後始末も一段落し、本音は明るい内に更識家に帰っていった。
帰るとき、本音は簪を連れて行こうとはしなかった。
更識家よりもここに居る方が簪の為にも良いと、そう思ったからだ。
ここまで来た本来の目的は果たせなかったが、本音の目に憂いは無かった。簪が幸せを感じられる場所を見つけられたのだと、そう確信出来たからだ。
それに別れ際、見送りに出た簪が言ったあの一言。
「本音・・・ーーーありがとう」
その一言がどれだけ嬉しかったか。
閉ざされた簪の心は、一人の少年と触れ合ってその封を緩めた。
もしこのまま行けば、姉との関係も修復出来るかも知れない。
焦ってはいけない。しかし、希望が見えた。
それだけで、本音にとっては大きな収穫だった。
ーーー待て、しかして希望せよーーー
つい、昔読んだ小説の一節を思い出して。
ここに来たときとは違い、本音は笑顔で帰っていった。
ただしーーー
「それにしても、まさか男でISを動かしちゃうなんてな~」
少しだけ、記憶と事実に齟齬があったが。
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夕食後。
みんなで食事を終えて一服ついた頃、一夏は士郎に話を切り出した。
「士郎さん、お願いがあります。俺を鍛えてください!」
一夏は姿勢を正し、その目は真剣だ。
もしかしたら、あの月の夜よりも決意の籠った眼差しかも知れない。
それは隣にいる簪の存在が大きいのだろう。
ーーー守りたい。
それまで漠然とした思いだったものが確固たるものに変わったのだ。
士郎はその眼差しに、過去の自分を幻視する。
「・・・そうだな。まずは体作りからだと思って農作業をさせてたけど、あまり悠長にもできなくなったからな・・・」
「じゃあ!」
「ああ、良いぞ。・・・けど、その前に俺たちの話を聞いて欲しいんだ」
「昼間の事、二人にはちゃんと話しておこうと思う」
士郎の言葉に、一夏と簪は顔を見合わせる。
「昼間・・・っていうと、あのゴーレムを吹き飛ばした時の事とかーーー」
「あの影の事ですか?」
ちゃんと何の事を言おうとしているのか理解してくれていて、士郎は少し安堵する。
理解しているということはあれが現実だと受け入れていると言う事で、その方が説明もしやすく、これからの事も抵抗が少ないだろう。
「ええ、そうです。本当は忘れてもらうのが一番良いんですけど・・・」
「でもそれは反って危険だと判断して、この話をすることにしたんだ」
士郎は一拍置き、口を開いた。
「俺たちはーーー魔術師だ」
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士郎が一夏たちにした話は大体こうだ。
士郎たちは魔術師という魔術を操る人々で、本来魔術の存在は人に知られてはいけないという事。
知られたら、最低限その記憶を消すのがセオリーだという事。
けれど篠ノ之束の襲撃やコアの事など、何より束自身が魔術を知っていた為、これらの知識を消してしまうのは危険だろうと判断した事。
だから、二人には魔術の知識を付けて貰いたいという事だった。ただし、教えるのは知識だけで、実際に扱えるようにはならないだろうとの事だったが。
一夏と簪は士郎の話に驚いたが、思ったほどの衝撃は無かった。
魔術も凄まじかったが、ISを知っていたり、束のような超人を見ているからだろう。
ISは科学ではなく実は魔術の産物だと言われても可笑しくない程、ISは現代の科学を超越していた。
そのお陰か、二人はアッサリとこの話を受け入れられた。
「分かりました、俺は問題ありません」
「私もです」
二人の返答に、士郎は安心した表情を見せる。
「分かった。じゃあ明日から魔術の勉強を始めよう。それから、一夏は明日の朝に道場に来てくれ。明日から本格的に、戦う為の訓練を始めよう」
ただし日常生活の合間だけだけどな、と士郎は続けた。
「はい、よろしくお願いしますっ」
一夏は勢い良く、頭を下げた。
そうして、波乱の一日は過ぎて行った。
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チュンチュンと小鳥の鳴く声が聞こえる。澄んだ空気が心地よい、爽やかな朝だった。
そんな朝にも関わらずーーー
「ハッーーーハッーーーハッーーー」
一夏は息を荒げ、必死に酸素を取り込もうとする。
膝が笑い、力が抜ける。
けれど、ここで立たない訳にはいかない。
必死に自分を奮い立たせ、一歩を踏み出す。
だが振るった剣は避けられ、さらにすれ違いざまに三度打たれ、耐えきれず、膝から崩れ落ちる。
