ソードアート・オンライン 仮想世界に降り立つ暁の忍 -改稿版-   作:鈴神

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第百二話 雷神降臨

パーティーメンバーの結束が一段と強まったことを確認したイタチは、それまで蚊帳の外状態にあった女性NPCへと向き直った。ユウキを叱っている間も警戒を向けていたが、彼女にはやはり害意というものが感じられない。やはり、パーティーへ加入するのだろうか。そう考えたイタチは、パーティー加入と併せて、どのような設定でこの場所に閉じ込められていたのかを問い質すことにした。

 

「あなたは何故、牢に閉じ込められていたのですか?」

 

「私は、この先の玉座に居座る、巨人の王スリュムに盗まれた、一族の宝物を取り戻すために城へ忍び込みました。しかし、三番目の門番に見つかり、捕らえられておりました。宝を取り戻すためにも、私をどうか一緒に連れていって頂けませんか?」

 

果たして、イタチの予想通りの展開となった。女性NPCが、この場所に閉じ込められた経緯について話し終えるとともに、パーティーリーダーであるイタチの視界に、目の前の女性NPCの加入を認めるかどうかのダイアログ窓が表示された。

イタチはメンバー全員と視線を交わし、無言の了承を得ると、イエスボタンを押した。すると、視界左上に並ぶメンバーのHP/MPゲージに、新たなゲージが追加された。そこには、女性NPCの名前も記されていた。

 

「『Freyja』――『フレイヤ』、か。確か、北欧神話の美の女神の名前だったな。盗まれた宝というのは、何だ?」

 

「う~ん……確かフレイヤっていえば、『ブリージンガメン』っていう首飾りを持っていた筈だよ。けど、スリュムが盗んだっていう話は聞いたことが無いし……」

 

「ラスボスであるスリュムが盗んだ以上、クエストにかかわる何らかのキーアイテムである可能性は高いな。場合によっては、戦闘と並行して奪還する必要性が生じるかもしれん」

 

「そうね。その辺りは、運次第ってところかしら。けど……蒸し返すようで悪いけど、本当に大丈夫なのかしら?」

 

「この期に及んで罠ということは無いだろう。少なくとも、ラスボスであるスリュムを倒すまでは、敵には回らない筈だ。危険なのは、奪われたという秘宝を取り返した後だろうな……」

 

イタチがパーティーに加入した女性NPC、フレイヤに関して警戒しているのは、ラスボスのスリュムを倒した後の話。秘宝を取り返した途端、手のひらを返してイタチ等に襲い掛かる可能性もあると、イタチは考えている。ラスボス攻略後に、さらに強力な裏ボスが出現するというのは、ゲームではありがちな展開である。無論、裏ボスの出現が全くの見当違いである可能性もある。しかし、それを確かめる術は、先へ進む以外に存在しない。つまるところ、クエストの流れに身を任せる他に術が無いのだ。

 

「どのような展開になったとしても、対応できるように立ち回るつもりだが……かなり難しいな」

 

「でしょうね。ま、こうなった以上は、賭けてみるしかないわ。私たちは、イタチ君の判断に任せるから、お願いね」

 

アスナの言葉に、イタチはリーダーとしての責任を感じつつも頷いてこれを了承した。ラスボスを相手に、裏ボスを相手するだけの余力を残すのは、流石のイタチでも不可能に近い。裏ボス出現時に体力が全回復されることも考えられるが、それを期待するのは無謀だろう。しかしそれでも、最悪の事態が起こる可能性がある以上、やるしかないのだ。

 

「それじゃあ、改めて出発するぞ。ボス部屋はこの階層の中、すぐそこだ」

 

イタチの呼びかけに従い、新たな仲間としてフレイヤを伴い、再度スリュムの部屋へと歩みを進める一同。そうして、一直線の道を進むことしばらく。ついにイタチ率いるパーティーは、突き当りの巨大な扉へと辿り着いた。扉には二匹の狼が彫り込まれていることをはじめ、その他にも華美な装飾が為されている。玉座の間へと通じる扉であることは疑いようもなく、この先にラスボスのスリュムが待ち受けていることは明らかだった。

