチリと音を立てて千切れ始めたのだ。そして、瓦礫の重さに引きちぎられた根の中には、エクスキャリバーを吊るしていた部分が含まれていたのだ。

 

「あああっ!!」

 

「エクスキャリバーが!」

 

瓦礫や根と共にグレートボイドへと落下し始めるエクスキャリバーを見て、落胆の声を発するリーファとアスナ。他のメンバーの反応も似たようなもので、回収は不可能だろうと一様に諦めた様子だった。

一方、回収のために用意した策が無駄に終わってしまったことを見せつけられたイタチは、

 

(……あの瓦礫の雨の中では、シノンの『リトリーブ・アロー』による回収は不可。回収するには、突入以外に道は無い、か……)

 

現状を冷静に分析し、エクスキャリバー回収のための策を見出そうと、思考をフル回転させていた。この状況では、エクスキャリバーを回収するために取れる方法は、瓦礫の中への突入以外に存在しない。

問題なのは、エクスキャリバーを上手く見つけ出したとしても、トンキーの背中へと自力で戻る手段が無いことである。忍術を自在に使えた前世のうちはイタチだったならばまだしも、翅が使えず、空を自由に飛べない妖精のイタチには不可能である。

 

(ここは、皆を信じるしかない、か……)

 

イタチが考えるに、この場にいるパーティーメンバーと連携すれば、作戦を成功させられる公算はある。しかし、エクスキャリバーは今も落下し続けており、連携を説明・指示している時間は一切無い。それを理解していたイタチは、後先のこと一切を仲間に託し、エクスキャリバー回収のための唯一の策を実行に移すことにした。

そして、いざトンキーの背中から飛び出そうとした、その時――――

 

「とぉぉおおっっ!」

 

「!!」

 

イタチよりも先に、威勢の良い掛け声とともに、トンキーの背中から飛び出した影があった。イタチと同様の黒貴重の服に身を包み、黒の長髪を靡かせた闇妖精族『インプ』の少女――――

 

「ユウキ!?」

 

瓦礫の雨へと飛び出した仲間の名前を驚いた様子で叫んだのは、アスナだった。しかし他のメンバーも同様の反応を示しており、ユウキの行動に対し、一様に驚愕して目を見開いていた。

 

「ちょっとまさか……!」

 

「エクスキャリバーを取りに行くつもりなの!?」

 

「無茶苦茶よ!」

 

本日何度目となるか分からない、ユウキの予測不能な行動に対して唖然とした一同だったが、すぐにその意図を悟るに至った。あるいは、既に慣れてしまったのかもしれない。

ユウキの無謀な行動に対し、無謀と評するパーティーメンバー達の言葉に、イタチもまた同意見だった。尤も、同じ行動を取ろうとしていたイタチがそれを言えた義理ではないのだが……

 

「……皆、後を頼んだ」

 

「へっ?……まさかお兄ちゃん!?」

 

ともあれ、一人飛び出したユウキを放置することはできない。仲間に一言残し、ユウキの後を追い掛ける形で、イタチもまたトンキーの背中から飛び出すのだった。リーファをはじめ、一部メンバーがイタチの行動に気づいたものの、静止を掛けるよりも早く、イタチは瓦礫の雨の中へと身を躍らせていた。

 

 

 

 

 

イタチが動くよりも先に、瓦礫の中へと飛び込んだユウキは、落下中の瓦礫を足場にして、エクスキャリバー目指して移動を繰り返していた。瓦礫と化したオブジェクトの耐久性は、スリュムヘイムを構成していた時よりも著しく低下しており、ユウキが移動時に蹴る度に砕け、ポリゴン片を撒き散らして消滅していた。瓦礫次第では、足を着いた時点で砕ける可能性も十分にある。

 

「うわぁっ!」

 

そして、危険は足元だけに止まらない。スリュムヘイムは崩壊途中であるが故にユウキの頭上から幾多の瓦礫が迫っているのだ。咄嗟に気付いて回避することに成功したものの、直撃すれば問答無用でグレートボイドへ一直線である。

 

(早く見つけないと!)

 

いつ砕けるか分からない足場の瓦礫と、雨霰となって降り注ぐ瓦礫の猛襲という二重の危険に晒されながらも、ユウキはエクスキャリバーの探索を続ける。並みのプレイヤーならば、数秒と持ちこたえられないであろう荒業をこなしながら、落下する瓦礫の中を動き回る中、ユウキはそれを見つけた。

 

(今、光った!?)

