IS~あの娘だけのヒーローに~<凍結>   作:カタヤキソバ

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第十九話

 朝の日差しの中、一夏は学園沿岸部の砂浜を走っていた。今日の模擬戦に気合いを入れるためだ。

 元々ランニングは士郎との鍛練の前に体を解す為にやっていた事だったが、いつしか習慣になり、最近では毎朝の日課となっていた。

 水分補給の為に立ち止まり、流れる汗を首に掛けたタオルで拭く。顔を上げれば丁度日が高くなってきて、夜の間に冷やされた大気が暖まるのを肌で感じる。

 

 そろそろ戻るか・・・。

 

 一夏は白式で時間を確認し、水筒とタオルを持って寮に戻る。簪は朝にシャワーを使わないから焦る必要は無いとは言え、あまり遅くなって食堂に行くのが遅くなるのも申し訳無かった。

 

 寮が見える所まで歩くと、何やら玄関に人影が見えた。

 

「おはよう千冬姉。どうしたんだよ」

「ああ、おはよう。どうしたではない、お前を待っていたんだ」

 

 立っていたのは千冬だ。学園のジャージ姿で少し顔が上気しているから、どうやら千冬も走っていたらしい。

 

「何でまた?」

「・・・ボーデヴィッヒの件だ」

 

 千冬は少し言い難そうに、表情をしかめる。

 

「ああ、あのちっこい」

「ああ見えて、あいつはドイツ軍の少佐だ。舐めてかかると痛い目を見るぞ。・・・まあ良い、私が言いたいのはそれではない」

 

 千冬は組んでいた腕を解き、一夏を見据える。

 

「あいつの事を、お前に頼みたい」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「一夏、調子はどう?」

「問題ない、俺も白式もな」

 

 一夏は右腕に着けたガントレットを触りながら簪に答える。

 白式の状態は昨日の内に確認してあるし、先程も簡易的に問題がないか確認してある。

 一夏も白式も万全の状態でこの日を迎えていた。

 

 ここはアリーナのピット。

 既に戦いは目前に迫っていた。けれど一夏に気負いは無い。死ぬかと思うような経験は士郎との鍛練で何度も有ったし、何より簪が応援してくれているのだ。不安など、端から存在しなかった。

 

 

 試合まで後少しとなったとき、一夏に会いに来る者がいた。

 

「・・・一夏」

「! 箒・・・」

 

 会いに来たのは箒だ。

 箒は一夏を直視出来ずに目を逸らしていたが、一夏も何と声を掛けて良いのか分からなかった。

 暫しの沈黙が二人の間に産まれる。簪はなにも言わず、じっとその行く末を見守っている。

 少しして、箒は辿々しいながらも口を開いた。

 

「・・・昨日、あいつから・・・凰からお前の事を聞いた。私が転校してから・・・ISが出てきてから何があったのかを。そして・・・今のお前がその当時と比べてどれだけ明るくなっているのかという事を」

 

 一夏は無言で箒を見る。箒は一夏を見ることが出来ない。

 

「それが、そこにいる更識のお陰だと言うことは分かる。ーーーでも・・・それでも、私は自分の心に納得できない!私が知っているお前と、凰の言うお前がどうしても重ならない!だからーーーお前が更識を選んだ事にも納得出来ない!!」

 

 箒にとって、一夏の姿は今も昔も変わっていない。なのに実はこんなに悲惨な時期があったのだと言われても、そう簡単には想像出来ない。想像できても、納得出来ない。

 

「箒・・・」

「お前の事をニュースで知って、嬉しかった・・・。またお前に会えると思うと、嬉しかったんだ・・・。姉さんがISを作ったせいで家族とも離れ離れにされて、毎月違う学校に転校して・・・そんな生活の中で、お前との思い出だけが心の支えだった・・・」

 

 ついに箒は涙を見せる。箒は腕に巻かれた鈴の付いた赤い紐を掲げる。

 紐は形態を変え、光が箒の腕を包んで紅い機械の腕となって刀を握る。ISだ。

 

「お前とやっていた剣道も、思い出にすがる気持ちで続けていた。ーーー・・・一夏、私は去年全国大会で優勝したんだ」

「ああ、知ってる」

 

 一夏はその事を書かれた記事を思い出す。名前は違ったが、顔写真は間違いなく箒のものであったことを記憶している。

 