 

「アスナさん、バフをお願いします」

 

「分かったわ」

 

イタチの要請により、防御力及び攻撃力、各種状態異常耐性を向上させる支援魔法を発動。パーティーメンバー全員にリバフを施した。すると、隣に立つフレイヤもまた、同様に支援魔法を唱え始めた。こちらは全員のHPを大幅ブーストするという、現在までのアップデートにおいて、一般のプレイヤーには実装化されていない魔法が発動していた。

アスナとフレイヤのバフによって、視界端にバフアイコンがいくつも並ぶ。十二分の戦闘能力が発揮できるようになったことを確かめたイタチは、全員と視線を交わすと、扉の前へと踏み出した。扉との距離が五メートルを切ったところで、巨大な扉は重たい音を立てながら自動的に左右に開いた。一層冷たい空気に包まれた部屋の中へ踏み込むと、壁に備え付けられた氷の燭台に、青紫色の炎がいくつも灯った。部屋はラスボスが鎮座する空間らしく、幅も高さも、これまで戦闘を行ったどの部屋よりも広い。辺りを満たす冷気と相まって、より一層青く冷たい雰囲気を感じさせる青色の氷に囲まれていた。天井には豪奢なシャンデリアがいくつも吊るされ、青白い炎の光を不気味に反射している。だが、光を反射しているのは、シャンデリアだけではなかった。

 

「うわぁっ!宝の山だね!」

 

「凄い景色ね……まるで、冒険映画に出てくる財宝の在処みたい」

 

部屋の至る場所に転がっているのは、無数の黄金。金貨や装飾品、剣、鎧、盾と、様々なオブジェクトが、人心を惑わせる魔力を秘めた山吹色の光を放っていた。想像を絶する財宝の山に、ユウキは興奮し、シノンは半ば呆然としていた。

だが、イタチはそんなものに目をくれない。金欲が無いとか、トラップを警戒している云々ではない。この広間の奥、未だ光が灯らない暗闇の中に、巨大な気配を感じていたからだ。

 

『……小虫が飛んでおる』

 

そんな、威圧感たっぷりの低い声が、暗闇の向こう側から響いてくる。それと同時に、ずしん、ずしんと床が震えた。何かが、近づいて来る――――!

 

『喧しい羽音が聞こえるぞ。どれ、悪さをする前に、ひとつ潰してくれようか』

 

やがて、暗闇の中からぬっと姿を現したのは、地を震わせる重い足音に見合った、想像を絶する巨体を有する、鉛のような鈍い青色の肌をした巨人だった。二十メートルは軽く超えているのではないかという身長に、筋骨隆々とした逞しい肉体を持つ、氷山のような存在。本人から見れば、イタチ等プレイヤーなど、文字通り“小虫”のような存在にしか見えないだろう。

身に纏う装備は、両手両足に巻き付けている黒褐色の毛皮と、腰回りの板金鎧、額に乗る金色の冠。武器になるものは持っていないが、肉体そのものがこのパーティーを全滅させて余りある凶器である。

 

(拙いな……想像以上の強敵だ)

 

その威容を前に、イタチは珍しく内心で焦りを抱いていた。ラスボスだけに壮絶な戦闘を予想していたが、目の前の存在は予想の範疇を完全に外れていた。仮想世界に対して高い適正を持地、SAO時代には数多のボスモンスターと対峙してきたイタチには、目の前のボスがどの程度の存在なのかを、情報量というデジタル要素と、前世の忍び時代に培った経験から感じ取ることができる。目の前のラスボスが、見掛け倒しではない、疑いようもなく強大な存在であると…………

 

『……アルヴヘイムの羽虫共か。大方、ウルズに唆されてここまで来たということか。小さき者どもよ。貴様等をこの場所へ導いた女はどこにいる?居所を吐けば、この部屋の黄金を欲しいだけくれてやるぞ』

 

「お断りだよ!僕たちは、お前を倒してこの世界を救うためにここに来たんだ!」

 

「そもそも知らないしね。それに、黄金に目が眩んで依頼人を差し出すなんて真似、するわけないでしょう」

 