 

大量の瓦礫が砕けて消滅し続ける中、エクスキャリバーを探すユウキの視界が、瓦礫のオブジェクト消滅によるものとは明らかに異なる青白い光を捉えた。何かがある――そう直観したユウキの行動は、早かった。先程、謎の光が迸った地点目掛けて一直線に向かう。瓦礫を足場に一々着地している暇は無い。落下する瓦礫の側面を蹴っての水平移動を繰り返すことで、目的地を目指した。そして、

 

「見つけた!」

 

薄氷の上を渡るような危険な移動を果たした先でユウキが見つけたのは、果たしてユウキとその仲間達が望んだ今クエスト最大の報酬。黄金の輝きを放つ剣――――エクスキャリバーだった。それを視認したユウキは、最後の水平移動の際に、両足に自らが持てる筋力を目一杯ゲインし、目標目掛けて弾丸のように飛び出した。

 

「やぁぁぁあああ!!」

 

上から降り注ぐ瓦礫の危険など一切顧みず、崩れゆく瓦礫の中を落下するエクスキャリバー目掛けて真っ直ぐに飛び、その両手を大きく開く。そして――――遂にユウキは、その小さな両手で、今回のクエストの最大の報酬を掴み取ることに成功した。

 

(やった!あとは……!)

 

エクスキャリバーをその手に掴んだユウキだが、これを持って仲間のもとへ帰るという、不可能に等しい工程が残っている。しかし、これを為さなければ、エクスキャリバーはユウキもろともグレートボイドの暗闇に沈むのみである。そしてそれは、今日の戦い全てを無に帰すことにも等しい。

 

(だから……絶対に、皆のところに戻る!)

 

故にユウキは、諦めない。そして、どれだけ絶望的で、実現不可能な方法であろうとも、目的を果たすための手段を取ることに対し、一切の躊躇も逡巡も抱かない。

エクスキャリバーを抱き、勢いのままに瓦礫の雨を抜けたユウキは、空中で体勢を整えると、跳躍先にあった瓦礫に足を着く。

 

「うぉぉおおお!!」

 

そして、先程飛んできた方向よりやや上方へと、その視線を向け、降り注ぐ無数の瓦礫の合間にある、一直線に突き抜けられる軌道を見極める。それと同時に、足が着いた時の反動を利用し、再度の跳躍。瓦礫が砕ける程の衝撃を伴った勢いにより、ユウキの身体は再び弾丸と化して瓦礫の雨を突き抜けていく。

 

「ぐっ……くぅぅっ!!」

 

だが、如何に降り注ぐ瓦礫を掻い潜るための隙間を見出したといっても、全てを完全に回避できるものではない。跳躍時に捉え切れなかった細かい瓦礫や、急速に落下してきた瓦礫が、ユウキの身体を掠め、その度に小さなダメージがユウキの身体に蓄積される。だが、HPの損耗事態は些末事である。問題なのは、瓦礫が掠める度に奪われる、跳躍の勢いにある。瓦礫の雨の中を突き抜けるための勢いと速度が衰えれば、ユウキはその身を瓦礫の雨のど真ん中に晒す羽目になる。

そして、度重なる小さな瓦礫の衝突に見舞われたユウキの勢いは完全に殺され、遂にその進行は完全に止まった。そして、頭上からは止めとばかりに巨大な、それこそ回避不可能なくらいに巨大な瓦礫が迫り来る。

 

(こうなったら……!)

 

ユウキを聖剣もろともに奈落の底へと葬ろうとする脅威を目の前に、ユウキは切り札を使うという選択肢を取ることにした。

 

「はぁぁああっっ!」

 

背中に闇妖精族『インプ』のカラーたる、紫がかった黒色の翅を広げ、横方向へと全力で移動して、瓦礫の回避を試みるユウキ。闇妖精族『インプ』に固有の能力である、光が一切注がないダンジョン内における飛行能力。それが、ユウキがこの窮地を脱するために使うことを決めた切り札だった。

 

(あと少し…………駄目だ、届かない!)

