「一夏・・・どこに行ったんだ・・・」
彼女、織斑千冬は暗い部屋で座り込んでいた。
憔悴し切ったその表情からは、世間の人々が抱く様な気高さや強さといった印象は感じられない。
千冬が憔悴している理由。それは弟の一夏が姿を消したからだ。
異変が有ったのは昨日の夜。忙しくて家に帰れない日が続いたから、久しぶりに一夏の声を聞こうと思って電話した時の事だ。
その日、一夏は電話に出なかった。
珍しい事も有るものだと思ったが、早めに寝てしまっただけだろうと思い込み、明日話したら良いと思って床についた。
だが、今朝も一夏は電話に出なかった。
ーーーいつもならば、もうとっくに起きている時間だというのに。
異常に気付き、急いで家に帰った時には既に遅かった。家には誰もおらず、近所の人に尋ねても一夏の学校に行っても、誰もが知らないと答えた。
そしてその時初めて、一夏を取り巻く環境の異常さに気付いた。
誰も一夏の心配をしていなかった。いや、何人かは申し訳無さそうな顔をしていたが、それでも多くの人は一夏の事よりも、目の前に居る千冬に夢中だった。
千冬は世界的な有名人だ。それは自身が望むと望まないとに関わらず、仕方の無い事だと思っている。
けれどもこれは何だ、人が一人失踪しているのだぞ。それも私の最愛の弟が、だ。
そしてこんな状況になってようやく気付いた。
一夏がどれだけ辛い思いをしていたのか、そしてそれに気付けなかった、自分自身の愚かさに。
必死になって方々を探した。けれど一夏を見付けることは出来ず、こうして家で一人項垂れている。
千冬は虚ろな目で手に握った端末を見る。映っているのは唯一の親友への連絡先だ。先ほどから何度もこの番号に連絡を取ろうとしては、指を止めては自問している。
こいつに頼って本当に良いのか?
こいつの話に乗った結果何が起こったのか、忘れたのか?
自分で自分に問い掛ける。
ーーーだが
「・・・っ」
押した。数コールの後、聞きなれた甲高い声が千冬の鼓膜を揺らした。
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あの夜から約一週間。
「ーーーっふ!・・・ふぅ」
息を吐く。渾身の力を込めた腕は疲労感と共に、心地よい達成感を伝えてくる。
次に向かう。
正面を見据え、目標を定め、全身に力を込めてーーー
「ーーーっは!」
ーーー降り下ろす。
最近はずっとこのような事の繰り返しだ。だが一夏に文句は無い。これが必要な事だと分かっているからだ。
周りを見渡し、その成果に満足気に頷く。
「よし、じゃあ後少しだな」
そうして次に向かった一夏の耳に、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。
一夏は振り向き、手を振る。
「ーーー 一夏、そろそろお昼にするって」
一夏を呼んでいたのは簪だ。走ってきたのか、少し息が切れている。
「・・・ふぅ。お疲れさま、一夏。
ずいぶん耕したね、この畑」
息を整え、簪は掘り返された畑を見て言う。一夏がしていたのは畑の掘り起こし作業だ。
ここ最近。一夏は士郎と共に近所の人の畑仕事の手伝いなどをしていた。
「やってる内に楽しくなってきて、ついな」
額に流れる汗を拭う。
泥だらけの作業着に頭に巻いた手拭い、それに軍手という出で立ちだが、簪はその姿につい頬を染めてしまう。
ーーーカッコいい。
「ん?何か顔に付いてるか?」
簪がじっと見つめてくるから泥でも付いているのかと勘違いし、一夏は顔をゴシゴシと擦る。
「う、ううん。何でも無い」
「ん、そっか。じゃあ帰ろうぜ、もう腹ペコだよ」
そう言って二人は並んで歩き、衛宮邸に向かった。
「今日の昼は何なんだ?」
「今日は山菜のかき揚げとタケノコご飯だよ。士郎さんが、お寺の友達から貰ってきたって言ってた」
そんな他愛の無い話をして過ごす。だが簪にはこの上無く幸せな時間に感じられた。
自分が淡い恋心を寄せる人と一緒に何気無い会話をする。簪には初めての経験で、とても安らげる時間だった。
「・・・ねえ、いちーーーっ」
ここを曲がれば衛宮邸だという曲がり角。そこを曲がった簪は一夏に呼び掛けようとして、目に写った人物に驚き、目を見開いて固まる。
異変に気付いた一夏もすぐさま角を曲がり、簪の視線の方向に目を向けると、そこには一人の少女が立っていた。
「ほ・・・んね・・・」
本音と呼ばれた少女は泣き出しそうな、申し訳無さそうな表情で、簪を見つめていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「んー、いっくんどこ行っちゃったのかなー」
暗く、猥雑と物が散乱している部屋で、一人の女性がうんうんと唸りながらキーボードを叩いていた。
女性の服装は不思議の国のアリスのようなファンシーなもので、頭にはウサギの耳のようなメカを着けている。
その言葉は深刻そうだが、女性の声からは心配しているような雰囲気が微塵も感じられない。
非常に軽い声だった。
「一週間もちーちゃんから行方をくらますなんて、一体どーしちゃったんだろ」
心配だなー。プレゼントも有るのにー。
・・・やはり、言葉とは裏腹に心配そうな雰囲気がまるで無い。
そんな女性だったが、不意にモニターの一点を見て、目の色を変えた。
「おや、いっくんはっけーん!」
一体どんな手を使っているのか、どんどん反応のあった場所の解像度を上げていく。
「こーんな所に居たんだねー、いっくん」
嬉しそうに笑う女性だったが、解像度の上げられた映像を見て、女性は首を傾げる。
「ーーー誰、お前」
ずっとケラケラと笑うような声を出していた女性の、初めて出した平坦な声だった。
「何だよお前、その席はもう埋まってんの」
イライラとした声を出し始めた女性は、椅子から飛び降り、クルリと反転する。
「邪魔者は、潰しちゃえば良いよね!」
女性が見上げた先には黒い巨体。
「頼んだよー、プロトゴーレム君!」
モニターには拡大された標的が映し出される。
青い髪の少女ーーー簪だ。
他人の事など知ったことか。ウサギは自分の気の赴くままに飛び出した。
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農作業をするイケメン。YARIOかな?
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