ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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「暁の忍」は、本日で4年目突入!
不定期更新化しがちですが、今後もよろしくお願いします。

そして、私も先日、「オーディナル・スケール」を4Dで見てきました。
大迫力と大興奮のシーンが盛りだくさんで、ストーリーも非常に楽しめる名作でした。
また見に行ってしまおうかと思うくらいです。
書籍化でもしてくれたら、「暁の忍」本編にも入れたいとも思っていますが……今はちょっと、微妙なところです。

また、映画本編終了後に出たメッセージ……
そして、各種SAO関連ゲームに新登場する、“あの2人”のキャラ……
まだまだSAOは終わらないと、そう思わされる展開の数々に、興奮が止まりません!

「暁の忍」も、そこまで行けたらいいなと思いますが……
とにかく今後も、頑張ります!

読者の皆様には、今後も温かい目で見守っていただけますよう、
よろしくお願いします。


第百三話 聖剣引抜を執行する

雷神『トール』とは、北欧神話において主神であるオーディンと同格以上に位置付けられる、主要な神の一柱である。神々の敵である巨人を相手に、稲妻を象徴する『ミョルニル』と呼ばれる槌を手に壮絶な戦いを繰り広げた戦神としても知られている。

トールが関わった北欧神話のエピソードの一つである『スリュムの歌』においては、愛用の武器にして秘宝たるミョルニルを巨人スリュムに盗まれている。そして、これを奪還するためにトールが取った手段は、美の女神であるフレイヤに変装してヨツンヘイムへ乗り込むというものだった。最終的には、スリュムが花嫁の祝福のために持ち出したミョルニルを奪還し、スリュムとその一族を全滅させたという。

そして、今回イタチ等一向が挑んだエクスキャリバー獲得クエストの舞台もまた、霜の巨人族の王たるスリュムの居城、ヨツンヘイム。先程、イタチ等の目の前で起こった一連の出来事は、北欧神話の『スリュムの歌』に関連するクエストが、別途盛り込まれていた故の結果だったのだ。

 

 

 

(とはいえ、まさかこんな展開になるとはな……)

 

北欧神話に関しては、ストーリーの流れや有名な神、武器等の用語をある程度把握している程度の知識しかないイタチでも、『トール』という神については、『ミョルニル』という愛用の槌と併せて知っていた。故に、フレイヤの正体がトールであることを看破し、スリュムに奪われたという秘宝の正体を看破するに至ったのだ。

だが、一連の流れは全て、イタチが当初から描いていた通りの展開というわけではない。フレイヤ改めトールの参戦は、イタチ等がスルーすることを決めていたフレイヤの救出を、ユウキが勝手に実行ことで実現したものだった。イタチとて必要とあれば救出に戻ろうとも考えてはいたが、クエストの残り時間を鑑みれば、どう足掻いても間に合わなかったことは明らかだった。結果的に、ユウキの独断専行は全面的に表目に出たのだった。

 

『卑劣な霜の巨人めが!我が秘宝『ミョルニル』を盗んだ報い、今こそ贖ってもらおうか!!』

 

『小汚い神め!貴様こそ、儂を謀りおった報いをとくと味わえ!その髭面切り離して、アスガルズに送り返してくれるわぁっ!』

 

秘宝を盗まれた者と、花嫁になると身分を騙して近づかれた者とで罵り合っている巨人二人。その様子を、イタチを除くパーティーメンバー達は、トール登場の衝撃から抜け出せずに呆然と見上げているばかりだった。

だが、危機的状況化にあって、この上なく心強い救援が現れたのだ。圧倒的に不利な戦況から流れが大きく変わろうとしているこの好機を逃す手は無い。

 

「皆、今の内に態勢を立て直せ!トールがタゲを取っている間に包囲して、一気に畳みかけるぞ!」

 

リーダーであるイタチの一声によって、はっと我に返ったパーティーメンバー達は、指示通りに散開する。スリュムから見て、前方にアスナ、リーファ、ユウキ、イタチの四人。後方にコナンとランの二人。シノンはイタチ等前方包囲のメンバーよりさらに距離を取った位置に立っている。スリュムを四方から包囲するように展開し終えた一同は各々の武器を構え、イタチからの一斉攻撃の指示に備えていた。

 

「まずはシノン!スリュムの顔面に煙幕矢を撃ち込め!」

 