「知っていたって、あんたなんかに話すもんか!」

 

イタチが目の前のラスボスの攻略方法について思考を走らせていた傍らで、ユウキやシノン、リーファが反抗の意思を示す。そもそも、スリュムを倒さなければ、央都アルンをはじめ、アルヴヘイムは破滅に向かうのだ。イタチを筆頭としたこの場に揃ったメンバーには、黄金によって懐柔されるつもりは毛頭無かった。

対するスリュムは、そんなメンバー全員の態度を鼻で笑って一蹴。黄金をくれるつもりは毛頭無かった様子である。そして、メンバー全員に対して、値踏みするように見下ろす中、あるメンバーへとその視線が止まる。この部屋へ至る直前に加入した八人目のメンバー、フレイヤである。

 

『ほう……そこにおるのは、フレイヤ殿ではないか。檻から出てきて、宝物庫へと羽虫を伴って忍び込むとは……此度は、氷の獄へ繋がれるだけでは済まぬぞ?』

 

(宝物庫……ここは、玉座であると同時に、宝物庫ということか)

 

スリュムの発言と周囲に散らばる黄金製オブジェクトから、この部屋が宝物庫であることを確信するイタチ。同時に、フレイヤが奪われた宝物はこの部屋にあり、それを調べていたことが原因で氷の檻に閉じ込められていたことを悟る。

 

「黙りなさい!私は元より、奪われた宝物を取り戻すためにここへ来たのです!かくなる上は、剣士様たちと共にお前を倒し、取り戻します!」

 

『ふっふっふ、威勢の良いことよ。ますます、儂の花嫁としたくなったぞ。どれ、そこな羽虫共を踏み潰した後、念入りに愛でてやろう。その気高き花の如き性根を手折るのも、また一興というものだ』

 

その言葉と共に、スリュムはイタチ等のもとへ一歩踏み出す。そしてスリュムの頭上には、これまでのボスの比ではない程に長大なHPバーが三本、積み重なった。一本当たりの長さは、これまで相手してきたボスの頭上に表示されていた、HPバー三本分に相当する。HP総量は、一般的なバー九本分に相当している。

それを確認したイタチは、即座にパーティーメンバー全員に指示を出す。

 

「俺とリーファ、ユウキは前衛で攻撃と回避盾を担当する」

 

「任せて、お兄ちゃん!」

 

「オッケー!」

 

「コナンとランは中衛として俺たちのサポート担当に加えて、隙を見て重攻撃技を叩き込め」

 

「ああ、任せろ」

 

「分かったわ」

 

「アスナさんとシノン、フレイヤは後衛で、支援魔法と援護射撃を」

 

「任せて、イタチ君」

 

「了解したわ」

 

「お任せください、剣士様」

 

「ユイ、お前はアスナさんと一緒にいろ。スリュムの攻撃や行動パターンに変化が生じたら、すぐに知らせるんだ」

 

「はいです、パパ!」

 

ユイとフレイヤを含めたパーティー全員が指定の配置に付いたところで、イタチは改めて戦闘開始を宣言する。

 

「初手から積極的に攻勢に出るぞ!本来なら、行動パターンを割り出してから攻勢に移るが、時間が無い。全力で押し通し、一気に攻め落とす!」

 

『おーっ!!』

 

常のイタチらしからぬかなり強引な戦法だが、タイムリミットの関係上、誰も異議を唱えない。こうして、エクスキャリバーを巡る、スリュムヘイム最後の戦いが、ここに幕を開けた――――

 

 

 

 

 

 

 

『ぬぉぉぉおおお!』

 

「踏み付けが来るぞ!散開して回避しろ!」

 

イタチの指示に従い、リーファとユウキが一斉に異なる方向へ退避する。途端、先程まで三人が密集していた場所を、スリュムの右足が降りかかった。

 

「コナン、脹脛を狙え!発動後は距離を取れ!ラン、スイッチの準備を!」

 

「分かった、行くぞ!」

 

「任せて!」

 

