IS~あの娘だけのヒーローに~<凍結>   作:カタヤキソバ

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第五話

 簪は膝を抱え、ポツポツと、淡々と話し始めた。

 

「私は、ずっと一人でした。家でも、学校でも」

 

 実家は日本の暗部を担う防諜組織・更識家。

 そこに生まれた時から、既に競争は始まっていた。

 

「お姉ちゃんと私。そのどちらが党首の座を継ぐのかというのが、家の人たちの注目の的でした」

 

 例えばテストの点数、運動神経、果ては友人の数。

 そんなに細かい事まで、姉・更識刀奈と簪は比べられ、優劣を付けられた。

 刀奈と簪は年が一つ離れているという事は、全く考慮されなかった。

 

「私はいつもお姉ちゃんと比較されて、それが辛くて・・・。用事の無い時は、部屋に引きこもる様になりました」

 

 簪は引きこもる事で他者との関係を絶ち、自尊心を守ろうとした。

 意識しての事ではない。そうしなければ心が耐えきれなかったのだ。

 

 けれどそんな簪を外に連れ出したのもまた、刀奈だった。

 

 部屋まで行って外に連れ出し、一緒に遊ぶ。

 刀奈とっては何て事ない行動だった。ただ妹と一緒に遊ぼうとした、それだけの事だった。

 周囲の人間が、そう受けとる事は無かったが。

 

「そんな事にも家の人たちはやっぱり、とか流石って言って、お姉ちゃんを誉めました。でも、私に向けられるのは侮蔑の視線・・・」

 

 だから簪は諦めた。何もかも。

 自主的に何かすることは無くなり、ただ最低限の事だけをこなした。

 そんな簪が唯一意識を向けたのが、ISだった。

 

「あれならお姉ちゃんにも勝てるかも知れない。そう思って・・・努力したんです」

 

 刀奈はその時既に代表候補生になっていたが、それでもISなら何とかなるかもしれないと思った。

 だから努力して、代表候補生の肩書きを手にいれた。

 

 簪はただ認めて欲しいと、姉と同じ様に誉めて貰いたかっただけなのだ。

 ーーーしかし、その願いが叶う事は無かった。

 

「・・・家に帰ったとき、先に帰っていたお姉ちゃんは皆に誉められてました。だから、その時分かったんです。ここに、私の居場所は、無いってーーー」

 

 簪の声に涙声が混じる。

 

 代表と代表候補生の選出発表は同じ日に行われる。

 簪が代表候補生に任命されたとき、同時に刀奈は国家代表に選ばれていたのだ。

 その光景を見たときの簪の絶望は如何程か。

 

 

 誉めて貰えると思った。少しでも、姉のように。

 帰ったとき、家の中には暖かな雰囲気があった。

 ーーーしかし、そこに簪の居場所は無かった。

 

 

「ーーーだから、逃げ出したんです。どこか、違う場所にって、私が居ても良い場所がーーー」

 

 欲しくて!

 

 そう続けようとして、その叫びが言葉になることは無かった。

 

「ーーーここに居て良いんですよ、ここに」

 

 桜は簪を抱き締めていた。

 我慢出来なかった。簪は、桜の腕の中で嗚咽を漏らす。

 

 ーーーこの子は私に良く似ている。誰も、この子自身を必要として来なかった。

 

 カレンの調べた資料と簪の話は、必ずしも全てが一致する訳ではない。

 簪は一人だったと言ったが、簪を案じる友人は居た。

 幼い頃から簪の付き人をしていた子だ。

 しかし、今の簪にとっては居なかったのと変わらない。何せ、簪が感じているのは主観的な孤独感だ。

 そこに実際の出来事との差異に意味はなく、更識の人々が簪を見下し、侮蔑していた事実は何も変わらない。

 

 だからその差異を指摘するのは誤りで、今簪に必要なのは、安らげる場所と時間だ。

 子供には拠り所が、寄り添ってくれる人が必要だ。

 

「(だったらそれは私が、私たちがなれば良い)」

 

 それにーーーと桜は思う。

 

 それに、幸い一夏が簪の支えになってくれそうだった。

 ライダーの話を聞く限り、そう思う。

 

 取り合えず今は、

 

「よしよし」

 

 幼子の様に泣き続ける簪を、桜は簪の満足するまで抱擁した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「去年行われた第二回モンド・グロッソで、千冬姉は決勝を棄権しました・・・。そして、その原因はーーー俺なんですっ」

 

 悔しそうに、心底悔しそうに。一夏は吐き捨てるように言う。

 

「・・・ああ。そうみたい、だな」

 

 士郎は資料に書いてあった事を思い出し、つい曖昧な相槌を打つ。

 

「俺はあの日、千冬姉の決勝戦を見るためにドイツまで行きました。そしてそこでーーー」

 

「ーーー誘拐されました」

 

 一夏は自分の中で一度噛み締める様に言葉を一瞬溜めて、その瞬間を思い出しながら、話す。

 そうしなければ、悔しさに声を荒げてしまいそうで。湯飲みを持つ手は震えている。

 

「町中で突然襲われて、気が付いた時には手足を縛られてどこかの倉庫に転がされてました。そして、側に居た誘拐犯が言ったんです」

 