「了解」

 

イタチの指示に従い、ララから受け取っていた攪乱用の『煙幕矢』を弓に番え、スリュムの眉間目掛けて撃ち込む。

 

『ぬぁぁぁああっ……!おのれ小癪なぁぁあっ!』

 

矢が眉間に炸裂するとともに発生した煙幕に、忌々しそうな声を上げるスリュム。『煙幕矢』はダメージを与えることには不向きな特殊矢だが、発生する煙の量が通常の幻影魔法の比ではない上、煙がその空間に止まる時間が長いため、陽動には非常に便利なのだ。

 

「次、リーファとアスナさん!奴の右足目掛けて、全力のソードスキルを!」

 

「任せて!」

 

「行くよ!」

 

イタチの指示を受けた二人のうち、先に飛び出したのは、リーファだった。スリュムの右足へと飛び掛かり、その手に握る片手剣にライトエフェクトを迸らせる。

 

「せい、やぁぁあああ!!」

 

リーファの発動したソードスキルは、片手剣上位ソードスキルの『スター・Q・プロミネンス』。放たれた六連撃の刺突は全て、煙幕の陽動に気を取られていたスリュムの無防備な右足の脛へと叩き込まれた。

 

「はぁぁぁああ!!」

 

さらに間髪入れず、アスナの発動した細剣上位剣技の追撃が、同じ場所を襲う。助走を付けて疾走した勢いのままソードスキルのライトエフェクトを撒き散らしながら突進するアスナの姿は、『閃光』そのもの。ここに至るまで、幾多のボスモンスターに大ダメージを与えてきた壮絶な刺突『フラッシング・ペネトレイター』が、スリュムの巨木のような右足の脛へと叩きつけられた。

 

『ぐぬ、ぐぅぅううっっ……!!』

 

二人掛かりの上位ソードスキルの連撃を同じ個所に受け、スリュムの右足が崩れかける。計算通りの好機を手繰り寄せることに成功したと確信したイタチは、さらなる追撃を指示する。

 

「コナン、ラン!膝を狙え!」

 

「オッケー、イタチ君!コナン君、外さないでよね!」

 

「バーロ、誰が外すかよ!」

 

ランの軽口に返しながらも、コナンは愛槍たる撃槍『ガングニール』を、槍系ソードスキル『フェイタル・スラスト』を発動し、投擲する。ソードスキル発動に伴うライトエフェクトの光芒を曳いて飛来した槍は、スリュムの右膝の後ろ側、膕へと命中した。

 

「ラン、もう一撃頼む!」

 

「行くわよ!りゃぁぁああ!!」

 

ガングニールがクイックチェンジ効果によってコナンの手元に戻ったのと入れ替わるように、今度はランの体術系ソードスキル『轟月』が放たれる。先程までガングニールが深々と突き刺さっていた箇所に、正確に打ち込まれた強烈な一撃は、その巨木のような膝へと、局所的ながら強大なダメージを与えた。

 

『ぐぬぬぬぅぅうっっ………ぁぁああっっ!』

 

右足に蓄積した度重なるダメージに、遂にスリュムの巨体が膝を付くに至った。急所ではない右足への攻撃故に、ダメージ自体は大きくならなかったが、これで幾分か動きを封じることができそうだ。

そして、一連の指示を出したイタチの思惑はそれだけではない。むしろここからが、真の狙いなのだ。

 

「勝負に出るぞ!ユウキ、続け!」

 

「うん、分かった!」

 

スリュムが膝を付き、苦悶の声を上げている隙を見逃さず、イタチはユウキを伴い、二人揃って突撃を仕掛ける。しかし、正面から接近している以上、スリュムがそれに気付かない筈も無い。

 

『この、羽虫がぁぁあっ!図に乗るなぁあっ!』

 

「ユウキ、避けろ!」

 

「了解!」

 

イタチとユウキを視界に捉えるや、顔を歪めて憎悪に満ちた目で攻撃を仕掛ける。しかし、イタチとユウキの連携した動きを前に、スリュムは完全に翻弄されていた。命中すれば即死も免れない両手のパンチの振り下ろしを前に、イタチとユウキは一切足を止めず、紙一重でそれらを回避して接近を続ける。

 

『ぐぅっ……こ、の!』

 

「ユウキ、跳ぶぞ!」

 