踏み付け攻撃が終わるや否や、今度はコナンが動き出す。スリュムが踏み付けを行った左足目掛けて、撃槍『ガングニール』を、ソードスキル発動のライトエフェクトと共に投擲した。刃が深々と脹脛に突き刺さったが、コナンの攻撃はこれで終わらない。瞬間移動と見紛うような速度で移動していたコナンが、突き刺さった槍を引き抜き、さらに三発の刺突を食らわせると同時に、床を蹴って後方へ跳躍。空中を移動しながら、最後の一撃を投擲した。一連のコナンの攻撃は、五連撃槍系ソードスキル『ダンシング・スピア』である。

 

(見事だな……流石はコナンだ)

 

ソードスキルは武器を問わず、発動した時点でその場からほぼ動かずに繰り出されるものである。しかし、コナンの撃槍『ガングニール』は、そのセオリーを覆す『スヴィズニルシフト』という固有能力を有している。投擲時にソードスキル発動を維持することができるこの能力は、連続技にも適用される。つまり、初撃からフィニッシュまで、任意のタイミングで投擲を行うことができ、再び槍を手にすれば、以降の連撃は続けられるのだ。さらには、投擲した槍のもとへ移動する際の速度補正と、後方跳躍によって距離を取りながらフィニッシュを決めることすらできる。ソードスキル終了後は、『スヴィズニルシフト』のクイックチェンジ効果により、武器は回収できる。

聞く限りでは、隙が皆無に等しいスキルだが、誰にでも使えるものではない。C事件に由来する仮想世界への高い適応力と、SAOにおける戦闘経験に裏付けられた、反応速度と技巧を有するコナンだからこそ使いこなせるのだ。

 

「せやぁぁぁああ!!」

 

そして、コナンに続き、今度はランがスイッチする形で追撃を仕掛ける。右足にライトエフェクトを迸らせながら、体術系ソードスキル『覇月』を放つ。

 

「りゃぁぁぁああ!!」

 

猛烈な勢いで繰り出された重攻撃技に分類される回し蹴りは、スリュムの大木の如く太い右足をへし折らんばかりの衝撃を振りまき、周囲の空気を震わせる。

 

『ぐぬぬぬぅぅうっ……!!』

 

コナンとランの連携によって繰り出されたソードスキルにより、苦悶の声を上げるスリュム。頭上に並ぶHPバーも、これまで与えたダメージの中でも最も大量にゲージを削られていた。

 

『虫けら如きが調子に乗るなぁあっ!!』

 

だが、スリュムとてやられっ放しではない。お返しとばかりに魔法スキルを発動させ、足元に十二の魔方陣を展開する。この魔方陣は、氷のドワーフ兵を召喚する兆候を示すライトエフェクトである。そして、イタチはこれを見逃さない。

 

「全員一度退け!シノンは矢の準備を!」

 

シノンの援護射撃が通りやすいように、前衛・中衛が左右に散開する。ただ一人残ったイタチは、幻影魔法の詠唱を開始し、ドワーフ兵が現れると同時にこれを完了した。途端、イタチの周囲に同じ姿の分身体が現れる。スプリガンの得意とする幻影魔法の一つ『デコイ・シルエット』である。文字通り、“囮”としての機能に長けたこの幻影は、敵のヘイトを集めやすい特性を持つ。そして、イタチの狙い通り、生成されたドワーフ兵達は一斉にイタチの幻影へ襲い掛かった。

 

「シノン、今だ!」

 

それを確認するや、後衛のシノンに射撃指示を出す。シノンは既にイタチの意図を読み取っていたようで、弓に番えていた矢をイタチの幻影向けて放った。着弾した途端、それらは凄まじい炎を上げてドワーフ兵を消滅させた。手持ちの矢の中でもとりわけ強力な威力を誇る、道具屋のララ謹製の爆裂矢である。

 

『小癪なぁあっ!』

 

「ユウキ、打って出るぞ!」

 

「うん、分かった!」

 

咆哮を上げるスリュムの怒りなど知ったことではないとばかりに、次なる攻撃を畳みかけるイタチ。イタチは左足、ユウキは右足を目指して駆け出し、それぞれが使う中でも強力なソードスキルを発動させた。

 

「おおぉぉぉお!!」

 

「そりゃぁぁああ!」

 