 

だが、飛行が可能なのは、あくまでほんの僅かな時間のみ。数秒足らずで飛行能力は失われるのだ。当然のことながら、連続での飛行などできる筈もない。

ユウキの抵抗も空しく、瓦礫の落下範囲から逃れることは叶わず、飛行能力は完全に失われ、ユウキの身体は再び空中へ投げ出された。そして、頭上の巨大な瓦礫が、ユウキを奈落の底へと鎮めようと迫り……

 

 

 

しかし、ユウキが瓦礫に呑まれることは、無かった――――

 

 

 

「えっ……?」

 

一瞬、何が起こったのか分からず、唖然とするユウキ。ユウキが視界に捉えた瓦礫以外のもの。それは、緑色の三日月状の刃と、青白い光芒を曳いて飛来した一筋の流星。それは、先程まで自身のもとへ落下を続けていた瓦礫を切り裂き、貫き、粉々に粉砕したのだ。結果、ユウキは瓦礫の被害を免れるに至っていた。

そして、一連の出来事の中で、ユウキがもう一つ視認したものがあった。それは、瓦礫を貫いた青い流星の先端に見えた、細長い何か……

 

「ガング、ニール…………!」

 

それが何なのかは、すぐに分かった。何故なら、今日のクエストの中で共に戦ってきた、仲間の武器なのだから……

 

「ユウキ!!」

 

「っ……!」

 

そして、唐突に響き渡ったのは、自身の名を呼ぶ声。聞こえた方向に顔を向ければ、そこには先の槍の持ち主とは別の、もう一人の仲間の姿があった。

 

「イタチ……!」

 

「掴まれ!」

 

今のユウキと同様に、トンキーの背中から飛び出したのだろう。空中に身を躍らせていたイタチは、ユウキが自身の姿を視認したのを確認するや、右手に持っていた武器――戦鞭を振るった。その先端は、ユウキへ向かって真っすぐ伸びていく。そして、ユウキが伸ばした右手に絡み付き、しっかりと固定された。それを確認したイタチは、鞭を思い切り手前へ引くことにより、ユウキの身体を自身の元へと一気に引き寄せた。

 

「ありがとう、イタチ!」

 

「勝手な行動はするなと言っただろう」

 

「ごめん……けど、エクスキャリバーを手に入れるには、これ以外思いつかなくて…………って、ここからどうやって戻るのさ!?」

 

今更ながらに気付いたことだが、イタチもユウキ同様、この空中にあって、よりどころとする瓦礫等の足場を有していない。このままでは、落下するほかに無い。だが、イタチは慌てた様子のユウキとは対照的に、相変わらずの冷静な表情のまま口を開いた。

 

「俺はこうも言った筈だ。大事なのは、チームワークだとな」

 

イタチがそう言った途端、今度はイタチの背中側の、離れた位置から、銀色の何かが飛来した。背中を向けていたイタチは、気配でそれに気付いたのか、ユウキを抱えたまま器用に身体を横に反らし、右手を飛来物に向けて翳した。すると、飛来した何かは、イタチの右手の平にとりもちのように付着した。それを確認したイタチは、その粘着質な何かをぐっと握って引く。

すると…………

 

「わわわぁぁあああっっ!」

 

空中にあったイタチとイタチが抱えたユウキの身体が、凄まじい勢いで手繰り寄せられたのだ。釣り上げられた魚の様に、急激に上昇していくあまりの勢いに、ユウキは目を閉じて悲鳴を上げていた。そして、イタチとユウキの急上昇は唐突に止まった。そして、再度の落下する感覚。しかし、完全に落下の感覚は数秒足らずで終わった。

 

「戻ったぞ」

 

「え……あれ?」

 

イタチに言われて、目を開けてみるユウキ。そこは、先程までいたトンキーの背中の上だった。イタチをはじめ、パーティーメンバーの姿も全員分揃っている。

 

「全く!ユウキもイタチ君も、無茶しすぎだよ!」

 

「アスナに全面的に同意ね。サポートする私たちの身にもなって欲しいものね」

 

「だが、その甲斐あって、エクスキャリバーは、上手く手に入れられたみたいだな」

 

パーティーメンバー一同から向けられる、エクスキャリバー獲得のために犯した危険行為に対し、呆れと称賛の込められた視線が、これを実行した当人たるイタチとユウキに注がれていた。

 

 

 

先程のイタチとユウキの脱出劇は、この場にいる五人のパーティーメンバーの連携によるものだった。

まず、コナンのガングニールによるソードスキルの槍投げと、リーファの風属性魔法『ウインドカッター』によって、障害となる瓦礫を排除。

その後、ユウキを追ってトンキーの背から飛び立ったイタチが、クイックチェンジによって回収した戦鞭によってユウキを救助した。ユウキが瓦礫の中でエクスキャリバーを見つける手掛かりとなった発光は、戦鞭をクイックチェンジにて回収したことによるものだったのだ。

