試合が終わって一夏とラウラがピットの戻ると、千冬が二人の事を待っていた。
一夏は千冬の姿を確認するとラウラを降ろし、さっさとピットから去ろうとする。今は二人きりにした方が良いと、そう思ったからだ。
一夏が千冬の側を通り過ぎる刹那。すまなかった・・・という声が聞こえてきた。一夏はその言葉に頬を緩める。
姉はどうやら、自分でもラウラと向き合う決心をしたらしい。けれど、今のラウラとならばしっかり話せるだろうと思う。
一夏がピットから出て扉が閉じるまでに聴こえてきたのは、千冬の謝罪とラウラの嗚咽。
・・・二人には今のような一方的な心酔とそれを持て余すという関係ではなく、もっと良い関係になって欲しいと思う。ただーーー
「なんか、千冬姉を取られた様な気がしてちょっとーーーって、なに考えてんだ俺。・・・もしかして、俺ってシスコンだったのか?」
ーーーなんて事を考えてしまったのだが。
一夏は道すがらさんざん頭を捻ったが、その疑問は合流した箒と鈴に、
「「今更か(ね)」」
と声を揃えて答えられる事で解決された。
ただし、一夏は思いも依らなかった自分の側面に崩れ落ちてしまっていたが。その様子を見ていた簪は、ガーンという漫画的な表現がピッタリ当てはまる、とても綺麗なorzだったと話していた。
一夏が落ち込んだ事はさておき。
二度の試合が終わって、一組の生徒たちはクラスに戻った。昨日はクラスを険悪な雰囲気にしていたセシリアとラウラだったが、戻ってから開口一番、みんなの前でその事を謝罪した。
みんなそれを責めること無く快く受け入れていた。セシリアもラウラも、元々一夏にしか敵意を向けていなかったのが大きかったかも知れない。
「簪、鈴。お前たちも仲良くしてやってくれよ?」
一夏の席の周りに集まっていた簪と鈴に対して、一夏はそう促す。
「一夏が許したんだったら、私も許すよ」
「・・・あんたは甘いわね、簪。ーーー・・・あんたら二人とも、今度私と模擬戦しなさい。それで許してあげる」
鈴は謝罪をしたときのまま、教室の前に立っているセシリアとラウラに向けて言う。
一夏本人が許したんだから私も許すという簪とは裏腹に、鈴は取り合えず殴り愛・・・合いをしたら水に流すと言うことらしい。
「そんなので良いのでしたら構いませんが・・・」
「まあ、私たちも経験が積める訳だからな」
「・・・ふん」
鈴は少々気に入らない様子だが、許すと言えば許すのだろう。その辺りさっぱりしているのが鈴の長所だ。
さて、それはともかく今回の模擬戦。セシリアとラウラの両名が一夏の事が気に入らないと言って始まったものだが、元々はと言うとーーー
「皆さん、席について下さいねー」
遅れて真耶と千冬が教室に入ってきた。アリーナの後始末で時間が取られたからだ。
「この後はお昼休みになりますけど、クラス代表だけ決めておきたいと思います。今回の模擬戦は一応クラス代表を決めるためのものだった訳ですし、織斑君がクラス代表という事でよろしいでしょうか?」
真耶の言葉を聞いて一夏がゲッという顔をする中で、クラス中の生徒がウンウンと頷く。
そういや元々そう言う話をしていてこうなったんだった!
一夏は頭を抱えるがもう遅い。
一夏の模擬戦を見て、クラスメイトたちの心は固まってしまったらしく、振り向けば試合をしたセシリアとラウラは特に強く頷いている。昨日までの刺々しさはどうしたのだろうか? もう棘は取れてしまったらしい。
「あー・・・分かりました、俺がやります!」
おおー!という声と共に、一夏の言葉は拍手で受け入れられる。
こうなったら、もうやるっきゃねぇよな!