「うん!」

 

スリュムが反撃のために立ち上がろうとするよりも早く、イタチとユウキは、スリュムが地面に突いている右膝へ跳ぶ。そして脹脛を蹴って、今度は左の膝頭へ跳躍。そして、今度は左の膝頭側面を蹴ると、スリュムの顔面の前へと躍り出る。スリュムが膝を突いた姿勢を利用しての、三角跳びである。

 

『ぬっ!?』

 

眼前に現れたイタチの姿に、スリュムは驚愕の表情を浮かべていた。だが、そんなスリュムの反応を余所に、イタチは仲間達が連携攻撃を仕掛けている間に持ち替えた片手剣二本にライトエフェクトを迸らせ、容赦なく剣技を叩き込む。

 

「ジ・イクリプス」

 

『んなっ……!』

 

イタチの両手に持つ剣より繰り出される二刀流剣技『ジ・イクリプス』が、スリュムの顔面を襲う。SAOにおいて無双の力を発揮したユニークスキルとして知られた二刀流だが、ALOにおいては破棄されている。イタチが発動している二刀流スキルは、OSSとしてイタチが再現・登録したものである。

 

『ぬぐぅぅぉおおぁぁああっっっ!!』

 

ユニークスキルではなく、OSSとして放たれた二刀流剣技だが、威力は健在。アインクラッドにおいて数々のフロアボスを屠ってきた無双の剣技は、スリュムの顔面に無数のダメージエフェクトを刻み、大ダメージを与えていた。

 

『ぐ、ご……こ、小癪、なぁあああ!!』

 

ただでさえ被ダメージ量の大きい顔面へ、イタチの二刀流上級スキルの二十七連撃を受けたのだ。HPバーがほぼ一本分削られていた。だが、イタチ等パーティーメンバーの連携攻撃は、これだけでは終わらない。

 

「ユウキ、スイッチだ!」

 

「オッケー!」

 

ソードスキル発動に伴う対空状態から解放され、地面に落ちていくイタチと入れ替わる形で、今度はユウキがスリュムの眼前に現れる。その背中には、インプのカラーたる紫がかった黒い翅が広げられている。太陽と月の光が差さないダンジョンの中であっても、ごく短時間ならば飛行能力を維持できるインプの特性を、イタチとのスイッチに活かしたのだ。

 

「これで終わらせるよ!はぁぁあああ!!」

 

『ぐぬぁぁあああ!?』

 

ユウキの光放つ剣によって、スリュムの眉間目掛けて放たれる、十条の閃光。その巨大な額に刻まれた十字架の中心目掛けて、最後にして渾身の一撃が放たれる。

 

「そりゃぁぁああ!!」

 

『がぁぁあああっっっ!!』

 

合計十一発の刺突によってスリュムの額に描かれる、光の十字架――――ユウキのOSS『マザーズ・ロザリオ』である。ここに至るまで、数々のボスモンスターを倒すためのフィニッシュとして重宝されてきたこの技は、ダンジョンの主たるスリュムにも多大なるダメージを与えていた。

 

『ぐぅっ……ぐぉぉおっ!』

 

度重なる顔面への大ダメージの嵐に、地面に膝だけでなく手を突いてしまうスリュム。そんなラスボスの様子を、上位スキル発動を終えて、足元に自由落下したイタチとユウキは、何も言わずに見上げていた。視線の先にあるのは、スリュムのHPバー。二人が繰り出した一連の攻撃によって、その残量は大幅に削られた筈。ならば、これで終わりではないかと、二人はそう考えていた。

だが…………

 

『嘗めるなぁああああ!!』

 

「!!!」

 

スリュムのHPを削り切るには、あと一歩足りなかったらしい。HP残量はレッドゾーンに突入していたものの、辛うじて耐え切った霜の巨人の姿が、イタチとユウキの目の前にはあった。

 

「仕留めきれなかったか……」

 

「落ち着いてないで、どうするのさ!」

 

ここに至るまで紙一重の戦いを潜り抜けてきたユウキだが、怒り心頭のラスボスの足元で動けないこの状況には、本気で命の危険を感じたらしい。相変わらず冷静なイタチとは対照的に、取り乱した様子で慌てふためいていた。