そのタイミングを見計らって、シノンが弓使いの種族共通スキルである、矢に強い伸縮性・粘着性を持つ糸を付与する『リトリーブ・アロー』を射出し、イタチがこれを受け止める。

最後に、パーティーメンバー随一の筋力を持つランが、アスナのバフによって強化された腕力をもってイタチとユウキを引き上げたのだった。

 

 

 

「即席の連携だったけど、上手くいって良かったよ~」

 

「本当よね。イタチ君、珍しく何も言わずに飛び出しちゃったんだもん。一瞬、どうしようって思ったけど、私も含めて皆、すぐに行動に移れたのは幸運だったわね」

 

あの見事な連携が、実は薄氷を渡るような、非常にギリギリなものだったと聞かされ、ユウキは顔を引き攣らせていた。

 

「えっと……上手く成功したし、結果オーライ……なのかな?」

 

「まあ、有体に言えばそうだな」

 

エクスキャリバーを抱えたまま、何とも言えない感情で苦笑いを浮かべていたユウキの呟きに対し、イタチは短くそれだけ答えるのだった。

 

 

 

 

 

メンバー全員が無事に生き残ることができたことを確かめ、喜び合った一同は、グレートボイドへと瓦礫と化して落下していたスリュムヘイムへと視線を向けた。スリュムヘイムは既に天蓋に突き刺さっていた根本の部分まで崩れ落ちており、今まさに、全ての瓦礫がグレートボイドへ吸い込まれていたところだった。

だが、ヨツンヘイムにさらなる変化を遂げるのは、ここからだった。底無しの暗闇を湛えていたグレートボイドから、突如として大量の水が湧き上がってきたのだ。

そして、異変は天蓋にも起こっていた。スリュムヘイムの消滅とともに、世界樹の根がグレートボイド……だった、湖へと向けて伸長し始めたのだ。さらに、地上に伸びた根からは、無数の芽が生え、大木の群れを作っていく。

そして、ヨツンヘイム全体に、風が吹き、光が差した。雪と氷に覆われていた頃のヨツンヘイムには無かった、春を連想させる暖かな風と、太陽の如き光。

間違いない。この光景は、ウルズがクエスト開始時に見せてくれた、ヨツンヘイムなのだ。

 

「くぉぉぉおお――――ん……」

 

「トンキーさんも、喜んでいるみたいです」

 

トンキーが見下ろしているだろう、グレートボイドだった湖の周囲へと、一同は視線を向ける。そこには、トンキーの仲間であろう邪神級モンスターが多数集まっていた。

一方で、スリュムやスィアチの手下と目されていたモンスターについては、一体も確認できない。それらが根城としていた砦や城についても、既に廃墟と化していた。

世界を凍えさせていた根源たる剣は引き抜かれ、侵略者達は排除された。即ち、ヨツンヘイムはあるべき姿を今、ここに取り戻したのだ。

 

「よかった……よかったね、トンキー。友達があちこちにいるよ」

 

「本当に綺麗……これが、トンキーのいた世界、なんだね」

 

無機質な雪と氷に閉ざされた世界から、緑と命の光にあふれる美しい春の景色へと変化を遂げた光景に目を奪われるリーファ達。イタチもまた、その心まで温かくなるような景色に、ほんの僅かながら笑みを浮かべていた。

 

「いや~、良かったね、本当に。苦労してクエストを成功させた甲斐があったって、心の底から思えるよ!」

 

「……そうだな」

 

眼下の光景に感動しながら呟いたユウキに対し、短くそれだけ答えたイタチ。そこでふと、イタチは思う。

自身を中心として集まった面々で挑んだこのクエストだったが、振り返ってみれば、一番活躍していたのは隣に立つユウキだったとイタチは思う。強力無比な十一連撃のOSSを習得している関係上、見せ場が多くなるのは必然と言えば必然だったのかもしれない。しかし、SAO事件やALO事件、死銃事件といった死線を潜り抜けて絆を培ってきた仲間達と同等か、それ以上の頻度で前へ出ていたユウキの行動力には、それだけで片づけられない何かがあるように、イタチには感じられた。

 

「そういえば、ユウキ。お前に聞きたいことがある」

 

「うん?どうしたの?」

 

「さっきのエクスキャリバーを取りに行った時の……いや、今日のクエスト全体を通して、聞きたいことがある」

 