半ばやけくそではあったが、一夏は迷った末にそう結論を出した。面倒だとは思ったけれど、嫌な気はしなかったからだ。それに・・・
理由はどうあれ、勝っておいて投げ出すのも違うだろ。
ーーーそう思ったからだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
食堂。
一夏は簪、鈴、シャルロット、ラウラ、セシリアと一緒に昼食を食べていた。箒は席を外している。一夏と簪が仲良くしているのは、流石にまだ見ていたく無いらしい。
「そう言えばどうするのかしらね、クラス対抗戦」
食事の最中、鈴がふと思い付いたように切り出した。
「クラス対抗戦?」
「学園で毎年行われてる、クラス代表同士のトーナメント戦の事だよ。新入生にIS戦闘を生で見せるって意味合いが有って、優勝商品も出るらしいんだけど・・・」
一夏の疑問に簪が答えるが、途中で言い淀んでしまう。
「だけど・・・て、今年はなんか違うのか?」
「一組と他のクラスで実力差が大きいんだよ。本当なら各クラスにある程度は代表候補生をバラけさせるんだけど、今年は一組にみんな集まってる。それに一夏みたいに代表候補生じゃないのに専用機を持ってる人は稀だからね」
「実力差が歴然でしたらやる気も出ませんから、正直開催する意味が・・・」
「成る程なー」
一夏はシャルロットとセシリアの説明に納得しながら、同時に代表候補生じゃないのに専用機を持ってる人、という事で彼女の事を思い出した。
そういや箒も専用機を持ってるみたいだけど、あいつも一組だからな。・・・やっぱりあれは束さんに貰ったのか?
一夏がそう思っていると、
「今年は別の行事をやるらしいぞ。教かーーー織斑先生がそう言っていた」
「そうなのかーーー・・・ん?」
ラウラがそう言った。が、一夏が気になったのは別の行事という所ではなくもっと違うところ。
ラウラが教官ではなく、織斑先生と言い直した所だ。一夏がその事を聞いたところによると、ここは軍では無いから教官ではなく先生と呼ぶように、と言われたらしい。
慣れないな・・・と若干恥ずかしそうにするラウラを見てシャルロットがちょっと怖い目をしていたのは一夏の見間違いだろうか。一夏はその事を考えないように話を戻す。
「それで、千冬姉は何て言ってたんだ?」
「なんでも専用機持ちだけでトーナメントを開くそうだ。それだったら自分達が目指す目標にもなるし、高度な戦闘が期待できるからと、きょ・・・織斑先生がおっしゃっていた」
「なるほどな。じゃ、俺も頑張らないとな!」
「・・・」
一夏がそう言って笑う中、その笑顔を見ながら簪は別の事を考えていた。
今日の試合、あんなに短い時間で一夏はセシリアとラウラ、二人の心に変化を与えた。そう思うと、やっぱり一夏はすごいと思う。私自身、士郎さんや桜さん、そして何より一夏のお陰で立ち直れたって、そう思ってる。だからーーー
簪はグッと手を握り、自分の気持ちを確かめる。
そんな簪を遠目から見る人影が一人。
簪と同じ髪の色をした少女は何をするでもなく、誰にも気付かれないようにその場を後にした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ふう、さっぱりしたな」
夜。
一夏はシャワーを浴びて濡れた髪を拭きながら、部屋で一人水を飲む。
学園の寮には各部屋にシャワールームが備え付けてあるが、寮には湯船に浸かる事の出来る大浴場が在る為多くの生徒、取り分け日本人の生徒はそちらを利用していた。簪も同じで、今は大浴場に行っている。
因みに一夏は大浴場に入ったことが無い。まだ入学して二日しか経っていないという事もあるが、元々は唯一の男である一夏専用に入れる時間を作るという話もあった。
しかしその話を聞いた一夏はその時間を週一回に変えて貰ったのだ。自分の為だけに他の人の入浴時間を削るのは申し訳なかったからだ。
そういった理由があって一夏は一人で部屋に居るのだが、そんな部屋に電子音が響いた。
一夏の端末に着信アリだ。
一夏は電話の相手を確認し、出る。
「はい、俺です。どうしたんですか士郎さん?」
『久しぶり・・・って言うほどでもないけど、久しぶりだな一夏。簪は居るか?』
電話の相手は士郎だ。
「いえ、今は俺だけです。簪に用事ですか?」
『いや、居ないなら別に良いんだ。学園はどうだ?』
「昨日今日と多少ゴタゴタしましたけど、順調ですよ。ーーー・・・それで、一体どうしたんですか?」
一夏は士郎に本題に入るよう促す。士郎からの電話は別に珍しいことでは無いが、世間話をする為に電話をしてきたとは思えなかった。
そして、その考えは当たっていた。
士郎は一拍置き、本題に入る。
『・・・一夏、遠坂凛って覚えてるか?』
「遠坂・・・。確か桜さんのお姉さんですよね、一度だけ衛宮家に来たことの有る」
一夏は凛と面識があった。簪と留守番をしているときに一度だけ衛宮邸を訪れ、後に帰ってきた桜と何やら話していたのを覚えている。