大技による技後硬直で動けないイタチとユウキには、目の前にある脅威を逃れる術は無い。最後にHP全損一歩手前に迫るまでの猛攻を仕掛けていただけに、スリュムのタゲは足元で立ち尽くしているイタチとユウキの二人に固定されている。スリュムは地面に右膝を突いた姿勢のまま、二人目掛けて拳を叩き付けようと腕を振り上げていた。

 

「落ち着け。俺達には、まだ味方がいるだろう?他でもないお前が助け出した、“この上なく心強い味方”が、な」

 

「あ…………」

 

その言葉に、ユウキは思い出す。スリュムへの猛攻に夢中で、イタチに言われるまで忘れていた、すぐ後ろに立つ最大最強の仲間の存在を…………

 

『ぬぅゥンッ!地の底に還るがよい、巨人の王!』

 

『ぐ、ぬ、がはぁぁああっっっ!!』

 

イタチとユウキの後ろ側の位置に立つ、フレイヤ改めトールが振り下ろした、右手に握るミョルニルの一撃が、スリュムの頭に炸裂。その強烈な一撃は、HPがレッドゾーンに突入していたスリュムに耐えられる筈もなく、スリュムの頭に載っていた王冠が粉砕されると同時に、完全に尽きるのだった。

止めの一撃を受けたスリュムの身体は、糸の切れた人形のように、仮想の重力に従って崩れ落ちていく。その先には、イタチのユウキがいた。

 

「わわわぁあっっ!」

 

「走るぞ、ユウキ!」

 

OSS発動による技後硬直が解けるや否や、スリュムの倒れ伏す巨体に押し潰されまいと、猛ダッシュで離脱を図るイタチとユウキ。持ち得る敏捷の限りを尽くしての疾走の末、仰向けに倒れたスリュムの下敷きになることは避けるのに成功したが、巨体が倒れた余波により、二人の身体は紙切れのように飛ばされ、地面を転がる羽目になった。

 

「イタチ君、ユウキ!大丈夫!?」

 

「……問題ありません」

 

「ふぇぇえ……」

 

全身を床に打ち付けられ、ダメージも受けた二人のもとへ駆け付けたアスナが心配そうに声を掛ける。イタチは特に問題は無いとばかりにすっくと立ち上がったが、ユウキは目を回してふらついていた。

 

『…………ぬっふっふっふっ』

 

壮絶な戦いながら、全員無事に生き残ることができた勝利の余韻に浸ろうとしていた一同のもとに、低い声の不気味な笑い声が聞こえてきた。声の主は、先程HP全損して地面に倒れ伏したスリュムだった。

 

『今はかつ誇るがよい、小虫ども。だがな……アース神族に気を許すと、痛い目を見るぞ……彼奴らこそが真の、しん』

 

『ふんぬっ!』

 

負け惜しみなのか、それとも今後のクエストに関わる何かのフラグだったのか。敗北した身で消滅を待つのみのスリュムが紡いだ意味深な言葉は、しかしトールの踏み付けによって遮られた。

途端、スリュムの巨体を覆う、プレイヤー数百人分はあろうかという巨大なエンドフレイムが発生し、評決したその身体は無数の氷片へと爆発四散した。

 

『礼を言うぞ、妖精の剣士たちよ。これで余も、宝を奪われた恥辱を雪ぐことができた。余に加勢してくれた褒美として、これを賜わそう』

 

数十メートルにも上る高さからイタチ等を見下ろしたトールはそう言うと、右手に握るミョルニルの柄に、左手を触れた。すると、嵌っていた宝石の一つが外れ落ち、プレイヤーが装備するサイズのグローブへと姿を変えた。その意匠は、トールが嵌めているものに酷似していた。

そして、トールは自身の愛槌から生成したそれを、ユウキに向けて投げ落とした。

 

「うわっととっ……これって、もしかして」

 

『雷拳『ヤールングレイプル』だ。雷槌『ミョルニル』を与えようとも思ったが、拳闘士がいるのならば、こちらの方が良かろう。正しき戦のために使うがよい。では、さらばだ!』

 

トールが右手を翳しながら別れの言葉を告げた瞬間、凄まじい雷光と轟音が広間を一瞬にして満たした。目も開けていられない、耳鳴りが残るような光と音が収まった後には、あの雷神の姿は完全に消失していた。パーティーメンバー離脱も同時に告げられ、視界端に先程まであった八本目のHP・MPバーも無くなっていた。

