IS~あの娘だけのヒーローに~<凍結>   作:カタヤキソバ

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幕間の物語

 見渡す限りの砂山。熱い風が砂を巻き上げ、砂埃が頬を撫でる。

 ここは砂漠のド真ん中。ある中東地域の紛争地帯だ。

 

 そんな過酷な環境で、日差しを遮るように頭に布を被って布の多い服を纏った少女が一人、ポツンと歩いていた。

 

 その小さな背にカラシニコフを背負い、腰にナイフを提げた姿は一見民兵かと思われる。

 しかし少女はこの土地の人間では無く、この場所にはある目的の為に訪れていた。

 

 程無く少女は歩みを止め、顔を上げる。

 この場所には二つの色しかない。砂の色か、空の青かだ。

 今日は快晴。雲一つ無い、真っ青な空だった。

 

 しかし少女は顔をしかめる。彼女はこの青空が嫌いだった。

 空に落ちる・・・とでも言うのだろうか。真っ青な、吸い込まれるかのような錯覚を覚える空が嫌いだった。

 

「ーーー」

 

 けれど同時に、あの人を思い出す好きな景色でもあった。この空の下にはあの人が一緒にいる。離れていても、同じ空の下にいる。

 何とロマンチックな事か。

 少女の柄では無かったが、そう思えることが幸せだった。

 

 少し待つと、車の排気音が聞こえてくる。少女を迎えに来た車の音だ。

 少女を迎えに来たジープは速度を落とすこと無く近付き、荒々しく少女の目の前で急停止する。

 

「チッ。無反応かよ、面白くねぇ」

 

 ジープを運転していた女性は、窓を開けるとぶっきらぼうな声を少女にぶつける。

 

「さっさと乗れ。仕事だ、M」

「分かってる、オータム」

 

 Mと呼ばれた少女は、頭に被っていた布を取る。

 そこから現れたのは織斑千冬を幼くしたような、けれど鋭い眼差しをした少女の顔だった。

 

 

 

 オータムはMの集めた情報を元に車を進める。

 Mは数日前からこの辺りの町に潜入し、ある情報を集めていた。

 

「んで、こっちで合ってんだろうな」

「間違いない。お前は気にせず車を運転すれば良い」

「チッ。何もなかったらぶっ殺すぞ」

 

 車を飛ばすこと数時間。

 すでに日が暮れ、辺りには夜の帳が降りている。

 数少ない町からも離れた、紛争地帯の激戦区。ここが二人の目的地だった。

 車を降り、高台からその建物を見下ろす。

 

「手筈通り私が潜入する」

「バレたら分かってんだろうな」

「その時は、私を置いて帰れば良い」

 

 二人が交わす言葉はそれだけ。お互いに同じ組織に属していても、決して仲間などという暖かな関係ではない。

 

 

 Mは哨戒の隙間を縫い、建物の中へと潜入する。

 集めた情報通りの警戒体制に内心ほくそ笑み、連中の気の緩みを嘲笑する。

 

「(こんな辺境の地、誰も来ないと高を括っていたわけだな・・・間抜けな連中だ。さて、目的のものは・・・)」

 

 情報によれば、それは地下区画の最深部にあるとの事だった。Mは細心の注意を払い、その場所を目指す。

 高度なセキュリティが施されていたが、それはMの歩みを止めるには何の障害にもならずーーー

 それはすぐに見つかった。

 

「こいつか・・・。さて、あとは奪って逃げるだけだな・・・。ーーーふふ」

 

 地下区画に収容されていたもの、それは最新型のISだった。

 Mの目的はIS、もっと詳しく言えばISコアの強奪だった。それは組織の指示だったが、Mには組織がこのコアを使って何をしようとしているかなど、どうでも良かった。

 

「ーーーああ、姉さん・・・もうすぐ、もうすぐだ。ーーーもうすぐ私はホンモノになって、姉さんの隣に行くから!」

 