ユウキが発動したのは、ここに至るまで多くのボスを屠り、パーティーに勝利をもたらしてきたOSS『マザーズ・ロザリオ』。

一方イタチが繰り出したのは、かつて鋼鉄の城において無双を誇ったユニークスキルをOSSとして再現した『二刀流』のソードスキル『スターバースト・ストリーム』だった。このALOにおいては失われたスキルではあるが、ALOとSAOではシステムの骨子は同じである。OSSのシステムが実装された今ならば、再現するのは難しくはなかった。

 

『ぐぬぅぅううっっ!!』

 

左右の足に繰り出される攻撃に対し、再度忌々しそうな呻き声を出すスリュム。対して、足元でスリュムに大ダメージを与えたイタチとユウキは、技後硬直で身動きが取れずにいた。その姿を見下ろしたスリュムは、チャンスとばかりににやりを笑うと、二人に向けて拳を振り下ろそうとする。だが、

 

「受けなさい、我が雷を!」

 

『ぐっ!……フレイヤ、貴様ぁああ!!』

 

アスナ、シノンの二人と並んで後衛に控えていた、NPCのフレイヤが魔法スキルを発動し、雷撃系攻撃魔法がスリュムの脳天を直撃する。一般のプレイヤーが放つ魔法では与えられないようなダメージを受けたスリュムは、攻撃行動をキャンセルさせ、その怒りをフレイヤの方へと向けた。

 

「ユウキ、離脱しろ!」

 

「了解っ!」

 

そして、イタチとユウキはこの隙を突いてスリュムの攻撃が命中する危険域から脱出する。フレイヤはNPCであり、パーティーと連携をとることは難しい。だが、イタチはその行動パターンを予測し、技後硬直で動けなくなるタイミングを、スリュムに有効な雷撃が放たれるタイミングに合わせたのだった。

 

「危なっ……ギリギリセーフだね」

 

「そうだな。だが、先はまだまだ長そうだ」

 

常のイタチならば、ゲームであろうと積極的には取らないような危険な戦法を連発することしばらく。しかし、そんな薄氷の上を渡るような戦いも中々実を結ばず、スリュムのHPは中々減らない。先程のフレイヤが放った雷撃により、HPはようやく三段ある内の一段目を削り切ったところである。

劣勢に立たされているイタチ等だが、ダメージは最小限に止め、致命傷は避けている。この調子で戦闘を続けていけば、スリュムを倒すことも不可能ではない。だが、それには単純計算であと二倍の時間を要することを意味する。

 

「まずいよ、お兄ちゃん。もう、メダリオンの光が三つしか残ってない。こんなペースじゃ、絶対に間に合わないよ…………」

 

「落ち着け。分かっている……」

 

泣きそうな声でタイムリミットを告げるリーファを宥めるイタチだが、内心では彼女同様、大いに焦燥に駆られていた。ここに至るまで、イタチは持てる戦略の限りを尽くして目の前のラスボスと対峙してきたが、どう足掻いてもタイムリミットの問題ばかりは解決できない。今だって、薄氷の上を渡るような際どい戦法の連続なのだ。これ以上取れる戦術は、イタチは持っていない。

何か手は無いか……そう考え、戦線を維持しながら突破口を探すべく別方向へも思考を走らせる。と、そんな時だった。

 

「剣士様!」

 

不意に、後衛の面子が控えている場所から、八人目のパーティーメンバーたるフレイヤの声が上がった。どうやら、パーティーリーダーであるイタチに何か言いたいことがあるらしい。もしや、スリュムを倒すための戦闘時のイベントが発動したのではと思ったイタチは、注意はスリュムから逸らさず、何を言わんとしているかを聞こうと、その三角耳を研ぎ澄ます。

 

「このままでは、スリュムを倒すことは叶いません!我が一族の秘宝さえあれば、この戦況を覆せる筈です!」

 

「秘宝……一体、どんな物だ!?形状は!?」

 

未だ続くスリュムの猛攻を巧みに回避し、前線メンバーに指示を出しながら尋ねるイタチ。それに対し、フレイヤもまた、離れた位置にいるイタチに届く音量の声で答えた。

 

「このくらいの大きさの、黄金の金槌です!」

 

「金槌……?」

 

後方に立つフレイヤは、両手を三十センチほどの幅に開き、そう叫んでいた。美の女神である筈のフレイヤが、一体何故、そのようなものを探しているのか。

 

(金槌……ハンマー……秘宝……神……伝説の、武器…………!)

