IS~あの娘だけのヒーローに~<凍結>   作:カタヤキソバ

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第十二話

 突然現れた千冬を前に、一夏は動くことが出来なかった。

 それは恐ろしいとかトラウマだとか、そういう理由からではない。

 

 ーーー罪悪感だ。

 

 一夏はある日突然家を飛び出した。千冬にそういった雰囲気を匂わす事も無く、書き置きを残してくるでも無く、この身一つで飛び出した。今も着替えは士郎の古着を貰って着ている程だ。

 家にも一度も連絡していなかった。今の環境が幸せすぎて、そんなことは頭の隅に追いやっていた。

 

 だから、自分が居なくなって姉がどう思うかなんて考えなかった。

 けれど今なら分かる。

 どれだけ心配をかけたのか、姉がどれだけ自分を心配していたのかを。

 

 痩けた頬、隈のできた目、ボサボサの髪。

 いくら家ではものぐさな姉だと言っても身だしなみを整える位はしていたのに、外に出ているというのにこの有り様。

 

「ーーー」

 

 何も言えないとはこの事かと、一夏は実感していた。

 何と言って声をかけたら良いのか、始めに何と言えば良いのか、一夏は停止した頭で何とか考えようとする。

 しかしーーー

 

「・・・いちか」

「ーーー!」

 

 千冬は一夏に迫る。

 その歩みに迷いは無く、他の事など目に入らないかの様に一直線に一夏に近付く。

 

 一夏は動けない。一歩も動くことが出来ない。

 一歩下がるだけで、もう自分と姉の関係は決定的に終わってしまうような気がしたからだ。

 俺は千冬姉から逃げ出した。期待から、周囲の悪意から。

 なのに、また逃げるのか?

 簪を守ると決めたのに?

 俺は人を守れるようになりたいと思ったのに、その願いの始まりである千冬姉から、また逃げるのか?

 

 考える、思考する。それは殆ど意識していない一瞬の出来事だったが、ここが一夏の人生の分かれ目でも有った。

 そしてついに、一夏は一歩も動かず、千冬の前に立ち続けた。

 

 一夏の前に立った千冬は腕を上げる。

 一夏の方が背が高いから、顔を伏せた千冬の表情は伺えない。

 けれど、きっと怒っていると思った。

 これ程心配を掛けたのだからぶん殴られても仕方が無いと、最悪の場合死を覚悟してその瞬間を待ちーーー

 

「ーーーえっ?」

 

 ーーーしかし感じたのは痛みではなく、まるで誰かに抱き締められているかのようなーーー人の温もりだった。

 ーーー否。それはまるで、ではない。

 千冬は一夏を抱き締めていた。抱き締めて、震えていた。

 それが一体どういう意味なのか、理解出来無い一夏では無い。

 

「ーーーこの、馬鹿者っ。ーーー心配、したのだぞっ」

 

 それは不器用で、弟にも素直な気持ちをなかなか伝えられない千冬の、精一杯の愛情表現だった。

 

 お互いそれ以上何も言えず、動くことも出来ずーーー

 

 結局次の行動を起こせたのは、なかなか戻ってこない一夏を心配して様子を身に来た簪が抱き合う二人を発見し、いろんな意味で混乱を起こしてからだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 居間に上げられた千冬は、衛宮夫妻に対して頭を下げていた。

 所謂座礼という奴だ。

 

「一夏の事、本当にありがとうございました」

 

 滅多に無い、というかこれ程心を込めて頭を下げたのは千冬の人生で初かも知れない。

 それだけ千冬は、一夏を保護してくれた衛宮夫妻に感謝の念を抱いていた。

 

「良いんです、頭を上げてください」

 

 しかし士郎にそう言われても、千冬は頭を上げない。

 

「いえ、そういう訳には行きません。こちらに束が来た事は、やつ本人から聞いています。その際に、危害を加えたことも。・・・束に頼ればどうなるか分かっていた筈なのに、自分の気持ちを優先させたーーー本当に、申し訳有りません」

「それも良いんです。結局、誰も何ともない・・・と言うか、一番危険だったのは当の一夏ですから。その一夏が咎めないと言うので有れば、私たちが言うことは何も有りませんよ」

 

 士郎に視線を向けられた一夏は、それに頷く。

 

「千冬姉、俺は千冬姉を責める気は無いよ。元はと言えば、何も言わずに家を飛び出した俺にも責任があると思う」

「しかしそれもーーー」

「それも、千冬姉のせいじゃない。千冬姉は俺をここまで育ててくれたし・・・その、俺を助けてくれた姿に憧れた。辛くて逃げ出したけど、こっちで士郎さんや桜さん、ライダーさんに出会って、それに・・・簪にも出会えた」

 

 ーーー俺は、今までの事で千冬姉を恨む気なんてこれっぽっちも無いよ。

 

 ・・・その言葉に、千冬はどれだけ救われただろうか。

 

 恨まれていると思っていた。

 一番大切だと思っていたのに、結局何も見えていなかった。

 束から一夏が死にかけたと聞いたときは、自分の選択を死ぬほど悔いた。

 ここに来るまで、自分に一夏ともう一度会う資格がはたして有るのかと考えて、会いたい気持ちと会うべきでは無いという相反する思いに苛まれて、ストレスで何度か吐いた事もあった。

 なのに結局、私は自分の気持ちに抗えず、ここまで来てしまった。

 ・・・一夏、救われているのは私の方だ。私はずっと、お前に救われてきたんだ。

 

 何度心が折れるかと思った。

 まだ幼い一夏を残して親が蒸発し、バイトの遣り繰りや少ない友人を頼って何とか生活をして・・・。けれどもう全て投げ出そうと思ったことも、一度や二度では無かった。

 まだ小学生になるかならないかという一夏を中学生の自分が養うなど世間が良い顔をする筈も無く、心無い悪意に晒された事も何度もあった。けれど自分は耐えられた。だから一夏も大丈夫だろうと、そう高を括っていた部分は確かに有った。

 

 でも今思い返せば、それは私が強かったんじゃない。

 

 ーーー千冬姉、大丈夫? 俺、ご飯作ったんだ!