「そうか、知っていたか・・・」

 

 箒は自虐的な笑みを見せる。

 

「あの決勝戦、私は試合などしていなかった。ただ日々の鬱憤を晴らすための暴力・・・。私はお前との思い出の剣でさえそんな事の為に使っていたのだと、負けて泣いている相手の姿で思い知った・・・」

 

「ーーーなあ一夏・・・私はお前を諦め切れない。だからーーー」

 

 纏まらない思いが箒の中で渦巻き、何を言いたいのか分からなくなる。だから伝えるのはただ純粋な気持ちだけ。

 それを伝えることが、箒のケジメだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー私は、一夏が好きだ!! 一夏、答えを聞かせてくれ!」

 

 箒は涙も拭わず、ついに一夏を直視する。

 一夏は箒から視線を外さない。隣にいる簪を見ることもない。

 

「ごめんな、箒。俺は箒の気持ちには答えられない」

 

 迷うことなく、そう答えた。

 

「ーーー・・・ああ、ありがとう、一夏・・・」

 

 それでこそ私が惚れた男だと、そう呟いて涙を拭う。

 ISは解除され、元の赤い紐に戻る。

 

「・・・気持ちが整理出来るまで時間がかかるかも知れない・・・。でも、それが終わったら・・・また仲良くしてもらえるか?」

「ああ、待ってる」

「ありがとう・・・。試合、頑張れよ」

 

 箒は踵を返し、一歩踏み出して・・・立ち止まる。

 

「更識、一夏を裏切ったら許さんぞ」

「安心して、そんなことはあり得ない」

 

 なら良い・・・と、箒は言葉とは裏腹に優しげな声を返す。そしてそのまま、振り向く事なくピットを後にした。

 

 一夏は箒が見えなくなってからも扉を見つめ続け、

 

「・・・また、負けられない理由が出来たな」

 

 そう呟いた。

 

「そうだね。ーーー・・・一夏、苦しくない?」

 

 簪の言葉に一夏は首を横に振る。

 

「大丈夫だ。もう重荷には感じないさ」

 

 一夏は振り向き、アリーナに向かう。

 

 俺のために怒ってくれた簪と鈴の為にも、応援してくれた箒の為にもーーー負けられないっ。

 

「行くぞ、白式っ!!」

 

 一夏を"白式・雪羅"が包み込み、一夏はアリーナに飛び出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「やっときましたわね」

 

 アリーナに飛び出した一夏は地面に立ち、宙に浮かぶセシリアを見上げる。

 一夏の機体は初めて完成した時とは姿が変わって背中のカスタム・ウィングは大きくなり、左腕には右腕に無い多機能武装が増設されている。

 

 一夏を下に見るセシリアだが、その声は不機嫌さを隠そうともしていないものだ。

 

「私を待たせるとは良い度胸ですわね・・・まあ良いですわ。ーーー最後にチャンスをあげます。ここで降参すれば、無駄に醜態を晒すこともありませんわよ」

「・・・そういう訳にはいかない。俺を思ってくれる皆の為にも、俺は負けられないからな」

 

 その強気な言葉はセシリアの勘に触り、眉間に深いシワが刻まれる。

 

「そうですか、では・・・」

 

 セシリアの前に光が集まる。

 一夏は来るであろう攻撃に身構えーーー

 

「無様に地に伏せるのがお似合いですわ!」

 

 セシリアは呼び出したレーザーライフル:スターライトmkⅢを一夏に放つ。

 一夏はそれを寸前で避け、砂煙が上がる。

 だがセシリアは攻め手を緩めず、更なる攻勢に出る。セシリアのISの腰部から分離したソレは地に立つ一夏を取り囲み、レーザーの雨を降らせる。

 

 BT兵器、ブルーティアーズ。

 セシリアの専用機と同じ名前を持ったその武装はブルーティアーズの真骨頂。小型のレーザー砲台とも言えるビットを脳波で操り、一人で複数人を相手取る事が可能になる武装だ。

 敵が一人なら言わずもがな。取り囲み、回避不能な攻撃を浴びせるビットの猛攻を耐えきれる者は居ない。

 

 砂煙で正確な位置が見えないが、セシリアは攻撃を続ける。このまま攻撃を続ければ間違いなく勝てる。

 それは傍目にも分かりきった事でーーー

 