故にイタチは、ユウキに問うことにした。即席で結成されたパーティーの中、知り合いがイタチ一人という、半ば以上にアウェーな立ち位置に置かれていたにも関わらず、ここまで戦い抜くことができた理由を……

 

「今日のクエスト、急な誘いに乗って参加してもらった俺が言えた立場ではないのだが……不安は、無かったのか?」

 

「えっと……それってもしかして、僕がイタチや皆を、本当は信じられなかったんじゃないかってこと?」

 

ユウキの確認するような問いに対し、イタチは無言で頷いた。クエストに協力してもらった側が投げかけて良い質問ではないことは、イタチとて承知している。もしユウキが気分を害したとしても、文句は言えない。それでもイタチは、確かめたいと、そう思った。

 

「いきなり初対面の面々ばかりのパーティーに呼ばれれば、あそこまでの連携は普通取れない筈だ。だが、今日の戦いにおいてお前は、一切躊躇することなく、常に前へ出続けていた。俺達に背中を預けることに、本当に不安は無かったのか?」

 

「う~ん……そうだなぁ……」

 

イタチの問いに対し、難しい表情を浮かべ、頬に手を当てて考え込むユウキ。しかし、その顔には不快な思いをしている様子は無かった。しばらく考え込んでいたユウキだったが、やがてイタチの方へと向き直ると、苦笑いしながら口を開いた。

 

「別に、不安とかは無かったかな?僕自身も、よく分かんないんだけどね。それに、イタチのことなら、少しくらいは分かってるつもりだったからね。その仲間のアスナやリーファなら、大丈夫かなって思って」

 

「……それにしたって、無茶が過ぎるだろう。エクスキャリバーを取りに飛び出した時もそうだ。さっきも話した通り、あの連携は前置き無しの綱渡りだったんだ。失敗していた可能性も十分にあった。仲間というだけで、過信は禁物だろう……」

 

仲間を信頼し、チームワークを大切にする。それは、確かに重要なことである。しかし、ユウキのそれは、明らかに度が過ぎているようにイタチには思えていた。最高難易度のクエストを共にしたとはいえ、今日初めてパーティーを組んだ相手である。仲間として、出来ること、出来ないことが不明瞭な相手を過信するのは問題である。

だが、そんなイタチが口にした、パーティーメンバーに対する過信を危険視する意見に対し、ユウキは笑って答えた。

 

「確かにイタチの言うことも、間違ってないよ。けどさ……成り行きのパーティーでも、僕達は仲間じゃない。お互いに信じる理由なんて、それだけで十分だよ。信じないで後悔するくらいなら、信じて後悔した方が良いって、僕はそう思うんだ」

 

「……!」

 

屈託の無い笑顔で答えたユウキのその言葉に、イタチは表面上ではあまり変化を見せていなかったが、内心では大きな衝撃を受けていた。「信じる」という行為は、仲間をはじめとしたあらゆる人間関係において、簡単なようでいて、非常に難しい。

イタチこと桐ケ谷和人もまた、うちはイタチとして忍世界を生きた頃にも、それを大いに痛感する経験を幾度となくしてきた。全てを手に入れたつもりでなんでも成せると妄信しようとし、己を失敗など無い完璧な存在であると自分自身に嘘を吐き……結果、うちはイタチは他人の力を一切信用しなくなった。弟であるサスケを復讐鬼にしてしまったのも、そんな自分自身に対する過信と、サスケをただの守るべき対象としてしか認識することができなかった故の失敗だったのだ。もっとサスケと同じ目線に立ち、共に真実を共有することができたならば、父と母、そして一族の運命も違ったかもしれない。尤も、それに気付いたのは、一度死んでからのことであり、実質上は後の祭りとも言うべき状況だったのだが。

 

「信じずに後悔するより、信じて後悔する、か…………」

 

思わずユウキの言葉を反芻する形で零した自分自身に、イタチは苦笑する。エクスキャリバーを取るために、イタチよりも先に飛び出したあの時も、きっとユウキは、仲間のことをただひたすらに信じていたに違いない。

傍から見れば、危険極まりない、浅はかな行為にしか見えないのかもしれない。それでもイタチは、ユウキのことが、羨ましいと感じた。その在り様は、尊いとすら思えた。

 

 

 

自分が前世では持ち得なかった、清々しいまでに愚直に、ひたすら仲間を信じ抜くだけの心の強さを持っていることが――――

 


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