IS~あの娘だけのヒーローに~<凍結>   作:カタヤキソバ

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第六話 

「一夏・・・どこに行ったんだ・・・」

 

 彼女、織斑千冬は暗い部屋で座り込んでいた。

 憔悴し切ったその表情からは、世間の人々が抱く様な気高さや強さといった印象は感じられない。

 

 千冬が憔悴している理由。それは弟の一夏が姿を消したからだ。

 

 異変が有ったのは昨日の夜。忙しくて家に帰れない日が続いたから、久しぶりに一夏の声を聞こうと思って電話した時の事だ。

 その日、一夏は電話に出なかった。

 珍しい事も有るものだと思ったが、早めに寝てしまっただけだろうと思い込み、明日話したら良いと思って床についた。

 だが、今朝も一夏は電話に出なかった。

 ーーーいつもならば、もうとっくに起きている時間だというのに。

 異常に気付き、急いで家に帰った時には既に遅かった。家には誰もおらず、近所の人に尋ねても一夏の学校に行っても、誰もが知らないと答えた。

 そしてその時初めて、一夏を取り巻く環境の異常さに気付いた。

 

 誰も一夏の心配をしていなかった。いや、何人かは申し訳無さそうな顔をしていたが、それでも多くの人は一夏の事よりも、目の前に居る千冬に夢中だった。

 千冬は世界的な有名人だ。それは自身が望むと望まないとに関わらず、仕方の無い事だと思っている。

 

 けれどもこれは何だ、人が一人失踪しているのだぞ。それも私の最愛の弟が、だ。

 

 そしてこんな状況になってようやく気付いた。

一夏がどれだけ辛い思いをしていたのか、そしてそれに気付けなかった、自分自身の愚かさに。

 

 必死になって方々を探した。けれど一夏を見付けることは出来ず、こうして家で一人項垂れている。

 

 千冬は虚ろな目で手に握った端末を見る。映っているのは唯一の親友への連絡先だ。先ほどから何度もこの番号に連絡を取ろうとしては、指を止めては自問している。

 

 こいつに頼って本当に良いのか?

こいつの話に乗った結果何が起こったのか、忘れたのか?

 

 自分で自分に問い掛ける。

 ーーーだが

 

「・・・っ」

 

 押した。数コールの後、聞きなれた甲高い声が千冬の鼓膜を揺らした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 あの夜から約一週間。

 

「ーーーっふ!・・・ふぅ」

 

 息を吐く。渾身の力を込めた腕は疲労感と共に、心地よい達成感を伝えてくる。

 次に向かう。

 正面を見据え、目標を定め、全身に力を込めてーーー

 

「ーーーっは!」

 

 ーーー降り下ろす。

 

 最近はずっとこのような事の繰り返しだ。だが一夏に文句は無い。これが必要な事だと分かっているからだ。

 

 周りを見渡し、その成果に満足気に頷く。

 

「よし、じゃあ後少しだな」

 

 そうして次に向かった一夏の耳に、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。

 一夏は振り向き、手を振る。

 

「ーーー 一夏、そろそろお昼にするって」

 

 一夏を呼んでいたのは簪だ。走ってきたのか、少し息が切れている。

 

「・・・ふぅ。お疲れさま、一夏。

 

 

 

  

 

 

 

 ずいぶん耕したね、この畑」

 

 息を整え、簪は掘り返された畑を見て言う。一夏がしていたのは畑の掘り起こし作業だ。

 ここ最近。一夏は士郎と共に近所の人の畑仕事の手伝いなどをしていた。

 

「やってる内に楽しくなってきて、ついな」

 

 額に流れる汗を拭う。

 泥だらけの作業着に頭に巻いた手拭い、それに軍手という出で立ちだが、簪はその姿につい頬を染めてしまう。

 

 ーーーカッコいい。

 

「ん?何か顔に付いてるか?」

 

 簪がじっと見つめてくるから泥でも付いているのかと勘違いし、一夏は顔をゴシゴシと擦る。

 

「う、ううん。何でも無い」

「ん、そっか。じゃあ帰ろうぜ、もう腹ペコだよ」

 

 そう言って二人は並んで歩き、衛宮邸に向かった。

 

 

「今日の昼は何なんだ?」

「今日は山菜のかき揚げとタケノコご飯だよ。士郎さんが、お寺の友達から貰ってきたって言ってた」

 

 そんな他愛の無い話をして過ごす。だが簪にはこの上無く幸せな時間に感じられた。

 自分が淡い恋心を寄せる人と一緒に何気無い会話をする。簪には初めての経験で、とても安らげる時間だった。

 

 

「・・・ねえ、いちーーーっ」

 

 ここを曲がれば衛宮邸だという曲がり角。そこを曲がった簪は一夏に呼び掛けようとして、目に写った人物に驚き、目を見開いて固まる。

 異変に気付いた一夏もすぐさま角を曲がり、簪の視線の方向に目を向けると、そこには一人の少女が立っていた。

 

「ほ・・・んね・・・」

 

 本音と呼ばれた少女は泣き出しそうな、申し訳無さそうな表情で、簪を見つめていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「んー、いっくんどこ行っちゃったのかなー」

 

 暗く、猥雑と物が散乱している部屋で、一人の女性がうんうんと唸りながらキーボードを叩いていた。

 女性の服装は不思議の国のアリスのようなファンシーなもので、頭にはウサギの耳のようなメカを着けている。

 その言葉は深刻そうだが、女性の声からは心配しているような雰囲気が微塵も感じられない。

 非常に軽い声だった。 

 

「一週間もちーちゃんから行方をくらますなんて、一体どーしちゃったんだろ」

 

 心配だなー。プレゼントも有るのにー。

 

 ・・・やはり、言葉とは裏腹に心配そうな雰囲気がまるで無い。

 そんな女性だったが、不意にモニターの一点を見て、目の色を変えた。

 

「おや、いっくんはっけーん!」

 

 一体どんな手を使っているのか、どんどん反応のあった場所の解像度を上げていく。

 

「こーんな所に居たんだねー、いっくん」

 

 嬉しそうに笑う女性だったが、解像度の上げられた映像を見て、女性は首を傾げる。

 

「ーーー誰、お前」

 

 ずっとケラケラと笑うような声を出していた女性の、初めて出した平坦な声だった。

 

「何だよお前、その席はもう埋まってんの」

 

 イライラとした声を出し始めた女性は、椅子から飛び降り、クルリと反転する。

 

「邪魔者は、潰しちゃえば良いよね!」

 

 女性が見上げた先には黒い巨体。

 

「頼んだよー、プロトゴーレム君!」

 

 モニターには拡大された標的が映し出される。

 青い髪の少女ーーー簪だ。

 

 他人の事など知ったことか。ウサギは自分の気の赴くままに飛び出した。




 お読み頂きありがとうございました!

 農作業をするイケメン。YARIOかな?
 
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 では、次回をお待ちください!

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