 

フレイヤの探し物と、ALOの世界のベースとなった北欧神話に関する断片的な知識。それらをパズルのピースのように頭の中で組み合わせた末、イタチはある答えを得るに至った。そして、クエスト達成が危ぶまれている今、イタチにはこれを利用しない選択肢は無い。

 

「コナン、前線指揮をしばらく頼む。俺は一度、後衛に戻る。俺が抜けた穴は、アスナさんに出てもらう」

 

「分かった。早くしろよ!」

 

スリュムと激闘を繰り広げる前衛メンバーの指揮を一時的にコナンに預け、後衛へ向かうイタチ。持ち前の敏捷をもって、数秒足らずで後衛に合流すると、すかさずアスナに指示を出す。

 

「アスナさん、前線をお願いします。ユイはこのまま後衛に残れ」

 

「分かった!」

 

「はいです!」

 

イタチの到着と同時に出た指示に対し、アスナはほぼタイムラグ無しで前線へと駆け出す。前線に合流する頃には、アイテムをワンドから細剣に持ち替え、戦闘に参加していた。その姿を確認しながら、イタチはユイに問いを投げる。

 

「ユイ、フレイヤの言うアイテムに該当するオブジェクトは確認できるか?」

 

「えっと…………無理です、パパ。この部屋のマップデータには、キーアイテムの位置情報の記述がありません。おそらく、部屋に入った時点でランダムに設置されています。該当するアイテムをフレイヤさんに渡してみないと、本物かは分かりません!」

 

この部屋には、これでもかというほどの超高級アイテムを積み上げた山がそこら中にある。一つ一つフレイヤに渡して試すには、当然ながら時間があまりにも足りない。これというアイテムに目星を付けて、フレイヤに渡す以外にない。しかしイタチには、既にアイテムの正体について目星が付いていた。

 

「皆、三十秒……いや、十秒でいい!スリュムを足止めしていてくれ!」

 

「分かった!早いところ、打開策を頼んだぞ!」

 

イタチの要請に従い、コナンをリーダーとした前衛メンバーは、スリュムへダメージを与えるための攻撃重視のフォーメーションから、時間を稼ぐための回避と陽動に重きを置いたフォーメーションへと変わっていく。

 

「シノン、ララから貰った電撃矢を辺りの宝の山に撃ち込め。できるだけ広範囲に電撃が流れるよう、手当たり次第だ」

 

「任せて」

 

前線の行動開始を見届けたイタチは、今度は隣に立つシノンに指示を出す。この危機的状況下で、アイテムの無駄遣いを促すようなイタチの指示に、しかしシノンは何も異議を唱えず、実行に移した。

 

「電撃矢はノコギリザメのボスにかなり使ったお陰で残弾に余裕が無いから、ギリギリの範囲を狙っていくわよ」

 

それだけ言うと、シノンはこの部屋のあちこちにうず高く積まれた宝の山々へ電撃矢を放っていく。電撃矢が炸裂する度、現実世界同様に電流をよく通す性質を持つ黄金に電撃が走り、眩いライトエフェクトが迸った。

一発、二発と撃ち込んでいく度に電撃が走るその様子を、イタチは注意深く見守る。この一見意味のないように思える行為が、実はこの形成を逆転させるための重要な意味を持つことを知っているが故に……

 

「……あれだ!」

 

そして、イタチは遂に見つける。黄金の宝の山に走る紫電に呼応するように、一際大きな光を放つオブジェクトの存在を。

 

「シノン、フレイヤを連れてこい。秘宝が本物かを確かめる」

 

それを視認するや、イタチはシノンへ有無を言わさず指示を送ると、目的のオブジェクトが埋没している宝の山へと、持ち前の敏捷を最大限に発揮して一直線に走り出す。

 

