IS~あの娘だけのヒーローに~<凍結>   作:カタヤキソバ

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第四話

 月明かりの降り注ぐ夜。

 庭を望む縁側に座り、士郎と一夏はお茶を啜っていた。

 話をしよう、と呼び止めた士郎が盆に載せて来たものだ。

 

 士郎はお茶を啜りながら月を見上げ、一夏は士郎の意図が分からないまま取り合えず座っている、と言った所だ。

 

 

「(士郎さん、一体どういう・・・)」

 

 まさか明日にでも出ていけ、と言われるのだろうか。

 そんな人では無いと思いつつも、一夏の胸には不安が広がる。

 それも当然だろう。

 一夏にとって士郎は昨日会ったばかりの人間で、正直言って俺など拾っても迷惑なだけ。

 普通の神経をしているのなら、そう感じるのが妥当だ。

 

「一夏」

 

 一夏がそんな漠然とした不安を抱いていた所に、士郎が話し掛ける。

 

「実はお前の事、簪の事もだけど・・・少し調べさせて貰ったんだ」

 

 一夏の心臓がドキリ、と鳴り、手に持った湯飲みを落としそうになる。

 昨日簪に感じたものとは違う。

 焦り、不安、恐怖。具体的にどうして、という事は無い。

 ただそういったものが、一夏の中から溢れてくる。

 

「あ、悪い。別にそれで怒鳴ろうとか追い出そうとか、そういった事じゃないから安心してくれ」

 

 一夏の表情を見た士郎は、少し焦ってそう付け加える。

 

 その一言で、一夏の不安は軽くなる。

 

「別に、一夏の気の済むまでここに居てくれて構わない。それは桜も同意見だし、簪にも同じことを話してると思う」

 

 その一言で安心する。行く宛の無い自分に居場所を提供して貰えて、心から有り難く思う。

 前居た所は、ひどく居心地が悪かったから・・・

 

「それじゃあ、一体何の話を・・・?」

「そうだな、俺はーーー」

 

「ーーー 一夏の事を知りたいんだ」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「私の事を、ですか・・・?」

 

 ここは簪の寝室。

 こちらでも桜と簪の間で、あちらの二人と同じ話が展開されていた。

 

「はい。簪ちゃんの事は調べましたけど、それは所詮紙上の情報です。出来れば、簪ちゃん自身の口から聞きたいんです」

 

 勿論、言いたくないならそれで構いません。

 そう続けて、桜は簪の返答を待つ。

 

 簪はすぐに答えられなかった。

 住む場所を提供して貰って、暖かい家族を感じて、桜にも士郎にも感謝している。

 けれど前の、更識家に居た頃の事を話すには、二日間という時間はあまりにも短かった。

 簪にとって、更識家に居た頃の生活はまさに地獄であり、トラウマだった。

 

 考えてみて欲しい。

 自分の一挙手一投足全てに他者との優劣を付けられ、比較対象には何の欠点もなく、常にお前は彼女以下だと、何故出来ないのかという言葉と視線に晒される。

 そんな環境で正気を保っていた簪の方がある意味異常なのだ。

 それは諦観による自己防衛。

 そう言われても仕方が無いという思いの壁により、自我を守っていたに過ぎない。

 だから簪はISの代表候補生になったとき、更識から逃げ出したのだ。

 だって知ってしまったから。

 

 自分がどんなに努力しても、誰もそれを認めてくれないと。

 

 それまで持っていなかった『認めてもらえるかもしれない』という希望が、逆に簪の自己防衛の壁に罅を付け、簪はその環境に耐えられなくなった。

 

 

 そんな時の事を自分の口から話したく無かった。

 好きなだけ居て良いと言ってくれるのであれば、ずっとこのままこの土地で、更識とは無関係に生きて行きたい。

 自分に惨めな感情を認識させたISとも、もう二度と関わりたくないと、そう思った。

 

 ーーーけれど

 

「ーーーぁーーーっーーー」

 

 ーーー話そうと、思った。

 簪はトラウマに震える声を、掠れた声を、必死に絞りだす。

 

 ーーー自分に手を差し伸べてくれた彼に。

 一夏に着いて行きたいと、そう思ったから。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「・・・俺には、家族が居ませんでした。物心ついた頃から千冬姉に育てて貰って、何度迷惑を掛けたか分からない位、苦労を掛けました」

 

 一夏は語り始める。

 

「だから千冬姉の出来ない事は俺が出来るようになろうって、そう思って家事も覚えて、台所にも小さい時から立ってました」

「ああ、今日の夕食、旨かったよ」

 

 ありがとうございます。そう言って、一夏はハニカム。

 

「そういう生活は変わらなくて、二人で精一杯生活してました。けどーーー」

 

 一夏は一旦言葉を切り、目を瞑る。

 

「ISが現れました」

 

 ISーインフィニット・ストラトスーと呼ばれるそれは、鮮烈な登場で一夜にして世界中の注目の的になった。

 元々ISは宇宙開拓用のパワード・スーツとして若き天才によって学会に発表されたが、当初は全く注目されていなかった。

 誰もが荒唐無稽な夢物語だと思ったからだ。

 何せ発表者は、当時16歳の女子高生。そんなものが作れる訳がないと、学会の権威たちは鼻で笑った。

 

 事件が起こったのはそれから一月後。

 少女の学会での発表など世間の流れの中に埋もれた頃、その大事件は起きた。

 