「・・・?」

 

 ーーーしかし、次第にセシリアに疑問が生まれる。

 

 どうして攻撃してこないんですの?いえ、それ以前にーーー

 

「どうして、動いていないんですの・・・?」

『気になるか?』

「!?」

 

 突如プライベート・チャンネルを通して聞こえてきた一夏の声に、セシリアは驚愕する。

 それとともにビットの動きも止まり、砂煙が晴れて行く。

 

「なっ!?」

 

 そこには巨大な剣に囲まれ、レーザーの雨を無傷で凌ぎきった一夏がいた。

 

 一夏は一度だけ士郎に固有結界を見せてもらった事がある。白式がセカンド・シフトを行った際にその時の経験を元にバススロットを増設した為、一夏は空いた所に多様な剣を納めていた。

 尤も、こうした剣は防御や牽制にしか使われない。何故ならーーー

 

「今度はこっちの番だ!」

「クッ!」

 

 ーーー攻撃は雪片弐型だけで十分だからだ。

 

 一夏は飛び出し、セシリアに迫る。

 セシリアも驚きから脱してビットの操作に戻るがもう遅い。一夏はビットからの攻撃は無視して、セシリアに近付く事を最優先に飛ぶ。

 白式とブルーティアーズでは白式の方が圧倒的に早く、セシリアも後退するがその差は縮む一方だ。

 

「っこの!」

 

 苦し紛れのスターライトでの狙撃も左腕の多機能武装『雪羅』から発生するバリアで防御され、有効打にならない。

 そしてついに一夏はセシリアに追い付きーーー

 

「うおおおおおっ!」

 

 一閃。

 

 雪片弐型がブルーティアーズの絶対防御を強制的に発動させ、

 

「そ・・・んな・・・」

 

 ブルーティアーズのシールド・エネルギーは一瞬にして削り切られた。

 

 ブザーが鳴り、一夏の勝利が告げられる。

 観戦していたクラスメイトたちから歓声が巻き起こる。

 

 だがそれを他所に、エネルギーの切れたブルーティアーズはその高度を下げーーー

 

「よっ、と。大丈夫か?」

「・・・っ。・・・ど、どうして・・・」

 

 一夏はブルーティアーズの腕を掴んでセシリア側のピットまで運んで下ろすと、二人はISを解除する。

 

「どうしてって・・・。危なかっただろ、あのまま落ちてたら」

「それだけで・・・。だって、私は負けましたのに・・・」

「人を助ける理由なんて、そんなもんで良いだろ」

 

 何でもないように言う一夏だが、セシリアにとってはその感覚は初めてのものだった。敗者に慈悲は無い。彼女の周りには、そんな人しか居なかったのだから。

 

「・・・織斑さん、貴方のような人は初めてですわ」

 

 セシリアは先程までとは違った、柔らかな表情を見せる。

 

「一夏で良いぜ。ーーー男が女より下だって考えは、少しは変わったか」

「では私の事はセシリアと。ーーー当然ですわ。これだけ圧勝されては、いっそ清々しい位です」

 

 セシリアは頭を下げる。

 

「暴言の数々、心から謝罪致しますわ」

「良いぜ、許す。ーーーだけど他の奴にも謝っといてくれよ。俺のために怒ってくれた奴等がいるからな」

 

 セシリアは頭を上げる。

 

「ええ、必ず」

「おう!じゃ、これからよろしくな!」

 

 そう言って差し出した手を、セシリアはしっかりと握り返す。

 

「ええ、よろしくお願いしますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「茶番は終わりか?」

 

 そんな二人を嘲る声が一人。

 

「織斑一夏、早く出ろ。次は私との戦いだ」

 

 一夏に最も敵意を向けるものが、その牙を露にする。




 お読み頂きありがとうございました!

 箒は重い、セシリアはチョロい、そして天然系少女ラウラちゃんの戦いは次回という事で!
 セシリア戦がちょっとアッサリし過ぎですかね・・・これでも延ばしたんですけど・・・。

 箒の葛藤、セシリアの内心、一年間の鍛練の事とかをもっと番外編などで書ければと思いますけど・・・。未定です。

 批評や感想・質問などいつでもお待ちしておりますので、お気軽にお願いします!

 では、次回をお待ちください!

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