『小虫が調子に乗るなぁぁああっっ!』

 

そんなイタチに襲い掛かるのは、このダンジョンのラスボスたるスリュム。猛スピードで動くイタチに反応したのか、或いは件のアイテムの在処へ一直線に接近しているためか、スリュムはイタチに狙いを定めた。

そして、体を反らして深く息を吸い込み、その分厚い胸板をさらに膨らませる。氷のブレスを放つ予備動作である。これまで放ってきたのは、吸い込みの予備動作時間が短い、直線攻撃のブレスだったが、今回は違う。吸い込む空気の量からして、面制圧型の広範囲攻撃で間違いない。

だが、イタチは止まらない。スリュムの予備動作を確認するや、これに対処できるメンバーに対し、指示を送る。

 

「コナン!お前の“ノイズ”でキャンセルしろ!」

 

「仕方ねえな!皆、魔法とスキルは中断だ!散開して回避に備えろ!」

 

イタチの指示に従い、スリュムの真正面へと移動し、周囲のメンバーに回避指示を送るコナン。それと同時に、コナンもまた、スリュムに倣うように深く息を吸い込んみ……そして、プーカ特有の“歌唱スキル”を発動させた。

 

「うっわ……相変わらず、酷い歌声……」

 

「音楽スキルが得意なプーカとは思えないわね」

 

音痴全開で発動される歌唱スキルに、リーファやシノンといったメンバーは、眉を顰める。わざとやっているのではないか、と思うほど外れた歌声に、ユウキを除くメンバー全員は、苦笑と呆れを浮かべるのだった。

 

「いやいやいや……これって、本当にスキル成功するの!?」

 

「残念……でもないけど、“歌唱スキル”は失敗ね」

 

「なら、何でそんなに落ち着いているのさ!?」

 

「見ていれば分かるわよ」

 

イタチはおろか、前線メンバー全員を巻き込みかねないスキルの発動を前に、下手な歌を熱唱しているコナンを中心として、呑気に構えている仲間達へ、ユウキは激しく突っ込みを入れていた。だが、対するランをはじめとしたメンバーは、全く動じた様子が無い。

そして、そうこうしている内にスリュムが広範囲型の氷のブレスを吐き出そうとしていた。

 

『ボォオッ、ゴッ、ガァァアアッッ!!?』

 

「へっ……!?」

 

だが、コナンが発動しようとした歌唱スキルが失敗に終わり、ライトエフェクトの波紋を発生させたその時――奇妙なことが起こった。歌唱スキルの発動失敗によって発生した波紋がスリュムにぶつかった時、スリュムが咽返るような動作と共に、氷のブレス攻撃がキャンセルされたのだ。

 

「こ、これって……一体……!?」

 

「これがコナン君だけが使うことができるシステム外スキル……“不協和音(ノイズ)”よ」

 

フレイヤを除くパーティーメンバーの中でただ一人、事情が分からず混乱するユウキに対し、その種明かしをしたのは、近くに立っていたランだった。

 

 

 

 

 

プーカが得意とする、バフもしくはデバフ効果を与えるタイプの歌唱スキル発動の成功率は、本人の音感が大きく作用する。故に、音痴のコナンが発動しようとする歌唱系のスキルは悉く失敗していた。だが、コナンが発動を試みたスキルは、ただ不発しただけではなかった。発動の失敗と共に撒き散らされるライトエフェクトのデータ片が波紋状に広がる時、その周囲で発動しようとしていた魔法やスキルまでもが影響を受け、霧散してしまうのだ。

これこそが、ALOにおいてコナンのみが発動できるシステム外スキル『不協和音(ノイズ)』である。歌唱スキルの失敗と同時に、広範囲にわたって魔法、スキルにデスペル効果を及ぼすこのシステム外スキルの性能は、現在実装化されている通常のデスペル系スキルを凌駕すると言わしめる性能だった。

このシステム外スキルは、コナン以外のプーカが発動を試みても、同様の効果は表れなかった。故にこのスキルは、コナンの音痴によってのみ発動できるものであるとされた。イタチの見立てでは、コナンの音痴が奏でる不協和音が、上手い具合にスキル発動のシステムに干渉できる波動と化して、システム外スキルと化していということだった。