その後は、スリュムが消滅した場所に大量の、しかもレアものであろうドロップアイテムの山が出来上がり、七人のパーティーメンバーのアイテムストレージへと、次々収納されていった。

 

「えっと……伝説級武器、ゲットかな?」

 

「疑問形にしなくても、それはお前の報酬だ。フレイヤ……いや、トールを助けたのも、お前だしな」

 

イタチの言葉に、その場にいた一同は揃って頷く。フレイヤことトールを助けたのはユウキの判断であり、そのお陰でスリュム打倒に至ることができたのだ。意図した結果でないとはいえ、他のメンバーよりそれなりに多く報酬を得ても、問題は無いだろう。少なくとも、この場にいるメンバーの中で、そのことに異議を唱える人間はいなかった。

しかし、当のユウキは困った様子だった。何故ならば、

 

「けど、僕は体術スキル、全然取ってないんだけど……」

 

「なら、ランにやったらどうだ?ちょうど、伝説級武器を欲しがっていたことだしな。もしかしたら、籠手の伝説級武器を手に入れられる機会は、これが最後かもしれないしな」

 

雷拳『ヤールングレイプル』の持ち主にランを薦めるコナンの提案。対するユウキは、少し考えると、決心を固めたように頷いた。

 

「分かった!それじゃあ、これはランにあげる!」

 

「えっ!?……本当に、良いの?」

 

「うん!僕が持っているより、ずっと有意義だし、ランや皆には今日だけでもかなり助けてもらったからね。それに…………」

 

「それに?」

 

「あっ!……ううん、何でもない!とにかくこれ、ランにあげるね!」

 

ぼそりと呟いた言葉を耳聡く拾ったイタチの追及を誤魔化したユウキは、手に持ったままの『ヤールングレイプル』をランへと手渡した。

 

「ありがとう、ユウキ。大切に使わせてもらうわ」

 

「どういたしまして!」

 

「けど、今回のスリュムの攻略はユウキが一番活躍したのに、これじゃあ…………」

 

「心配しないで、アスナ。『ヤールングレイプル』の代わりなら、イタチに何かお願いを聞いてもらう形で埋め合わせをしてもらうから」

 

「おい…………」

 

ユウキが口にしたその言葉に、イタチが非難の視線を向ける。報酬の埋め合わせをイタチに要求する旨についてではなく、具体的な内容を明らかにせずに、お願いを聞いてもらうという条件を取り付けようとしたことに。何故ならば……

 

「ちょっとユウキ!」

 

「お願いって何よ!?お願いって!!」

 

「……まさか、何か厭らしいことじゃないわよね?」

 

懸念した通り、ユウキの言葉に過剰な反応を示す三人組に、イタチは溜息を漏らした。ラスボスを倒したタイミングでの、まさかのトラブル再燃に、イタチの頭痛も再来していた。ともあれ、自分がトラブルの根源になっている以上、放置することはできないので、仕方なく仲裁に入ることにした。

 

「そこまでだ、三人とも。報酬としてユウキの頼みを聞いてやっても良いが、あくまで常識の範囲内で、だ。難関クエストやボス攻略の手伝いならいくらでも引き受けてやるが、それ以外の要求は条件次第で却下だ」

 

「むぅ~……しょうがないなぁ。それで良いよ」

 

イタチの出した条件に対し、ユウキは渋々ながら同意する。それを見届けた三人組もまた、溜飲が下がった様子で、一応納得していた。と、その時だった。

 

「むっ……!」

 

「わわわっ!」

 

突如として発生した、イタチ等が今いるボス部屋を……否。スリュムヘイム全体を激しく揺らす、震動。地震にも似た現象だが、おそらく震えているのはこのスリュムヘイムというダンジョンだけだろう。その理由も原因も、イタチにはすぐに分かった。

 

「リーファ、メダリオンの確認を!」

 

「分かった!」

 

イタチの指示に従い、リーファが女神から賜ったメダリオンを確認する。首から下げていたそれを覗き込んだリーファは、顔を青くした。

 

「お、お兄ちゃん!クエストは、まだ終わってないよ!」

 

「だろうな。ユイ、下に通じる階段の在処を!」

 

「はいです、パパ!」

 

イタチの指示を受けるや否や、急いで検索をかけてマップの確認を行うユイ。五秒とかからず、新たに生成された階段の位置を割り出した。

 