 日本に向かって、世界各国の2,000発の戦略ミサイルが一斉に発射されたのだ。

 その一報が全国、全世界のテレビやラジオで流れ、誰もが日本の終わりだと、日本という国土の消滅だと息を飲んだ時、それは現れた。

 

 自衛隊が全国に緊急出動してミサイルを一発でも多く打ち落とそうと奮戦する中、その白き流星は颯爽と登場し、ミサイルをどんどん打ち落としていった。

 

 それが、全世界にISが知れ渡った瞬間だった。

 

 約2,000発のミサイルをたった一機で打ち落としたとされるそれは、あろうことか捕獲に乗り出した米露中その他沢山の国の戦闘機、空母を死者を出さずに無力化し、その姿を消した。

 

 後日。そのISが『白騎士』という名前だと、製作者は自分なのだと。全世界の首相、大統領官邸に開発者の『篠ノ之束』が通知を送った。

 

 それからだ。世界が、一夏の周囲が変わったのは。

 

「俺もあのときの事は良く覚えてるよ。何も出来ない自分の無力さを、どれだけ呪ったか分からない」

「俺はあまり覚えていませんけど、怖かった事だけは覚えてます。その日は千冬姉も出掛けてて、家に一人でしたから」

 

 

 その日から、世界の流れは大きく変わっていった。

 まず女性優位の風潮だ。

 ISは既存の兵器を軽々と凌駕する性能を持っていた。

 だがしかし、それは女性にしか起動出来なかったのだ。その為各国政府は女性を優遇する政策を打ち出し、優秀な操縦者を集めようとした。

 ISを国防の、軍事力の基盤にしようとしたのだ。

 そしてその結果、女は男より優れているという流れが広がった。

 

 勿論現実として性別によって差は有っても、それは優劣の問題ではなく、役割の違いだ。

 男が戦い、女が育む。

 少なくとも、そうした役割の違いで人は繁栄してきた。

 それを崩した結果どうなるか。未だISの登場から約十年しか経っていないが、女性を優遇する政策を始めた先進国では、色々問題も起きているらしい。

 

 話が脱線したが、要するにそういった風潮は一夏の周囲にも広がり出したのだ。

 まだ何者にでも染まる多感な時期。

 子供の間にそういった空気がうまれるのは、そう難しくなかった。

 

「始めはそう大した事じゃ有りませんでした。あんたたち男がやってよ、そういって掃除の当番を押し付けるような、都合良く世間の風潮を利用している程度でした」

 

 俺もしょっちゅうやらされましたよ、と一夏は笑う。

 

「けど、それはただの冗談じゃ済まなくなった」

「ええ。今の世の中、町を歩いてるだけで男が見ず知らずの人に財布にされたり荷物持ちをさせられるなんて、そう珍しくないですからね」

 

「そんなときです。千冬姉の名前が世界に広まったのは」

 

 モンド・グロッソ。

 

 ISを国防の基盤にしようとした世界の国々だが、それは上手くいかなかった。

 開発者の篠ノ之束がISの核となるコアの生産を止めたのだ。

 そしてこう宣言した。

 

『ISは宇宙開発の為のもので、戦争の道具じゃない。それを規制するシステムを作らないなら、私はもうコアを作らない』

 

 それに慌てた各国首脳は国連とは別に国際IS委員会を作り、アラスカ条約というISの軍事利用を規制する条約を作った。

 その効力の程は別として、表向き、ISは戦争利用出来なくなった。

 だがそれでも高性能なパワード・スーツを遊ばせておく気はどこの国も無く、そうして始められたのがーーー

 

 ーーー国際IS競技大会モンド・グロッソだ。

 

「千冬姉は第一世代のIS乗りとして、誰も寄せ付ける事無く優勝しました。俺は試合は視てないですけど、それを聞いた時は嬉しかったですし、誇らしかったです」

 

 その時は、ですけど。

 

 そう語る一夏の表情に、初めて陰りが見える。

 

「・・・それからか」

「それからです。俺が周囲の目に晒されるようになったのは」

 

「千冬姉は有名になりましたし、熱狂的なファンも付きました。始めは良かったんです。周りにチヤホヤされるくらいで。・・・けど何時からかそれは、別のものに変わっていきました」

 

 『あの織斑千冬の弟』

 そのレッテルは一夏の周囲に急速に広がっていった。

 特に酷かったのは教師と近所の人だったと一夏は語った。

 

 何か出来ればあの織斑千冬の弟だから当然。出来なければあの織斑千冬の弟なのにどうして。

 そう言われる事が増えていった。まるで織斑千冬を何でも出来る万能だとでも言うかの様に。

 

 そんなことは無い、出来ることと出来ない事は千冬姉にもあると、そう言った事もある。

 けれど多くの人は一笑に付した。

 

 あの織斑千冬に出来無い事が有る筈が無いと。

 

 既に『織斑千冬』という虚像は、その弟の言葉が届かない程に大きくなっていた。

 

「千冬姉はあまり自己評価が高くなかったですから。俺が現状を伝えても、あまり本気にしませんでした」

「助けてくれなかったのか?」

「そんな言葉気にするなって言われました。俺もそうしようと思って、期待に答えられるように努力しました。ーーーあれが起こるまでは」

 

 一夏は沈んだ声で、そう続けた。

 

 




 お読み頂きありがとうございました!

 今回は長くなったのでここまで!
 次話は明日の朝に投稿します。

 批評や感想・質問などいつでもお待ちしていますので、お気軽にお願いします!

 では、次回をお待ちください!

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