 

 

 

 

 

「はぁ~~……そんなスキルがあったなんて……」

 

「ま、知らないのも無理は無いわね。何せ、コナン君しか使えないんだから。イタチ君が彼を呼んだのも、多分こういう局面を見越していたんだと思うわ」

 

その能力は、これまでの難関クエストにおいて多大な戦果を挙げていた。イタチがコナンを今回のエクスキャリバー獲得という超高難易度クエストに誘ったのも、ガングニールの使い手であることに加え、状況がまるで読めない未踏領域たるダンジョンの奥で繰り広げられるあらゆる戦闘において、コナンの能力が役立つことも計算に含まれていたことは間違いなかった。

 

 

 

「でかしたぞ、コナン」

 

 

 

そして、コナンがパーティーを全滅の危機から救っていた一方。イタチもまた、前線を横切って移動した目的を果たしていた。崩された黄金の山に囲まれて立つイタチの手には、細い黄金の柄と、宝石をちりばめた白金の頭を持つ小型の槌が握られていた。

 

「フレイヤ、受け取れ!」

 

そう叫ぶと、シノンに伴われてスリュムの眼前を横切って遅れて駆け付けたフレイヤへ向けて、手に持つ金槌を投げ渡した。相当に重かったのだろう。ALOの九つの種族の中で、筋力パラメータに乏しいケットシーの腕力を目一杯ゲインしている様子で、アバターの動きが、かなりぎこちないものになっていた。そんなイタチが、砲丸投げのような動きで、肩が外れんばかりの力で投げた金槌だったが…………当のフレイヤは、イタチよりも華奢な細腕一本で、それを難なくキャッチしていた。

 

「…………ぎる…………」

 

ハンマーを握ったフレイヤは、その場で背中を丸めてうずくまると、先程までの透き通った声とはかけ離れた低い声と共に、紫電が走る。絶世の美女が放ち始めた剣呑な空気に、イタチの仲間達六人は、ぞっとした様子で身震いしていた。

 

「みな……ぎるぞぉぉぉおおお!!」

 

そして、先程までの美女の面影が皆無と化した、絶叫が響き渡る。同時に、フレイヤの身体に劇的な変化が起こった。その華奢な獅子と背中の筋肉が、白いドレスを引きちぎる勢いで隆起し始めたのだ。

まさか、先程の金槌には、フレイヤをモンスター化させる力があったのか――――パーティーメンバーの一部が、そんな想像を抱いたのも無理は無いほどの、激変だった。だが、凄まじい雷鳴と電撃を放ちながら変化を続けるフレイヤには、触れることすら儘ならない。

そのまま為す術なく、傍観することしかできない一同の目の前で、フレイヤの筋肉は隆起し続け、巨大化を続ける。手足は樹齢数百年の巨木のように逞しくなり、胸板にも鋼のように強固な筋肉が備わり始めている。イタチから手渡された金槌も、フレイヤの体系に合わせて巨大化し、鯨のような大きさとなった。

 

「…………フレイヤ、さん?」

 

「いや、違うだろ……」

 

最早華奢な美女とは全く別のモノへと変化を遂げた、フレイヤ――だった存在に向けて、疑問符を浮かべてその名を呟いたランに対し、コナンは突っ込みを入れて否定した。

そんな二人を余所に、フレイヤだったそれは、逞しい二本の足で立ち上がった。隠れていた顔もまた、その体躯にふさわしい、ごつごつとした頬と顎に、金褐色の長い髭を蓄えた精悍な面構えと化していた。

 

「うわぁ……これって……」

 

パーティーメンバーの誰もが言葉を失い、立ち尽くす中、イタチは先程の超重量の金槌を投げたことによる違和感を覚えた右肩を回しながら、視界端に表示されたパーティーのHPバーを確認する。このダンジョンへ突入する際には無かった八番目のHPバーに記載された名前は、『Freyja』から、イタチが予想していた通りのものへと変化していた。

そこには、北欧神話の雷神の名前たる『Thor』――『トール』と、そう記されていた。

 


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