IS~あの娘だけのヒーローに~<凍結>   作:カタヤキソバ

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第十三話

「一夏、着いたよ」

 

 二人は直通のバスを降り、一夏はその光景に少々驚いた。なんせ、場違いという言葉が似合う光景だったからだ。

 

「ここが倉持技研か・・・。それで簪、本当に良かったのか?」

「うん・・・。・・・私も、もう逃げたく無いから」

 

 一夏と簪は日本で最高のIS製作技術を持った企業、倉持技研を訪れていた。

 ここは見渡す限り自然に囲まれた山の上であり、そこには白いドーム状の建物が立ち並んだ、一種異様な光景が広がっていた。

 何故こんな辺鄙な土地にそんなトップレベルの企業が居を構えているかというと、ISの稼働実験には大きな危険が伴うからだ。

 施設や周辺のみならず、搭乗者自身に危険を及ぼす事も少なく無い。その為、せめて周辺の被害だけでも最小限に抑えようとISの研究施設は人里離れた所に建設される事が多かった。

 

 ーーーそれはともかく、何故二人がそんな所を訪れているのかという事だが・・・千冬の勧めだった。

 

 それは先日、一夏専用のコアの話をしたときの事。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「束の奴、また厄介事を引き起こすつもりか・・・」

 

 迫り来る頭痛に耐えかね、千冬は頭を押さえる。

 

「・・・一夏、それは本当にお前が起動したんだな?」

「俺が起動したって言うか、俺に効果を発揮したって感じかな・・・。そうだよな、簪?」

「うん。あのとき、コアは間違いなく一夏に対して反応しました。・・・何て言うか、普通の反応とは違った気もするけど・・・。ーーーでも、普通男の人には何の反応も示さないISが一夏を治療したのは、間違いない事実です」

 

 二人の話を聞き、千冬は考え込む。

 

 謎の多いISという存在。その全貌は束しか理解できていないだろう。

 ・・・いや、あいつですら何故男にはISが使えないのか分かっていない筈だ。分かっているなら、あいつがこんな欠陥を放置する訳がない。

 

 ・・・いや、今重要なのは今後も一夏を巻き込んで何かしらの騒動が起きるという事だ。

 もし一夏が何もしなくても、束が無理矢理騒動の渦中に引きずり込むのは確実だろう・・・。

 

 千冬は結論が分かっていながら、それを認めたく無かった。

 一夏にISを使わせる。

 それが今後の展望を考えた時、最も有効的な手立てだろう。

 しかし、千冬は出来る事ならば一夏にはISと関わって欲しく無かった。

 何故なら千冬にとって、ISとは栄光の象徴であると同時に自身の罪の象徴だからだ。

 

 後に『白騎士事件』と呼ばれる、世界が変わったあの日。

 束の口車に乗って、いや・・・千冬はその結果を半ば理解した上で白騎士を使い、ISの優秀さを世界に知らしめた。

 それは千冬に富と名声を与えたが、同時に多くの弊害を残す結果となった。一夏の事もその一つだ。

 ISなど無ければ、一夏は心穏やかに日々を過ごしていただろう。

 ・・・その代わり、簪と知り合う事は無かっただろうが。

 

 ーーーとにかく、千冬はそういった理由で一夏をIS関連の事から遠ざけていた。

 けれど、もうそんなことを言っていられる場合では無くなってきたのかも知れないと、千冬は思う。

 

 束は一夏に危害を加えた。・・・許せる事ではない。

 

 すでに対立を想定するほど、千冬は束への少ない信頼を失っていた。

 

 ・・・そう言えば、束の事もそうだが更識姉も何か妙なことを言っていたな・・・。確か、私と同じ顔をした人間が紛争地帯で暴れているのを見付けたと・・・。

 

 ーーー馬鹿馬鹿しい、他人の空似だろう。

 

「千冬姉?」

「ん?ーーーああ、そうだな・・・。・・・一夏、お前はどうしようと思っている?」

 

 その問いに、一夏は用意していた答えを返す。

 

「来年、IS学園に行こうと思う」

 

 一夏は迷い無く答え、隣の簪を見ても納得している表情だ。

 どうやら、この事は昨日の内に決めていたらしい。

 

 二人がそう決めたのならばと千冬は二人の決定に意義を唱えず、迷うことを止め、後押しすることを決めた。

 

「なら、お前の専用機を作る必要がある。ーーー倉持技研に古い知り合いがいる。そいつに話せば、世間に知られずにISの訓練や機体の製作が出来るだろう」

 

 ただ、あれは少々変人だが・・・。

 その言葉は千冬の胸の内に仕舞われ、二人に伝えられる事は無かった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 そんな訳で、二人は早速倉持技研を訪れた訳だ。

 

 二人は正門を抜け、正面玄関とおぼしきドアの前に立つ。

 しかし、

 

「・・・開かないな」

「開かないね。一応、アポは取ってるんだけど・・・」

 

 倉持技研はその特性上セキュリティなどが非常に固い。

 ここに入れるのは、倉持の職員かIS関連の高い権力を持つ者、もしくは代表候補生のようなISと深く関わる人間だけだ。

 その為今回は、簪の代表候補生という地位を利用してここに来ているのだがーーー

 

「すいませーん!」

 

 呼び掛けてもドアが開く気配がない。

 どうした者かと二人は戸惑い、立ち尽くす。

 ・・・そして、そんな二人に近付く影が一つ。

 

「どうしよう・・・」

 

「ーーー困っているのは、このおっぱいかな~~!!」

「ヒッーーーヒャアァァァァ///」

「!? は、ちょ、あんた何やってんだ!!」

 