「玉座の後ろです!下り階段が新たに生成されています!」

 

「分かった」

 

その言葉に、イタチを先頭に七人全員が玉座を目指す。戦闘中は玉座に隠れて死角になっていた箇所だが、確かに下の階へと続く下り階段が存在していた。

それを確認するや、パーティー全員、躊躇うことなく一気に下っていく。ラスボスを倒したとはいえ、常のイタチならば、最後までトラップを警戒して進むのだが、メダリオの状態からしてそんなものを気にしている暇は無い。警戒だけは怠らず、しかし駆け足で先へと進んでいく、そんな中。リーファが思い出したように口を開いた。

 

「お兄ちゃん。今さっき、思い出したことなんだけど……確か、前に読んだ北欧神話では、スリュムヘイムの主はスリュムじゃないの」

 

「…………成程な。スリュムはこのダンジョン最奥部を守る守護者であり、留守番か。本物の城主は、今地上でスロータークエストを依頼している、NPCだろうな。そして、ヨツンヘイムが地上へ浮上した時、真のラスボスとして姿を現すといったところか」

 

リーファの言葉に対し、イタチは即座に頭の中で現在の状況と照らし合わせて、クエスト失敗後に起こるであろう事態に至るまでの推測を述べていく。それに対し、肯定の意を指名示したのは、ユイだった。

 

「スリュムヘイムの真の主の名前は、『スィアチ』です。北欧神話において、ウルズさんの言うように、黄金の林檎を欲していたのも、スィアチの方だったようです。ALOのインフォメーションによりますと、スィアチは今、ヨツンヘイムの最大の城に『大公スィアチ』という名前のNPCとして配置されているようです」

 

「……スリュムヘイムが陥落しても、黒幕は健在というわけか」

 

クエストの裏側まで深く追及することは、忍としての前世を持つイタチには、本来あるまじき行為である。だが、今回は事情が事情である。アルヴヘイムを崩壊させるようなクエストを発注するNPCが黒幕ならば、ALOの未来のためにも、ぜひとも始末しておきたいというのが本音だった。

尤も、クエストそのものは、ALOのシステムによって自動生成されているのだ。故に、それを依頼するNPCを一体や二体、始末したところで、対症療法程度の効果しか持たないのだが。

 

「パパ、五秒後に出口です!」

 

そんなことを考えながら進むことしばらく。遂にイタチを先頭としたパーティーは、スリュムヘイムの最奥部へ至った。

四方を囲むガラスのように透き通った壁の向こう側には、天蓋から吊るされた水晶の薄明りによって照らされた、雪と氷に覆われたヨツンヘイムの壮大な景色が広がっている。

そして、その中央部には、氷の立方体形の台座があり、中には名刀で切られたかのような、見事な断面を見せる木の根が閉じ込められている。それが世界樹の根であることは、疑いようも無かった。そして、アルヴヘイム中央に屹立する世界樹の根を断ち切った業物もまた、そこに鎮座していた。根の断面部に突き刺さっていたのは、黄金の剣。微細なルーン文字が刻み込まれたその刀身に、イタチは見覚えがあった。

初めて見たのは、ALO事件解決に際して、ヨツンヘイムをトンキーに乗って飛行した時。二度目に見たのは、事件の黒幕である妖精王オベイロンこと須郷伸之と対決した時。純粋にゲームを楽しむ余裕等無かったあの頃だが、その剣が強大な力を秘めていたことだけは、イタチにも分かった。まさしく、伝説の聖剣と呼ぶに相応しい武器。そして、その名前は――――

 

「やっと辿り着いたな。『エクスキャリバー』に」

 

このクエストの最終目的たる聖剣『エクスキャリバー』を前に、この瞬間に至るまでの道程にあった、壮絶な戦いと仲間同士のすれ違いが脳裏に蘇りそうになるが、達成の余韻に浸るにはまだ早い。加えて言えば、現状はかなりギリギリなのだ。

余計なことを考えるよりも早く、イタチはその柄に手を掛けることにした。

 

「うっ……ぉぉおおおお!!」

 

アバターが発揮できる全筋力をゲインし、エクスキャリバーの引き抜きを図るイタチ。だが、想像以上に固く突き刺さったエクスキャリバーは、ケットシーとしてのイタチの腕力ではびくともしない。

