真っ赤な血が飛び散った。
それはあまりにも非現実的で。
目の前の光景を、ただ呆然と見つめる事しか出来なかった。
ーーーこれは・・・なんだ。
この腕の中に倒れているのは、一体誰だーーー。
あまりの事に意識が途切れかけ、自身の許容量を越えた事態に現実を否定する。
認識出来ない、認識することを拒絶する、嫌だ、嫌だ、こんなの認めたくない!!
ーーーけれど、それは全て現実だ。
生暖かい、まだ人の温かさの残った体温が、それを痛烈に伝えてきてーーー
「ぃゃーーーいやだよ・・・一夏ぁ!」
簪の両手は、一夏の血で真っ赤に染まっていた。
束もまた、目の前の光景に目を見張った。
肉を貫いた手を通して、生暖かい感触を感じる。
一体何が起こったのか。
その事態を引き起こした束自身でさえ、咄嗟に理解出来なかった。
一夏が簪を庇ったと言う事実を、束には理解する事が出来なかった。
「ーーーッ」
危機を感じ、跳躍する。
手を引き抜いた途端に、傷口からは血が溢れ出した。
「ーーー逃がさないッ」
桜は怒りをもって、今度こそ全力で影を現出させる。
実態を得た影は桜の無尽蔵の魔力を吸って肥大化し、その姿を巨人と化す。
最初から殺す気でやれば良かった、退かせるだけで終わらせようと思っていたから、こんなことになった。
殺す、殺す殺す殺すーーーーーーそうだ、殺してしまえぇ!!
「桜!!」
「ーーーぁ」
士郎に肩を揺さぶられ、桜は失いかけていた正気を取り戻す。
巨人は桜の意識が正常になるに従いその姿を小さくし、瞬く間に元の影に戻った。
桜の影を操る魔術は心の負の側面、つまり普段人が理性によって押さえ込んでいる激情をさらけ出すという事と等しい。
ではその制御を失ったらどうなるか?
ただでさえ扱いの難しい影は暴走し、桜の理性をも飲み込もうとするだろう。
この世全ての悪《アンリマユ》と縁を持った桜にとって、それは過去の惨劇の再現に他ならない。
「す、みませーーー」
「気にしなくて良い」
目眩に倒れ込む桜をライダーに任せ、士郎は屋敷の屋根に飛び乗った束に視線を向ける。
その途中、チラリと一夏を見る。
呆然とする簪と、何とか背部の傷口を押さえようとする本音。
一夏の顔は青いが、まだ生気がある。
大丈夫、まだ間に合う。
そう自分に言い聞かせ、今一番に対処しなければいけない相手に向かう。
「・・・お前は、一夏を迎えに来たんだろ。なのにどうして、こんなことをした!」
「・・・そんなつもりじゃ無かったって言うのかな、これは。ーーー理解出来ないな、他人を庇うなんて・・・」
そう言うと、束は血の付いていない手でポケットを探り、掴んだそれを士郎に投げ付ける。
士郎はそれを打ち落とす事無く掴み、手にしたそれを見て驚愕に硬直した。
緑色をした丸いそれは、記憶が正しければISコアで間違いない。
「それはいっくんの為に調整したISコア。それを使えば、いっくんは間違いなく助かる」
束は一夏を抱える簪を見ながら、そう言った。
束の声は酷く無感情なものだったが、いや、その目も態度も、まったく一夏を心配しているようには感じなかったが。
だが嘘を言っているとは、微塵も感じなかった。
「ISは男には反応しないって聞いたぞ」
「そのコアだけは反応するように調整したんだよ。酷い労力だったけど」
そう話す束の口調は存外ぶっきらぼうだ。自身を天才だと言って憚らない束をして、それほどまでに手の掛かる作業だったらしい。
束は簪をじっと見下ろす。
「いっくんがそこまでして守ろうとした女、少し興味が湧いたよ。今日の所は引いてあげる」
「ーーーッ」
束はそれだけ言うと、屋敷の表へと跳び、姿を消した。
どうやらまだゴーレムが残っていたらしい。
庭に現れたゴーレムは全て破壊したはずだが、また別のゴーレムに乗って飛び立ったのが確認出来た。
「ーーーゥーーーァ」
「一夏、一夏ぁ!」
「!」
士郎は急いで一夏に駆け寄り、渡されたコアを一夏に握らせる。
あいつの言う通りなら、これで何とかなるはずだ。今はこれだけが頼りなんだ、頼むーーー!
ーーーしかし、無情にもコアは何の反応も示さず、一夏の体にも何の変化も起こらない。
「くそ、どうしてだ!」
士郎にとって、このコアが一夏を救う唯一の希望だった。
この場に治療魔術を扱える者はいない。
士郎にその才能は無く、桜は治療魔術の手解きを受けていない。
そして傷が深すぎて、下手に動かすことは逆に死を早める。
このままでは一夏は死ぬ。それは、避けられない現実だった。
「ーーーそんな・・・いや、嫌だよ一夏ぁ」
簪は血で汚れるのも厭わず、一夏にすがり付く。
その目は泣き腫らし、顔も血と土で汚れている。
希望は無い。
一夏が死ぬなんて、そんなの嘘だ・・・!
だって、一夏は私を守って怪我をしたのに・・・私のせいで、こんな怪我を負ったのに。
なのに、どうして一夏なの?
奇跡は無い。
私に守られる価値なんて無いのに・・・!
一夏は私に手を差し伸べてくれたのに、なのに私は・・・!
しかし、もし奇跡が起きるとするならーーーーーー
「誰でも良い、何でも良いから! だからお願い、一夏を助けて!!」
ーーーそれは純粋な、ただひたすらに純粋な願いが引き起こすだろう。
コアは簪の願いを聞き届けるように輝き、その役割を履行する。
傷口から黒い血が溢れだし、次第にその血は鮮血へと変わる。
歪な穴は内側から肉が盛り上がり、その傷口を塞いでゆく。
それはもはや治癒では無い。
治癒などという生易しいものでは無く、それは再生と呼ぶに相応しい光景だった。
生体保護機能を有するISでも、ここまでの性能を発揮する事は確認されていない。
それは束が手を加えたからだろうか、はたまた簪の想いの強さだろうか?
だが、そんな事は今はどうでもよくてーーー
「ーーーゥ・・・か、んざし?」
「い、一夏ぁーーー良かった・・・良かったぁ」
ーーー想いは通じた。
今は、それだけで十分だろう。
安堵に涙を流す簪と、それを宥める一夏。
それを周囲で見守る人たちは皆一様にその光景を微笑ましげに見守っている。
士郎の予想通り、一夏は騒動に巻き込まれた。
それはこれからどんどん加速するだろう。
けれどせめて、その結末が希望に満ちている事を願って。
一歩。
二人へと歩を進めた。
お読み頂きありがとうございました!
桜が治癒魔術を使えないのは、虚数魔術の訓練に全力を注いでいたからです。まずはあの影を扱えない事には、どんなことになるか分かりませんからね。
士郎はアヴァロンを持っていません。
既にセイバーとのパスは切れていますし、hf本編でも投影はされてませんから。
zeroの最後?知らない子ですね。
束さんもコアを『使え』と言いましたからね。コアの機能とはそういうものです。
批評や感想・質問などいつでもお待ちしていますので、気軽にお願いします!
全ての方には返信出来ていませんが、全て読ませていただいて、書き進める活力とさせて頂いております。
では、次回をお待ちください!