在るところに一人の少年が居た。本人に特に特筆した点は無く、強いて言うなら正義感の強い少年だった。
嫌がらせを受けていた同級生の少女を助けたことも有った。しかし少年にはその勇気以外には何も無く、少年の味方はたった一人の姉だけだった。
在るところに一人の少女が居た。少女は優秀な子で、勉強が得意で、身体能力も人と比べて見劣りする事はなかった。
だが少女には姉がいた。何でも出来る姉だった。
姉は何でも完璧にこなし、少女が得意な事も、苦手なことも、全て難なくこなせてしまった。
成長し、少年の姉はある競技で世界的な選手となった。誰もが姉に注目した。それと同時に、周囲の人間は少年と姉を比べ始めた。姉は気にするなと言った。少年はそう在ろうと努力した。
少女は幼い時から姉と比べられた。常に比較され、蔑まれた少女は次第に塞ぎ込み、他人を拒絶するようになった。
姉はある競技の優秀な競技者だった。少女も姉の後を追うようにその道を進んだ。
少女はその競技の代表候補になった。これで姉に近付けると、皆に認められると信じた。
だがその希望は、無惨にも打ち砕かれた。
少年は逃げた。自分を姉との比較対象としか見ない人たちから。強い心を持てない自分から。自分が自分として見られない・・・その原因である姉から。
少女は投げ出した。何もかも。裕福な家に生まれたが、そんなことは何の価値も持たなかった。
どこか遠くへ。
比べるのではなく、ただ一人の人間として見てくれる人を求めて。
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衛宮士郎は雨の中、買い物袋片手に家路を急いでいた。
今日は雨の予報じゃ無かったはずなんだが・・・。
そうぼやいても仕方がない。傘が無いわけでも無かったが、彼は雨に濡れながら、商店街を走り抜ける。
「ん・・・?」
つい目を向けた路地裏に、正確にはそこに入って行った人物に、目が止まった。
気になってしまっては放っても置けず。
雨に濡れながらも人影を追いかけ、呼び止めた。
「こんな所で傘も差さず・・・どうしたんだ?」
士郎は傘を差し出した。
衛宮桜は駅に降り立った。
イギリスでの用事を終え、一週間振りの故郷だった。この町では嫌な事も辛い事も、沢山あった。だけど今は幸せな居場所がある、大好きな町だ。
バスを待つ傍ら、ある事に、或いは人物に気が付いた。
水色の髪をした少女だ。
珍しい色だが、そんな事なら目に止まるだけだった。気になったのは少女に雰囲気。そして全てを諦めてしまったようなその目に過去の自分を重ねてーーー
「あの、どうしたんですか?」
つい、声を掛けた。
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自宅に帰ってきた士郎は玄関の靴を見て、彼女を探した。
一体どこに居るんだ?と家中を探し回る。
士郎の家は古い日本家屋で、さらに結構な広さが有ったから人を探すのは少々骨だった。
色々と部屋を見て回り、普段使わない客間まで来ると襖を開ける。
「桜、帰ってきてたんだな」
「はい。ただいま、です」
客間で布団を出していたのは妻の桜だ。最近はイギリスに用事があって出掛けていたが、今日帰国することは聞いていた。その為に買い出しに行ったんだが・・・まあ今はそれは良い。
「何事も無くて良かったよ。・・・ところで、どうして布団を用意してるんだ?遠坂が来るとは聞いてないけど・・・」
「違いますよ。帰ってくる途中でちょっと困ってる人を見掛けて・・・。女の子なんですけど」
「そうだったのか。そうそう、俺も一人ーーー」
「ーーー今はお風呂に入ってもらってて」
「ーーーえっ?」
「?」
桜の言葉に、士郎は真っ青になる。
ーーー風呂、マズイ!?
士郎が踵を返した時には遅かった。
瞬間。
屋敷中に、悲鳴が響いた。
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「ほんっっっとうに申し訳ない!!」
士郎は土下座していた。そう、日本人が誠心誠意謝るときのあれ、DOGEZAだ。
その完璧な土下座からは、彼の心からの謝罪が溢れ出していた。・・・尤も、少女に土下座する成人という図は、非常に情けないものだったが。
「いえ、そんな・・・。私の方こそ驚いて・・・」
士郎の必死さに、逆に困った表情を見せ。
水色の髪の少女は、隣に座る少年に申し訳無さそうな目を向ける。
「あ、俺は気にして無いから・・・。俺こそ、その・・・」
頬に真っ赤な紅葉を付けた少年は、バツが悪そうに少女から目を背けた。
少年と少女はお互い気まずそうに、居心地悪そうに、隣り合って座っている。
そこに、桜が人数分のお茶を持って現れた。
ここはリビングダイニングの様な作りに成っているから、今さっきのやり取りは筒抜けだ。
「綺麗な土下座ですね。板に付いているんじゃないですか?」
「さ、桜ぁ・・・」
桜の容赦無い口撃に、士郎は情けない声をあげる。
「それで、何時までもそうしているの訳にも行きませんからーーーそうですね、自己紹介をしませんか?」
桜はお茶を配りながら提案する。
「・・・という訳だけど、どうだろう。二人とも行くところが無いんだろ?当分は一緒に暮らす訳だし、名前くらいは知っておいた方が良いと思うんだ」
士郎は姿勢を正し、二人に向かい合う。
少年と少女は少し考え、首肯する。
「じゃあまずは俺から。俺は衛宮士郎、よろしく」
「私は衛宮桜と言います」
「俺はお・・・一夏、です」
「簪・・・です」
こうして、織斑一夏と更識簪。良く似た境遇の二人の、奇妙な共同生活が始まった。
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ISとFateの掛け合わされた作品は多いですが、その中でもまた違ったものを書ければと思います!
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