「二人とも、今日は家の掃除をしてくれないか?」
翌日。
朝食を食べているときに、士郎は一夏と簪にそう提案した。
二人は一瞬考えてから、士郎の提案を了承する。
今日は平日だ。元々、本来であれば学校に通っていなければならない時間帯に何もしないで居るという事には、二人とも言い知れない後ろめたさがあったのだ。
「それじゃあ頼んだ。俺と桜は夕方には帰るから、昼は二人で済ませてくれ」
「後で掃除用具の場所を教えますね。ああ、それとーーー」
「この家にはもう一人、住人が居るんです。少し無愛想ですけど、悪い人じゃ有りませんから」
それだけ言って、四人は食事を再開した。
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「ふぅ。・・・結構掃除したな」
一夏は後ろを振り向き、自分の成果に満足する。
家中の掃除をするとなって、まず始めたのは廊下の雑巾掛けだ。
潔癖とは言わないまでも元々綺麗好きな一夏にとって、この家の様な広い家を掃除するのは自分の努力の成果が目に見えて分かり、非常に気持ちの良いものだった。
「っと、簪はどうしているかな」
一夏は廊下を、簪は風呂場を掃除する事になっている。
一夏が廊下の掃除を始めてからそれなり時間が経過していた為、簪もそろそろ終わっているだろうと思い、一夏は風呂場に足を向けた。
「簪、そろそろ終わーーーって何だこれ!?」
飛び込んで来た光景に、一夏はギョッと目を見開く。
一面に広がる泡・泡・泡。
なんと天井にまで泡が付いているでは無いか。
「い、一夏ぁ・・・」
簪はその中で、涙目でしゃがみ込んでいた。
「大丈夫か簪!一体何が・・・」
「その・・・私、掃除をするのは初めてで・・・洗剤を付けて洗えば良いって事は、知ってたんだけど・・・」
簪はしょんぼりとした様子で、そう語る。
だからこうなったのかと、一夏は片手で頭を押さえ、
「そっか・・・。けどまあ心配するなよ、ちーーー・・・俺が教えるから、一緒にやるか」
千冬姉も出来ないから、と言い掛けて、一夏は言葉を選び直した。
姉の名前から自分の素性を知られたく無かったから、と言う訳ではない。
昨日、この子も俺と同じだと。
他人と比較されて生きてきたんじゃないかって、そう感じた事を思い出したからだ。
気にしすぎかも知れないけど、それに越したことは無いだろうと。
そう思って、一夏は一緒にやろうと提案し、手を差し出した。
「ーーーうん!」
簪は伸ばされた手を取り、立ち上がる。
その瞳に、もう涙は浮かんでいなかった。
そして、それを見守る影が一つ。
「・・・私の出る幕は無さそうですね」
紫の長髪を揺らめかせ、長身の女性はその場を後にした。
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「いただきます!」
「「いたーだきます!!」」
パンッという気持ちの良い音と共に、子供たちの元気の良い声が響き渡る。
今日、士郎と桜は児童館の手伝いに訪れていた。
今は昼食の時間。
子供たちは士郎と桜の作った昼食を、美味しそうに頬張っている。
二人は子供たちの笑顔を見て、つい、笑みを浮かべてしまう。
二人はこのような慈善活動を日常的に行っていた。
今日は児童館だが、時には介護施設に行くこともあるし、地元の人にお願いされて主婦向けに料理講座を開いたりもしている。
昨日の様に困っている人を助ける事も、希なことでは無かった。
桜は過去、大きな罪を犯した。それは決して、赦されるような罪では無い。
本当であれば桜は死んで然るべきだった。死をもって、その罪を償わなければ為らなかった。
けれど士郎はそれを認めず、桜の罪は俺も一緒に背負うからと、桜を死から救い出した。
だからこれは、二人の贖罪。
犯した罪は決して消えない。一生自分に付いて回る。
けれどその罪の重さを背負って生きることが、生すら身勝手な我儘である桜と士郎の義務だった。
とは言え、それを苦痛と感じないのが士郎と桜でもあるのだが。
慈善活動も人助けも、二人は一度たりとも嫌だと感じたことは無かった。
さっきの笑みが、その証拠だ。
不意に、士郎の端末が音を立てる。
最近の目覚ましい科学技術の発達によって電話は小型化し、多機能な物へと変わっていった。