 一夏は、突然現れて簪の胸を揉み始めた謎の女に掴みかかるが、その手が届く前にその変態はサッと体を引き、一夏の手の届く範囲から離れる。

 変態、と言うのが最も正しいと思えるような風貌だった。スクール水着に良く似たISスーツにゴーグルを着けて銛を背負った格好は、こんな森の中ではとても普通とは言えなかった。

 

 

「ぅぅぅ~~。いちかぁ・・・」

 

 ビックリしたとか恥ずかしいとかの諸々の感情が渦巻いて、簪はうずくまり、涙目で一夏を見上げる。

 

「おやおや、初々しいねぇ~。何なら彼氏に揉んでもらったらどうだい?」

「バッ、あんたいきなり出てきて何言ってーーー」

 

 そう食って掛かる一夏だが、裾をきゅっと捕まれる感覚に下を向く。

 見ると、簪が何と言うか複雑そうな表情でこちらを見ていた。

 

「・・・えっと、簪?」

「ほらほら、彼女も乗り気だよ~。男ならガッと行っちゃいなよ~」

 

 あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!!

 何なんだよこの人!

 簪も混乱してるのか言われるがままになってるし!

 分かるよ、簪の気持ちも分かるけど!

 ・・・けど、そういうのはさ!!

 

 一夏も男だ。興味が無い事は無い。けれど、そういうのは人前ですることじゃないだろうと、そう思う。

 ーーー 一夏は昔から所謂ラッキースケベの機会に恵まれていたとか、第一簪との初対面は風呂場だろうとか言いたいことは有るけれど、そういう感覚だけはマトモだった。

 

 ・・・マトモだから、誘惑に抗えないという事もまた真理なのだが。

 

「一夏、私ーーー」

 

 簪だって恥ずかしい。けれど見知らぬ変態に触れられた感覚が残っているのは、正直耐え難かった。

 だからせめて一夏に・・・

 

 ゴクリッ。

 一夏は唾を飲み込む。

 好きな子に触って良いと言われ、それを後押しする人間がいる。

 そこには抗えない魅力が詰まっていた。

 手を伸ばす。

 簪は目をギュッと瞑り、その瞬間を待つ。

 後少し、後少しで手が届くという所でーーー

 

 

「所長!さっきからなに騒いでーーー」

 

 ドアが開き、中から職員とおぼしき男性が出て来た。

 男性の目に前には少女の胸に手を伸ばす少年と、謎の変態。

 この日この瞬間。一夏の社会的評価に深い傷の出来た瞬間だった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「いやぁ~悪い悪い。可愛い女の子だったからつい、ね」

 

 そう悪びれる様子もなく楽しそうに笑うのは、篝火ヒカルノ。

 先程の変態は自分を倉持技研第二研究所の所長だと、二人に自己紹介をした。

 俄には信じられなかった二人は本当なのか先程の男性に尋ねたが、大変申し訳なさそうな表情で、重く首を縦に振った。正直、その男性の心労はとても良く理解できた。

 

 ヒカルノは先程のISスーツの上に白衣を羽織り、二人に問い掛ける。

 

「それで、君らは何しにここに来たのかな?ーーーああ、簪君は良いよ、分かってる。君の事だよ、織斑一夏君」

 

 そう聞かれて、思うところは有るけれど用事は済ませなければと、一夏はここに来た理由を伝える。

 

 

「ーーーほぅ、男に反応するISコアか・・・」

 

 一夏の話を聞くと、ヒカルノは神妙な面持ちでキーボードを叩き始める。

 因みに、一夏が伝えたのは自分の所に束が来た事と、その際に大怪我をして、それをISコアを使って治したという事だけだ。

 何やら作業の終わったらしいヒカルノは、一夏を呼ぶ。

 

「"アレ"の事だから間違い無いんだろうけど、一応確認ね。ここにそのコアを置いて、起動してくれる?」

 

 一夏はその指示通りにコアを未完成のISにセットし、手を添える。

 ーーーそれは一瞬だった。

 

 一夏はISの操縦方法やその他の知識など、膨大な量の情報が頭に叩き込まれるのを感じ、脳が破裂するのでは無いかという錯覚を覚える。

 置かれたコアは輝きを増し、その存在を強調している。

 

「ーーーっ」

「一夏!?」

 

 簪に支えられる。

 あまりの情報量に足元がふらついたが、それ以外に体に異常は感じられなかった。

 

 ーーーだがそれは一夏に限っては、という話だ。

 

「・・・ほう」

「!? これは!」

 

 コアの取り付けられた仮組みのISは、コアの輝きとともにその姿を変成させる。元々の体積を越えるシルエットが現れ、組み替え、というよりは一からの組み立てと言った方が正しい光景だった。

 

 ーーーそして光が収まり、その場には新たなISが完成された姿となって鎮座していた。

 

「ーーーこれは一体・・・」

「ふむ・・・。ISは操縦者の心を理解して操縦者にとって最適な姿になる事が有るけど、まさか乗る前から形を変えるとはね・・・」

 

 設計図でも入っていたか、とヒカルノは呟く。

 ヒカルノはISに接続されたパソコンを弄り、見つけ出した情報に口許を歪める。

 

「一夏君、こいつの名前が分かったよ。

『白式《びゃくしき》』それが君の専用機の名前だ」

 

 これが一夏と白式。

 これから先、幾度と無く訪れる困難を共に乗り越えて行くパートナーとの、出会いの瞬間だった。




 お読み頂きありがとうございました!

 簪も姉と向き合える様になりたいと、一度は嫌ったISに乗ろうとしています。進学しても一夏と一緒に居たいというのも有りますが。

 千冬さんはマドカの存在を知りません。


 評価や感想・質問などいつでもお待ちしていますので、お気軽にお願いします!
 今後のストーリーに関係する感想にはなかなか返信出来ませんが、全て読ませて頂いております。

 では、次回をお待ちください!

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