 

「イタチ君、頑張って!」

 

「根性見せなさい!」

 

アスナやシノンの声援に押され、聖剣を握る手にさらに力を入れるが、エクスキャリバーは僅かに動くのみ。抜き切るには至らない。そして、イタチが引き抜きに手間取っている間にも、ヨツンヘイムは振動と共に浮上し続ける。

 

「お兄ちゃん、メダリオの光が!」

 

「ねえ、ちょっと……」

 

「こいつは、拙いかもな……!」

 

ここに至って、ただでさえ猶予の無かったクエストのタイムリミットが、秒読み同然の危険領域に突入したことを悟ったメンバー一同は、危機感を抱く。イタチが全力で引き抜こうとしているエクスキャリバーも、小動はしても抜き切るには至らない様子だった。誰もが固唾を呑んで見守る中、イタチは尚もケットシーとして出せる以上の筋力をゲインし続ける。

 

「イタチ!」

 

「ユウキ?」

 

エクスキャリバー引き抜きを試みていたイタチのもとへ、ユウキが進み出る。恐らく、イタチの手助けをするために駆け付けたのだろうが、いったい何をするつもりなのか。疑問に思う一同の目の前で、ユウキはイタチが引き抜こうとしていたエクスキャリバーへと手を伸ばし……

 

「おい、ユウキ……!」

 

「大丈夫っ!……僕も、手伝うよ!」

 

その刀身を握り締めて筋力をゲインして引き抜きを試み、イタチのエクスキャリバー引き抜きを後押しし始めた。エクスキャリバーの柄は、イタチが両手で握れば、掴むスペースは無い。故にユウキは、ダメージを覚悟で敢えて刃を掴んだのだ。しかし、伝説級武器の刀身を直接握って引き抜こうとしているのだから、当然ユウキもダメージを負う。赤いダメージエフェクトが刃を握る手に走り、HPがじわじわと削られていくものの、幸いにも手が切断されることは無かった。恐らく、台座に突き刺さったエクスキャリバーは、武器ではなくオブジェクトとして認識されているためだろうが、今はそれどころではない。

 

「ユウキ……なら、私も!」

 

「あたしも手伝うよ、お兄ちゃん!」

 

ユウキに続き、アスナやリーファも前へ出ようとする。刀身を握るという発想は無かったが、握ることができるのならば、ダメージ覚悟でやる価値は十分ある。そう考え、エクスキャリバーのもとへ集まろうとするが、

 

「手を出すな!これ以上人数が増えれば、力が分散して、却って抜きにくくなる!」

 

イタチの一声で、その歩みは止められた。イタチの言う通り、下手に焦ってエクスキャリバーに掴みかかろうものならば、互いの力が上手く作用せず、引き抜きの妨げになりかねない。エクスキャリバーは、イタチとユウキの二人で引き抜くしかないのだ。

 

「ぐっ……ぉぉおおおおおっっ!!」

 

「りゃぁぁああああ!!」

 

スリュムヘイムが浮上し始める中、イタチとユウキは渾身の力を込めて柄と刀身を握る。力を込める方向を、二人の呼吸を揃えて、台座からエクスキャリバーを引き抜こうとする。そして、リーファが持つメダリオの光が消失するのが先か、エクスキャリバーが引き抜かれるのが先か。数秒にも満たない時間が、数十分、数時間にも感じられる。そんな、クエストの成功とアルヴヘイムの運命を賭けた、真の意味で最後の戦いの行く末は…………

 

 

 

ピシッ…………

 

 

 

氷の台座に亀裂が走ったことによる音と共に、決着を迎えた。

 

「むっ……!」

 

「わわゎっ……!?」

 

そして次の瞬間、台座から強烈な黄金の光が発せられたかと思うと、イタチとユウキは勢いのままに吹き飛ばされた。床に倒れて背中を強かに打ちつけたイタチだったが、同じく勢い余って飛ばされてしまったユウキを自身の胸と左手で受け止めていた。そして、空いたイタチの右手には、今回のクエストにおける最後の目的にして、最大の報酬である黄金の剣――聖剣『エクスキャリバー』が握られていた。

イタチをリーダーとしたこのパーティーが、スリュムヘイムを舞台としたこのクエストを、完全クリアした瞬間だった。

 

「な、何っ!?」

 