 Mはその光景を思い浮かべ、狂気を滲ませた表情を露にする。一度も会ったことの無い人間を姉と呼び、写真でしか見たことの無い人間に恋い焦がれる。

 Mは・・・マドカはその瞬間を夢想する。

 姉の隣に立つ邪魔物を排除し、自分が姉の隣に立つ姿を。

 

 細工された監視カメラの異常に気付き、ISが盗まれた事にこの建物の人間が気付いたのは、Mがこの場を去ってから、すでに数時間が経過してからだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 IS学園生徒会室。

 

「お嬢様、まだ決心が付かないのですか?」

「・・・」

 

 自分の従者の声を無視して、刀奈は自分の仕事に没頭しようとする。

 IS学園に入ってすぐに生徒会長となった刀奈は、色々と覚えることも多い。何せIS学園の生徒会長は学園で一番強いものが成るという伝統の為、何の知識も無くても生徒会長に勝ちさえすれば就任できるのだ。

 刀奈は入学初日に前生徒会長を倒し、自分が生徒会長になった。

 その為覚えること、処理する仕事量の多さに目の前の書類仕事に専念したいと思っているのだがーーー

 

「お嬢様」

「ああもう! 少し位こっちに集中させてよ!」

 

 隣に座る従者が五月蝿い。

 

「そういう訳にはいきません。あなたのそれは、現実から目を逸らしたいからやっているだけでしょうに」

 

 刀奈の付き人である布仏虚の言葉に、刀奈は言葉を詰まらせる。虚は名字からも分かる通り、簪の付き人である本音の姉だ。布仏家は古くから続く、更識家の従者の家系である。

 

「簪お嬢様の事が気になるのでしょう? でしたら、今すぐにでも簪お嬢様の元へ行くべきでは?」

「・・・で、でも・・・」

 

 虚の言葉は尤もで、刀奈はつい左の頬を撫でる。

 約一週間前、本音に張られた所だ。

 

 刀奈は簪が苦しんでいる事を知らなかった。いつも暗い表情をしているのも、ただそういう子なんだと思うだけで大して気にした事が無かった。

 それが変わったのは約一週間前、本音が泣きながら刀奈の元を訪れた時のことだ。

 簪が家出をした。

 けれどそれを本音から聞いたとき、刀奈は理由が分からなかった。家には何の問題も無い、周囲に嫌なことは無かった筈だと、本気でそう思っていた。

 それが刀奈の決定的な思い違いだと気付かされたのは、本音に頬を張られ、泣きながらこう言われた時だーーー

 

「かんちゃんは、かんちゃんはずっと苦しんでた!ずっと刀奈様と比較されて、家の人達から酷い扱いをされてた!どうしてかんちゃんの気持ちを分かってあげられないの!!」

 

 あんたに他人の気持ちは分からない。

 

 昔、一緒にいた子にそう言われたことを思い出した。

 私は昔から何でも出来た。失敗も苦労も、大してしたことが無かった。

 だから・・・失敗する人、出来ないことがある人の気持ちは、理解できなかった。

 

 結局本音は動けない楯無を置いて、一人で簪の元を訪れ、仲直りをして帰ってきた。

 聞けば、新しい環境で幸せそうに過ごしているらしい。

 

 ーーー今さらどんな顔をして会いに行けば良いというのか。

 

 善意も悪意も無くただ思うままに振る舞って、刀奈は簪を追い詰めた。

 そんな自分が会いに行って、簪の幸せを壊したく無い。もし会いに行って、簪から直接嫌いだと言われたとしたら・・・。

 何でも出来て悩みという悩みの無かった刀奈の、初めての悩みだった。

 

 妹の事は大好きだけど、妹の気持ちなど一分も考えたことの無かった刀奈は初めて他人の気持ちを考えようとしてーーー

 

 ーーーなにも分からなかった。

 

「・・・今は、良いの。ーーーそう、他にやることが有るんだから、仕方無いの・・・」

「・・・お嬢様・・・」

 