 ーーーお前は織斑千冬を呼び出すためのエサだ、と。

 

「絶望しましたよ。折角の千冬姉の晴れ舞台を応援しようとして来たのに、俺が台無しにしてしまうって。ーーーけど・・・あの時。千冬姉が助けに来てくれた時、ホッとしたんです」

 

 一夏は月を見上げる。

 

 あの日も月の昇った夜だった。

 もしかしたら、俺はこのまま殺されるのかも知れない。そう思って絶望しかけていた時、千冬姉が助けに来てくれた。

 千冬姉はあっという間に誘拐犯たちを蹴散らすと、俺を救い出してくれた。

 月明かりに照らされた千冬姉の姿はあまりにも印象的でーーー

 

 一夏は月に手をかざす。

 

「・・・結局俺はずっと千冬姉の負担になって、千冬姉の名誉を汚したんです。俺はそれに、耐えられなかった」

 

 帰国した一夏を待っていたのは、人々の心無い言葉だった。

 

 お前のせいで棄権したんじゃないのか。お前が居るから活躍出来なかったんじゃないのか。お前が、お前が、お前がーーー

 

 その言葉に深い意味は無い。ただ千冬姉が優勝出来なかった事の不満を、俺にぶつけてきただけだ。

 けれど、その言葉は俺に響いた。

 実際その通りだったからだ。俺が誘拐されたから、千冬姉はモンド・グロッソ二連覇という快挙を逃した。

 

 その事実は、一夏の心に重くのし掛かった。

 

「だから、逃げ出したんです。・・・自分の失敗から、周囲の人の声から、そして・・・千冬姉から」

 

 そうしてここに来たと。

 そう話し終えて、一夏は再度月を見上げる。

 

 一夏の表情は決して明るいものじゃない。

 けれどーーー見上げた。

 思い出すのは、助けられたあの瞬間。

 月明かりに照らされた、千冬姉の姿だ。

 

 今の俺は弱い。心も、体も。

 けれど、そうなりたいとも願ったんだ。千冬姉のように誰かを救える、誰かを守れる人になりたいと。

 

 だから今日、手を差し伸べたのかも知れない。

 泣いているあの子の姿を、見たくなかったから。

 

「・・・一夏」

 

 士郎が問い掛ける。

 

「お前はこれからどうするんだ?」

 

 その問いに、一夏はすぐに答えられない。

 

「・・・俺は・・・」

 

 何がしたいのだろう。

 耐えられないから逃げ出した。けれど、それでも胸に残ったこれは何なのか。

 

 ポツリ、と口が動いた。

 

「俺は、誰かを守れる人にーーー」

 

 脳裏に浮かぶのは姉の姿と簪の姿。

 簪の境遇は、少しだけ昼間に教えて貰った。

 そして、簪は何と言っただろうか?

 

「ーーーヒーローに、なりたい」

 

 ヒーローが来てくれて、助けてくれたらって、そう思ってた。

 そう、簪は話した。

 

 そうだ、だったら俺がなれば良い。

 誰かの苦痛も悲しみも、解決出来るような存在に。

 

 

「ーーーそれは、酷く辛い道のりだぞ」

 

 誰かを救うこと。それは決して生半可なものじゃない。

 士郎はそれを良く知っている。

 全てを救おうとする道は自分を滅ぼし、選んだ先には多くの死と後悔があった。

 

「ーーーそれでも、そう在りたいと思います」

 

 それを一夏はまだ知らない。けれど、もう止まることは決してない。

 士郎は一夏の顔を見てそれを確信した。

 

 それが織斑一夏という少年なのだろう。彼は救われる側ではなく、救う側の人間。

 彼は自覚した。自分の願いを、叶えたい夢を。

 

 

「一夏。その覚悟が本物なら、明日から俺がお前を鍛えてやる」

 

 人生の先輩として、そして正義の味方を目指した先輩として。

 士郎は一夏を鍛えることを決めた。

 

 元々、そのつもりだった。

 カレンに渡された資料を見たときから、近い将来、一夏は騒動に巻き込まれるだろうと思っていた。

 そして今日、一夏は自分からそれに巻き込まれる決意をした。正義の味方《ヒーロー》とはそういうものだ。

 

「はい、よろしくお願いしますっ」

 

 そして、一夏もそれを望んだ。

 

 

 月明かりは新たな正義の誕生を祝うかのように、爛々と輝いていた。




 お読み頂きありがとうございました!

 原作一夏は何故かヒーローって存在が嫌いなんですよね、その説明ってどこかにありましたっけ?

 一夏や簪が魔術を習うことはありません。何せ時間が足りませんから。
 一年だと・・・カリヤ叔父さんルートですね。蟲風呂です。

 
 タイプムーン・エース買いました。東出さんのアステリオス、とてもよかったです。しまどりるさんのイラストも良かったですね、下姉様マジ下姉様。
 所長はあの感じで消滅させられるんですよね・・・漫画が読み切りで良かったというか何と言うか・・・。

 批評や感想・質問などいつでもお待ちしていますので、お気軽にお願いします!

 では次回をお待ちください!

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