一夏にとってはその時昼食に作って貰った麻婆豆腐が印象的で、何とかあの凄まじい辛さの中で主張する旨みを再現しようとして何度か試行錯誤をしている。
・・・話が逸れたが、その遠坂さんがどうしたのだろうか? 確か今は時計塔で魔術の研究をしていた筈だけど・・・
『実はその遠坂からメールが来たんだ。それに依ると、最近時計塔でISコアについて研究しようって連中が極々少数だけど出てきてるらしい』
士郎の言葉に、一夏は驚きに目を見開く。
「時計塔の魔術師がですか? けど彼らって、科学には否定的なんじゃ・・・」
『まあ確かにそういう面もあるけど、それは魔術回路で科学の大部分を補えるからだな』
士郎の言う通り、高レベルの魔術師ならば科学に頼ること無く魔術回路で科学と同じことが出来る。魔術と科学は、云わば一品物のオーダーメイドと量産品の違い。核兵器の発明で最大破壊力では科学に遅れを取っている魔術だが、日常生活のレベルでは魔術が科学に負けているということは無い。
その為、十分な力を持った魔術師は自身が魔術師であるというプライドも合わさって、誰でも使える事を目指して研究される科学を遠ざける節がある。魔術は自分だけのもの。なのにそれと同じことを可能にする科学は認められないという部分も、少なからずある。
そう言った訳で、ISというのは時計塔の連中には大変不評だった。例えば空を飛ぶという事は飛行機の発明で魔法から魔術へと格下げされたが、それでも魔術には飛行機にはない利点があった。小回りの良さなどその最たるものだろう。しかし、ISの登場でその利点は魔術だけのもので無くなった。
ISの数も限られているとはいえ、魔術の専売特許を奪ったという一点だけで時計塔の魔術師がISに嫌悪感を抱くには十分だった。であるのにも関わらず、時計塔でISコアの研究が小規模でも始まったとはどういう事だろうか?
「・・・一体どうして・・・?」
『コアが魔術に近い性質を持っていると判明したからだ。それが観測されたのは今から約一年前。ーーー・・・一夏、おまえが死にかけたあの時だ。コアが一夏を治したとき、凛の兄弟子が興味本意で時計塔に持ってきたコアも同時に活性化したそうだ。それが魔術的な痕跡を残したから、時計塔でもコアを研究しようとする輩が出てきたらしい』
尤も、その兄弟子は少しコアを触ると途端に興味を失ったのだが。曰く、こんなのは割りに合わない。
「・・・確かに言われてみれば傷を治したり機体を一から組み立てたり、ISコアって魔術っぽい所がありますね・・・。今まではISだからで自然と納得してましたけど」
『ああ、そしてコアの活性化を引き起こしたのはーーー』
「ーーー簪!」
一夏は士郎に言われるまでもなく、その先の名前を引き継いだ。
『ああ、そうだ。理由は分からないが、簪は前代未聞のコアの異常活性を引き起こした。ーーー・・・気を付けろよ、一夏。コアの活性化は世界中で観測された筈だ。時計塔は大丈夫だろうが、それ以外にもコアを魔術的な観点から研究する組織はあるだろう。それらの組織に簪の事が知られたら、強行手段に出る組織も出てくる筈だからな』
魔術師は基本的にそれ以外の一般人に対してマトモな感覚を持っていない。
それを知識でしか知らない一夏でさえ、士郎の指摘はゾッと背筋を寒くさせるには十分だった。
「・・・っ」
『・・・俺たちは何かあっても直ぐには駆け付けられない。だから一夏、お前が簪を守るんだ』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「・・・」
士郎の話を聞き終え、一夏はベッドに座って物思いに耽っていた。
士郎さんの話が本当だったら、確実に何かが起きる・・・。だけど絶対ーーー
一夏が物思いに耽っていると、部屋のドアが開いた。簪は湯船に浸かって上気した顔をして帰ってきた。
「ただいま、一夏。・・・どうしたの?」
簪は怪訝そうな顔をして、一夏を見る。
そんなに怖い顔でもしていただろうかと、一夏は自分の顔をぺたっと触る。数秒そうして、一夏は簪に手招きする。
一夏は不思議そうな表情で近付いた簪を抱き上げると、自分の膝の上にポスッと乗せる。
「い、一夏・・・恥ずかしい・・・」
簪は先程とは違った感じで頬を赤く染め、後ろの一夏を仰ぎ見る。恥ずかしいと言いながらも離れようとはしないのは、それ以上に嬉しいからか。
一夏は後ろから手を伸ばすと、簪を抱き締める。簪もされるがままに、優しく微笑んで一夏の手を握る。
ーーー簪は俺が守る。何があっても、必ずだ。
一夏は目を瞑り、士郎の言葉を反芻してそう誓った。
だが目を開けると不意にーーー
「・・・ねえ一夏、少しお願いがあるんだけど・・・」
簪もまた、一夏に真剣な眼差しを向けていた。
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