 結局刀奈は考えるのを保留にし、虚はそれ以上の催促を止めた。

 失敗を知らなかった刀奈はその壁の乗り越えかたを知らず、その方法は時間をかけて、自分で見付けるしか他に無かった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ある日。

 

「桜、そっちはどうだ?」

「ええ、順調ですよ」

 

 ここは衛宮夫婦の寝室。

 二人は一夏と簪、二人の様子について話していた。

 

「一夏は筋が良い。昨日なんか、一瞬本気にさせられたよ。あれはこのまま鍛えれば、かなり強くなるな」

「そうですね、擦り傷も少なくなってるみたいですし・・・。簪ちゃんも魔術に興味を持ってくれていて、自主的に色々読んでるみたいなんです。ただーーー」

 

「ーーーそれなのに魔術を使わせてあげられ無いというのは、複雑です・・・」

「・・・まあな。魔術は魔術回路が無ければ使えない。これはどうしようもない事実だからな・・・」

「ええ・・・。後付けの方法も有るには有りますけど・・・」

 

 使わせる訳にはいかない。

 それは、自分と同じ道を歩ませると言うこと。

 昔自分を助けようとしたあの人と、同じ結末を迎えさせるということだ。

 そんなこと、いくら何でも許せる訳がない。

 

 ーーーそんなことは誰も、望んでいない。

 

「魔術は無理でも、ISが代わりになってくれると良いんだけど・・・」

「・・・そうですね。簪ちゃんのISが完成したら、戦闘訓練の相手をしましょう」

 

 それはどうなんだ・・・と士郎は苦笑いを浮かべたが、簪がこの間投影を見て目を輝かせていたことを思い出した。

 

 ・・・喜びそうか?

 

 だったら良いんだけど、と士郎は願い、何を投影して見せようか考え始めた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 何処かのラボ。

 

「ねーねークーちゃん!見て見て束さんの頭!!凹んでないかな!?」

「どこも異常は無いように見えますよ、束さま」

 

 クーちゃんと呼ばれた銀髪の少女は、目を開かぬままにそう答える。

 普通なら見てないだろうとツッコミたくなる態度だが、

 

「そう?良かった~、ちーちゃんってば出会い頭にアイアンクローしてきたんだもん!」

 

 あれは流石に死ぬかと思ったな~

 

 束は全く気にしていない。

 

「いやぁ流石に今回は殺されるかと思ったけど、まさか見逃して貰えるなんてねぇー」

「・・・ですが束さま、千冬様は絶縁宣言をされましたが」

 

 束、お前は今度こそ私の大切な一夏に牙を向けた。・・・今回だけは見逃してやる。もう私たちに関わるなっ。

 

 千冬はそう束に宣言した。

 だが・・・ーーー

 

「良いの良いの、ちーちゃんもそんな言葉位で私が諦める訳無いってホントは分かってるんだから。それに、いっくんは私が何もしなくても奴らに狙われるよ、あの女が側にいる限り間違いなくね」

 

 だったら、私が色々ちょっかい出しても良いよね?

 

 束はまったく悪びれず、あまつさえ一夏をダシに何かを計画している。

 そして、束はあの日以来簪の事を調べ、あることを確信していた。

 

「少なくとも、最後にアイツらだけは潰しておかなきゃね」

 

 ーーー亡国機業ーーー

 

 世界の裏側で暗躍する組織に、束は狙いを定めていた。




 お読み頂きありがとうございました!

 今回は一夏や簪ではなく他の人たちがメインの短編でしたが、どうでしたでしょうか?
 本編の補完などが少しでも出来たらと思っています。
 時系列はバラバラですが、最近の話です。

 マドカぇ・・・。
 最初は血の雨の中で壊れた笑いをさせようとしたんですよね・・・。流石に止めました。


 批評や感想・質問などいつでもお待ちしていますので、お気軽にお願いします!

 では、次回をお待ちください!

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