中には空間投影ディスプレイ何て物も、一部の場所では使われている。
士郎の周囲にはそう言った電子機器が苦手な人が少なからずいるが、士郎は別段苦労した事は無かった。
「ーーー桜。昨日の話、もう調べが付いたそうだ」
「思ったより早いですね・・・。じゃあ、帰る前に寄っていきましょう」
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日の沈みかけた夕刻。
士郎と桜は教会を訪れた。カレンに一夏と簪の事を聞くためだ。
カレンは珍しく、礼拝堂で士郎と桜を待っていた。
「カレン、それで二人の事だけどーーー」
「そう急かさないでください。待ても出来ない駄犬ですか、貴方は」
なんでさ・・・。士郎はつい口癖をこぼす。
カレンが士郎を駄犬呼ばわりするのは久しぶりだった。
何か過去を思い出させる事でも有ったのだろうかと、士郎は首を傾げる。
「その二人の素性は簡単に調べが付きました。・・・それにしても、少々驚きました」
そう言ってカレンは、二人について記された書類を渡す。
士郎と桜は互いに書類に目を通し、読み進める。
その手は次第に捲るスピードを上げて行き、あっという間に巻末まで読み終わる。
二人は驚き、はたまた困惑の表情で、カレンを見る。
「そういう訳です。ーーー似ているでしょう、貴方たち二人に」
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士郎と桜が帰宅したのは、もう日が暮れてしまってからだ。
早く夕食を準備しなければ、と玄関を開けると、良い香りが士郎の鼻腔を刺激する。
それには桜もすぐに気付いた様で、二人して顔を見合わせる。
「・・・お帰りなさい。士郎さん、桜さん」
「夕食、出来てますよ」
居間に入った二人を出迎えたのは簪と一夏。そして、テーブル一杯の料理だった。
「ありがとう。二人が作ってくれたのか」
「私は・・・手伝っただけですけど・・・」
「いや、簪が手伝ってくれたからこれだけ出来たんだよ」
どうやらこの大量の料理は一夏が主体になって作ったようだ。
・・・それにしても、朝よりも随分仲良くなったように見える。
昼間に何が有ったのだろうか?
士郎は内心首を傾げる。
「(慣れない事に戸惑う簪ちゃんに、一夏君が色々教えてあげたりしたみたいですよ)」
「(成る程な、だからか)」
ライダーから念話で聞いた話を、桜が士郎に耳打ちする。
「あの、もう一人の方はどちらですか?折角だから一緒に食事をしたいと思ったんですけど・・・」
掃除をしていても会えなかったからと、一夏は話す。
一夏の質問に、桜は少し考える様な様子を見せる。
桜は念話を使ってライダーにどうするか尋ねているのだが、魔術の知識の無い一夏と簪には考えている様にしか見えなかった。
「・・・そうですね。今呼んできます」
そう言うと桜は居間を出て、屋敷の奥へと歩んでいく。
「じゃあ、俺たちは食器を出して待ってるか」
「「はい!」」
「ライダーと言います。どうぞよろしく」
食事の席に着き、そう簡単な挨拶をした女性に一夏と簪は驚きの表情を見せる。
何せ、とてつもない美人なのだ。
美貌もさることながら、女性としては高い身長に、均整のとれた肢体。
簪と同じ赤い目には、不思議と意識を吸い寄せられる様な錯覚を覚える。
「・・・名前の事は、まあ気にしないでください」
続けたライダーの言葉に、二人は多少の疑問を持ったが踏み込まない事にした。
何か複雑な事情が有るのだろうと、そう思ったからだ。
・・・実際、ライダーの存在はおいそれと説明出来るものでは無いのだが。
そうして五人で食卓を囲み、食事の時間は楽しげに過ぎていった。
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「一夏」
風呂から上がり、そろそろ寝る準備をしようと間借りしている部屋に向かっていた一夏を、士郎が呼び止める。
「少し、話をしないか?」
この日は、綺麗な月が昇っていた。
お読み頂きありがとうございました!
一夏の敬語に違和感が・・・けどこの時空の一夏は周囲から抑圧されていますからね、致し方無しでしょう。
月。fateでは大事な要素ですよね。
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