「世界樹の根が……っ!」

 

だが、クエスト達成の余韻に浸る暇など、まるで無かった。イタチとユウキがエクスキャリバーの引き抜きに成功した途端、氷の台座の中で断ち切られていた世界樹の根が、急速に成長を開始したのだ。断ち切られた断面からは、新たな組織が芽を出し、上上へと伸長していく。さらに、世界樹本体もそれに呼応するように、スリュムヘイム上部から根をのばし始めたのだ。世界樹から伸びた芽は、スリュムヘイム最下層にあった螺旋階段を粉砕し、下へ下へと伸長。そして遂に、エクスキャリバーによって断たれていた根と完全に繋がったのだった。

だが、異変はそれだけには止まらない。先程から発生していた振動の比ではない大揺れが、辺りに走り出したのだ。しかしそれは、スリュムヘイムの浮上によるものではない。

クエストをクリアした今、スリュムヘイムが浮上することは無いのだから。ならば、何故揺れは収まるどころか、逆に大きくなっているのか。その答えは、

 

「スリュムヘイム全体が崩壊を開始しています!急いでください皆さん!早く脱出を!!」

 

(だろうな)

 

ユイの言葉にパーティーメンバーのほとんどが浮足立っていたが、イタチはむしろ納得した様子だった。もとよりこのクエストは、エクスキャリバーを引き抜くことで、スリュムヘイムの地上進出を食い止めることにある。クエストが達成されれば、アルヴヘイムへの侵略拠点たるスリュムヘイムが崩壊するのは自明の理なのだ。

 

(だが、脱出しようにもな……)

 

無論、イタチとてこのままスリュムヘイムと運命を共にするつもりは毛頭無い。何か脱出の手立ては無いかと、思考と視線を辺りに巡らせる。しかし、最下層の通じる階段は既に粉砕されており、四方には開けた視界が広がるばかり。聖剣が封印されていたこの部屋にも、脱出するための手段らしきものは何も存在しない。

世界樹の根を足場に上へ移動することも頭を過ったが、猛烈な勢いで伸びる根に触れようものなら、即座に弾かれるだろう。仮に足場として上へ上へと移動して落下を免れたとしても、そこで動けなくなるのは必定。崩壊と落下を始めているスリュムヘイムから脱出するには、何らかの“飛行手段”が必要なのだ。

 

(ならば、取れる手段はやはり一つ。しかしその場合、問題なのは……)

 

この状況を、パーティー全員で無事に脱出する方法はただ一つであることを再認識したイタチだったが、問題はもう一つ存在している。それは他でもない、イタチが引き抜き、その手の中にある聖剣『エクスキャリバー』だった。先程からウインドウを広げ、アイテムストレージへの格納を試みているが、何度やっても弾かれてしまう。恐らく、スリュムヘイム脱出後にウルズに再会し、終了フラグを立てなければならないのだろう。問題なのは、このとてつもない重量を持つエクスキャリバーを持ったまま脱出できるかということにある。

 

(持ち運ぶのは不可能。となれば……)

 

イタチが思考を高速回転させて、今回のクエスト最大の報酬を確実に手に入れた状態で脱出する方法を導き出す。仲間達がスリュムヘイム崩壊の危機に慌てふためいている中、イタチは黙々と冷静に動き、この聞きを脱出すると同時にエクスキャリバー回収を遂行するための準備を行う。

そして、世界樹の根が伸長を続ける中で、全員が浮足立って脱出方法をそれぞれに模索することしばらく。最下層の部屋に、一際大きな揺れが発生すると同時に、四方を囲んでいたガラス全てが砕け散ったのだ。その光景に、イタチを含めたパーティーメンバー全員は悟った。恐れていたその時が、遂に訪れたのだと――――

 

「落下するぞ!皆、掴まれ!」

 

イタチの指示により、全員が大勢を低くして、衝撃に備える。それから数秒と経たず、遂に最下層の部屋とスリュムヘイム本体とを繋いでいた木の根が、その部屋の重量に耐え切れず……遂に、ブチリと音を立てて切れた。

スリュムヘイムのラスボスたるスリュムを倒し、エクスキャリバーの引き抜きにも成功したイタチ等パーティーメンバーに課せられた、最後の試練。脱出不可能な超高高度からの脱出劇が、幕を開けようとしていた――――――――

 


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