「一夏、もう立てないか?」
士郎は二本の小太刀を構え、余裕の雰囲気で一夏の前に立つ。
ーーー伏して見上げる壁は、果てしなく高かった。
「ーーーいっ~~~」
擦り傷になった所に消毒液をかけて、一夏はついその痛みに悶えてしまう。
そんな一夏を見て、士郎は昔の自分を見ているようで懐かしく感じる。自分も昔はこうだったと、あの短くも怒濤の日々を思い出す。
「久しぶりに握ったんだろ、どうだった?」
士郎は一夏の隣に置かれた竹刀を指して、そう尋ねる。
「全然ですね。体も動かないし、今まで何もしてこなかったツケか・・・」
一夏は溜め息を吐く。
一夏は昔剣道を習っていた。けれど友人の引っ越しや家計の不安もあり、いつしか竹刀を振ることも無くなっていた。
もし素振りだけでも続けてたら、ここまで腕が落ちることも無かったかもな・・・
悔いても仕方無いとはいえ、そう思ってしまうのも自然な事だった。
「そんなに焦る必要は無いさ。一夏は筋が良い、俺なんかよりよっぽどな」
だが一夏の表情を見て、士郎はそう言う。
慰めで言ってるのではない。本心からだ。
経験が有ったにしても、何度か士郎に打ち込める惜しいタイミングはあった。もちろん、普通の人間なら当たっているような打ち込みだ。
それが士郎に当たっていないのは単に士郎が巧すぎるだけで、一夏が落ち込む理由はどこにもない。
むしろ、本気では無いにしても英雄に片足を突っ込んでいる士郎に今の段階で一撃加えそうなレベルの一夏は天才と言っても良いと、士郎はそう考えていた。
「ーーーありがとうございます。次、良いですか?」
「ああ。ーーーさあ、来い!」
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「それでこんな時間になったんですか?」
「はい・・・」
桜は怒っていた。
「一夏も、反省して」
「俺が悪かったです・・・」
簪も怒っていた。
つい熱中して剣を振っていた二人は桜と簪が呼んでいる声にも気付かず、普段の朝食の時間を大幅に越えるまで剣を交えていた。
今は反省の正座の真っ最中だ。
だってやってる内に楽しくなってきて・・・。だから簪さん、そんなに怒らないでーーー
「ダメ」
「はい・・・」
「まあ、折角二人の準備してくれた朝食を忘れていたのですから、当然ですね」
ライダーは咎める事も止める事も無く、黙々と本を読んでいた。
結局、一夏と士郎は罰として二十分正座させられ、それが済んでから全員で食卓を囲んだ。
「一夏、どう・・・かな?」
「ーーーうん。美味しいぞ」
「ホント! そう思ってもらえたなら、うれしい・・・」
一夏の言葉に簪は微笑み、その微笑みを見て一夏も嬉しそうな顔をする。
慣れていないのだろう少し不格好に切られた具材の味噌汁も、少し焦げた玉子焼きも、どれも愛情の籠った、とても美味しいものだった。
「・・・なあ桜、なんかすごいラブコメしてるんだが」
「良いじゃないですか、微笑ましくて。それに私には分かります。あなたも違う世界なら女の子に囲まれて、料理の審査をしてそうだって」
なんだよそれ・・・、と士郎が苦笑する中、インターホンが鳴った。
「あ、俺が出ますよ」
どうせ新聞か何かの勧誘だろうと、一夏が席を立つ。
士郎さんたちの知り合いなら・・・まあその時は呼べば良いか。
そんなことを考えつつ、一夏は玄関のドアに手をかける。
「はい、衛宮でーーー」
ドアを開けて、一夏は動きを止めた。
凍りついた、と言っても良いだろう。
何と声を発したら良いのか分からず、喉元まで声が出てきては引っ込んでいく。
だからたまらず、何とかこれだけは喉から絞り出した。
「ち・・・千冬・・・姉・・・」
ドアを開けた先には見るからにやつれ、今にも倒れそうな程弱々しい雰囲気を出した、
織斑千冬が立っていた。
お読み頂きありがとうございました!
本音は桜の魔術でちょろっと記憶を弄られました。そこは仕方無いですね。
強さ的には
型月トップクラス>>>>>IS勢>一般魔術師>>>一般人
この位でしょうか。ただし、相性で大きく変わるとは思いますが。
例えば今回士郎はゴーレムを軽々倒しましたが複数相手で苦戦しましたし、ロードであるケイネス先生でも遠距離攻撃手段を持ったIS相手だったら手も足も出ないかも知れないですし・・・。
桜って、士郎と結婚したら何て呼ぶんでしょう。
士郎さん、あなた、・・・うーん。
先輩、は流石に無いですね、どんなプレイですか。
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では、次回をおまちください!