自己紹介をした一夏と簪は、士郎と桜から夕食の時間や寝室の事などの生活関連の話を聞いた後、自由に過ごして良いと言われて部屋に残された。
士郎と桜は用事があるとの事で、家を出て行ってしまった。
「・・・」
「・・・」
気まずい。
それが二人の率直な感想だった。片や出会い頭に裸を見た者。片や出会い頭に裸を見られた者。
そう思わない人間の方が少数派だろう。
下手に動けず、二人はきょろきょろと目を泳がせる。
向かい合っていれば何のお見合いだと言いたくなる状況だったが、そうツッコミを入れる者もここには居らず。
時間は無為に過ぎていく。
チラリ、と一夏は簪を見た。
疚しい気持ちからでは無い。ただどんな子なのか、少し気になったからだ。
自分は逃げてここに来た。ではこの子は、どうしてここにいるのだろう。
気にはなったが、実際に聞くことは無かった。
そうなのだろうと思ったからだ。
きっとこの子も、俺と同じなんだろうと。
不意に、簪と目が合った。ドキリ、と心臓が一際大きな鼓動を奏でる。
あれだけジッと見ていれば相手も気付くだろうと、後になってみれば当然の事だろうと思う。
けれどその時は、そんなこと思う間も無くてーーー
ーーーとても綺麗な目だと、そう思った。
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簪は見られている事に気付いていた。人の視線には、一際敏感だったからだ。ーーーそもそも、あれだけジロジロ見られていれば誰でも気付くだろうとも思うが。
だがその視線は、いつもの様な嫌な感じはしなかった。
いつも浴びせられた全身を舐め回すような、見比べるような、そういう目ではなかった。
ジッと本質を見つめるような。評価するのではなく、純粋にその人を知ろうとしているような目だと、そう思った。
顔を向けると、目が合った。
吸い込まれるようなーーー
ーーーとても真っ直ぐな目だと、そう思った。
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士郎と桜は揃って教会へ行く道を歩いていた。
教会に用事が有ったからではあるが、挙式を上げるとか、葬式をするとか、そんな用事では無い。
そこに居るシスターに用が有ったのだ。
ドアを開ける。
手入れの行き届いたドアは軋むことも無く、何の抵抗も無く二人を聖域へと招き入れる。
その容易さは、逆に堕落への道を示しているかの様である。
そう思ってしまうのも、ここに居るシスターの性格のせいかもしれない。
「あら、よく来ましたね。二人揃って来るとは、独り身の私への当て付けですか?」
祭壇の辺りまで来ると不意に、奥から出てきたシスターから嫌味を飛ばされる。だが二人には、取り分け士郎には、そんなことはいつもの事だった。
「なんでさ・・・」
尤も、慣れているかと言われれば別の話だったが。
「カレンさん、実は子供を二人保護したんです。その二人の素性を知りたくて・・・」
カレン。カレン・オルテンシアという名のシスターは、桜の話に興味深げに頷く。
「成る程、素性を知る必要はある。ですが本人たちから聞くのは気が引ける・・・という訳ですか」
全く、私は便利屋では無いのですが・・・とカレンは頬に手を当て、溜め息を吐く。
「頼むよカレン。今度教会の掃除するからさ」
「それはいつもしてもらっている事です。・・・分かりました、良いでしょう。貴方に貸しを作るのはそれだけで愉快ですからね、士郎」
その貸しが減らないのが怖いんだが、と士郎は苦笑いを浮かべる。
「一両日中に結果が出るでしょう。分かったらこちらから連絡します」
そう言って、カレンは教会の奥へ戻ろうとしーーー
「善行を積みなさい。犯した罪は消えませんが、罪を清算することは出来ますから」
いつものようにそう言って、ドアを閉めた。
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「う、旨い!」
夕食時。士郎と桜が用意した料理を食べて、一夏は感動していた。
飯マーーー家事の苦手な姉に代わって台所に立っていたから、多少は俺も料理が上手いと思っていた。
でもただ料理が上手いのとは違う、何か別のものがそこにはあった。
「ーーー」
ふと隣を見ると、簪の箸が止まっていた。
どうしたんだろうと顔を覗き見て、一夏はふっ、と目を逸らした。
ーーー泣いていた。
けれどそれは、悲しさから流れる涙とはまた違うように思えた。
そして簪の涙を見てようやく、一夏は自分の感じた違いに気付けた。
これは『愛情』だ。
誰かの為に、喜んで貰いたくて作る料理に宿るもの。
分かってしまえば当たり前の事だった。
自分で料理を作っても、その料理に込められた想いは自分には向いていない。一夏の場合、それは姉に向けて込められた想いだった。
それを自覚してーーー
ほろっと、一夏にも一筋の涙が流れた。
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簪は布団に入り、今日の事を振り返っていた。
生まれて初めて家出をした。桜さんに拾われた。一夏に・・・///。・・・そ、それに初めて、あんなに温かい食事を食べた。
温かいのは料理の温度だけではない。
家族で囲む食卓と言うものも、簪には初めての事だった。
・・・あんな温かさを知ってしまうと、昨日までの生活は、今までよりもさらに冷たく感じてしまう。
冷たい作り置きされた食事、事務的に作られた食事、誰とも一緒でない食卓・・・。
それが当たり前だと思っていた。皆忙しいのだから、仕方無いのだと。
けれどそうではない事を、今日知った。
「・・・帰りたく、無いな」
嫌な気持ちを消し去るように、簪はふかふかの布団に顔を埋めた。
一夏もまた、布団に入って思い返すのは今日の出来事だ。
雨の中、見ず知らずの俺に傘を差し出してくれた士郎さん。簪・・・のあれは出来るだけ忘れるようにしよう、うん。・・・それに、愛情の籠った料理だ。
一夏には親が居ない。だからずっと、姉と二人きりの生活だった。
姉は家事が壊滅的に出来なかったから、必然的に家の事は全て一夏がやってきた。
一夏が愛情の籠った料理を知らないのも当たり前だ。
だがそれで誰が姉を責められるだろうか?
幼い一夏をここまで育て、出来る限りの愛情を与えたのは、そう年の離れていないその姉だ。
一夏自身、自分の姉には感謝と尊敬の念を抱いている。
・・・そうは言っても一夏がこうして家出をしているのも、その姉が『間接的』な原因なのだが・・・。
「千冬姉、どうしてるだろう」
姉の事は気になる。けれどあの環境には戻りたくない。
二つの相反する気持ちの中で、一夏は眠りについた。
お読み頂きありがとうございました!
カレンの口調や雰囲気は違和感無いでしょうか?
haはしっかりやったことが無いので・・・
カレンについて知っているのは、ドS・中○生・マーボーの娘・エロい、だけなんです・・・
批評や感想・質問などいつでもお待ちしていますので、お気軽にどうぞ!
では、次回をお待ちください!