 

 お前は覚えていないだろう、初めて私の為に夕飯を作ってくれた日の事を。

 家事の出来ない私が言えたことでは無いが、お世辞にも美味しいものでは無かった。

 不格好で味の薄い味噌汁と白米だけの夕食。

 ーーーけれど、一生忘れる事はない。人生で一番の食事だった。

 

 お前は私に憧れたと言ったが、憧れるまでも無い。

 ーーーお前は、もう既に私を救っているんだよ。

 

 そう言おうとして、しかしもう時すでに遅く・・・

 

「千冬姉・・・?ーーー千冬姉!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「栄養失調だな。食事を摂ればすぐに良くなると思う」

 

 それだけ伝えると、士郎は部屋を出て行った。

 今残っているのは布団で体を起こした千冬と、一夏と簪だけだ。

 

 どうやら世界最強も空腹には抗えなかったらしい。

 一夏が心配で心配で食事も喉を通らず、一週間殆ど何も食べていなかった千冬は空腹に倒れ、今は一夏の作ったお粥にがっついている。

 

「千冬姉、心配させるなよ・・・」

「んーーーン。・・・先に私を心配させたのはお前だろう」

 

 一夏は苦い表情。千冬は憮然とした表情。

 しかしそこには暖かな空気が流れる、幸せそうな姉弟の姿があった。

 

 お粥を半分ほど食べた辺りで

 

「・・・更識簪、と言ったな」

「!は、はいっ」

 

 不意に、千冬は簪に声をかけた。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 一体何なのか。

 千冬は簪を見ては視線を外し、見ては外し、何か言おうとしているのに言えずにいるような、そんな雰囲気を出している。

 簪はその態度に困惑する。やはり簪にも『織斑千冬』のイメージは有る。そのイメージからこの姿はかけ離れていて、言い様の無い違和感を覚える。

 それは一夏も同じで、こんなにハッキリしない姉を見るのは初めてだった。

 

「・・・一夏は」

 

 だがついに、千冬はその口を開いた。

 

「・・・一夏はきっと、お前の信頼を裏切らない。

・・・見ていれば分かる。お互い惚れているのだろう?」

「え、えとっーーーはい!」

 

 恋人の姉から『お前らイチャついてんな(簪意訳)』と言われるとは、何たる羞恥プレイだろうか。

 簪は顔を赤くしながら、けれどハッキリとそう返した。

 

「なら、一夏の事はお前に任せる。・・・私何ぞより、余程こいつの事を見てやれるだろう。・・・だから一夏、お前も・・・簪を大切にしろよ」

「ーーー言われるまでもねぇよ、千冬姉」

 

 一夏は眼差し強く、千冬に返す。

 

「ーーーなら良い。・・・全く、これがお前の姉なら、こんな事言わなかったものを・・・」

「!?・・・あの、お姉ちゃんの事・・・」

「ああ、知っているぞ。あいつはIS学園の生徒会長だからな。・・・あんなトラブルメーカー、私の側には束だけで十分だ」

 

 入学からのこの短期間で随分苦労させられているのだろう。

 千冬は溜め息と共にそう吐き出す。

 

「そう・・・ですか・・・」

 

 簪は姉の話題になって少々憂鬱だ。

 しかし、この言い方ーーー

 

 私、お姉ちゃんよりも一夏に相応しいって思って貰えた・・・?

 ・・・だったら、嬉しいな。

 

 これが、簪が姉より勝った最初の瞬間かも知れない。

 一夏をチラッと見て、簪は微笑む。

 

「・・・あれ、千冬姉ってIS学園に勤務してたのか?」

「そう言えば言っていなかったな。ドイツから帰って来てから昔の後輩に強く誘われてな。それに、戦いを教える事が私の唯一の得意分野だからな」

 

 何より給料が良い。

 その言葉に、まさか酒に大金つぎ込んで無いだろうなと、姉の酒好きな面を思い出して家計簿が顔を出す。

 だがこの場で一夏が伝えるのは禁酒令では無く、

 

「あの、千冬姉・・・。・・・束さんから俺専用に調整したっていうコアを貰ったんだけど・・・」

「ほう、そうか」

 

 なんだそんなことかと残りお粥を口に運びーーー

 

 

 

 

 

「ッンッゴホ、ゴホッ、ゴホッ・・・ーーー何だとぉ!?」

 

 こうして世界最強の心は休まる事無く、新たな局面へと進んで行った。

 

 

 




 お読み頂きありがとうございました!

 なんだこの可愛い千冬さん。
 私はショタ一夏の辺りで書きながらウルッと来ました。単純過ぎでしょ私・・・。
 
 簪の混乱シーン
 簪「え、一夏何やってるの?え、え?ーーーーーー 一夏から離れてぇぇぇぇぇ」涙目グイグイ
一夏「か、簪!?いやまて千冬姉だよ千冬姉!」
 簪「そういう関係だったのぉぉぉ!?」号泣グイグイ

 こんなのが有ったとか無かったとか。
 
 批評や感想・質問などいつでもお待ちしておりますので、気軽にお願いします!

 昨日投稿出来なかったので、夕方から夜にかけてもう一話投稿します!・・・頑張ります!

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